※香澄視点のお話です。
ついに目の前までやってきた湖織さんを前に、あたしは、ただひたすらに固まっていました。
……店長はどうされているのでしょうか。
あ、もしかして、湖織さんがあたしの着てきた制服と同じものを着ているのを見て、知り合いだと判断されたのでしょうか。
……その可能性は大いにあります。
いえ、知り合いではあるのですが、なんと言いますか、知り合いというカテゴリに入れていいか自信がないくらいの距離ですので……あれ?となると、やっぱり知り合いと違うかも知れませんね……?
ですが同じクラスではあるので……となると、知り合いということでいいんでしょうか……?
現実逃避気味に思考を変なところに飛ばしていると、湖織さんは、おもむろに口を開きました。
「気になることも聞きたいこともあるけど……そうね。まずはひとまず飲み込む。そして、ええ、いいわ。その挑発、受けて立つ」
???
あの、すみません、何か気に触るようなことでもしましたでしょうか……?
なんて、言えるはずもなく。
まるで鋭利な刃物のような、物騒な雰囲気を纏った湖織さんは、あたしの前に右手のひらを突き出すと、そこにエネルギー的なものが集中していきます。
絵面だけで見れば、なんだかビームか何かが発射されそうなものですが、この世界において、『これ』はそういう意味ではありません。
集まったエネルギーは、氷の結晶のようなもの──あくまで『ようなもの』であって、立体的な幻みたいなやつでしかないので、もちろん、あとでお掃除しなくても大丈夫です──を散らしながら、それは、何十枚というカードの形になりました。
そして、たくさんのカードは、やがて一つの束になり、当たり前のように、湖織さんの手のひらの前に浮かびます。
ソーサラーでない人にはそういう認識はあまり広がっていないようですが、ソーサラーのデッキとは、言うなれば一つの『武器』です。
銃のように人を殺めることはできませんし、ナイフのように切り付けることもできませんが、それでも、一応『武器』として認識されているので、まあ、そういうものなのだそうです。
……これは、店長から聞いたのではなく、中学生の時に授業で習いました。
「──なのであまり不用意にソーサラーのデッキを間近で見たり触れたりしようとしないように」と、そんな感じのお話だった気がします。
それを目の前で作り出し、突きつけるということ。
つまり、これは、ソーサラーとしての、宣戦布告です。
……ちなみに今は関係のない余談ですが、他に、『カードの精霊』を見せつけたり、けしかけたりするような、そんなよくわからない宣戦布告も、世の中にはあるそうです。
まあ、あたしはまだその『カードの精霊』を見たことがないので、その『精霊』のお話自体、少し眉唾物だと考えている節はあるのですが……。
なんと言いますか、そんな風に色々な方法で宣戦布告がなされることがあるのだと考えると……ソーサラーというのは、血の気が多い人ばかりなのでしょうか。
しかし、まあ、はい、そうですね。
……えっと、どうしたらいいのでしょうか……これ。
どうしていいか分からず、困ってしまったので、助けを求めるために周りを見渡すと、そこには事態を静観している店長がいました。
すみません、変なお客さんに絡まれてます……!
助けてください!
と、あたしは、そんな必死な思いを込めて目配せをしました。
──店長は、目が合うと静かに首を縦に振りました。
「構いません。ソーサラーは、気高く、プライドが高く……仕掛けられた勝負からは、逃げられないものと聞いています」
え、そうなんですか……?
すみません、あたしはそれは初耳です。
……あれ?と言いますか、えっと、もしかしてこれバトルしないとダメな流れとか、ですか?
その、逃げ場がなくなってしまったような、気がするのですが……。
えっと、『カードショップ』には、『イミテーション』を売る以外に、もう一つの側面があります。
それは、『カードバトル』を行う場である、ということです。
『イミテーション』と、『ファントムビルド』。
大体の『カードショップ』には、その両方のバトル場がありまして、ここ『カードショップ・ミラージュ』でも、同様です。
まあ、『イミテーション』のバトル場は、バトルをする場所、というよりもいくつかの机が並んでいて、それらを挟むように椅子が配置されているだけなのですが。
その点、『ファントムビルド』用の方は、いかにも本格的な『バトル場』や『決闘場』といった感じの、雰囲気と言いますか……そんな風な、物々しくて厳つい、趣のある場所です。
パック開封&カード仕分けのお仕事を始める前に、一度店内を見て回ったので知っているだけなのですが、まさか初日で使う側として立ち入ることになるだなんて、正直、全く考えていませんでした。
しかし、悲しいことに、店長からも許可が出ている上、断る理由も思い付きません。
「えっと、不束者ですが……どうぞ、お手柔らかにお願いします……?」
湖織さんの、フンッと、鼻を鳴らすような音を聞きながら。
あたしは、観念して、湖織さんと同じようにデッキを作ります。
しかし、同時にこれが一つのチャンスであるということも、あたしは認識していました。
現状、おそらく湖織さんが『バトル』を仕掛けてきたのは、あたしが『全国大会』でたまたま勝ってしまったことに、原因があるのだと思います。
では、もし、それを『人違いだ』と思わせることができたなら、どうでしょう。
もしかしたら、湖織さんも、今みたいに睨みつけるようなことをやめて、優しくなってくれたりするのではないでしょうか?
そして、あたしにはそれを成す方法があります。
──通常、1人のソーサラーが作り出せるデッキは、その人生において、1つだけです。
カードが成長する、みたいなお話は聞いたことがありますが、それでも、『デッキ』自体は1つだけであることに変わりありません。
……しかし、あたしは、どういうわけか、2つのデッキを持っています。
仮に『チート』なるものを自分が持っていたとしたら、きっとこれのことだろうな、と思っていたので、他にあると想定できなかった……『全国大会』での事故を引き起こした、ある種の原因的な要素ではあるので、少しばかり複雑な気持ちはありますが……。
まあ、勝敗に直接関わるわけでもないこともあり、これを利用すること自体には、忌避感などは特にありません。
逆に勝敗に直接的に関わってくる『フルオート』の方は……まあ、何か公式な大会とかではないのでセーフ、とします。
いえ、もちろん、OFFにできそうなら、やってみますが……。
紫がかった黒色の霧のようなものが手のひらから現れて、そこに流れ星のような光の筋が見えたかと思うと、それが何度も続き、やがて1つ1つがカードとなり、束ねられていきます。
謎の演出的な何かが終わると、そこには、1つのデッキが浮かんでいました。
……そして、両方がデッキを作り出したその様子を見て、突然、店長が1人口を開きました。
「──ところで、これはバトル場に移動してからでは、ダメなのですか?」
……そう言われてみれば、そうですね。
危うく、揃ってデッキを掲げたままバトル場に向かうシュールな絵面になってしまうところでした。
あたしと湖織さんは、どちらともなくデッキを一度しまうと、まずは先に、バトル場へと向かうことにしました。
……。
……改めて、バトル場で2人、向かい合います。
店長は「カウンターには誰かがいなければいけないので」と言っていたので、今はカウンターの方にいらっしゃいます。
ですので、この場にはいません。
あたしの使うデッキは、《遊星の魔法少女》デッキではなく、《星辰の魔女》という名前のデッキです。
使うデッキが違えば、さすがに『全国大会』での件とは別人だと思うはずなので……。
──これならきっと、あたしの無罪も、証明できることでしょう。
……あ、いや、無罪ではなく有罪なので、どちらかというと証明というより偽証?になるかもですが……まあ、それはともかく、です。
こうして、あたしにとっては2度目の、『ファントムビルド』が始まったのでした。