※香澄視点です。
消灯の時間を過ぎた、真夜中。
細やかな刺繍が施されたカーテンの隙間から、微かな月明かりと、それから、子守唄のような虫の声が、部屋の中へと、入ってきます。
……現状について説明しますと、あたしたちは、寝室として、客室……というお部屋を使わせてもらっていまして。
そこに、みんなで布団を敷いて、横になっていました。
……本当は、2、3人で1組になって、1組1部屋、というのを、予定していたみたいですが。
せっかくだから、みんなで寝てみたい、というお話に、なりまして。
……それで、このような形に、なりました。
……それに、その。一言に客室、とは言っても。
──生徒会のみんなで横になっても、余裕があるくらいの広さがありまして。
窮屈だったり、不便に感じたりと言ったことは、特にありません。
……それで、灯の消えた、暗い部屋の中で。
先ほどまで、軽くおしゃべりなんかをしたりしていたのですが、気が付いたら、皆さん眠ってしまったみたいでして。
……それで、今。
──あたしは、少しばかり困っていました。
具体的に、それは……と、言いますと。
……その。日中、あれだけ色々としたにも関わらず。あたしは、今ひとつ眠りに就くことが、できなくて……。
……それで、まだ、ぼんやりと。
暗いせいか元々ないのかはちょっと定かではありませんが。
……シミひとつ見当たらない天井を、ただひたすらに、見上げていました。
──寝付けない要因は、なんでしょうか。
慣れない場所、というのはありそうですし、同じ部屋で横になっているので、みんなが近くにいる、というのもまたありそうです。
後は。もしかしたら、朝に理音さんから聞いたニュースのことも……あるかも知れません。
それで、ただ、ぼんやりと。
……しているのも、なんだか……と、いった気持ちでしたので。
──思い切って、こっそり……と言うほどでもないかも知れませんが、静かに。
客室から、出ることにしました。
とりあえず、お手洗いでも、行きましょうか。……と、いった感じで。
──そうして、客室の扉を、できる限り音を出さないように、開いてみますと。
……廊下の先、少し前まであたしたちがいた広間に、明かりが付いていました。
……それを、見て。
──あまり、よくないことだとは思いつつも。
気が付けば、興味を惹かれて。……まるで、灯りに吸い寄せられる蛾のように、ふらふらと。
ゆっくりと歩いて、近づいて、いきまして。
……そして、扉を。少しずつ、開きます。
──そうしたら、そこには。
……椅子に座った宙羽さんが。ただ、静かに本を、読んでいました。
そう言えば……宙羽さんは、以前、全教科100点のテストを、あたしに見せつけてきたことがありましたが。
……それは、ああ言った。普段からの努力を欠かさないからこそ……なのでしょうか。
あたしも、少しくらいは。
……見習った方が、いいのかも、知れません。
……と。そんなことを思って。
半開きの扉の向こう側から、特に何かを言うでもなく、ただ、見ていましたら。
──不意に、宙羽さんが、ちらりと。
何の気なしに、といった様子で。こちらに、視線を向けてきました。
「……」
「……」
……ぱちり、ぱちり、と。そこそこに距離が近い場所だったのもあって、宙羽さんの瞬きが、よく見えます。
──そうして、見つめ合い。
……気まずい時間が、流れます。
「……か」
静寂に耐えかねたのか、宙羽さんが。
言葉を発しようと口を開き、同時に、あたしの方へと体を向けようとした、その瞬間。
──とさり、と。手を滑らせたのか、宙羽さんが読んでいたであろう本が、横に倒れました。
……えっと、その。先ほどまでは、角度の都合上、背中で隠れて「本を読んでいる」ということしか、わからなかったのですが……。
──それが、横に倒れたことで。
……その本が、いわゆるところの、薄い本、と。そう、呼ばれるものであることが……わかりました。
