※雪菜視点です。
──私は、考える。
……まるでガラス細工でも手に取るかのように恭しく、遠慮がちにペットボトルのお茶を受け取る香澄を、ぼんやりと眺めながら。
今日は試合観戦が長引きそうだったから、と言う理由で多めに持ってきたはいいものの、冷静に考えてみたらちょっと持ってき過ぎていたことに気が付いたから、だから、1本押し付けることにした……というだけなのに。
それだけのものにこうも恐縮されると、なんだか調子が狂いそうだ。
……。
……最初はあまりの驚きで固まってしまったけれど、私を急に名前で呼び始めたのは、十中八九、有栖の影響だろう。
……あいつは、そういうことをするやつだ。
きっと、私と一緒に、一度帰った後のことだ。
……あの後に、わざわざUターンして、またカードショップまで戻る有栖の姿が、目に浮かぶ。
だとしたら、有栖は、香澄とバトルしたのだろうか。
まあ、きっとしているだろう。
……あいつは、好奇心が強い。
それで、いろいろな視点で、物事を考えようとする。……けれど。
……正直なところ。
本質的には、あまり賢くは、ない。
まあ……別にバカ、と言いたいわけではないけれど。
本人のやりたいことに対して、スペックが追いついていない、というか。
……色々なことを同時に考えようとして、全部中途半端になってしまうことが多い。
で、結局、何も考えてないみたいな答えに行き着くのだ。
──今回の件で言うのであれば。
多分、私の話と、自分自身のファーストコンタクトで、色々照らし合わせて、彼女なりに香澄について分析しようとしてみたけれど。……「よくわかんない」とか言って、途中で投げ出して。
まあ、それで、「バトルしてみればわかるよね」とか言って、バトルを仕掛けた……とか。
……そんなことが起こっていても、不思議ではない。
……で、結局、結果としてそれが上手くいって。
名前で呼び合えるくらいの仲になったから、私にも気を回して……みたいな流れなのではないだろうか。
全部推測の域を出ない話ではあるけれど。
……仮にそうだとして、有栖はきっと、悪気は一切なくそういうことをする。
──私の方が、先に香澄と仲良くなったのだけれど。
……。
……変な考えを、頭から追い出す。
少なくとも、推測だけで有栖を責めるのは、違うだろう。
まあ、でも。
私は『あの香澄』のことが、目の青いバトル中の香澄のことがよくわからないままだから、もし仮に、『バトルを通じて仲良くなれた』って言うのなら。
……それは、なんだかちょっと悔しいし、少しだけ……自分のことが、情けなく思えてしまう。
……少し、切り替えよう。
せっかく、丁度いい話題があったのだから。
……。
……香澄は、今日は「荒れる」と言った。
もちろん、天気なんかの話でないことは明白だろう。
……明白だし、バカな話だけれど。
美味しそうにお茶をちびちびと飲む香澄を見ていたら、いつも有栖に「すぐ考えを狭めるの、雪菜ちゃんの悪い癖だよ」とか言われているのを思い出したから。
……だから、少しだけ、検討してみる。
……まず、仮に天気の話だとしたら、「台風」という表現がおかしい。
今日、天気予報のお姉さんは、「天気は午後にかけて荒れていきますので、外出の際は傘があると良いでしょう」なんて言っていた。
つまり、傘が役に立つ程度の天気。
風が強い日は、むしろ傘なんて役に立たない。
では、そんな天気を「台風」なんて表現するとしたら。
それは流石に『盛りすぎ』と言うものだ。
それに、この話の直前に、この大会をどう思うか……なんて聞いてきた。
これを考えると、文脈からして「荒れる」のが大会のことを指しているのは間違いない。
……それに「荒れる」と言う話も、テレビや新聞、スマホなどの天気予報から、ではなく「お父さんから」と言っていた。
往々にして、ソーサラーの親というのは、『ファントムビルド』に強い興味を持つ傾向にある。
……これについては、親がソーサラーでない場合に、より顕著な傾向がある、という話もあるけれど。
まあ、そこまでは香澄の親御さんについて知らないから、わからないとしても。
あの実力も考えて、香澄の親御さんが『ファントムビルド』に興味を持つのは自然だし、その流れで『今日の大会についての何らかの情報』を手に入れて、それを香澄に伝えたという流れもまた、充分に自然なものと言えるだろう。
……それにしては、ヒントが迂遠だったけれど。
