※香澄視点です。
25話 誤解あるいは忘れ物
人混み、と言うほどではありませんが、それなりに人が集まる密集地帯。
そのただ中に、静かにあたしは腰をかけます。
両隣が空いている席を見つけることができたのは、幸運でした。
あれから……有栖さんとカード開封バトルから日が明けまして。
今日は土曜日、ですので。
──学校もバイトもない1日なので、あたしは今日は自由の身です。
そんな自由なあたしがやって来たのは、小規模な『ファントムビルド』の大会でした。
……地域のちょっとした大会ですが、案外、盛り上がっています。
年齢などの制限こそありませんが、アマチュアの大会なので、プロはいません。
あたしは、ミーハーのカジュアル勢なのと、人混みがあまり得意でないことが組み合わさり、いつもは、こういう『知る人ぞ知る』みたいな大会はあまり観に来ないのですが。
……今日は、思い切って来てみました。
改めて周りを見てみると、学校の体育館と大体同じくらいの大きさの会場の観客席が、おおよそ4分の3くらい埋まっていることが、わかります。
……やっぱり、自分はやらなくても、バトルを見ることに興味がある、という人はそれなりにいるようですね……。
さて、観客席の方は、まあこれくらいで。
出場選手の方は、どうでしょう。
ちょうど今開会式をやっているので、参加する人たちのことがよく見えますが、全体的に、学生が多いような感じがします。
……というより、うちの学校、でしょうか。
制服や体操着を着ている人が多いですが、見覚えがあります。
制服に関しては、あたしも2回程着ていますが。
体操着の方は、身長などを測った後に配られると聞いているので……その、まだあたしも着たことがありませんので、確証はありません。
……そんな感じで、ぼんやりと眺めていたら、見知った顔が見えました。
昨日一緒にたくさん『イミテーション』のパックを開けた、有栖さんです。
……昨日は結構遅めの時間に解散になってしまいましたが、それでも、こんな朝早くからの大会に出場するなんて、すごいと思います。
あたしが、気付くか気付かないかくらいの微妙なラインで……胴の横辺りで、小さく手を振ると。
有栖さんも、小さく手を振り返してくれました。
あ、この距離からでも気付くんですね……。
観客の姿も案外選手から見えてるんだということに気がついたあたしは、密かに少しだけ姿勢を正しました。
「あ、香澄じゃない。あんたも来てたんだ」
気持ちだけ背筋を伸ばして、主催者のありがたいお話に傾聴していると、よく知った声が聞こえてきました。
「あ、その、えっと……参加、されないんですね……?」
てっきり、その顔は見かけるとしても向こう側だと思っていたので。
思わず言葉が、漏れてしまいました。
「まあね。本当は出ようと思ったんだけど……気付いたら申し込み期限がね」
……なるほど、です。
あたしも『レジェンダリーカップ』で気付いたら申し込み期限が切れてしまう予定なので、その状況は大いにわかります。
いえ、あたしと違って雪菜さんは出る気はあったのでしょうけれど……。
「そう、なんですね。雪菜さんもそう言うこと、あるんですね」
ここで肯定的な姿勢を見せることで。
──いざ、あたしが申し込み期限を切らしても、納得してもらえる確率を、少しでも上げることを、試みます。
……?
