※香澄視点です。
……ついに、この日がやってきました。
公欠……という、学校に認可された形で。生徒会のみんなで、授業をお休みして。そしてやって来たのは、一軒の温泉旅館です。
……ですが、もちろん。
あたし達は、この温泉旅館に泊まるために学校をお休みしたわけでは、ありません。
本題としては、18歳以下を対象とした、大規模な『ファントムビルド』大会……『レジェンダリーカップU18』に出場することが、今回のお休みの名目です。
……が、しかし。
これはそれなりに大きな大会ですから、当日に行こうとすれば交通機関がかなり混み合うことが予想されることなどの都合から。
大会前日から近くで宿泊する事を前提に、日程が組まれています。
ですから、大会そのものが休日の開催であるにも関わらず、こうして平日にお休みをいただいてここに来ているわけでして。そして、それで、やって来たのが。
この、温泉旅館……と言うわけです。
……はっきり言って、ここは特に観光名所というわけでもなく。
また、都会にあるというわけでもありませんが……。
……しかし、あたし達と同じように、翌日『レジェンダリーカップU18』に行く予定を組んでいると思われるお客さんが結構いまして。
その結果として、ホテルなどはほとんど予約が埋まっており、やや予算オーバー気味ではありますが、この温泉旅館にみんなで宿泊することになりました。
元々は、会場近くのややお値段控えめなホテルに泊まる予定だったので、予約競争に負けた、副会長の天柄さんは、かなり不服そうでしたが……。
他の生徒会メンバーは、ここに決まったと聞いた時、実はかなり盛り上がりました。
予算を超過してしまった分は、自分たちで出すことにはなっていますが。
こういう時でもないとわざわざ来ないような場所ですし、それに、予算の分お安めに泊まることができるのも、ありがたいポイントです。
……そして、今。
あたし達は、その温泉旅館の目玉。
温泉の前に、来ています。
……何でも、国が主催している温泉の選挙のようなものがあったらしく、その順位がかなり高かったとのことですので。自然と、期待度も高まるというものですね。
「……前から気になってたんだけどー……かすみっち、髪長くないー……?」
シャワーを浴び終え、髪の毛をまとめていると。
隣のシャワーを使って体を洗っていた奈々実さんから、そのような言葉が飛んできました。
「……そう、なんですよね……。あたしも、ちょっと気になって、髪の毛を切ろうと思ったのですが……。その、何度切ろうとしても、ハサミではあたしの髪の毛には傷すらつかないみたいでして……」
……実際、あの時は大変でした。
何せ、何度やっても髪の毛は切れませんし、美容師さんは焦りに焦ってましたし……罪悪感で、とてつもなく居心地が悪かったのを覚えています。
そんな事を思い出しながら、あたしが、肩をすくめて、その質問に答えますと。
「えっ、なにそれ……怖……」
……温泉に入る準備が、たった今整った、といった様子で。
たまたまそのタイミングで隣を通り抜けようとした、生徒会の会長の水無川さんが、思わずといった様子で足を止め、まじまじとあたしの髪の毛を見つめていました。
「……触ってみます……?」
……何となく、じっと見つめられて少しばかり恥ずかしかったので。
まとめている途中の髪の毛を、1束ほど、差し出してみました。
「……お、おお……こんなに長いのに毛先まで傷がない……。すご……いけど……ちょっと怖いまであるかも……」
それが水無川さんにとって、かなりの衝撃だったみたいで。
いつもの、お爺さんを真似した口調をすっかり忘れた、素の声が漏れ出ていて。
……何だか、ちょっと面白かったです。
「えー!うちもー……気になるから、少しだけ触ってもいいー……?」
そして、目の前でそんなやりとりをされたら、気になるのは当たり前……みたいで。奈々実さんも、あたしの髪を触り始め。そうして結局、温泉に浸かり始めたのは。他のみんなよりも、少しだけ遅くに、なってしまいました。
……。
「……ふう」
そうして、待ちに待った……とは言いつつも、残念ながら自業自得みたいなところはありますが……それはそれとして。
