※最初は香澄視点ですが、途中で視点変更が入ります。
……あたしは、ぼんやりと、手を振りながら帰っていく2人を、眺めていました。
はっと気が付いて、あたしも手を振り返せばよかったのかな、ということに気が付いた時には、既に、2人の姿は見当たりません。
……。
……それから、少し時間は経ちまして。
「今日も、お疲れ様でした」
「あ、はい……お疲れ様、です」
優しく声をかけてくれた店長に返事をしてから、『カードショップ・ミラージュ』の制服を脱いでカウンターから出ると。
……そこには、夢園さんが、1人で立っていました。
──────
「……ね、せっかくだから、さ」
驚いたような表情で固まる香澄ちゃんに、ボクは明るく気さくに声をかけた。
おもむろに手を出して、お椀を作るように、指を軽く曲げて、手のひらを上に向ける。
……そうすると、手のひらの上に、たくさんの紙切れが綴じられていく。
そして、水底から飛び出してきた鯨の口が閉ざされるかのように、たくさんの紙は、突然現れた表紙と裏表紙に挟まれて、閉じ込められた。
そうして、もう1度それが開くと、そこには40枚のカードの束……デッキがあった。
「──バトル、しよ?」
……。
香澄ちゃんは、なぜか反射的に、とでも言うべき早さで拒否してきたけれど。
……ボクは、それを少し強引気味に、押し切った。
……。
バトル場に向かいながら、あわあわしている香澄ちゃんを尻目に、ボクは少しだけ物思いに耽る。
──雪菜ちゃんは、物語の名探偵にはなれない。
ボクは、少しだけ、そう思っている。
……雪菜ちゃんは、観察が得意だ。
頭の回転も、早い。
知識だって、多く持っている。
そして、判断が早くて的確だ。
だから、いつもいろいろなものをよく見ていて。
そして、いつもそれを事細かに分析している雪菜ちゃんは、色々なことが、すぐにわかってしまうけれど。
──彼女にとって『わからないもの』にぶつかったとき、盛大に計算を間違える。
雪菜ちゃんは、色々なものを自分の知識をもとに分析するから、自分にとって『あり得ない』可能性は、無意識のうちに排除しちゃう。
……排除した上で、自分の中で『あり得る』可能性に押し込めちゃうんだ。
だから、雪菜ちゃんは、きっと『物語の名探偵』にはなれないと思う。
……だって、『物語』ではあり得ないことが起こって。
名探偵は、あらゆる可能性を、見逃しちゃ、いけないから。
だから、というべきかはわからないけど。
ボクは、いつも雪菜ちゃんが無意識的に見落としてそうな……いや、見捨ててそうな、そんな『可能性』を、探してる。
だって、雪菜ちゃんは、雪菜ちゃんが、あり得る、と思ったことが真実だった時には、あっという間に正解に辿り着いてしまうから。
……そうなると、同じ道をボクが後ろから拙い足取りで追いかけても、時間の無駄にしかならないから。
雪菜ちゃんが歩かない道を、あり得ない、という自分自身の気持ちを無視して探しているのは、そんな、長い付き合いが作り出した、一種の癖……みたいなものだった。
……雪菜ちゃんは、香澄ちゃんとお友達になれたと思っているけれど。
例えば、そこに見落としがあったら、どうしよう。
我がことながら、癖だなんだという程度じゃあ、言い訳がつかないくらいに酷いことを考えているのはわかってる。
だって、せっかく雪菜ちゃんが小学校ぶりに作れた友達だって言うのに。
……結局のところ、自分の目でちゃんと確かめないと、ボクは自分の不安を解消することができないから。
──これが、1つ目。
……でも。
まあ、それとは別に香澄ちゃんとバトルしたい気持ちもあるんだけどね。
──そんな純粋な2つ目もあって。
……だって、雪菜ちゃんが素直に負けたって認めるなんて、珍しい。
多分、『全国大会』のとき以来なんじゃないかな?
……ううん、そう考えると、結構最近?
