※香澄視点です。
16話 授業あるいはグループワーク
「自己紹介、は昨日したからなぁ……とは言え、1教科だけ授業ってのも、気が進まんな……」
欠伸を噛み殺しながら、どうしたものか、と悩んでいるのは、うちの担任の先生──月城先生、です。
果たして教師ともあろう人がそれで良いのでしょうか、と、思わないわけではありませんが……。
まあ、他の教科担当の先生が、みんな自己紹介と簡単なお話で終わっているところなので、なんとなく、言わんとしていることはわかりますし、授業はない方が、あたしにとっては、嬉しいです。
「そうだな、グループワークにするぞ。堅っ苦しく授業始めるより……マシだろ?」
そう言って、月城先生はあたしたちに机を動かして、グループを作らせました。
えっと、その、隣の席なので、それが動いたことによって──。
……湖織さんと、真正面から見つめ合う形になってしまいました。
それが、なんとなく気まずくて。
あたしはさりげない所作を装い、先生の方を向いて誤魔化します。
「よし、作ったな。じゃあ、今からてきとうに目につくもん持つから、それを英語で言い表してみろ。……ああ、もちろん話し合ってもいいし、あとは……わざわざM's Tsukishiro has みたいな事は言わんでいい。She has で充分だ。もちろん、今言ったくらいのことは、当然、意味はわかったな?」
……すみません、よくわかりません。
日本語でお願いしてよろしいでしょうか……?
しかし、みなさんはあたしと違ってちゃんとわかっているそうでして。
何も言わずに、先生の方を見つめています。
「んじゃまずは……」
先生は、黒板消しを持ちました。
「She has a blackboard eraser ね」
湖織さんが、反射的に答えると、グループの人たちも、口々に「そう思う」や、「同じ」などと同意していたので。
あたしも、しれっと混ざって。
まるで、わかっていましたよとばかりに、頷きました。
……と、まあ、そんなこんなで授業はゆるく進んで行きまして。
「お、5分前か。ちょうどいいから机戻すぞ」
先生は、最後に問題として出した自身の『ファントムビルド』のカードを無へと仕舞うと、机を戻すよう指示を出しました。
まだ5分ありますが、先生曰く「チャイムが鳴った瞬間には、授業が終わる方がお互い楽だろう」とのことです。
……先生として、それはどうなのかと思わないわけではありませんが、あたしとしては、少しありがたいスタンスです。
そうして、チャイムが鳴りまして。
英語の授業が終わりました。
この授業以外は、先ほどお話ししたように、自己紹介とちょっとしたお話で終わるものばかりでしたので。
気がつけば、あっという間に、放課後になっていました。
「……ねえ、今日、またあんたバイト?」
湖織さんの質問に、あたしは首を縦に振って肯定します。
「そ。それなら……さ」
珍しく、少し歯切れが悪い湖織さんです。
もっとも、珍しく、なんて言えるほどに彼女のことを知っている自信は、全くもってありませんが……。
「また、遊びに行っても、いいかしら」
「……え、えっと、そういうのって、わざわざ聞くこと……なんですか……?」
なんだか、そういうことでちゃんと確認を取る人だと思っていなかったので……正直なところ、かなり意外です。
「あんたがいいなら、行くけど」
湖織さんは、「昔そういうことして嫌われたことあるのよね……」と、苦々しげに語ります。
まあ、その、たしかに、バイト先に友達が来ると気まずい……みたいなお話はあるそうです、が。
あたしとしては、湖織さんは、ただのクラスメイトなので、会う場所がどこであろうとそれが理由で気まずさが変わるわけではない、と言いますか……。
えっと、まあ、当然面と向かってそんな事を言う勇気はありませんが……。
「……その、知り合いを連れてこうと思ってるんだけど、問題ない?」
その……それこそ、そんなことを訊かれましても、と言いますか。
その人がどんな人か知らない以上、その質問に対して答えられる気がしません。
なので。
「……えっと、多分、問題ない……?と、思います」
とりあえず、曖昧に答えるだけはしておきました。
「そうね、よし、わかったわ」
この時の湖織さんは、まるで、自分を納得させるかのような、自分に言い聞かせるような、そんな風に見えました。
もしかして、めちゃくちゃ怖い人が来るのでしょうか……?
