※香澄視点です。
「──お疲れ様でした。明後日からの試合観戦、ぜひ、楽しんで来てください」
「……あっ、はい。ありがとう、ございます……」
……奈々実さんとの遭遇から更に時間は経過して、また、今日も、アルバイトが終わる頃になりまして。
店長に、そんな会話をしながら見送られました。
試合観戦自体は明後日からですが、出発する日付で言えば、それはもう明日まで迫っています。
……別に、この街から出たことがないというわけではありませんが、だからと言って、まさか友達と県境と日付を跨いだ先まで一緒に旅行に行くなどということは。
少し前の自分には、想像すらできなかったことですので、なんだか、不思議な気持ちです。
まあ、そんな感傷に浸るのは、まだ1日程早い、のですが……。
「──おーい、香澄っちー。昨日ぶりだねぇ」
『カードショップ・ミラージュ』を出て、数歩ほど歩いた程度のところで、聞き覚えのある声に呼び止められました。
顔を上げてそちらに目を向けると、少し大きめのカバンを背負った奈々実さんが、あくびをしながら、手を振って歩いて来ていました。
……一応補足しますと、あくびをしているのは、別に、「眠いのを我慢してずっと待っていた」というわけではなく、ただ、単に、いつも通りに眠い状態でここまで歩いて来た、という感じの様子です。
ゆるく脱力した表情ではありますが、その歩きからは特に、不安定さのようなものは感じられず、真っ直ぐにこちらへと歩みを進めており。
お互いに、特に急ぐこともなく、自然な雰囲気で、合流しました。
「急にごめんねー……それで、明日はちょっと用事あるし、明後日からはちょっとした連休だし……連休明けたら君たちが正式に生徒会に加入するしで、タイミングがあんまり無さそうかなぁー……って思って」
昨日の、奈々実さんのおすすめなカフェに行こうというお話についてでしょう。
……確かに、そう言われてみると、絶妙に、タイミングとしてはちょっと待たないとなさそうです。
……そして、すごく今更ですが、改めて言われると、本当にあたし、生徒会に入るんだなあという気持ちになります。
「時間は、大丈夫……?遅い時間だし、夜ご飯もあるだろうから、今日じゃない方がよければー……連絡先だけ教えてもらおっかなあって」
……そう、ですね。
確かに、日は沈んで暗いですし、お母さんが用意した夕飯も、あたしを待っていることでしょう。
腕につけた時計を見てみれば、まあ……遅いとまでは言いませんが、帰った方が良さそうな時間ではあります。
「……え、えっと、す、少しくらいなら……」
……断ることもできたとは思います。
しかし、気付けばあたしは、首を縦に、振っていました。
……少し前のあたしでしたら、きっと、悩むことすらしないで、ノータイムで帰っていたと思いますが……そう考えると、我がことながら、不思議な現象です。
「──そっかぁ!よかった、香澄っちと話してみたいこと、色々あったんだぁ……!」
……まあ、不思議な現象ですが、奈々実さんが嬉しそうに喜んでくれたので、よかった、です……?
……。
……2人でゆっくりと、喋りながら少し歩きまして。
ようやく、その店が、見えて来ました。
……昨日もそうでしたが、一緒に歩いていて、今日、ようやく分かった、と言いますか、気づいたことがあります。
それは、奈々実さんが、歩くペースこそのんびりしているものの、ずっと一定のペースで……その、全然疲れているような雰囲気がないことです。
……奈々実さん、もしかして意外と体力があって運動できる方……なのでしょうか……?
スポーツをする奈々実さんの姿を想像しようとしてみましたが、どうしても、普段とのイメージのギャップがありすぎまして、全然ダメでした……。
……まあ、そんなことは置いておきまして。
気が付けば、『カフェ・プリミティブ』と書かれた、丸太を半分に切り落としたかのような看板に、木でできた建物が、目の前にあります。
「……ついたぁー……」
建物の目の前で、奈々実さんはあたしの方へと、あくびをしながら、振り向きます。
「……おお」
……なんと言いますか、全体的に丸太がいっぱい!っていう感じですが、よく手入れされているのか、清潔感はありますし、癒されるような感じがするような気もします。……こういうのを、趣がある……と、言うのでしょうか……?
お店の中に入りますと、第一印象としては、たくさんの、観葉植物が並んでいるのが、印象的でした。
「……あの、えっと、奈々実さん、植物が、お好き……なんですか……?」
「まあー、好きか嫌いかで言えば好きかなあー……。全然名前とか知ってるわけじゃないけど、見てるとなんだか癒されるんだよねぇ」
……そう言えば、生徒会室にも、観葉植物があった記憶があります。
実はあれを、奈々実さんが手入れをしていたりとか、するんでしょうか……?
