カードのテキストが長すぎます!   作:ピンノ

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※雪菜視点です。



65話 幻影あるいは実害

 

 ……正直な話をすれば。

 

 私は、試合が始まる前は、凪宮選手を応援するような見方で観戦をしようかな……なんていうことを思っていた。

 

 普段プロの試合を全然見ない、というわけではないけれど、まあ、そこまで熱心に応援している人がいる、とかそういうわけでもなく。

 

 そこまで、あまり熱心に他人の試合を観戦する、ということを普段するわけでもないので、必然的に、元々、特に応援する選手なんていない。と、いうのが、第1の理由。

 

 

 ……そしてもうひとつはといえば。

 

 それは、試合が始まる前に、香澄が凪宮選手のデッキをモチーフとしたグッズを買っていたのを見たから、勝ったら香澄が嬉しいかも知れない……とかではなくて。

 

 ……えっと、もう1人の選手の方がなんか薄気味悪かったから……は、やめよう。

 多分、なんだか、それはそれで良くない気がする。

 

 

 ……。

 

 

 ──まあ、よくよく考えたら。

 

 理由なんて、『特にない』、でいいか。

 忘れるところだったけれど、そういえば、そうだった。

 

 

 ……と、まあ……とにかく。

 そんなふうに、頭の中には、そんな呑気なことばかりがあって。

 

 

 私は、きっと、今日という日を過ごして、みんなで思い出を作ることばかり、考えていたのだろう。

 

 

 ……まあ、過去形なことから、わかっているかも知れないけれど。

 

 

 ──しかし、今は。

 そんな気持ちはすっかり……と言っていいほどに、なくなっていた。

 

 

 ……強いて言うのなら、ただただ、気味が悪かった。

 何が、といえば、それは、ひとつしかない。

 

 

 今にして、思えば、漫画なんかでたまに見る、『無意識的に身を守ろうとする、本能』的な……つまるところ、いわゆる、『防衛本能』のようなものが。

 

 ──私にもあったのだろう。

 

 

 失礼な物言いなのは承知の上で、私には、その人が、同じ人間であるようには、思えなかった。

 

 何故か、と言えば、感覚的なことなので、言語化するのは難しいけれど。

 

 

 それでも、そう感じたと言う事実は、仕方のないものだろう。

 

 

 ……それで、決勝戦の舞台にそのヒトが立って。

 そして、その試合が始まるまで。

 

 振り返ってみれば、私は、それまで、無意識的にその選手の試合に目を向けないようにしていたのだろう。

 

 

 ……それでも何となく、試合が始まる前から、やはりどこか薄気味悪いものは、感じていた。

 

 そのヒト……つまり、朽木、という選手の辿ってきたとされる経歴と。

 現在の、そのヒトが、実際にここまで勝ち進んでいるというこの状況との、乖離。

 

 ……そして、『ファントムビルド』の試合が、それもとっておきの大一番が始まるというのに、いつものような明るいお祭り気分でもなく、眉間に皺を寄せる有栖。

 

 

 ……思い返せば、何かが、変で、そして何かが、私の知る全てと、少しずつズレていた。

 

 

 ただ、振り返ってからようやくそれらに思い当たるような私でも。

 

 

 ……試合が始まって、それだけは、すぐにわかった。

 

 ──あれは、触れてはいけないものだ。

 ──そして、あれは、見てはいけないものだ。

 

 

 私がソーサラーとして活動してきた中で。

 ……まだ高校に入ったばかりという若輩のみではあれど。

 それでも、グロテスクな外見のエンティティが出てくるカードなんて、たくさん見てきた。

 

 それに、デッキにはそれぞれことなる世界観が含まれていることは知っているし、その中にはいかにも狂気的な世界観のデッキなんていうのも……世の中には数多く存在することを、知っている。

 

 

 ……だからきっと、あれは、そういうことではない。

 

 私たちが理解できるような……つまり、ソーサラーとして、頭の中で筋道を作れるような事象の内側には、無いものなのだろう。

 

 

 あのヒトのカードが視界に入るたびに、頭が痛む。

 

 どんな感じの痛みか、という点だけで例えるのなら、真夏に大量のかき氷を掻き込んだ場合の痛み……というのが、近い感覚かも知れない。

 

