※香澄視点です。
「──え、嫌です……けど」
『レジェンダリーカップ』に出なさいと言い放つ湖織さんに、しかし、あたしは拒否をしました。
「そう言うだろうとは思ってたけど……そうね」
あたしは、断固拒否の意思を持って、湖織さんをじっと見つめます。
普段であれば、基本的に長いものに巻かれるような選択ばかりをしてきたあたしですが、譲らないときは譲らないのです。
「……あんたが出ない大会で優勝したところで、あんたに勝たないままじゃあ、胸張って優勝できないじゃない」
湖織さんは、ため息を吐いて、仕方がないとばかりに口を開きました。
……湖織さんの、その自分自身に対する絶対的な自信は、いったいどこから湧いてくるのでしょうか。
あたしは何をやってもダメダメなので、自分が1番になれる、なんて、そんなこと考えたこともありません。
……ですが。
ちょっとだけ、ですけれど。
そうやって自分の足元を見ずに、遠い先ばかりを見るような姿勢が、羨ましいと思うことがないと言えば、嘘になります。
「……湖織さんは、本当に、優勝できると、思ってるんですか」
──自分で口にして、自分が嫌になるような質問です。
あたしはいったい、彼女にどう答えてほしいのでしょうか。
「さあね。わかんないわよ、そんなの」
湖織さんは、迷いなく答えました。
堂々と、わからない、なんて。
それは、あたしの思っていた彼女の答えとは違ったけれど。
……それを聞いたら、この答えこそが、1番湖織さんらしいな、なんて、思ってしまいました。
そのくらい、彼女は真っ直ぐにそう言ったのです。
「わからないけど、気に入らないのよ」
湖織さんは、その上で続けます。
「もし、もしもあたしが表彰台に立った時。自分の隣に本当は誰かいたかも知れないとか、自分よりキレイな色のメダルを貰ってた筈の人がいたかも知れないとか……そんなの思いながら杯を掲げるなんて、私は、ちゃんとできる自信がないわ」
……自信がない、なんて。
そうでしょうか。
湖織さんは、もしそうなったとしても、きっとなんだかんだで、ちゃんと賞状を受け取るんじゃないかなって、思います。
……けど、そう言い切れるほど、あたしは彼女のことを知りません。
「それにさ、現状、現実的な話として、気に入らないことがあるのよ」
湖織さんは、まだまだ続けるみたいです。
「……見なさいよ、これ」
──そう言いながらカバンから出してきたのは、『中学生全国大会』の記念パックのボックスの空箱でした。
それは、間違いなく、彼女が昨日『カードショップ・ミラージュ』で買っていたものと、同じです。
──ドキリ、としました。
そこに写っている3人の写真の中の真ん中にいるのは、あたしの写真です。
あの時は、わざわざ髪の色や髪型を大会の間だけ変えていた上、ヒラヒラした変なコスプレみたいな服を着ていたので……多分、ぱっと見ではわからないかとは思いますが。
しっかり見比べられたら、結構わかってしまいそうなものです。
……ていうか、こうしてまじまじと見てみますと。
今まで世間一般に『マジカル☆スピカ』の──あたしの正体が広まっていないのが、とても不思議に思えてきました。
あ、えっと……ごめんなさい。あたしなんかが調子に乗ってしまいまして……。
「──本当なら、このパッケージの真ん中にいたのはあんたかも知れない」
真っ白になっていた頭では、湖織さんの言葉が、どういうことか理解できませんでした。
「……思ったのよ。昨日バトルしてみて、あんたならこいつに勝てたんじゃないかって……さ」
……。
……?
「えっと、その、誰が、誰に……です……?」
恐る恐る、あたしは聞き返します。
「あんた──香澄が」
そう言って、湖織さんが私に指をさします。
「こいつに」
そう言って、パッケージの真ん中で笑っている人を指します。
……!
まさか、ですが。
もしかして、まだ、バレていない……?
