※雪菜視点です。
ターンを開始して、月城先生が、カードを引く。
「──互いに、条件を満たせるものとした場合。……つまり、単純なレジェンダリーの速さ比べにおいて、基本的には先攻が有利だ」
ドローして、手札に加わったカードへと一度視線を向けて、そこから一呼吸の後、月城先生が語り始めた。
「……だから、後攻側は、レジェンダリーの着地の妨害に徹して、機を窺うのがセオリーだ」
彼女が話すそれは、ある種、ソーサラーとしての一般的な常識だ。
「通常、レジェンダリーには2段階の勝利条件がある。1つは、レジェンダリーの着地までの条件。……例えば、《分類:星辰の魔女》の自壊枚数、とかだな。そして2つ目は、着地した後に勝利効果を発揮するまで。……これは、被破壊時、や、次の自分のターン開始時、みたいな感じだな」
……確かに、世界には色々なレジェンダリーを使うソーサラーがいるけれど、出てきた瞬間に勝利、というのは、あまり聞いたことがない。
「……そういう点で考えて、今回、この場では、先攻後攻の有利不利を覆せるほどに、こっちのレジェンダリーに対してそっちの方が相性の点で有利だったって、ことだな」
……つまり、こういうことがあるからこそ、デッキ全体の持つカードの全体的な性能が強い方が、必ずしも勝つとは限らない。と、いうことなのだろう。
それで、こういうこと、というのは。もちろん、先攻後攻による単純な有利不利や、カードの引きなんかもそうだし、あとは、デッキ全体が強くても、レジェンダリーカード単体の強弱によって、試合がひっくり返ることもある、ということだ。
ちなみに、これはちょっとした豆知識……のようなものだけれど。
エンティティが盤面から離れるとき、コストやステータス値の変動、ダメージなどの状況は、リセットされる。
だから、例えば。
今は、デッキに戻った月城先生の【再臨せし全知】のコストは、21に戻っている。
つまり、【再臨せし全知】の『コストが11以下なら』という自動召喚条件は、今この瞬間は、満たしていない。
……そうである以上、月城先生がもう一度【再臨せし全知】を自動召喚するためには、香澄の墓所に《分類:罪禍の刻印》を持つカードが送られること以外に、方法はない。
……仮に、もし、そうでなかったなら。
盤面からエンティティが離れた時に、コストなどの数値が元に戻るという挙動が存在していなかったなら。
そしたら、ターン終了時に、墓所に移ったカードに関係なく、問答無用で再度【再臨せし全知】が自動召喚されて勝利……という、ある種、ちょっと理不尽にも思えるような現象が、このターンの終了時に、見られることになるのだろう。
──しかし、現実として、そうはならない。
……まあ、実際。
もしもそういった、数値の変動が元に戻るような挙動がなかったなら。
墓所から、一度破壊されたエンティティカードなんかを盤面や手札に加えた時に、体力が0のまま……なんていうことになったりしてしまうことになる。
……だから、つまり。逆に、現実としては。
このターンに【再臨せし全知】が自動召喚されることは、もう、確実にあり得ないのだ。
……あとは、それから。
豆知識ついでに、小話をひとつ。
勝利条件に対して対処の可能不可能、という話で言えば。
例えば、有栖のレジェンダリーカードなんかは、かなり、優秀な部類だ。
デッキの、《分類》の付いているマジックを全部使えば、カードが勝手に勝利効果を持つし、その後の……月城先生の言う2段階目の勝利条件も、『次の自分のターン開始時』というだけだから、相手に依存する要素が、ほとんどない。
──と、そんなふうに。
月城先生の話に釣られて、私の思考が試合から少し逸れ始めたところで。
「……どうして、その話を今?」
香澄が口を開いた。
……見れば、香澄は、月城先生の話に、首を傾げていた。
おそらく、その態度から察するに、『感想戦なら、試合が終わってからするものではないのか』とでも言いたいのだろう。
「──こういう話をするなら、試合中の……違うな。『今の』お前に対してじゃなきゃ、意味がないだろう?」
問いの意図を汲み取った月城先生のその言葉に、香澄は不意をつかれたようで、青い瞳を瞬かせた。
「……見事なものだ。こういう試合展開において、有利な先攻を取って、それでこの結果とは、完敗と言えるだろう」
目を閉じて、月城先生は、静かに言った。
「……」
……対して、香澄の顔には。
その青い瞳が、初めて、困ったように、大きく揺れた。
──そして、突然。
半球を描く薄い半透明な膜のようなものが、この場にいる4人を覆い。……周りの声が、音が、聞こえなくなった。
「……わたしは、その言葉に対して、適切と判断できる回答を用意していない。……だから、敢えて。先攻の明確な有利について、本当ならもっと検討する予定だった……と、話題を逸らし、言い訳を以て、回答する」
……香澄は、音の消えた世界で、静かに、語る。
月城先生は、その言葉を聞いて、何か言葉を発するでもなく、ただただ困惑したように、眉を顰めた。
対して、香澄は静かに、目を閉じる。
「……人間は、真実を暴くことが好き、なのでしょう?……だから、わたしという個を見ようとしていたあなたたちに。……これはそういう、ちょっとした気まぐれ」
