流転変体の血統秘術   作:パラッパー

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世界跳躍リンカーネーション

 

「───────────魔王を殺しなさい」

 

揺蕩うような微睡みの最中(さなか)で、幼く未発達の脳髄に刻まれる祝福(のろい)が一つ。

無垢な赤子、無知な胎児に囁く声がある。思い違いだ。()は明瞭な意識を保っており、無垢とも無知とも程遠い。

前世の記憶が焼き付いた脳が、成形途中の感覚器官と繋がって朧げに外界の情報を咀嚼する。

 

其れは祈りであり、其れは妄執である。

 

「憎き、邪悪なる人類の敵を滅ぼしなさい。千年の夢を果たしなさい。人類の為に、救世の為に総身を捧げて奉仕しなさい」

 

男なのか、女なのかも分からない、曖昧な声。

殺意と憎悪、怒りと悲嘆だけが読み取れる。母親の温もりに包まれながら、柔らかな背筋を悪寒が駆け上がる。

楔を撃ち込む様に、精神に言葉が刻まれる。前世の二十余年で形成した精神で漸く拮抗が能う、そんな魔法の言霊。

 

「繰り返しましょう。幾星霜が経とうとも、血統が繋がる限りは永遠に。決して歩みを止めず、諦めを知らず、最悪の厄災を討ち取りましょう」

 

ナニカが、身体の内側に突然流れ込む。臓器が賦活する、骨肉が軋む、血液が変容する。

文字通り、造り替えられる感覚。無痛の変身、然れども言語化し難い冒涜的な気持ち悪さだけが脳裏を駆け巡る。

転生した事実への興奮も、異世界への憧れも、未知への好奇も、全てが単一の恐怖に塗り潰される。

───────────この世界は、母の胎の内でさえも安全ではないと否応なく思い知らされる。

 

 

「我が最新の血族よ、魔王討滅の使徒よ、未来の為の礎となれ────────私は、必ず王の遺志を果たすのだ」

 

沈黙と恐怖が()を満たして、それから再び微睡みに戻る。其れが忘れられない原初の記憶、北方辺境伯の嫡子の始まり。

千年王国の建国を実現した建国王に仕えし六英雄、その裔であるヴェスト・レオハートとしての開幕であった。

 

 

 

「ヴェスト、また屋敷から逃げ出したの?」

「……………別に逃げ出した訳じゃないよ、母上。自由時間に少しだけ息抜きがしたかったんだ。中庭の花を愛でる気にもなれなくてさ」

「その気持ちは分かるわ。花園なんて所詮は来客を出迎える用の道具だから見飽きてしまうのよね」

 

深い、夜の闇を切り取った様な黒髪。鋭い切れ長の紅眼は面倒臭そうに細められている。

肌は雪の様に白く、指先には桜色の小さな爪が綺麗に整えられていて、華奢な腰回りから胸までの稜線はなだらかで美しい。

一方で服装は黒色の、男性用の礼服を着込んでいるのが特徴的な美人。身に纏う雰囲気は磨かれた剣の様に鋭く、その類稀なる美貌と相まって薔薇を思わせる女性。

 

黒薔薇姫と讃えられる彼女こそが、今世の我が母親であるサクレア・レオハートに他ならない。

齢は分からず、また血縁上の父も屋敷の中で逢った事は一度もなく、息子目線でもミステリアスなヒトだ。

 

物憂げに細められた瞳は宝石の様で、しかし薄らと心配の色が滲んでいる。

 

 

「春の魔獣は冬眠から覚めて飢えているわ。繁殖期でもあるから、積極的に栄養価を得る為に人を襲うの」

「………夏は?」

「繁殖期が終わると大量の幼生体が成長の為の栄養を求めて各地で騒ぎを起こす様になるわね。成長が早いから迅速に討伐しないとダメよ」

「秋になると?」

「冬眠に備えて冬を越す為の栄養を蓄え始めるわ。過酷な夏を生き延びた個体が多いから狡猾さに注意する必要があるのよね」

「じゃあ冬はどうなのさ」

「冬眠できなかった個体が飢餓で激しく凶暴化して人里を襲うわ。もう後がないから死に物狂いで戦うの、勢い任せの夏の個体、狡猾でリスクを弁える秋の個体との違いを留意しなさい」

「魔獣って危険なんだな………」

 

だから、無闇に屋敷から抜け出すな。言葉の裏に暗にそんな意図を貼り付けて忠告してくれる母親に頭を下げる。

全くの正論である。仮にも高位貴族の一員として、平民───つまり魔力を有さない人々と比べる時、確かに非常に高い戦闘能力を持ち合わせている自信はある。

 

だが、魔獣の脅威は例え高位貴族だとしても幼少期の段階なら容易に返り討ちにされかねないのだ。

そうでなければ、王国の建国からの千年間で魔獣種は王国内から駆逐されている筈である。しかし現実問題として、王国央州を除いて未だ魔獣種の絶滅は果たされていない。

 

魔王によって生成された魔獣種は、創造主の目論み通りに王国内から王国外まで跳梁跋扈している。

魔族の支配領域に程近い北方辺境はその中でも特に魔獣被害が多い州の一つだ。

 

 

