※香澄視点です。
──気がついたら、深々と大剣が突き刺さった湖織さんが、目の前で膝を突くところでした。
もちろん、あの剣が幻のようなものであることはわかっていますが……。
わかっていても、それは中々にショッキングな光景ではありました。
しかし、まるで夢が覚めていくかのように、剣は消えていき、カードや、湖織さんの盤面に残っていた白いうさぎの形をしたエンティティも、消えていきます。
【獅子の魔女レグルス】の被破壊時効果によって、湖織さんの体力が0になって。
記憶を辿ってみると、それでどうやらバトルは終わりを迎えたようでした。
「──はぁ、やっぱり体力0でやられるとスタミナの消耗が段違いね……」
そのまま腰を下ろすことにしたのか、座りながら湖織さんはそう言います。
心なしか、なんだか少し声に疲労を感じます。
「……何が目的かは知らないけど、好きにするといいわ」
呼吸を整えると、何かを諦めたかのような、投げやりな声で、湖織さんは言葉を続けます。
「──え、えっと、目的って、一体……?」
目的、とはどう言うことでしょうか。
と、言いますか……そもそも、あたしは何故バトルをすることになったのでしょう……。
……ううんと、はい、ただの成り行きですね。
強いて言うなら……《遊星の魔法少女》デッキ以外のデッキを使って、『全国大会』でバトルした『マジカル☆スピカ』が自分でないと思わせるため……とかでしょうか?
湖織さんが不可解そうな顔をしているので、あたしはもう少しだけ言葉を続けることにしました。
「そう、ですね、特にそういったものは……すみません」
「……なによ、それ。何か意味があって、あんなことまでして……バトルしたんじゃないの?」
もしかして、あたしが知らないうちに負けた方がなんでも言うことを聞く、みたいなルールでも取り決めてしまっていたのでしょうか……?
「あの、その、目的がなかったら……バトルって、しないものなんでしょうか……?」
頑張って記憶を辿ってみましたが、取り決めみたいなものについては特に該当するものが無かったので、多分、そういったものはないだろうとして。
大事なのは、バトルに目的が必要なのかどうか、です。
もし、バトルをするのに毎度毎度わざわざ何か理由が必要となるのであれば。
──もしもそうであるなら、あたしにとって、それは朗報です。
……それって、つまり。
いつか、次に誰かにバトルしろと迫られても、「理由がないので……」と言えばパスできると言うことですから……。
──なんて言いますか、やっぱり『フルオート』みたいなのはOFFには出来なさそう、なので。
なんか、終わってみると、改めて罪悪感、みたいなものがこう……沸々と湧いてくると言いますか……。
……。
湖織さんは、まるで呆気に取られたかのように小さく口を開けたまま、しばらく固まってしまいました。
そして。
「……ふふ、そう、ね。確かに、そうよね」
急に笑い出してしまいました。
それは、どこか吹っ切れたかのような、あるいは何かに安堵したかのような、そんな清々しい表情でした。
……もしかして湖織さんも、嫌々バトルさせられてきた事でもあったのでしょうか?
「私、あんたのこと誤解してたかも」
お、もしかして作戦成功……でしょうか?
何がどうしてどうなっているのかさっぱりですが、湖織さんの中であたし≠『マジカル☆スピカ』になっていたなら万々歳です。
「──あんたの、その弱気な態度も、きっと素なんだ。そして、バトルをしてる時の冷酷なあんたも、そう。……人間、いろんな面があるって言うし……あんたは、きっと、ちょっとその落差が大きいだけ」
……突然性格診断が始まってしまいました。
どういう繋がりがあってそうなっているのかよくわかりませんが、多分間違っていると思います……。
「えっと、あたしはあたし……ですので、その……」
とりあえず、冷酷というイメージは多分違うと思うので、訂正を試みます。
「わかってるわよ、私も私らしく……そういうことでしょ?」
どういうことです?
……まあ、多分何か誤解か食い違いはありそうですが。
なんと言いますか、いい話風になってしまっている雰囲気を感じるので……もういっそ、これでいいのではないでしょうか……?
