※香澄視点です。
……アルバイトの帰りは、毎日例の公園に寄っている、というわけではなく。
気が向いた時に、寄ってみたり寄らなかったりしています。
……そして、月城先生のお姉さんも、同じく、いたりいなかったりします。
ですので、遭遇して会話をする回数は、案外それほど多くなかったりします。
──それで。
今日は、偶々気が向きまして、そして偶々公園で会いましたので。
今は、並んで、ベンチに腰をかけています。
以前聞いたことと同じような内容のお話ですが、研究のための研究用の材料がどうも上手く揃わない……というお話を、聞きまして。
「……今更だが、毎度毎度、なんでわざわざ他人の愚痴なんて聞きにくるんだか……まあ、こっちとしては気が紛れるから助かるってもんではあるが……。ふうむ……そうだな。……なんか、教えて欲しいこととか、あるか?」
初対面の際、彼女の妹である担任の月城先生と間違えて、「月城先生」と呼んでしまったことから、時折こうして、学校の授業みたいに、何かを教えてくれようとしたりします。
……いえ、1対1なので、どちらかと言えば、塾とかそういうものの方が近い、のでしょうか……?
授業というよりは、なんだか、補修を受けているような気分ですが……。
学校の授業と違って、興味を持ったことや、気になったことを教えてくれるので、テストの点数が赤点だった時の補修よりは……かなり好きかも知れません。
……ちなみに、ですが。
あたしは、月城先生のお姉さんのお名前を聞いたことがないので、知りませんし、あたしも、聞かれたことがないので、雲田香澄、という名前を教えたことがありません。
そう考えると、名前も知らないのに、こうしてお話をするのは、なんだか不思議なことですね……。
別に強制されているわけでもありませんし、約束をしているわけでもないので、あたしがここに来なければそれまでですが、なんとなく、この人のお話は聞いていて結構面白い……と、言いますか、興味深い、と言いますか……。
そんな感じで、なんだかんだ、つい、お話を聞きにきてしまいます。
……それで、そうですね。
気になること、ですか。
……別に、ない時はないと言えばそれで終わりではありますが。
今日は、ちょうど少し、聞いてみたいことを考えてありました。
「……えっと、その。……『カードの成長』って……その、どういうこと、なんですか?」
カードの成長……つまり、雪菜さんが、奈々実さんとの交流試合で勝利を収めた、おそらく1番大きな要因、です。
なんとなく、『ファントムビルド』のカードは成長することがある、ということは聞いたことがありますし、それで知っていますが、結局、どういった現象なのか、いまいちよくわかりません。
試合中にカードが変化して、それで勝つっていうのも……その。
試合を見ていた皆さんは特に何か疑問を感じていた様子もありませんでしたし、奈々実さんも、驚きこそあれ、後からお話を聞いてみたら、それそのものには、むしろ肯定的な反応が返ってきましたので、あたしの感覚がずれているだけだとは思うのですが、少しズルいんじゃないか、と、思わなくもないような気がしています。
「なるほどな。『カードの成長』、か。まあ、『ファントムビルド』に興味があるなら、気になることではある……か」
月城先生のお姉さんは、軽く空を見上げ、何かを考えるように、一度、単語を口の中で転がすかのように鸚鵡返しにしてきました。
「……そうだな。まず先に聞くが、お前はソーサラーなのか?……いや、まあ。答えたくないなら答えなくていいが」
「……えっと、一応……?そう、ではあります……」
あたしがそう返すと、月城先生のお姉さんは、静かに、あたしの顔の方に視線を向けてきました。
「……。歯切れが悪いな。さらに続けて聞いてみるが、どの程度できる?」
……どの程度、と言われましても、どうなのでしょう。
なんだかんだ、『ファントムビルド』のバトルを行う際は、未だによく分かっていない例の『フルオート現象』が起きて、気がついたらバトルが終わっている、というような感じですし……。
「……えっと、その、全く……というような、感じ、ですかね……」
あたしがそう言うと。彼女は、特に、表情も変えずに。
「……そうか。なら、『カードの成長』について、経験はあるか?」
次の質問が、飛んできました。
「えっと……ない、です」
……この質問に対しては、答えは簡単です。
なにせ、そういった記憶は、ありません。
「……なるほど、な」
あたしが質問に答えると、何かを納得したかのように、月城先生のお姉さんは、軽く瞼を閉じました。
……そして、また、ゆっくりと目を開きまして。
「……お前は、力が。『ファントムビルド』というカードバトルで勝てるようになれる力が、手に入る、と言われたら、どうする?」
……?
