結局夜になっちまった…
昼間のトラップ起爆祭りの後片付けを終えると既に日が暮れてしまっていた。ま、補習授業部に手伝って貰うわけにも行くまいと1人でやってたのが原因なんだが。
"お疲れ様"
先生がふらりと現れた。
「いえいえ、大した事ないですし。…アズサ先輩の周到さには舌を巻きましたが」
正直、単なる合宿所の玄関が地雷原も同然になっていたのには閉口した。
此処を要塞にでもしたいのか先輩…
「いくつかは防衛を兼ねて残してますんでこっち側はあんまり近寄らないでくださいね」
流石に味方を巻き込みかねない奴は外したが、アズサ先輩と相談していくつかは防犯を兼ねて残している。せいぜい鳴子程度のものだが威嚇程度にはなるだろう。
"あまり気張らないでね"
困った様に笑う先生。…いや、貴方が狙われてる可能性が高いんだが。銃弾一発で死にかねない人を狙ってるなら此処は最高のロケーションだ。何せ周囲に建物は無いし人気もない。サッとやってサッと帰るなら私でも目撃者無しで終わらせられると思う。
「…まぁ、念の為ですよ念の為。」
苦笑する先生を尻目に作業を終える。
私の考えすぎ、心配しすぎならそれで良いんだ。何事も無く試験が終わるほうがいいに決まってる。それでゲヘナに帰ったとしてもマコト先輩に返す借りが大きくなるだけだし。
「補習授業部の皆はどちらに?」
"皆着替えて夕飯の支度をしているよ"
成る程、合宿だから飯も自分で用意するのか。大変だなぁ…
「成る程。私は適当に済ませますんでお気になさらず」
ポケットから携行食料を取り出して伝える。
期間が1週間ということで一応1週間半分の携行食料を持ち込んでいる。…安くて嵩張らなくて腹持ちが良いけどあんま美味くはないのが玉に瑕なんだよなコレ。
"えっと…皆準備してくれてるけど、苦手なものとかある?"
少し困惑しながらそう続けた。
私の分まで用意してくれてるのか?私部外者だよ?
「特にありませんが…私の分もあるんですか?」
"もちろん。今日来るって聞いて食材を買い足したんだよ"
たから一緒にどうかな?と、此方を見ながら話す。
「喜んで。まさか私にまで用意してくれるとは思いませんでした」
護衛の仕事でターゲットと飯を食ったことが無いから驚いたが美味いものが食べられるならそれに越したことはない。
"良かった!じゃあ行こうか"
先生に連れられて食堂へと向かう。…昼間に軟禁じゃんと思ったがこんな豪邸なら1週間位別にどうって事ないな。勉強は勘弁だが。
「来たな、林檎」
「あはは…ようこそ補習授業部へ」
「今日から1週間、よろしくお願いしますね♡」
食堂に着くと補習授業部の面々が待って居た。
歓迎ムードなのはありがたいけども、コハルはどうしたん?
何か元気ないけども…
「コハルちゃん、詰め込みすぎもよくないですよ?」
「…わかってる。ふぅ…じゃあご飯にしましょ!」
コハル、お前真面目なんだな。流石正義実現委員会だ。
「コハルは凄いな…理不尽な相手にもちゃんと正面から殴り返すのか」
私なら退学を賭けたテストで
「初手から物騒すぎる!林檎のその野蛮思考ちょっと怖いって!」
「何も妨害されなきゃ私だって真面目に試験受けるよ」
先に手出してきたのが悪い。何事も正々堂々やれとは言わないがやり方が陰湿過ぎる奴は一度正面から叩いて分からせないと同じ事繰り返すから。
「アンタと話してるとカルチャーショックが大き過ぎるわ…」
周りの先輩方がうんうんと頷いている。ヒフミ先輩は私の事言えないだろ…アズサ先輩も怪しいが。
"平和主義とは…?"
先生が疑問を投げてくるが
「自分から喧嘩売らない事ですね」
殴られてやり返さない奴はドMか度を越した
「シスターフッドの方々の前では林檎ちゃんの神様は控えた方が良さそうですね」
ハナコ先輩が苦笑気味に正しくは左の頬を差し出せ、ですよと教えてくれる。…殴られたのにもう一発来いよ!と挑発するとか気合い入ってますね?
「いえ、そうではなく…」
少し困らせてしまったようだ。冗談なんだけど…
"…さ、ご飯が冷めちゃう前に頂こうか!"
先生が強引に話を変えに来た。宗教の話とかつまらないし丁度良いわな!
…おぉ!カレーライスだ!
やっぱお泊まり会ならカレーだよな!勉強合宿ってもその辺は変わんないみたいで嬉しいわ!
