空七道の朝は早い。起床後、朝食をとり、日課の鍛錬を行う。街中で刀など振るえないので、基礎鍛錬が精々だが調子を保つためにも必要不可欠だ。
その後は依頼があれば急行し、無ければ鍛錬や日用品の購入などに費やす。今のところ新規の仕事は無い。羽黒は報告に行っており手元には居らず、久方ぶりの休暇を俺は宿場町で過ごしていた。
鬼殺隊の仕事は基本不定期だ。上から鎹烏を通して送られるのだが、仕事は連日の事もあれば暫く無いこともある。ここ最近は鬼の増加も相まって仕事は着実に増えているようだ。先日の猿鬼もだが最近は個々の鬼が強くなっていするように感じる。
仕事が増加している原因の一つには隊員の減少にある。当たり前の話だが人より鬼の方が強い。鬼殺隊の選抜試験で間引かれ、その後の初任務で間引かれる。実力もあるのだろうが始めの内は十把一絡げだ。
宿屋の一室で武器の手入れを行いながら、そんな事を考える。俺の同期はどれ程生きているのだろう。仕事で全国を駆けずり回っている為か再開することは殆どない。大規模な作戦で合流した他隊士から又聞きする程度だった。
手入れの終わった刀を一瞥する。
「刃こぼれが目立ってきたか」
素人に出来るのは精々が血糊を除く程度の簡単な処理だ。消耗を抑えることは出来るが、使い続ければ摩耗する。打ち直しを行うには刀鍛冶に依頼する必要があるだろう。
……里への伝達も頼むべきだったか。
まあ。羽黒が戻るのに、どの程度の時間が掛かるか分からないが、今日中には戻ってくるだろう。
***
宿場町は猿鬼と戦った山から暫く歩いた先にある。被害のあった集落には泊まれる場所は無く、被害者家族への説明等は後から来た隠に任せて、こちらに移ったのだった。履物や日用品など、こういう所で金が減っていく。給料はけして少ないわけではなく不自由はしていないのだが如何せん消費が激しい。
蝶屋敷に戻れば必要物資の揃えは行えるが、ここから戻るのは面倒であるし、何より家主と顔を合わせるのは色々と面白くない。
そういう訳で買えるときに買うに限るのだった。
「しかし、眼鏡の方は如何するべきかな」
日用品は買えるが、こちらはそうも行かない。人から貰ったものだから、また会えれば或いは。
考えても拉致はあかない。先ずは日用品を揃えること、それから何処かで小腹を見たそう。
隊服に着替えて部屋を出る。隊服は何故か学生服のような見た目をしているので、普段来ていてもそこまで怪しまれることは無いのだ。隊服の上から羽織等をしているとあからさまなので如何かと思うが。
***
街道は川のように一本千を描き、両端には詰めるようにして木造の建築物が並んでいる。どこにでもある風景で、昨日のことなど夢幻の類だと感じるほどの凡庸さ。
鬼は存在する。が、多くの人間はそれを知らずに生きている。被害者は食われて跡形も残らない、鬼殺隊が殺した鬼は文字通り消滅する。日常を生きる彼らにとって、鬼など今も昔もお伽の話でしか無く、人が居なくなっても賊か人攫いにでもあったのだろうという結論に達するのは自然な話なのだろう。
「……そうそう、竹林のある所!あそこで、まただよ。山師が3人も行方不明だとか!最近キナ臭くていけねえ」
「あら、ここから随分と近いじゃないか。いやだねえ、この辺りでも起きなきゃ良いけれど……」
「それが俺が聞いた話だと竹藪でデカい猿を見たとか。もしかしたらそいつが食っちまったんじゃねえかってよう」
「猿かい?けど人間を食う猿なんて聞いたことないよ。熊の見間違いじゃないのかい?」
「どうだかな。俺も人から聞いた話で実際にみたわけじゃないが」
「そうかい、ああそれでねえ……
店先の話し声が耳に入る。
十中八九、あの猿鬼のことだろう。話をしている男は行商のように見える。ここに来る前に寄りでもしたのだろうか。
鬼の話はこういう形で聞くことが多い。疎ましい事件ではあるが実際に危害を加えられていない人間からすれば、もの珍しい話題のひとつでしかない。だがそれでも、鬼だろうが盗賊だろうが夜間の外出を控えることで被害を多少は減らすことが出来る。
鬼殺隊はその組織の特性上、表立っての活動が出来ない「鬼が出るから危険だ」などと触れ込んで回ることなど論外だ。結局のところ後手で回るしかない為、こうやって噂が広がり危機感が高まるのはむしろ好都合という訳だった。
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「とりあえずはこんな所か」
買い物を済ませて食事処を探す、腹が減っていた。何を食べようかと考えるがそもそもここにはあまり食事処は多くないようだった。
……以前知り合いに連れていかれた甘味処を思い出す。外国のもの珍しいパンケーキなるものが置かれていた。使い慣れぬ食器には苦労したが、そのパンケーキは大変に美味かった。彼女は随分とそういった情報に詳しいようだった。
いや、隠もそうだが女というものは、その手の情報に異様に詳しくかつ、伝達が早い。カステラだとか、パンケーキだとか。最近は横文字が流行っているのだろうか……
そんなことを考えると余計に腹が減ってきた。
……いかんな、適当に腹に収めるか。等と日本男児的適当性に任せ、目についた蕎麦屋の暖簾を潜る。
「……っしゃい」
無愛想な店主に軽く頭を下げて壁にかけられた商品札を見ながら注文を決める。
「たぬき蕎麦をひとつ」
店主は注文を聞くと調理にかかる。程なくしてどんぶりに盛られた蕎麦が出される。
やたらと天かすが多い。それに随分とひとつひとつが大きい。麺を箸でつまみすすり上げる。旨い。蕎麦は手軽な為、今までかなりの数を食してきたがこれは一際である。蕎麦粉の配合が絶妙なのか、つるりとした食感と蕎麦の香りが両立している。何より天かすだ。サクサクではなくザクザクといった歯ごたえは新鮮であり魅力的だった。
「ご馳走様でした。」
「……あいよ。」
「蕎麦。美味かったです。では」
「たりめえよ」
店主の口元が上がった気がした。無愛想だと思ったが意外に愛嬌があるのかもしれない。ああ、それにしても旨かった。
***
満足した食事を終えて宿に戻ると、羽黒が窓際に止まっていた。
「……随分と満足そうですが何かあったのですか?七道」
「いや、昼間の蕎麦が大変美味でな」
「?」
まあいいですか、と言い羽黒は報告したことについて話した。
「今回の鬼について、報告は完了。次の依頼を持ってきました」
「……早いな」
「そうですね。移動しながら話します。準備してください」
「久方ぶりの休暇だったが仕方ない、場所はどこだ」
「ここから北に半日ほど。詳しい情報は不明。捜索及び見つけ次第掃討とのことです。」
荷物は既に持っているので、そのまま宿を後にした。夕食をとれなかったのは残念だが仕方がない。
日は沈みかけ、夕日が宿場町を照らしていた。目的地に着くのは明け方になりそうだった。
羽黒
七道の鎹烏。普通の烏より一回り大きく知能が高いことが特徴。喋りも片言ではなく流暢である。妹が2匹いるらしい。喋り方は敬語のですます調。畳みかけるように七道、七道と語尾に着けるのは半ばわざとやっている。