静寂の中でなお、聞き取れるかどうかと言ったその言葉に、私は自然と耳を澄ませていた。
だから。
──突然、半球が消失して。
半球の外にあった、雷雲の発する雷の音や、野次馬達のざわめきが、戻ってきて、頭が痛くなりそうになった。
……試合をしている2人に目線を戻せば、お互い、試合への集中を取り戻しているようで。
私と有栖は、自然と、顔を見合わせた。
「……さて。──じゃあ、こっちの番だな」
月城先生は、いつものペースに戻り、手札のカードへと、触れる。
「コスト9で、【真実の罪禍テーシャ】を召喚する」
盤面の、攻撃力もしくは体力が効果によって加算されているエンティティ全てに《分類:罪禍の刻印》を、付与するエンティティ。
だけれど、既に【終焉の兆し・テロス】には《分類:罪禍の刻印》は付与されているし、お互いの盤面に、攻撃力や体力が加算されているエンティティは、そもそも、存在しない。
だから、つまり。
今回は《刻印》の付与ではなくて、もう片方の能力が目当て、なのだろう。
自分の盤面に《分類:罪禍の刻印》を持つエンティティがいなければ、自分の盤面のエンティティ全てに『受けるダメージを-9する』を付与する効果。
攻撃力が9だから、【終焉の兆し・テロス】が【真実の罪禍テーシャ】へと攻撃しても、お互いに、破壊されない。
本当なら、盤面を展開できて味方全体に『挺身』を付与できる【無欲の罪禍エセル】の2枚目の召喚ができるなら、そうしたいところだろうけれど。
……そうしてしまえば、【無欲の罪禍エセル】の攻撃力が10である以上、負け筋を作ることにしかならない。
ただ、9ターン目に召喚した【無欲の罪禍エセル】によるソーサラーへの能力付与『自分のターン終了時、自分の盤面の最も体力の高いエンティティの体力と同じ値だけ、相手ソーサラーへとダメージを与える』という効果は永続で、まだ残っている。
──だから、一応。
これで、回復がなくて、その上で次のターンが回ってきて、尚且つ【真実の罪禍テーシャ】が盤面に生存すれば。……そうすれば、一応は、勝ちを狙える形には、なった。
「……で、ターン終了。……最後に、持ち物検査だ。これで拾える勝ちがあるなら、遠慮なく拾わせてもらう」
月城先生は、それだけ言って、ターンを終了した。
……そしてターン終了時、香澄に、9のダメージが与えられて。
残り体力は、16になった。
「……そう。なら安心していい。もちろんわたしは、この試合をそんな肩透かしでつまらない終わりにはしない」
香澄は、言いながら、ターン開始のドローをする。
「……【レグルス】」
ほんの一瞬だけ、少しだけ迷った様子を見せつつ。
そこには、【獅子の魔女レグルス】が、選ばれた。
召喚時、いつものように、大剣が横薙ぎに振るわれる。
……が、しかし。
その剣は、【終焉の兆し・テロス】には、まるで届いていなかった。
──そして。
「……【拒絶の魔法】。対象は【レグルス】」
……【拒絶の魔法】のように、対象を選択するマジックは、効果の選択対象がいないと、使用することができない。
だから、わざわざ盤面に【獅子の魔女レグルス】を召喚したのだろう。
……【獅子の魔女レグルス】に、『カードの能力によって破壊されない』効果が、付与される。
──そして、【終焉の兆し・テロス】の破壊耐性は、エンティティの効果によるものにしか、作用しない。
香澄がそのカードを使用すると、同時に。
赤い瞳の不気味なヒト型のそれは、目を細めて、口角を上げた。
その瞬間。
盤面に召喚されていた全てのエンティティが、領域に設置されていたフィールドが、全て、薄く平たい、見覚えのある形状……カードになっていった。
……そして、さらに、周りの全てが、剥がれ落ちるように、カードになって。
それから、バラバラに散ったそれらが、一箇所にまとまり。
──全てが、真っ白になった。
……もちろん、これが、カードの見せる幻覚だって言うことは、わかっている。
けれど、突然地面が……いや、世界そのものが崩れ落ちてなくなってしまったかのような錯覚は、確かな恐怖を齎した。
……隣を見ても、誰もいない。
上も、下も、やはり全てが、ただの白。
──空白のみ。
そうして、最後に、私自身も消失するような感覚があって。
気が付けば、世界は、元に戻っていた。
……カードの幻影は消えており、そこはただの学校のフリースペースで。
隣には有栖がいて、目の前には、先程まで試合をしていた2人が、向かい合っていた。
見渡せば、野次馬……もとい、観客……?も、いる。
それは決して虚無を思わせるような白ではなくて、確かに、色づいた、いつも通りの世界があった。
……私も有栖も、あまりのことに、一切、言葉を発することができず。
ただ、目を合わせて。それから少し、安堵した。
改めて前を見れば、香澄が、何をどうしたらいいかわからないとばかりに。
おどおどと、その、黒い目を回している様子だった。
「……行こっか」
「……そうね」
ようやく肩から力が抜けた私と有栖は、困っている様子の香澄の元へと。
……どちらからともなく、2人で、ゆっくりと、歩み寄る。
おめでとう、などと、声を掛けながら。
……何にせよ。
この試合は、確かに、香澄の勝利で、終わったのだから。