※香澄視点です。
「……やっぱ、私には交渉だの営業だのは向いてねぇんだよなあ」
……テストが終わったその週の、末。
アルバイトを終えたあたしは、また、例の公園に足を運びました。
期末テストの直前と、テスト期間中の週の休日は、アルバイトを休みにさせてもらい、テスト勉強をしていましたので、その間は、必然的にここには寄ることがなかったのですが……。
来てみれば、あたしの顔を見るなり、以前と全く変わらない勢いで、月城先生のお姉さんが、そんなことを言ってきました。
あたしは元々授業の成績があまり良くないことを自覚していたため、気持ち早めにテスト対策を始めたつもりですので、そう考えると。
かなり、久し振り、と言えなくもないくらいの期間は空きましたが……。
彼女は、まるで気にしていない様子でした。
あたしがおずおずと隣に座る様子に、目線を向けることもなく。
彼女は、ただ、言葉を続けていきます。
「……そもそも、勝つためになんでもやるなんていうくらいに追い詰められたやつとか、微妙に私らの求める対象と違うからなあ……。で、かと言ってそうでない奴は、こっちの言葉に乗る必要なんて最初からねえわけで……」
……それで、えっと。
どうやら、今のお話は、以前も聞いた、「臨床試験の対象者が見つからない」というお話……の、ようです。
……えっと、その。
いつも、残念ながら、詳しいことまでは聞かせてくれませんので。
これはあくまで、あたしの聞いたことのある範囲では、そういうお話らしい、ということでしかありませんが……。
……と、思ったところで。
ふと、あたしは、思いました。
……そもそも、あたしが聞いていないから言っていないだけなところもあると思いますので、興味が出てきたのなら、いっそ、ほんの少しだけ……詳しく聞いてみても、いいのではないでしょうか。
「……えっと、その。それは……以前におっしゃっていた、『臨床試験』のこと、ですか……?」
……あたしが、そう聞くと。
いつもは、あたしは特に深掘りして聞こうとしないのに、突然、質問をされて、驚いたのか。
一瞬、言葉を止めて、固まりました。
……そして、それから。
顎を、わざとらしいまでにぐいっと上げて、奇妙な角度で、あたしの方に視線を向けると。
「『臨床試験』……前はそんな風に言ったっけか。……そうだな。興味があるならもう少し真相に近い言い方をしてやろう。──これは、『人体実験』の話だ。……で、それと。実験、てのも。もしかしたら、ちょっと違うのかも知れないな」
……それは、自嘲するような雰囲気で。
自分で、そんなことを、言っておきながら。
──その表情は、読み取ることなんて到底不可能に思えるほどに、色々なものが複雑に、混ざり合っているように、見えました。
……えっと、その。
今更ですが、もしかして、何かこう……法に触れるような研究でもしている方なのでしょうか……?
──不可思議な感情が、表情へと映し出されたのは、その一瞬だけで。
それからは、わざとらしく不気味な、まるで威嚇でもしているかのような感情がこもっているような笑みに変わっていました。
……あたしは、急に怖くなってきたので、これ以上は、追及しないことにしました。
「……あ、えっと、その。……営業が向いてない、と言えば、なんですけど……その、月城さんって、月城先生と……話し方が似てます、よね……」
「……ん?あー……まあ、そうかもな」
……我ながら、露骨なまでの話題逸らしですが。
彼女としてもこれ以上深いことを話すつもりはなかったようで。あっさりと、その話題に乗ってきました。
「……昔は、仲が良かったからな。……そうだ。お前、推理小説とか、読むか?」
……なんだか、急に、話題が転換していったようにも感じますが。
おそらく、このお話には、なんらかの繋がりがあるのでしょう。
「えっと、あまり……ですね……難しいお話は、ちょっと……」
あたしが正直に答えますと、少しだけ、残念そうな表情をになりました。
「……まあ、そういう話にはな、たまに、『双子トリック』って呼ばれる仕掛けがあったりするんだが……私らはよく、そういうことをしていたんだ」
……えっと、いまいち話の流れがよくわからないのですが。
あたしはこれから犯罪の過去でも聞かされるのでしょうか……?