……何故か、雪菜さんが固まってしまいました。
なんと言いますか、その姿は、まるで、壮大な宇宙を背に目を見開く猫の画像を思わせるようでした。
……しかし、少し待つと、スイッチが再び入ったかのように、動き出しました。
「……そ、空耳が聞こえたのよ。気にしないで」
……空耳、ですか。
もしかして、疲れているんでしょうか……?と、思いましたが、そう言えば。
──呼び方を、変えてみているんでした。
……うーん、怒っている、ような感じはしませんが、戸惑っている……とも違うような気もします。
もう少しだけ、様子を見てみましょう。
「雪菜さん……えっと……この大会、どう思いますか?」
様子見のために名前を呼んでみましたが、話題が一瞬口から出てこなかったせいで、変な感じになってしまいました。
どう思うって、いったいなんなのでしょうか。
「ええ?え、そうね……?」
雪菜さんは、極めて、困惑している様子です。
えっと、機転が利かなくて、本当にすみません……。
……たしか、こう言う時は、天気の話をすると良い、というお父さんの言葉。
あたし、すっかり忘れてしまっていました。
今からでも、遅くないでしょうか。
「……あの、きょ、今日は……その、荒れるって……台風みたいな感じになるって、聞きましたが……その……」
──その、なんでしょうか。
見切り発車で発した言葉は、案の定、行方不明になってしまいました。
……ごめんなさい、お父さん。
せめて朝自分で天気予報をちゃんと見ないと、『天気デッキ』の使い手には、なれないみたいです。
せっかく今日の天気のことを教えてくれたのに、改めて、ごめんなさい。
「……誰に聞いたのよ」
しかし、意外にも雪菜さんは興味があるみたいです。
……よく見れば、雪菜さんは、傘を持ってきていません。
「えっと……あたしの、お父さんです」
言ってから、あたしは少しだけ恥ずかしくて身をすくませますが、雪菜さんは気にしていないようでした。
「……ふーん。で、あんたはどう思うのよ」
……えっと、どう、とは、なんでしょうか。
あたし、天気予報の知識とかないのですが……。
あ、もしかしてお父さんが言ってたって言ったので、雪菜さんはあたしのお父さんが天気予報士だと思ってしまったのでしょうか。
「えっと、お父さんは……あまり知識がある方ではないですし、あたし自身も、よくわかりませんが……みんなも、そう思ってるみたい、ですし……」
……辺りを見渡せば、みんなちゃんと傘を持っています。
傘を持ってきていないのは、パッと見える範囲では、多分、雪菜さんだけみたいです。
「……何よ。まさか私以外みんなわかってることって言いたいの?」
「えっと、残念ながら、はい」
雪菜さんが、悔しそうに考えています。
天気予報を見てくるのを忘れてしまったことを後悔しているのでしょう。
……『天気デッキ』、役に立ちましたね。
今はまだ晴れていますし……今から傘を取りに行けば、大事には至らないでしょう。
近くにコンビニもありますので、少し高いですが、ビニール傘を買ってくるという手もあります。
「わかったわよ。有栖、でしょ」
……。
……何が、でしょうか?
「台風の目よ。確かにそうね。あいつなら、上級生や大人相手でも充分以上に戦える」
──よくわかりませんが、何か、勘違いがあるみたいです。
「……えっと、すみません。違うんです。その、有栖さんが強いのは、確かにみんなもわかってると思いますけど……」
大雨が、降るらしいんです……。
だからその、雨具がないと、帰り大変だと思うんです……。
「──なるほどね。わかったわ」
雪菜さんは、苦々しげな表情で、不満を表しましたが。
どこか納得したような表情で、目を閉じました。
そして、表情を切り替えると。
雪菜さんは、カバンから折り畳み傘を取り出しました。
「……間違ったわ」
あ、勘違いに気づいてくれたんですね……。
……と言いますか、雨具持ってきてないって決めつけて勘違いしてたの、むしろあたしの方じゃないでしょうか……これ。
……。
……あたしが恥ずかしさのあまり顔を俯けると、何か、冷たいものが顔に当たりました。
「……試合、始まるわよ」
……顔を上げると、雪菜さんの手には、ペットボトルのお茶が2つ、握られていました。
「別に、あんたにあげるために持ってきたんじゃないからね。偶々、偶然長時間の観戦を見越して何本か持ってきただけなんだから」
変な勘違いはしないでよ、と言いながら。
──雪菜さんは、お茶を1本、くれました。
「あ……えっと、すみません。ありがとうございます」
……そうでした。
言われてから気が付きましたが。
そういえば、あたしは、飲み物を、持ってきていなかったのでした……。