「……んー?生徒会室ー……?あー、あれ、プラスチックの作り物だよー。手入れって言っても……埃を払うくらいなら、まあ……何ヶ月か前に、したことある、かなぁー……?」
……。
「……えっと、あれ、偽物……というか、作り物……だったんですね……」
ちょっとだけがっかりしそうな衝撃の真実が、明かされてしまいました。
「そーそー。他にも、テーブルとかも、元々は他の教室のやつと同じだったんだけどー……由依っちがホームセンターでおっきい木材買って来てー……一緒にそれっぽい感じに彫刻したりペンキで木目っぽく塗ったりしたんだよねぇ」
……懐かしいなあ、とばかりに目を細めながら、さらなる驚きの真実が投下されました。
奈々実さん曰く、「焔夏っちも由依っちも、どっちもそういう雰囲気づくりにこだわるタイプだからー」とのことで……。
2年前までは、あそこはただの教室の一室でしかなかったのに、随分様変わりしたんだそうです。
「……香澄っちは、どう?」
それで、奈々実さんによる生徒会3年生のお話も終わりまして……。
……今度は、こちらに、話を振られました。
えっと、どう、と言われましても……どういうお話をすればいいんでしょうか……?
「……うーん、たとえばー……生徒会に入るの、不安だったりとかー……ない?」
……あたしが何も話すことが思いつかなくて焦っていると、何気なく放たれた奈々実さんの言葉に……どきりと、しました。
「むむっ、ビンゴかな?……まー……新しい人の輪の中に入ってくわけだからー……不安がない方がびっくりっていう感じのことではあるんだけどねー」
……。
「──お待たせしました。こちら、ご注文のお品物です」
「ありがとー……」
「あ、ありがとう、ございます……」
あたしが、言葉に詰まっていると、注文が届きました。
……注文が届いたので、これを利用してうやむやにすることもできるような気がしました……が。
「……えっと、その……。はい。……不安、なんです。その、あたし、皆さんに、ついて行けるのか、とか……同じ場所にいて、いいのか、とか……」
……気が付けば、言葉が、口から流れ出しているようでした。
相手は、ついこの間会ったばかりの人だというのに。
……どうして、あたしはこんな話をしているのでしょうか。
「……その、あたしは、いつも、どうして勝てているのか、わからないんです。カードの知識もなくて、頭も悪くて、経験もなくて……。それなのに、その、なんでか、勝ってしまってまして……。『イミテーション』でバトルした時は、実際、全然だったのも、その……」
……それでも、止まらず。
……思いつくままに話してしまいましたので、ぐちゃぐちゃなままに、吐き出してしまいました。
「……期待外れって、思われるのが、怖い?」
……。
……はい。
きっと、あたしは、そうなんだと、思います。
「……生徒会に入ったのも、その……元々、もっと、ちゃんと強くならないとって……思ったのが始まりでして……」
……。
「そっか。うーん、えらいっ!」
……自分で、勝手に自己嫌悪に陥りそうになりながらも、どうにか話終わりまして。
俯くあたしに、奈々実さんは、そんな言葉をかけてきました。
──言葉の意味がわからず、あたしは、思わず、顔を上げてしまいます。
……そこには、あたしのことを正面から見つめる、奈々実さんの顔がありました。
「うちは、あんまり努力とかしたことなくて……。勝てるから勝てる、でいいやって深く考えずに生きてきたんだ」
……気恥ずかしそうに目を逸らされましたが、その言葉は、いつもより間延びしておらず、真剣さが感じられます。
「で、生徒会に入ってー……2人に勝てなくて、そのまま……って感じ。香澄っちは、ちゃんと、自分自身と向き合って、それで、自分自身の意思で、進もうとしてるんだから……えらいと思う」
「……そう、でしょうか……?」
「……まあ、頑張りすぎ、というか、気を張りすぎるのも、お勧めしないけどねー……。うちが偉そうに言えるようなことでもないんだけど、大体のことって、やらなきゃって気持ちがないとできないかもだけど、そればっかりになっちゃうと……辛いからね……」
……努力なんてしたことがない、なんて言う割には、どこか、その言葉には、実感がこもっているような、気がしました。
「……奈々実さん……」
「……うちも、同人誌描く時……義務感だけで描いてると、ふと思うんだよー……うちのヘキ、なんだったっけ……って……」
あ、えっと、そっちの話だったんですね……。
……と、ずっこけてしまいそうになりましたが。
……なんだか、肩の力が少しだけ、抜けたような。
そんな、気がしました。