温泉のお湯に、肩までその身を浸します。
……お湯を売りにしているだけあって。
なんだか、身体の芯まで温まるような感覚で、とても心地がいい……です。
──そして、目を閉じて。
ゆったりと、心からお湯の温かさを堪能していますと。
湯船の底の方に、砂利のような……あるいは、砂のようなものが沈んでいる事に、気が付きました。
「……あ、あの……雪菜さん」
気になったので、聞いてみようと思い。
たまたま、近くであたしと同じようにゆったりとお湯を満喫していた様子の雪菜さんに、声をかけてみる事にしました。
「──ん?何かしら……って、あんた……」
しかし、声をかけた瞬間。
雪菜さんは、何故だかあたしの身体中を、じろじろと眺め回し始めたので。
……その、何だか少しだけ恥ずかしくて。
言葉が、詰まってしまいました。
「……肌、滑らかになった……?」
そして、そんな風に、あたしが言葉に詰まっている中で。
雪菜さんが、ようやく眺め回すのをやめて……あたしに言葉をかけてきました。
「……え、えっと……その、ここの温泉が、美肌の湯で有名だから……じゃ、ないですか……?」
少し、しどろもどろになりながら。
……あたしはどうにか、誤魔化しの言葉を捻り出します。
「……ふぅん。納得はできないけど……まあ、そういうもの、なのかしら……?」
今度は、比べるように、自分の腕をお湯からあげて、まじまじと見つめ始めた雪菜さんを横目に、あたしも、少しばかり考えます。
……思い返せば、あの『夜天事変』以来。
あたしの身体は、色々と変化が起こりました。
例えば、夜に眠らなくても活動し続けられるようになりましたし、例えば、ご飯を食べなくても、活動できるようになりました。
それから、ずっと運動をし続けても汗ひとつかきませんし……後は、髪の毛ひとつですら、どう頑張っても傷ひとつ付きません。
思いっ切り小指をタンスにぶつけた時には、小指の方は何ともなかったのですが、タンスに小指くらいの細さの穴が空いてしまい、どうしていいか困ってしまったこともあります。
……それと同じくして。肌もまた、まるで赤ちゃんの肌みたいに、スベスベで。そしてやっぱり、どう頑張っても傷ひとつ付きません。
いえ、まあ、赤ちゃんの肌を見たことがあるわけではありませんが……多分そんな感じのスベスベさ加減、という感じのイメージ、です。
──そして、その原因としては、分かりきっていて。
あの時。あたしが『人間であることを辞めたから』……という事にはなるのでしょう。
が、しかし。今はこうして1人の人間として生活していますし、それをどう説明するべきか、というか、そもそも説明するべきなのかどうか……と言ったところで、困っているわけでもあります。
……こうして、不自然に思われることも。
多分、この先、何度もあることなのでしょう。
説明すれば、驚かれはするでしょうが……それでも、最終的には受け入れてもらえることも、分かっています。
……ですが、今は、もう少し。
あたしは、何でもない普通のクラスメイトとして、そして、生徒会役員の一員として。みんなと、こうして一緒にいたいので。
あたしの、個人的な我儘を優先して、もう少しだけ……誤魔化しを、続ける事にしたいです。
……なんて。
1人でこっそり、自分の気持ちを再認識していたところで。
「──香澄、夏休みに水着を着てた時も思ってたけど……香澄って、案外着痩せするタイプなんだね」
──急に、空気の読めない先輩……もとい宙羽さんが。
あたしのお腹……よりも大分上辺りをじっと見ながら、そんなデリカシーのかけらもない言葉をかけてきたので。
……あたしは、そんなにお腹が出ているでしょうか……と。
密かに、大いに傷つきながら。
「……えっと、それ……雪菜さんにも、前に言われました……」
……と、言いますと。
雪菜さんが、何故だか少し気まずそうに。
あたしや宙羽さんから、すっと、目を逸らしてしまいました。
……。
……それから。ちなみに。
この後に、雪菜さんに改めて質問をして、教えてもらった事ですが。
……湯船の底の方にある砂利のような、砂のようなものは、湯の花……というらしく、これがある温泉は、美肌効果が高い……と、言われているらしいことが、分かりました。