 

 ……そしてそれでも『そこ』を見ると。

 それは、あまりにも歪で、何か大切なものが捻じ曲がっていて、まるで、底の見えない、虚無か何かに繋がる穴でも見てしまっているかのような、そんな、怖気が走る。

 

 

 ……。

 

 

 ……少し話を逸らすけれど。

 例えば、ソーサラーの中でもそれなりに実力のある者は、試合をする時等に『イミテーション』を手にした時、軽い違和感を持つことがある。

 

 

 ……感覚的な実体験を含めて言うのであれば、それは、本来、『ファントムビルド』のカードにあるべきはずの『何か』が、欠如しているからではないか、と、思うけれど。

 

 ──言うなれば、今のあれは、その、逆なのではないだろうか。

 

 

 ……例えば、本来はとても入りきらない筈の入れ物に、無理やり『何か』を限界を超えて注ぎ込み、圧縮でもして詰め込んでいるかのような。

 

 そして、それが空気を介して……いや、多分違う、おそらくは……視界、情報を介して、伝播してきているような。

 

 ……とにかく、そういう、感じな気がするのだ。

 

 

 ……まあ、考えてみれば。

 見る、ということは、知る、ということであり。つまり、入れ物に入りきらないような『何か』を、その一部とはいえ、受け止めるということになるのだから。

 

 

 ……感覚的な話ではあるけれど、なんとなく、ある程度理屈付けることはできそうな現象だ。

 

 

 隣を見てみれば、有栖は、試合の方を見ていたものの、すっかり顔色が悪くなっていて。

 

 ……そして、私の視線に気がついたのか、目線が合った。

 

 息を軽く整えながら話す有栖の言葉を聞くには、どうやら、カードを見過ぎないように注意深く、試合の流れだけを読み取ろうとしていた……とのことだ。

 

 ……そして、他の観客に至っては、意識を失っているような人もちらほら見かけるし、いつにも増して、観客席のざわめきが絶えない。

 

 ──そして、耳をすませば、そのざわめきが、試合の内容そのものにはあまり関係のないことだということも、よくわかる。

 

 

 ……未だに試合を理解しようと真っ直ぐに試合に集中しているのなんて、どこにもいない……いや、訂正。

 

 ……言い直すと、それこそ、そこにいる、香澄くらいのものだろう。

 

 

 少し見ていると、時折、不快そうな顔はするけれど、顔色は平常通りに見えるし、そして、目線の動きも、ずっと試合を、追っている。

 

 

 ……強くなりたい、と、もっとしっかりと『ファントムビルド』に向き合いたい、と、彼女は言っていたけれど。

 

 ……今この状況でなお視線を逸らさずにいられる時点で、それは充分にできているように、思えてくる。

 

 

 ……もしかしたら、香澄はこの状況で、痛みに耐えている、のではなく、そもそもそこまでの痛みを感じていない……のかも知れないけれど、なんとも言えない。

 

 

 ……こんな風に痛みに襲われるのが正しい、なんていうのもおかしなことだし、かと言って、1人だけ痛みに襲われていない状況、というのもまた、奇妙に思える。

 

 

 ……と、いうか。

 

 ──多分、1番辛いのは、目の前でそれを見せつけられる形になっている、凪宮選手の方ではないだろうか。

 

 

 ……ここからでも、その凪宮選手が、顔を歪めて、苦々しい表情をしているのが、わかる。

 

 

 そして、対戦相手のカードを、極力視界に入れないようにしていることも。

 

 

 ……中止にすればいいのに、と、思わないでもないけれど、こういう時に該当する、試合を止めるルールが、存在していない。

 

 

 カード見てると不快な気持ちになるので無効試合です、なんて言われた日には、誰も納得しないだろうし、当然といえば当然なのかも知れないけれど、今この時においては、例外になるだろう。

 

 

 ……席を立つのもあれなので、何とか、有栖に倣って、試合の流れだけを読み取ろうと試みるけれど。

 

 これが、中々に難しい。

 

 

 ……2ターン目が終わって、3ターン目。

 3ターン目が終わって、4ターン目……。

 

 

 そんな風に、流れて行く時間に、私は、むしろ安堵を覚えていた。

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