「あ、はい……そうですね……」
「……あんた、不器用なのね。こんな回りくどいことして……極端から極端に走り過ぎなのよ」
あたしは何故罵倒されているのでしょうか?
先ほどから全然よくわかっていませんが、急にそんなことを聞くわけにもいかないので。
……あたしは、何も言わずにただ見つめます。
湖織さんは、どこか呆れたような表情であたしを見たと思うと、また急に笑い始めました。
……これが噂に聞く百面相というやつでしょうか?
ですが湖織さんが楽しそうなのでOKです。
楽しいのは、いい事だって言いますから、はい。
「あんたさ、今度また私とバトルしなさいよ」
湖織さんは立ち上がると、あたしに横顔を向けながら、そう言いました。
「……理由は、どうしますか?」
バトルするのに理由が必要なら、あたしは断りますが。
「ふん、あんた意外とそういうことも言うのね」
あ、口答えしてすみません……。
何故か湖織さんは急に少しだけ不機嫌そうになってしまいました。
「理由なんてないわ」
あ、理由って結局いらないんですね。
──とは、言いません。なんか、こう、火の中に油を注ぐようなことにしかならないでしょうし……。
言ってることが二転三転してませんか?という控えめな抗議の意を込めて、あたしは湖織さんの目を見つめます。
「……っ、勘違いしないでよね、別に、あんたのその戦い方が参考になりそうだから、それを盗んでやろう、ってだけ」
──湖織さんの桃色の瞳が、居心地悪そうに少し揺れた、と思ったら。
湖織さんは完全に顔を背けてしまいました。
……表情はわかりませんでしたが、あたしは、その耳が赤く染まっていたことを見逃しません。
耳が赤いのは、怒っている時か、何か恥ずかしがっている時、照れている時の3パターンだと相場は決まっています。
今回の場合は、きっと恥ずかしさと照れの2つが混ざり合っていると推測します。
──えっと、まあ理由としてはこの会話の流れで怒っていたのであれば、あまりにも理解不可能過ぎて怖いので、そうだと思いたい、っていうだけなのですが……。
あ、はい。
それで、恥ずかしさと照れの正体、ですが。
これはきっと「参考にする」というのが、言いづらかったのでしょう。
──なんとなくのイメージですが、湖織さんはプライドが高いイメージなので。
「参考にする」だなんて、それってつまり相手のことを格上だとでも言うようなものですし……。
しかし、あたしとしては少しばかり嬉しいお話でもあります。
なんと言いましても、この『フルオート』、OFFにできない残念仕様なので。
対等な立場として、や、何かを賭けて、といった場面でバトルをすると、あまりにも申し訳ない気持ちになります。
しかし、これを利用してやろう、と言うのであれば大歓迎です。
つまり、こんなあたしでも、誰かのお役に立てると言うことでもありますし……。
「……はい!ぜっ是非、たくさん盗んじゃってください!」
あたしが勇気を振り絞ってそう言うと、湖織さんが何故か呆れたような表情で振り向きました。
「──はぁ、あんたのそういうとこ、まだちょっと苦手だわ」
うぅん、何か変なことを言ってしまいましたでしょうか……?
あたしの読解力、あるいは分析力は、どうやらまだまだのようでした。
一丁前に分析とかしようとしてすみませんでした……。
まあいいわ、とだけ言うと、またあたしに背後を向けます。
そして、扉の取っ手に手をかけると、湖織さんは立ち止まりました。
「……あんた、さ」
はい、なんでしょう。
「確かここのバイトしてたわよね。ちょっと見て回ってみたいから、案内してくれるかしら」
──えっと、あたしバイト初日なので、まだここの構造とかよくわかってないんですけど……。
結局、湖織さんはあたしに有無を言わせてくれず。
小1時間店の中を回った後。
いくつか『イミテーション』を買って、帰っていきました。
何がしたかったのかわかりませんでしたが、店長が少しだけ嬉しそうだったので、まあ、気にしなくてもいいのでしょう……きっと。