あたしは伏せていた視線を上げて、改めて、彼女を見ました。
「……っ、で、これ聞いてあんたはどう思うのよ」
湖織さんが、急にあたしが目線を上げたことに驚いたのか、一瞬だけ怯んだような気がしましたが、しかし、私の方を見据えて、そう聞いてきました。
「あ、はい、えっと、嬉しい……です?」
意図がよくわからなかったので、とりあえず率直な自分の気持ちを伝えました。
「勝てると、思うの?」
訝しげな表情で、湖織さんは改めて、といった感じでまた聞いてきました。
……なる、ほど。
どう思う、というのは、気持ちを聞いたのではなくて。
「勝てるんじゃないか」というものに対しての肯定か否定を聞きたかった、ということだったようです。
読解力がなくてすみません……。
さて、それについては、どう、なんでしょう。
どちらもあたしなので、その対戦が成立しないというのはさておきまして。
──あたしはいまいち、どのデッキが強い、みたいなものがよくわかっていません。
実践経験の欠如や、単純な計算能力の低さはあるかと思いますが、実際のところ、「デッキが強くて勝っている」のか、「使っている人が強くて勝っている」のか、ちゃんとわかっている人は、どのくらいいるのでしょうか。
……少なくとも、あたしはわかっていません。
まあ、あたしの2つのデッキを比較するなら、『フルオート』があるので、その分「使う人の強さ」は、多分考慮しなくて良くなるので、案外、あたし以外の人に聞けば、正しい答えは分かりそうです。
例えば──。
「……えっと、多分ですけど……湖織さんなら、わかるんじゃないですか?」
嫌味とかはありません。
ただ、湖織さんは、なんだかんだ強いソーサラーなので、あたしなんかよりもずっと知識が多くて視野が広い……と思いますから、その、もしかしたらわかるんじゃないかなって、思いまして。
ううん、なんか質問に質問で返すのは良くないって聞きますから、やっぱり正しくなくても自分なりの予想を言うべきでしたでしょうか……。
「ふうん、面白い答えじゃない」
しかし、湖織さんは特に不満そうではありません。
世の中、何が正解で何が不正解か、全然分かりません……。
「やっぱり、あんた『レジェンダリーカップ』出なさいよ」
あ、この話ってそこに戻ってくるんですね……
「あんた、こいつと何か関係あるんでしょ」
湖織さんが、空箱の中央あたりを指さします。
「え……?」
一安心と思ったところでの突然の不意打ちに、思わず、声が漏れてしまいました。
「……やっぱりね。顔も似てるし、目の色も、昨日変化するところを見たし。あんたが青い目になるように、こいつも元の色は違って、赤くなった……のかも知れない」
赤い、と言いながら湖織さんは真ん中の人の顔を指さしますが、そこには、あたしと同じ、黒い瞳が写っています。
少なくとも、あたしにはそう見えます。
……と、いいますか。
あの。これ、だいぶ雲行きが怪しくない、ですか?
二転三転して戻ってきてしまった危機に、あたしはとても追いつけません。
「あんた、こいつの姉か妹か……そういう関係、なんじゃない?」
探偵アニメの主人公のような鋭い目で、言い切りました。
……が、しかし、惜しくも不正解を引いてくれました。
──けれど、わかっています。
変なところで外すことがありますが、湖織さんは、やっぱり観察眼……?みたいなものが鋭い、です。
なので、あたしは、探偵アニメの犯人のように顔を伏せて、表情を隠しました。
「……やっぱり、わかっちゃうん、ですね。はい、そう、なんです」
面と向かって嘘をつくことに対しての罪悪感で声が震えそうになりますが、どうにか、抑えます。
「なるほどね。ところで、こいつとあんたは、戦ったことってあるの?」
……追求ではなく、単純な、興味本位、といった風な質問です。
「……いえ。えっと、それが、ないんです。会ったことも……ありません」
──今度は、嘘は言っていません。
「……そっか。なら、ちょうどいいわよ、きっと」
少しだけ柔らかい声色でそう言って、湖織さんは、カバンから、今度は『レジェンダリーカップ』の参加予約の紙を取り出しました。
……どうしてまたこの話に戻ってきたのか、よくわかりませんが。
最終的に、わかったことが、あります。
それは、湖織さんがとてつもなく諦めが悪いこと。
そして、この話をこの場で避けようとすると、もっとまずい方向に飛んで行きかねない、ということ、です。
なので……。
「えっと、はい……気が向いたら、行きます……」
……申し込み期限までは3ヶ月ほどありますが。
どうにか、うまいこと躱し続けて。
……『気が向かなかった』ということにしようと思います。