※雪菜視点です。
「──強い動きではある……けど……」
……隣で見ている有栖が、小さく呟いて、首を微かに横に振るのが見えた。
香澄が【歪なる友愛ヒュドラ】以外のエンティティを焼き払って、その残った【歪なる友愛ヒュドラ】の効果でダメージも与えて。
さらに、【巨蟹の魔女アクベンス】の持つ『被破壊時、盤面に【歪なる友愛ヒュドラ】があるなら、手札にこれと同名のカードを加える。』効果で【巨蟹の魔女アクベンス】そのものは手札に戻ったから。
……もし【歪なる友愛ヒュドラ】が処理されても、もう一度【巨蟹の魔女アクベンス】そのものを召喚することはできて。
……そんな、もしかしたら、押し切れそうな状況へと、一気に動きはした……けれど。
「……そうね」
──やはり、有栖が言いかけたように、『けど……』という言葉が外れない。
「じゃあ、こっちの番だ」
ターン開始時、月城先生はそう宣言して、カードを引く
以前香澄とバトルした時に、【巨蟹の魔女アクベンス】と【歪なる友愛ヒュドラ】のセットは見たことがあったから、【磨羯の魔女アルゲディ】で手札に加えたカードはそれなんじゃないかと言う予想はできていた。
……けれど、【拒絶の魔法】というカードは、私は、見たことがなかった。
自分のターン終了時に9のダメージを相手ソーサラーに飛ばせる上、攻撃力も体力も9と高水準のエンティティに、破壊耐性の付与。
月城先生のデッキは、基本的に《分類:罪禍の刻印》を付与して【審判の雷雲】の破壊効果で盤面を処理しているから、この破壊耐性は、強力な対抗手段となり得ただろう。
……1ターン、早ければ。あるいは。
いや、分かってはいる。
【拒絶の魔法】はコストを軽減させなければ30コストのカードだから、早期に使用できるようなものでもないし、もし1ターン早く使えたとしても、そこで小型のエンティティに耐性を付与したところで、圧力にはならない。
……1ターン早ければ、なんていうのは、机上の空論どころか、そもそも前提として、不可能なことだ。
それで、じゃあなんで今のターンでは遅いかと言えば。
……まあ、すぐにわかることではある、か。
「……正直に言って、まさかあの盤面を処理し切られるとは思ってなかったよ。だが……もうこのバトルも終わりだ」
月城先生が、棘のない声で、まるで自身の勝利を宣言するように、そう言った。
「……そう。ここまでよく頑張っていたみたいだけど……もう結果がわかったの?」
香澄が、首を傾げる。
「……?おいおい、わかりきったことではあるだろ?」
香澄の言葉に、月城先生は、怪訝そうに眉に皺を寄せた。
「……?ああ、もしかして。だけど」
その時、香澄の青い瞳に、一層不気味な光を宿り、爛々と輝いた……ように見えた。
「自分が勝てるって、思い込んでる?」
──香澄は、遅れて何かに気がついたように、頷くと。
さらに、続けるように、そのまま言葉を紡いでいく。
「……それなら、よかった。……萎えて縮こまってる相手を轢き殺しても、つまらないから」
「……ほう?」
……月城先生の顔が、一瞬、強張った。
「──いいだろう。なら、見せてやるよ。……まず、ここはコスト7で【清純の罪禍シェヴァ】を召喚する」
召喚されたのは、前のターンに、【無欲の罪禍エセル】がその効果で盤面に出したエンティティの、1枚。
……召喚された《巫女》が、その向こう側にいる9つの頭を持つ怪物の巨軀へと、指を指し、《刻印》が付与された。
「……で、ターン終わりだ」
そして、ターン終了時。雷が【歪なる友愛ヒュドラ】を襲い、裁きを下さんとするが。……しかし、その身には、一切の傷すら、付かなかった。
それとほぼ同時に、【清純の罪禍シェヴァ】の効果で、月城先生の体力が、手札の枚数分……つまり、8回復して。……24に、なった。
……そして。
先程、怪物を穿とうとした雷など比にもならないような、轟音が鳴り響き、あまりの強烈な光に、視界が一瞬、白に染まった。
……そうして、視界が正常に戻ると。
そこには、雷雲でその全貌は見えないけれど、何かが、そこにいた。
……それは、きっと、大いなる、何か。
人間のように、足があって、胴体がある……のは、わかるけれど。
……決して、何を間違えても、あれは、人間などではない。
そして、一歩遅れて、気が付いた。
それが現れたと同時。
……盤面から、全てのエンティティが、姿を消している。