「そう、()()アナタでは討伐が不可能な個体もいるでしょう。其れを知っていながらどうした屋敷を抜け出したのかしら?」

「城下の様子と我が家の評判を知りたくてさ。俺も母上は滅多に屋敷の外には出ないだろう?貴族なら領土の事は知っておくべきだと思ってね」

 

レオハート辺境伯家の直系は、俺を含めて()()だけだ。当然ながら分家も存在しているが、血脈の源流からの調整を受けているのは俺と母上だけである。

 

そして件の六英雄は常に北方で魔族と魔獣を殺戮し続けているので、実質的には母上がレオハート辺境伯家の当主で俺が次期当主という立ち位置になる。

 

───────ぶっちゃけ、恵まれた生まれだ。権威という面では王国でも有数の名家である。例え常に防衛戦争を続けている弊害で財力に乏しいのだとしても、最古の辺境伯が健在である限りは我が家は絶対に取り潰しにならない。

 

()()()()()、与えられた特権に相応しいだけの振る舞いをする必要がある。

結局、今の俺の境遇は領民からの税収で成り立っている。少なくとも俺が前世の俺と同じ立場で納税をしていたら、上に立つ者が大した仕事もせずに特権だけを享受しているのは受け入れ難い。

 

自分が、自分が嫌いな人種になるのは厭だ。だからこんな無様を晒している。

 

 

「ヴェスト。では貴方の目から見て、城下はどの様に見えましたか?」

「思っていたよりもずっと賑わっていたよ。見知らぬ子供が一人で街を歩いていてもスルーされる程度には治安が良くて交易も多い。魔獣の素材が主要な品目だと思っていたけど、実は鉱石類の方が需要があった」

「魔獣の素材が取引されていない理由は分かるかしら?」

「他の領でも魔獣が出没しているから、だと思う。魔族と魔獣が明確に区別されているのは魔族のコントロールがなくても魔獣が繁殖を行える独立した種だからなんじゃないかな?」

「賢いわね、ヴェスト。私が今の貴方と同じ年頃で考えていたのは魔獣の殺し方だけだったわ」

 

柔らかで、仄かに暖かさを秘めた掌が頭に触れる。淡々とした言葉遣いではあるが、声には純粋な尊敬の色が宿っていた。

だが、所詮は前世のお陰で多少の先取りをしているだけに過ぎない。そして先取りをしても決して太刀打ち出来ない人も存在する。

 

母とその一人だ。転生した当初の俺の思い上がりを砕いた張本人である。

 

 

「では剣の稽古と行きましょうか。構えなさい、ヴェスト」

「はいはい、了解ですよ母上」

 

質実剛健、と一言で表せる造りの片手剣を真っ直ぐに構える。一方で母上が華奢な細腕で握るのは片方半剣、俗に言うバスタードソードである。

先ずは技量を磨くべし、というのが我が家の家訓である。理念的ではなく、純粋に血統の適正を前提にした合理性の結果だ。

 

 

 

「血脈励起、外殻展開─────────薔薇の騎士(ローゼンナイツ)幼華(ラーヴァ)

 

 

()()()()()()()()()()()。白色の鎧骨が母上を覆い尽くして、兜を被った純白の騎士姿が形成される。

黒薔薇姫と讃えられる若々しい美貌は厚い外骨格に隠されて、向き合うは血統秘術を収めた高位貴族の魔法剣士。

 

踏み込み。極めて軽い動作でありながら、発生するは容赦なく喉を狙った片手による鋭い刺突。

固有魔法と身体強化魔法を重ねて増強された身体能力は、子供の身では見てから反応するのでは到底間に合わない速度で迫る。

 

だから事前に軌道を予測する。母上が目的としているのはあくまで鍛錬で、故に僅かな視線で次に攻撃する位置を指し示してくれる。

場合によってはミスディレクションも含まれるが、今回は上手く読み切れた。

 

キンッ、と甲高い金属音を響かせてバスタードソードを跳ね上げる。高速で迫る刺突を真っ向から受け止めるのではなく。進行方向を変えて、胴体に隙を作る。

一歩、前に踏み込む。伸ばした腕を引き戻して剣を振るう、狙うのは母上の胴体。

 

 

「良い狙いね。でも、剣を跳ねるのに集中し過ぎて後が少し疎かになっているわ」

 

そして、刃が接触する前に蹴り飛ばされた。

 

反撃への想定の怠りを身を以て味わう。そりゃそうだ。良く考えたら片腕だけ弾いても全身を鎧を防護した母上の体当たりによって轢き潰される可能性の方が高い。

蹴り飛ばされたのは寧ろ幸運だっただろう。目の前で止まった母上が起こした風が顔に当たるのを感じながら、俺は表情筋を引き攣らせた。

 

 

「力負けしている状況下では、もう少しだけ慎重になった方が良いかもしれないわね。剣を弾いて隙を作る、という発想は良かったと思うわ」

「母上母上、因みに今の母上が力負けする様な魔獣の出現頻度ってどれくらいで?」

幼華(ラーヴァ)の段階なら一ヶ月に一回二回の頻度よ」

「前途多難だなぁ……………」

 

そんな連中と遭遇する前に母上と練習が行えるだけ全然幸運なのだろうが、それでも嘆かざるを得ない世界観であった。

本当に生き残れるのか不安になってきたかもしれない。

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