※香澄視点です。
──動揺している隙をついて追い詰めて。それから、【ラサルハグェ】さんに対して、あたしが言葉を発した直後。
これは、おそらく「追い詰めた」と思って油断してしまったということなのでしょう。
……手に持っていた剣が、不意の遠距離からの魔法攻撃によって、弾かれ、そして、飛んでいってしまいました。
が、しかし。
視界の端で、その魔法を放った《魔法少女》を、あたしが事前に放っていた中の、1匹の牛が背後から襲い、撃破したことを確認して。
──改めて。
今度は、浮遊する大剣を、【ラサルハグェ】さんに突きつけました。
……そして、それとほぼ同時に
重い足音を響かせながら。【ラサルハグェ】さんの背後に、【ヒュドラ】さんの巨躯が、ゆっくりと、迫って来ました。
──ここに至るまで。
あたしが繰り返していたのは、確かに、技術も作戦もないただの突撃の繰り返し……では、ありましたが。しかし同時に、【ヒュドラ】さんが、《魔法少女》を蹴散らして暴れつつも、それとなく後ろに回り込んで挟み撃ちの形を作れるように……というくらいのことは。一応、最初から考えていました。
まあ、もっとも。その作戦は、【ラサルハグェ】さんが動揺という隙を見せてくれたことで、あまり大きな意義を果たしませんでしたが……。
しかし、この形は。
今度こそ、確かに追い詰めた……と、言ってもいいのではないでしょうか。
「……ここまで、ですか。なんとも、わたくしはいつも、そんな役回りを押し付けられるものですねェ」
……目の前と背後に迫る、刃と牙を確認すると。
肩をすくめ、【ラサルハグェ】さんは、ため息をついてぼやきました。
「……これで、諦めるん、ですか……?」
そんな、まるで戦意を失ったかの様子に……あたしは逆に少し戸惑いながらも。警戒は解かず、問いを投げかけます。
「……ええ、そうですねェ。分の悪い賭けではありますが。命を賭して、全力で回避行動を試みれば……確かに、わたくしはもしかしたら、まだ戦闘の続行ができるかも知れません」
……しかし、そんな言葉とは裏腹に。
まるで、突然に吹いた風に吹き消されてしまったロウソクの炎のように……【ラサルハグェ】さんはあたしの言葉に対して、無関心なように見えました。
「──スピカさん、あなたには理解できないことかも知れませんが……。わたくしは、少々疲れてしまったのですよ。やはり、ただ役割だからと動くわたくしでは、己自身の欲望を原動力に駆けるあなたには……ついていけないものですねェ」
まるで、何かを悟ったような、いっそ清々しいとさえ感じるような表情で、【ラサルハグェ】さんは語り続けます。
……そして、それから。
あたしはここでようやく気がついたのですが。周りを、よく見てみれば……。
あれだけたくさんいて、攻撃魔法を放っていた《魔法少女》が。
……見渡す限りでは、どこにもいません。
……まさか、とは思うのですが。先ほどからのこれは。
あたしのことを油断させるための言葉、ではなくて。
──本当に、諦めてしまった、ということなのでしょうか。
「……そうですねェ。……しかし、何でもかんでも手に入れて、全てをまるで思いのままにする……そんなあなたが、わたくしにとって癪に触るのは、事実ですので。ちょっとした、呪いをかけて差し上げましょう」
……その言葉を聞いて、「やっぱりこんなくらいで諦めたりなんかするわけがないか」と気を引き締めて。改めてあたしは、【ラサルハグェ】さんの一挙手一投足に注意を向けます。
「──わたくしは、本当は。あの最期に対して、納得していたのです」
しかし、【ラサルハグェ】さんの口から飛び出してきたものは、魔法や呪文などではなくて。
……何の力も帯びていない、ただの、言葉でした。
あたしが困惑している中で、【ラサルハグェ】さんはまるでお構い無しといった様子で。そのまま、言葉を続けていきます。