安易に答えるんじゃなかったでしょうか……ということに気が付いたのは、『カードショップ・ミラージュ』の看板が、もう目の前に迫っていた時でした。
ですので、出勤1番に、着替えるよりも早く。
店長に、「もしかしたらすごく怖い人が来るかも知れません」と伝えました。
……そうしたら、店長は、備品の防犯グッズの位置と、防犯用のマニュアル的なものを、教えてくれました。
元々いただいていたマニュアルの中に書いてあった内容でしたので、既に知っている内容と言えばそうではありましたが……丁寧に分かりやすく教えていただけたので、マニュアルを読んでいた時よりも、全然分かりやすく感じました。
そうして、今日は、昨日仕分けした『イミテーション』を、さらに『ストレージ用』と『バラ売り用』と『ショーケース用』、『構築済みデッキ用』の4つに分けるように言われまして。
渡された紙に書いてある『イミテーション』の名前と照らし合わせながら、ひたすら仕分ける作業を行っていました。
ただひたすらに黙々と作業をするということが、苦手だという方もいらっしゃるそうですが、あたしは元々、こういうことが好き……と言いますか、その反対に位置する行為の方が苦手なので相対的に、と言いますか……まあ、そのような感じですので。
それはもう、あたしとしては、とても、気持ちが楽な時間が過ぎてゆきました。
──そして、過ぎてゆけば終わりも来るものでして。
……からん、とまた扉が開きまして。
そこには、もはやお馴染みと言えそうな湖織さんの姿がありました。
……そして。
その後ろから入ってきたのは、元気そうな──活発そうな、女の子、でした。
彼女は、隣の湖織さんに、何やら確認をして……。
「初めまして!ボクは有栖だよ!」
──少しばかり遠くからでしたが、確かに声が聞こえてくるくらいの大きさの声量で名乗ると、棚にぶつからない程度に腕を振ってきました。
あ……もしかしたら、あたし、この人苦手なタイプかも知れないです……。
そうは思いつつも、あたしは、小さく会釈をしました。
……。
……その後、その辺にあったカードケースを手に取って、カバンから財布を取り出した有栖さん……おそらく、いや確実に『中学生全国大会』で準優勝だった
ちなみに、と言いますか。
夢園さんのお買い上げになったカードケースは、奇妙なゆるキャラのようなものが印刷された、色遣いも独特で……不思議なセンスのものでした。
そして、湖織さんの段ボール箱は、不要な『イミテーション』を売りに来たものとのことでしたので、現在は、店長が査定をしています。
もしかして、あの量を抱えたまま歩いてここまで来たのでしょうか……?
湖織さんは、あたしと同じく高校生になったばかりであり、当然、車なども持ってないであろうことが考えられるため、おそらく、そうなのでしょう。
何かの話の折に、今は1人暮らしをしている、というお話も少し前にお聞きしたことがありますので……恐ろしいお話です。
「ありがとね、香澄ちゃん」
香澄ちゃんのおかげで雪菜ちゃんがやっと避けるのを辞めてくれたんだ、と夢園さんは話します。
何もした覚えはないので、あたしは頑張って、しどろもどろになりながらも、なんとか、何もしていないことを伝えました。
「別に避けてたつもりはないわよ」
……と、湖織さんは言いますが、夢園さん曰く。
──いつもなら、事あるごとに色んな勝負を仕掛けてきていたのに、『中学生全国大会』を終えてからは……そうでないどころか、声をかけてくることすらほとんどなかった、とのことです。
「その、湖織さんって、誰に対してもそうなんですね……」
そのお話を聞いて、あたしは、思わず責めるような口調でそう言ってしまいました。
なんと言いますか……問答無用でバトルとか勝負とか仕掛けるのって、嫌がる人もいると思いますので……辞めた方がいいかと思います……。
そんな思いが伝わったのか、湖織さんは、すっと、目を逸らしました。
……そして、そんな姿を見て。
夢園さんは、湖織さんを揶揄うように、目を細めました。
「なんか、浮気がバレた人みたいだね」
不思議な例えですが、たしかに、そう言われてみれば。
湖織さんは、なんだか、そのくらい気まずそう……?では、ありました。