……えっと、どういうこと、なのでしょうか。
……その、もしかして、ですが。
もしかして、ソーサラーの強さを、何かしらの方法で引き上げることができる、ということ、なのでしょうか……?
……いえ、おそらく、仮に、とか、もしも、とか、そういうお話なのでしょう。
例えば、もしも宝くじが急に当たったら何を買うか、みたいな、そういうことだと、思います。
……えっと、それで。
仮に、もしもそういうお話……なのだとしたら。
なんらかの方法で、『ファントムビルド』における力が手に入る、としたら
……そもそもただのカードバトルで、勝ったらどうとか負けたらどう、というわけでもないのに、力を求める、というのはよく分からない感覚ではありますが、それは一旦、置いておきまして。
その、急な質問なので、まとめるのが上手くいく自信もありませんが。
……ゆっくりと、言葉を、繋げてみます。
「……えっと、もし、そういうお話があったとしたら、あたしは、お断り、します。……その、もし、バトルをするなら、できれば……平等というか、公平……というか、その……とにかく、正面から、ちゃんと戦ってみたいから……です」
……正直なところ、出来ることなら、純粋に、ただ雪菜さんや有栖さん、他の生徒会の方とバトルをしてみたい気持ちは……あります。
そして、もしもなんらかの要素で、さらに外付けで力を手にした場合、それは、あたしの望みからは、おそらく、さらに離れていくことになるかと思います。
「……まあ、そうだよな。こんな話、急に切り出されても怪しいだけだ。それに……そうだな。子供相手に何言ってんだかな。すまんな、今のは忘れてくれ」
「……は、はあ。えっと、わ、わかりました」
……なんだか、よくわかりませんが。
いつのまにか、少し張り詰めていたらしい空気が、急に緩んでいくのを、感じました。
「……それで、そうだな。じゃあその『カードの成長』ってのが話題に出たのは、友人かなんかが?」
……月城先生のお姉さんは、おもむろに、カバンから2本のペットボトルを取り出すと。
あたしの手にひとつを押し付けながら、同時に、もうひとつ……コーヒー飲料を一気に煽りながら、聞いてきました。
「……えっと、そう、ですね」
「……。で、お前はそういった経験が一度もない、と」
「あ、はい。えっと、そうです……」
「……なるほどな。わかった。じゃあ、説明してやろう。……ただ、前と同じく事前に断っておくが、私は教師ではないからな。本職と比べるとどうしても説明は下手だろうが……許してくれ」
……。
……えっと、それで、そのお話に、よりますと。
……ソーサラーとは、神社などで見かける、『巫女』……のようなものだそうで。
そして、デッキは、他の世界の現象や存在といった、要素を、断片的に顕現させているもの……?らしい、です。
──それで、ソーサラーの強さ……カードをうまく使うことを数値的に表すのは難しいので、ここでは、それを『デッキの強さ』という意味で表すそうですが。それは、ソーサラーがどこまでの深度まで、その『他の世界』にアクセスできるか、ということが深く関わっているとのことで。
カードが成長する、というのは、取り出している『別世界の要素』……つまり、カードが、バトルなどで、他のカードと共鳴し……。
その時、相手のカードよりも深度が浅く、また、『巫女』あるいは『器』であるソーサラーが、より大きな断片を情報として取り込んで問題ない容量を有していた場合に、発生するそうです。
また、その現象の結果として、カードの持つ、『別世界の要素』の量が多くなるから、カードの性能が向上する……と、いうこと、なのだそうです。
それから、ソーサラーの容量、というものは、素質さえあれば、ある程度、後天的に拡張されることもあるそうで。
カードの成長が起こるのは、そういった、ソーサラーの容量が拡張された時に起こること……とも言えるそうです。
……なるほど、ですね。
えっと、おそらく、かなり噛み砕いて説明してくださっているような気はしますが。
……あたしには、まるでさっぱり、わかりませんでした。