「あの世界にいて、己の死を想定しないほど愚鈍ではありません。それに、自身に力がないにも関わらず、不用意に目立ち過ぎてしまったという過ちも、自覚していました。《魔女》として他の《魔女》に攻撃を仕掛け、そして敗れた。……わたくしにとっては、あの出来事はそれだけのことに過ぎないのです」
──つまり、何が言いたいのでしょうか。
何となく、うっすらと。わかるようなわからないような……と、いった感じですが。しかし、中々に遠回りな言い方なので、やっぱり、少し難しいです。
「……ふぅむ。そうですねェ。では、結論を申しましょうか。私が言いたいのは、つまりこうです。──わたくしをこの世界に呼び出したのは、あなたなのではないか?と」
……どうして、そんな話に、と。
まず最初に、そう思いましたが。
……しかし、それを完全に否定し切るだけの材料を、あたしは持ち合わせていませんでした。
「……わたくしには、課された役割に、さしたる執着はありませんでした。……しかし、あなたはどうやらそうではなかった様子でしたねェ?……わたくしとの決着に、納得できていなかったのでしょう?あの出来事が、心残り……だったのでしょう?」
続いた言葉に、あたしが何の言葉も返さずにいると。
……【ラサルハグェ】さんは、口角を上げて。そして、さらに言葉を続けます。
「──もっとも、無意識のうちに、といったところでしょうが……。しかし、どうでしょう。そもそものお話、わたくしはあそこで命を落とし、脱落したのですから。それ以外にどんな理屈で、いまこうして私がここに存在できているというのです?」
──考えれば考えるほどに、納得できるお話ではあります。
カケラとして溢れ落ちてしまった……という認識が、そもそも間違いだとすれば。あるいは、その認識すら、自分自身で無意識のうちに自分についた嘘だとすれば……筋は通っているように思えます。
……もし、そうであるなら。
あたしは……。
「──そのお話を、あたしは否定できません。だから……受け入れることにします。あたしの、あたし自身の気付いていなかった、強欲さと、強引さを。それから、わざわざそれを、教えてくれた、あなたの悪意と、あなたの善意を」
……ある意味では、これは一種の開き直りと言うべきなのでしょう。
しかし、実際。否定できないのは事実ですから、こんな時は、思い切って肯定してみてしまうのも……時には、いいのではないでしょうか。
「あたし自身の気持ちは、当然として。これまでに触れてきたもの、見てきたものは、あたしを形作る上で、やっぱり……必要不可欠なものです。だから、【ラサルハグェ】さん。ここまで、付き合わせてしまい、すみませんでした。……それから、あなたはあたしの『世界』の一部として、欠けてはならないものです。用も済んだので、還って来て、くださいますか?」
今回の件が、あたしの無意識的な未練が原因であるということを受け入れた上で。あたしは思い切って、そんなことを言ってみました。
いえ、言ってみた、なんていう表現を使って、つい誤魔化してしまいましたが……これは間違いなく、あたしの本心からの言葉で間違いありません。
──そして。
それが伝わったようで。見開き、そして、閉ざされた瞳を、最後に。
まるで、最初からそんなものはどこにもいなかったとでも言うように。
……まるで、幻を見ていたかのように。
あたしの目の前には、【ラサルハグェ】さんの姿は無くなっており。
それから、これまで【ラサルハグェ】さんが振るっていた分の、『あたしの世界』に由来する力も、今は自分の意思で完全に制御できる、確信があります。
……そう、ですね。
目を覚ましてから、ずっと動き回って。そして、戦っていましたので。
頭もあまり回らないですし、それから、全身が重くて。剣を握っていた指先にはまだ、痺れるような感覚が残っていますが……。
──だからこそ。そろそろ、元の世界に戻して、帰りましょう。
少なくとも今のあたしには、この世界に、帰る場所がありますから。