……勉強をしていたわけじゃ無かったんだ、と思いつつも、そんなことを言うのもどうかと思いましたので、結局、言葉を発することができず、あたしは、そのまま、黙って立ち尽くします。
「……」
──先程、口を開きかけた宙羽さんも、本が急に倒れたことで、タイミングがずれてしまったのか、また、口を閉じてしまいまして。
「……」
……それで、また再び、沈黙が訪れます。……が。
「……香澄も、寝れなかった?」
──まるで、何事もなかったかのように。宙羽さんは、あたしに向けて声をかけてきました。
……そうして、それから。
少し遅れて、あたしの視線に、気がついたようで。
「──これは今日、こっそり奈々実先輩から貰った新作だよ。……色々手伝った甲斐があった」
自慢するように、表紙を見せつけてきました。
表紙を見たところ、デカデカと、可愛らしいアニメのキャラクターが写っていますが。
……どうやら、全年齢対象のものみたいです。
──全年齢対象のやつでよかった……と、一瞬、思いかけましたが。
……よく考えてみたら、そのようなことは、今は特に重要ではありません。
いえ、まあ、重要なことではあるかも知れませんが……それはともかく、というやつです。
「……あの、どうして宙羽さんが、ここに……?」
──気を取り直して、あたしが、恐る恐る聞きますと。
「──多分、香澄と同じ。いまいち寝付けなかった。……そしたら、水無川会長にここか『バトル場』なら自由にしていいって言われた」
いつも通り無感情っぽい感じの、淡々とした答えが、返ってきました。
「……けど、『バトル場』は『ファントムビルド』をするところだから、1人で過ごすのには向いてない」
──だから、その2択でここを選んだ……ということですね。
……なんと言いますか、その。宙羽さんは言葉を省きがちな方なので。
あたしの頭の回転があまり早くないのも相まって、言葉の意味を汲み取るのにワンテンポ遅れてしまいます……。
「──そう言えば、香澄は、本とか読む?」
……本、ですか。
ジャンルにもよりますが……。
あたしがそう思っていますと、宙羽さんが。広間に置いてある、水無川さんのか、もしくはそのご家族のものであろう本を、手で指しました。
……その手の動きに、釣られるような形で、視線を向けていきますと。
──ハードカバーのやたらと難しそうな本ばかり……というか、ほとんど外国語でタイトルが書いてあるので、なんで読むのかわかりません。
「……えっと、多分……読まない、です」
立ち並ぶ、難しそうな本を見て。……あたしが、そう返しますと。
「──そっか。……なら、『ファントムビルド』でもしない?」
……急に、話が方向転換してきたので、あたしの口から言葉が出てこない間に、宙羽さんは、静かに、ゆっくりと、言葉を続けます。
「……嫌ならいいけど、そう言えば、香澄とバトルしたこと無かったし。……ちょうどいいかなって」
……その、ちょうどいいというのが、どういうことなのかは、よくわかりませんが。
「……えっと、その……」
──あたしが、なんとなく、お断りさせていただこうかな、と、口を開こうとしたのと、ちょうど同じタイミングで。
「……中々、タイミングもないし。せっかくだから。……どう?」
……。
……まあ、そう、ですね。
一度言葉を引っ込めたせいで。
……タイミングを逃して、お断りする言葉が、何となく口にしづらくなってしまいました。
……それなら、その……と、言いますか。
まあ、このバトルの結果が、何かに繋がってくる……というわけでも、ないでしょうし。
それに……宙羽さんは普段あまり積極的に『ファントムビルド』をしたがるタイプでもないので、物珍しさに興味を惹かれてしまった点も少しだけ、ありまして。
「……あ、えっと……はい。わかりました……その。よろしくお願い、します……」
「うん。……じゃ、行こっか。道は聞いてるから。……たしか、こっち」
……そうして、結局。
あたしたちは、虫の声くらいしか聞こえてこない、静まり返った真夜中に。
……突発的に、『ファントムビルド』を、することになりました。