単純に、雪菜ちゃんが『負けは負け』と素直に認められるような、不服な結果も不服なままに飲み込むような、そんなことができるようになった……つまり、いわゆる大人になったっていうだけなのかな?なんて。
でも、それはちょっと寂しいから。
そうじゃないって思いたいからそう思える根拠が欲しいっていう気持ちもあって。
──これが、3つ目で。
……パッと考えただけで3つも浮かんできちゃうくらいには、こんな風に、色んな気持ちがぐちゃぐちゃにかき混ざってしまっているけれど。
そんな、小さい子供が落書きした自由帳の1ページみたいなそれを、ボクは、ただ、そっと閉じて。
……香澄ちゃんとのバトルに臨んだ。
──先攻後攻は、公平にコイントスで決めた。
先行は香澄ちゃんで、後攻はボク。
奇しくも、昨日の雪菜ちゃんと同じような手番の順だった。
……本当は、香澄ちゃんは、手順の選択権を譲ってこようとしたけれど。
ボクが選択するのじゃあ、どっちが見定められる側かわからなくなっちゃいそうって思ったから。
そしたら香澄ちゃんは、あっさりと飲み込んでくれた。
……と、言うか。
あれって、香澄ちゃん、でいいのかなあ?
……雪菜ちゃん、もしかしなくても、盛大な計算ミスというか、その……なんかすごく、やらかしちゃってない?これ。
「手札の『公開』を宣言する。【ルクバト】」
香澄ちゃんの宣言に呼応して、手札の上に現れたのは、鋭い目の《魔女》。
その手で引き絞られた弓矢は、もうボクの心臓の辺りに照準を合わせているようだった。
「ターンエンド」
同時に、眠いのかと思ってしまいそうな表情で薄く細められた、香澄ちゃんの青い目が、ボクを見据える。
「ボクのターン!」
元気いっぱいに宣言して、見つめ返す。
うーん、ボクがおかしいのかな?これ。
目の色が変わるとか、絶対なんかあると思うんだけど……。
いや、別に雪菜ちゃんも、香澄ちゃんがバトル中に目の色が変わることそのものを見落とすような節穴ではない……多分。
多分、そう、だから。
きっと、雪菜ちゃんは、そういう体質か何か、と割り切ったんだろう。
……そうじゃないなら、なんだろう?
うーん、そこでパッと思いつくなら雪菜ちゃんも何かしら考えるよね。
わかんないや、と、頭の片隅に1度預けておくことにして。
ボクは再度バトルに集中する。
【ルクバト】……【人馬の魔女ルクバト】は、11コストだけれど、攻撃力と体力が1で。
公開を条件に相手のターン終了時に【不可視の一矢】を手札に加えて、自分自身のコストを-2、0以下になったら、盤面に出して自壊。
【不可視の一矢】は、3ダメージか自壊。自壊したら墓所からデッキにカード回収、あとコストが差し引き+1!
そしてあとは、《分類》として《星辰の魔女》を持っている。
……何が本命だろう。
コストを下げるのが本命?
だとしたら『元のコスト』を参照して発動する効果……あるいは勝利効果があるのかな?
……それとも、『盤面に出す』?
……あるいは、『自壊』?
『マジックを使用』すること、もありそう?
──それとも、単にコストが下がるのはただの『カウントダウン』で、自壊は『無限リソース』にならないための『制約』で、ただ強いマジックが手札に貯まるだけ?
《星辰》……は、あまりヒントにならなさそう。
《魔女》も、ちょっとイメージできる幅が広すぎる、かな。
《分類》の名前を手掛かりにするのは、今やると変に視野を狭める結果になりそうだし、さすがにもう少し情報が揃った時で良さそうかも。
……で。
じゃあ、やっぱり今1番手掛かりにしやすそうなのは、カードの効果、でいいと思う。
ううん。
盤面に出すのが条件なら、雪菜ちゃんのデッキは有利だから多分違う。
自壊は、雪菜ちゃんのデッキじゃ厳しいから、ありそう。
空中系のカード──盤面を必要としない、マジックに関連するのも、雪菜ちゃんにとって厳しいから、これも、ありそう。
あ、あと『消費したコストの合計』とかもシナジーありそうだね!
とかなんとか思いながら。
ボクはとりあえず1枚目のカードに、無難な効果の1コストのカードを使用して、ターンを終えた。