そこは、彼女なりのクイズゲームみたいなつもりなのかも知れない。
つまり、これはクイズであり、ゲームみたいなもの。
間違えて何かあるわけではないし、答えられなくてどうなるわけでもない。
けれど、私は。
どんな遊びだろうと、適当に手を抜くということはしない人間だ。
何事も、「全力でやるから楽しい」って、私は、そう考えている。
……さて、前提条件の確認は済んだ。
試合が進めば、否が応でも答えは出てしまうだろうから。
だから、あまり悠長に考える余裕はない。
まずは、情報を整理しよう。
最初に、「みんなが知っている」と言っていた。
そして次に、有栖が台風の目かと聞けば、有栖が強いはわかっているだろうけれど、と前置きした上で。そうではない、と言っていた。
あえて後者から考えるけれど、わざわざその前置きに意味があったとするのなら、言いたかったのは、正しくは、『有栖だけが台風の目となるわけではない』というような辺り、だろうか。
……まあ、完全に有栖より全然強い無名の人が何人も出ている、ということかも知れないけれど。
それならはまあ、流石にお手上げでいいだろう。
なんだかんだで、私は少しくらい、有栖の実力を認めているのだ。
……それこそ、そうはならないだろう、と考えてもいいと思っているくらいには。
──香澄のヒントから推測できるのは、せいぜいこのくらいだ。
ここまで考えたら、少しばかり、軽く、答え合わせをしてみるのもいいだろう。
「──それで、さっきの話だけど、台風は、決して1つとは限らない……そういう解釈でよかったかしら?」
私がそう言うと、香澄は驚いたように目を見開いた後、目を逸らした。
「えっ?そ、そう……ですね?えっと、も、もしも台風が、2つも上陸したら……どんなことになっちゃうんでしょう……?」
目を逸らした先に偶々あったのであろう、自分の傘の持ち手の部分を見つめながら。香澄は言う。
曖昧な、比喩的な表現だけれど、この答えは、『正解』と捉えていいだろう。
あとは、誰がその『2つ目の台風』になるのかさえ分かれば、この問題は完答だ。
会場のあちこちで行われている試合を見回してみる。
……。
そして、それを見つけたのは、偶然だった。
少し遠くで声はとても聞こえないけれど、知っているエンティティの姿が見えた。
──鈍く光る銀の翼。
鳥の羽根を模したような形状をしたそれは、浮遊する鋼鉄の球体を支えている。
……そして、遠くからでも存在感を放つ電光を纏った、大きな刃。
私は、あれを、見たことがある。
……けれど、それは、画面の向こう側で見たと言うだけのものでしかない。
2年前……つまり、私たちの2つ上の代。
当時の『全国中学生大会』で準優勝を飾った、《機構の天使》。
あれは、その中でも、おそらく【遊撃の機構カマエル】で間違いない。
昔見た時にも思ったことだけれど、あんなものを『天使』と呼ぶなんて、どうかしてると、思わないでもない。
だけど、《機構の天使》といえば。
……まさにああいった、『鋼の羽が生え、近未来的な武器を装備した機械』なのだ。
──わかった上で、よくよく見てみれば。
あのカードを使っているソーサラー……星型のサングラスをかけてアロハシャツを着た女の人は、うちの生徒会副会長、
どうしてあんな格好をしているのかといえば……まあ、『暗黙の了解』と言うやつだ。
……ここで言う『暗黙の了解』というのは、アマチュアしか出れない大会に出場申し込みをして、出場選手として登録されてから、プロ契約の打診があって、それを受け入れた時に……せめて形だけでも変装をする、というしきたりのことを言う。
形だけ、というのは、それが『ファントムビルド』である以上、使っているデッキでどれだけ変装をしてもわかってしまうから。
……プロとしてその大会の前に何らかのイベントに出たりしていたら、普通に出場取り消しになるだけだけれど、そうでない時限定の、一種の特例的な処置だ。
なお、この『暗黙の了解』で出場が許されるのは、他にも結構色々な条件……例えば、プロになることをまだ公にしていない、とか、そういったものが重なっている必要があるため、頻繁に起こる現象ではない。
……しかし、なるほど。
「みんなが知っている」とは、こう言うことか。
意外と面白いクイズを出すものね、と感心しながら。
私は改めて、香澄に答え合わせを求めるのだった。