※月城(先生)視点ですが、途中で視点変更があります。
……『ファントムビルド』のルール。
それは、別に、誰が考えたというわけでもない。
ただ、ソーサラーの作り出すカードが、そのような法則に従う、というものを『ルール』という形でまとめたのが、それなのだから。
……例えば、物は地面へ向かって落ちていく。
例えば、水に軽い物を入れれば、浮き上がる。
例えば……『ファントムビルド』のルールとは、つまり、『そういうもの』だ。
……もしも、その上で、ルールを定めた存在がいるとするのなら、それは。
「月城先生……?」
気が付けば、私の受け持つクラスの生徒の1人で、ついさっき、私にバトルで勝利を収めた、雲田香澄と。
その雲田香澄の友人の2人……夢園有栖と湖織雪菜が、怪訝な目でこちらを覗き込んでいた。
「……ああ、すまん。少し、考え事をしていた」
ちらりと、雲田香澄の瞳を視界に入れる。
──その目は、何ら普段の彼女と変わらない、黒い色をしていた。
……さて、どうしたものか。
前提として、『ファントムビルド』にはまだ不明な点が多く存在しているが、その中でも特に、『カードの精霊』と呼ばれる存在は、未だわかっていないことが多い。
だから、最初は彼女のバトル中での態度の変わりようは、それと何か関連性がある事象なのではないかと思った。
……だが、改めて考えて。
少なくとも、持っている知識の中で、『カードの精霊』に、そんなことを……主人の意思を超えるようなことをできると言う話は、一度も聞いたことがない。
──だが、かつての研究の結果として、理論上は……。
……いや、やめておこう。
なんとなくだが、この辺りのことを、ちゃんと考えようとしたら、面倒ごとに巻き込まれそうな、そんな気配がする。
教師としてあるまじき態度であることは承知の上だが、上手いこと、回避するのが、吉だろう。
「……正直、まさか負けるとは思ってなかったよ」
……気持ちを切り替えて、口を開く。
……まあ、当然だろう。
誰が、最初から負けると思ってバトルなんてするものか。
「──適当に終わらせて、諦めてもらうために吹っかけてやった……つもりだったんだがな」
私の視線を受けて、雲田香澄は気まずそうに目を逸らした。
「……それで、約束通り、お前らの『チーム』の顧問になろう……と、言いたいところ、だが……」
私が、「だが」という形で言葉を切ったことで、3人は、首を傾げる。
「──そのお話、少し待っていただくことはできますでしょうか」
私の背後から、1人の生徒が割って入った。
……騒ぎを知って、様子を見ていたのだろう。
生徒会の副会長……天柄由依だ。
完全に状況に置いて行かれているようで、3人は呆気に取られていたが。
「……どういうこと、ですか?」
……1番最初に立ち直ったのは、夢園有栖だった。
────────
……。
……何がどうなっているのか、あたしには、さっぱりでした。
どうやら先生に勝ってしまったらしい、ということ。
これで『チーム』が作れると思ったら、今度はなぜか天柄さんがそれを止めてきたこと。
……そして。
「……はい、つまり、もう一度繰り返す形にはなってはしまいますが。まとめますと、結論として、あなた方3人に、生徒会へと加入していただきたい、ということです」
……と、いうことなのだそうです。
えっと、言葉の上では、ある程度理解はできていたのですが、感情的な面で、追いついていませんでした。
それで……その。
改めてまとめますと、天柄さんのお話の内容は、こうでした。
まず、生徒会は、各学年でトップクラスのソーサラーで形成されているから、先生に……しかも、教師陣の中でもかなり上位の実力を持つ月城先生を相手に、勝負が成立した時点で、元々、その人を勧誘しようと動くつもりだったそうでして。
それが、3人のうちの全員、勝負が成立した……どころか。
驚くべきことに、勝った人までいる、と、いうことで。
急いで話に割って入って、声をかけた……のだそうです。
……。
……えっと、前にも聞いていましたが。
生徒会って、本当にそんな感じで、メンバーが決まっているん、ですね……。
「……ですが、まあ、当然拒否する権利はございます。あくまでこれは、ただの勧誘でしかありません」
眼鏡をくいっとしながら、天柄さんは、彼女自身の説明に、補足します。
……どう、しましょう。
あたしは、2人の……有栖さんと雪菜さんの顔を見ました。