……現れた大いなる存在、【再臨せし全知】の効果。
『自動召喚された時、自身を除いた、お互いの盤面の全てのエンティティを手札に戻す』。
……手札に戻すのなら、破壊耐性にも、意味はない。
さらに。
その次は、墓所のカードの大半が、消えた。
……これもまた、【再臨せし全知】の効果。
『お互いの《分類:罪禍の刻印》を持つ墓所のカード全てをゲームから除外する』、というもの。
──一応、除外について説明するなら、破壊などで送られる墓所と違って……除外されたカードは、再利用ができなくなる、といったところだろうか。
……最後に、香澄の手札とデッキのカード全てに、この試合中何度も見た《刻印》を付与して、それは再び、姿を消した。
……姿を消した、けれど。
その存在感は、未だに消えていない。
【再臨せし全知】は、一度自動召喚されたとき、相手の手札とデッキのカード全てに《分類:罪禍の刻印》を付与する。
──そして、次以降の自分のターン終了時に、《分類:罪禍の刻印》を持つカードが相手の墓所にあったなら、再び自動召喚されて。
……そこで、勝利効果が発動する、ということになっている。
《分類:罪禍の刻印》を付与されたエンティティを召喚すれば、【審判の雷雲】でターン終了時にそれは自壊させられて、墓所へ送られる。
そして、マジックカードにも《刻印》は付与されているから、カードの種類の性質として、使えばそのまま墓所へと送られるマジックカードもまた……使うわけにはいかないだろう。
……だから、勝利効果を回避するなら、カードを一切使わないようにするしかない……けれど。
そんなことをして勝てるわけがないし、もししようとするなら、また【無欲の罪禍エセル】とかが出てきて、普通に体力を削り切られるだけだ。
……つまり、もう、事実上の、詰みだ。
「……流石にわかっただろう?降参したっていいんだ」
月城先生は、肩をすくめる。
「……不要。そのカードじゃあ、わたしたちは、裁けない」
「……?」
一瞬、月城先生の顔に浮かぶ疑問の色が、強まった。
……けれど。
「──いいだろう。じゃあ、やってみるんだな」
すぐに真剣な顔に戻って、香澄の、薄く光を放つ青い瞳へと、目を向け直す。
そして、それに応えるように。香澄が、ターンを開始する。
一応、このターンで体力を削り切れば勝ち……ではあるけれど、いくら盤面が空で10ターン目とは言え、24ものダメージを出すのは、厳しいだろう。
けれど、カードを引いて、香澄は、迷うような様子もなく、手札のカードへと手を伸ばす。
「……盛り下げよう。わたしたちで。……ここまでの全部をひっくり返して」
──香澄の手が、カードに、触れる。
「……【テロス】」
……現れたのは、二つの赤い光。
遅れて、それが、一対の目だってことに、気が付いた。
《刻印》こそ付与されているものの。
……それに対して、まるで意に介している様子もない。
【終焉の兆し・テロス】
コスト50。エンティティ。攻撃力10、体力10《分類:なし》
デッキ、もしくは手札にあるこのカードは、自分の《分類:星辰の魔女》を持つエンティティが自分のカードの効果の影響によって破壊されるたびにコストを-2する(最低値10)
召喚時、自分の残っているコストを全て消費する。
自分のカードの効果では選択できない。
エンティティカードの効果によって破壊されない。
このカードは破壊以外の方法で盤面から離れることがない。
被破壊時、この試合に勝利する。
……それは、初めて見た、香澄の……《星辰の魔女》のレジェンダリーだった。
「……あれが、香澄ちゃんの」
有栖が、小さく、呟く。
「……そう、みたいね」
……私も、唾を飲み込み。
これが、香澄の、レジェンダリーか、と、そんなことを思っていると。
一瞬。何となく、どこかで見覚えがあるような薄ら寒い笑みが、こっちに、向いた気がした。
「……ターン終了」
──香澄が言うと同時に、【審判の雷雲】が雷を落とす。
……けれど、【審判の雷雲】はあくまでそのエンティティに自壊効果を付与するものだから。……エンティティの効果で破壊されない【終焉の兆し・テロス】は、破壊されない。
まあ、もっとも。
もし破壊されたら、その時点で勝利効果が発動するから、それはそれで、【再臨せし全知】が自動召喚される間もなく、香澄の勝利で終わるということになるのだけれど……。