「ああ、別に犯罪の証拠隠蔽とかそういう話じゃねえんだ。……ただ、あいつ──妹はな、人と話すのが、とことん苦手だったんだ」
あたしの怪訝な視線に気が付いたのか、肩をすくめて小さく笑いながら、あたしの思っていたことを、否定してきました。
「……だが、私と違って、あいつには、かなり……それこそ、全国レベルで通用するほどに、『ファントムビルド』の才能が、あった」
……まるで、遠い記憶を思い出すかのように。ぽつりぽつりと、言葉を紡ぎ。
そして、一呼吸を入れて、また、口を開きました。
「──それで……あいつはプロになる道を歩んだんだ。が……その時、あいつは表に出ることを嫌がってな。で、私が、そんなあいつの代わりをしたりしてたって……まあ、それだけの話だ。……ああ、いや。それよりも随分前から、私はあいつの代わりに表に出て人と話したりしてたか?……なんだか思い返すと、懐かしいもんだな」
……つまり、おそらくあたしが『フルオート』で『ファントムビルド』をしているように。月城先生とお姉さんは、話す時とそうでない時とで、入れ替わりをしていた……と、いうことでしょうか?
「……で、そうしているうちに、あいつも少しずつ苦手意識を克服していったみたいでな。……それで、あいつが少しずつ私の話し方を真似て……。で、いつからだったか、あいつがちゃんと、1人で前に出るようになっていったんだったかな。……まあ、その割とすぐ後に、あいつはプロを辞めたがな。そこら辺の理由については……おおよそ察しているところはあるが、少なくとも、私から他人に話す予定はない」
……失礼かと思い、本人には、言いませんでしたが。
なんだか、そう話すお姉さんの横顔は、少し、淋しそうに、見えまして。
そして、いつもよりも、少しだけ。なんだか、子供っぽいような……。
……そんな雰囲気を、感じたような、気がしました。
……。
……と、まあ、そんなお話を、聞きまして。
「……えっと、そういえば、どうして月城先生は……その、プロを辞めてしまったん……ですか……?」
──テスト返しを終えて、担任の先生……つまり、月城先生との、1対1の、2者面談の時間がありましたので。
あたしは、思い切って、本人に聞いてみて、しまいました。
……もちろん、と、言いますか。
月城先生には、お姉さんのことは、お話ししていませんが。
月城先生がプロであったことや、もうすでに辞めていることは、割と校内では有名なお話しではありますので。
……その情報の出所などについて、聞かれることはありませんでした。
「ああ、そうだな」
……本人は、その件について、案外と、深く感傷に浸るような様子もなく。
淡々と、言葉を続けます。
「単純な話だ。私の才能じゃ、世界には、通用しなかった。……で、そうしているうちに、私は期待されず、埋もれていくだけだってことに気がついて……それで、急に、馬鹿らしくなったんだ」
……肩をすくめて、わざとらしく笑って見せる先生の顔を見ると、なんだか。
──本当は、先生の方がお姉さんなのではないか、なんて。
そんな考えが、頭を、ふと、よぎりました。
……。
……なんて、なんだかんだと、似てはいても、お二人は別人なんだなあということを感じる出来事も、あったりしましたが。
……あたしにとって、1番重要な出来事は、他にあります。
──そして、それはと言いますと。
「……雪菜さん!えっと、その……!全教科、赤点回避できました……!」
……それは、無事、夏休みの補習を、回避することができた、というものです。
「……あ、えっと、それは……おめでとう……?」
あたしが胸を張って見せつけるテスト用紙を見て、雪菜さんは、首を傾げながら、とりあえず、といった感じで、祝福してくれました。
……その微妙な反応に、あたしは、少しばかり、釈然としない気持ちで、見てみれば。
──雪菜さんのテストの点数は、どれもこれも90点以上で。
改めてあたしのテストの点数を見ると、雪菜さんのそれは、おおよそ2倍以上のスコアに、なっています。
……それに気がつくと、なんだか急に、気まずいような雰囲気を感じたような気がしましたが……。
……まあ、目標点数は人それぞれ、ということで。
あたしは、夏休みを満喫できることを、ひとまず喜ぶことに、したのでした。