……有栖さんと雪菜さんもまた、こっちを見ています。
……少しの間、時間が止まったように、錯覚しました。
「……あんたは、どうしたい?」
問いかけてきたのは、雪菜さんでした。
「まあ、先生に勝ったのは香澄ちゃんだからね……」
肩をすくめてそう言う有栖さんもまた、あたしに、選択権を委ねるみたいです。
……えっと。その。
たしかに、有栖さんの言うとおり……なのかも知れません。
……が、しかし、やはり結果に対して、実力が伴っていないことを考えると、とても複雑です。
……ただ、強いて、言うのなら。
元々、あたしは、起きてしまった結果を借金に見立てて、辻褄が合うだけの実力を付けることで、借金を返そうとしている身です。
……ですので、事情を説明する自分を想像した時。
勝ってしまった相手である、先生に説明して、『ファントムビルド』を教えてもらうようお願いするのと。
生徒会の人……は、天柄さんしか知らないので、その天柄さんに『ファントムビルド』を教えてもらうようお願いするのとで、比較した場合。
……正直、天柄さんのほうが、話しやすそうに、感じます。
「……えっと、その」
ですが、もっと正直に言えば、どちらも選びたくない、というのが本音ではあります。
知らない人のコミュニティに入る、ということを、いざ自分の身に起こることとして想像すると、とても怖いですし、すごく緊張します。
……かと言って、それを理由に断るのも、どうなのだろうと思わないでもありません。
それに、はっきり言って、先生自身が、顧問になることに乗り気でないことは、伝わってきています。
……ですから、そこに、勝者の権利的なものとして、無理矢理お願いする、というのは。今更ながら、あたしとしては、避けるべきこと、なのではないかと、思えてきました。
──いえ、違いますね。
……今更、ではなくて、こうして選択肢が出てきたから、避けることができるようになった、というのが、正しい……のでしょう。
「……あたしは、あ、あたしで良ければ……生徒会に、その……」
……生徒会に、何でしょうか。
じゃあ、だからと言って、自分がその立場に相応しいのか、と考えると。
そこでまた、疑問が出てくるわけでして……。
……そんな風に、あたしが言い淀んでいましたら。
「……。生徒会って、抜けたかったら、抜けてもいいの?……ですか?」
有栖さんが、天柄さんに、質問をしました。
「……ええ、まあ。……こちらとしては、辞める前提だとしたら、少し、困る部分はありますが……可能か不可能でいえば。辞めることもまた、権利ではありますので」
「……そっか。……うーん、じゃあ、ボクはせっかくだし、生徒会に入れてもらおっかなー」
有栖さんが、突然、そんなことを言い出しました。
……そして、その様子を見て、雪菜さんが、小さく、ため息をついて。
「──そうね。私も、せっかくだからそうさせてもらおうかしら」
雪菜さんまで、そうするようです。
「……あっ、えっと、その……それなら、その……あたしも、お願いして、よろしいでしょうか……?」
……それで、その。
このままだと、1人置いて行かれるのではないかと思い。
つい、そんなことを、口走ってしまいました。
「……ありがとうございます」
一瞬、あたし達のやり取りに、何とも言えないような表情を浮かべた天柄さんでしたが。
……一度目を閉じて、それから、口を開きました。
「──本当でしたら、もっと外堀を埋めて慎重に進める予定でしたが……。まあ、結果としては、こうなってよかったです」
えっと、何やら、とんでもないことを言われたような気がします……。
「……さてと、んじゃ、仕事にもどるかね」
成り行きを見守っていた先生は、軽く伸びをして、職員室の方へと、帰っていきました。
「……仮に自分が負けたとしても。そうなったら、他に先を越される前に、生徒会は勧誘に動かざるを得なくなる……そしたら、それに乗じてあわよくば……と、いうことですか。……責任回避能力は、相変わらず流石ですね、先生」
先生の姿が見えなくなった後、天柄さんは、ボソリと呟きました。
「……まあ、それは……そうみたいね」
一拍置いて、雪菜さんが、困ったように、その言葉に反応します。
……そんな風に、言葉の上では、天柄さんも、あたし達も、『目標を達成した』とは言いつつも。
どこか、釈然としないような。……そんな、微妙な空気が、そこには、漂っていたのでした……。