「すみませんね、急に来ちゃってご飯まで」
「いえいえ、お口に合うといいんですけど…」
その日の夕飯はとても美味かった。家カレーって同じルー使っても微妙に味が変わるのなんでなんだろな?
隠し味的な奴なのか調理過程に何かあるのか…ま、美味けりゃ何でも構わんか。
私が来た初日の夜が更けて、全員就寝した頃に1人合宿所を出ていく影があった。…ただの散歩、と言う風に捉えるのは楽観が過ぎるか。尾行するか迷っていると後ろから声を掛けられる。
「こんばんは、林檎ちゃん」
ハナコ先輩だった。こんな夜更けに2人も徘徊してんのは不自然じゃないか?
「こんばんは、ハナコ先輩。…こんな時間に何をしてるんです?」
軽くジャブをうつ。この人相手に会話でどうこうするのは無理だろうが、此処で何も聞かない訳には行かない。
「少しお話したくて…林檎ちゃんは、本当に万魔殿議長の意向で此方に来たんですか?」
真剣な目で見つめてくる。…何かしらの事情を知った上で探りを入れて来てるのか?
「…なんでそんな事を気にするんですか?」
私が来た理由なら先生から聞いてるだろうに。
「エデン条約が近い今になってゲヘナから強引に捩じ込まれた一生徒。それも万魔殿にも風紀委員会にも属していない方が何故か派遣されて来た。何かあると思わない方が変でしょう?」
少しの疑惑を綯い交ぜにした眼差しを向けながら問を重ねる。
「林檎ちゃんの事は信用に足る人物だと分かってはいます。でも
まぁそう取られるのも仕方がないか。マコト先輩、強引な手段を使うって言ってたし疑う所しか無いだろうな…
「今回の件は私から議長閣下にお願いして通してもらった事です。議長閣下とは個人的に話せる程度には目に掛けてもらっていまして。…ゲヘナでの試験が腑に落ちなかったものですから」
先生が狙われていると考えた件もちゃんと話した。
…個人的に、の部分で少し反応があったな。うーんミスったか?いやもう最後まで言っちまおう。
「まぁ、断られても退学届を出して来るつもりでしたが。先のゲヘナでの一件がきな臭すぎましたから。ほんの僅かでも死人が出る可能性があるなら私の退学なんて軽いもんですし」
退学届の件で少し目を見開いた。…まぁ今まさに退学の掛かった試験に臨んでる人からしたら反応せざるを得ないわな。
「思い過ごしならそれで良い。でも本当に命を狙われているかも知れない。その可能性を見過ごして先生が死んでしまったら後悔すると思ったから私は今、此処に来ています」
私が全てを話し終えると少し考えた末にハナコ先輩が口を開く。
「成る程…林檎ちゃんは純粋に先生の身を案じていらっしゃったんですね」
少し逡巡してから話を続ける。
「…今回の件が補習授業部がティーパーティーのホスト、ナギサさんに仕組まれているというのは十中八九その通りです」
やはりあの女が黒幕なのか?と考えたが、しかし、とハナコ先輩が続きを話し始めた。
「先生を害するつもりがあるとは考え難いのです。…そもそも、ナギサさんの目的はエデン条約を阻止しようとするトリニティ内部の裏切り者を処分する事ですから」
裏切り者とはまた物騒な言葉だ。いや、待てよ…
「まさか、補習授業部って…」
「お察しの通りです。ナギサさんが怪しいと思った生徒を集めて退学させる、そのために設立されました」
シャーレの先生を招き入れる事で通常必要な手順を飛ばして退学させると言う荒業を使ってまで。
「先生が必要だったのはそういった理由のようです。…先生もナギサさんから何か頼まれている様ですがここでは割愛しますね」
「それで先輩方4人が集められた、と。個々に疑わしい部分があったのなら個々で内偵するなり証拠を集めるなりすれば良いのに。もしくはエデン条約締結まで補習授業部で飼い殺しにしても良いと思うんですけど…」
退学させるほどか?と聞かれると首を傾げたくなる。
それこそ学外に多少の影響力を持つ
「ある種のパラノイアに陥って居るようですね。周りの全てが疑わしく思えて不安の種は排除しなければ安心できない。周りに信頼出来る人が居ない状況では無理もありませんが」
少し怒気を漏らした。
「私の知る限り少なくとも今回の話に関わっているのはナギサさんの派閥だけです…まぁ、そういう訳ですので先生に危害が及ぶ可能性は低いと思いますよ」
最後にそう結んだ。
なるほどね…ゲヘナで試験を行った理由は不明だが、あわよくば先生や補習授業部に被害が出てくれればついでにゲヘナを叩ける程度の話っぽいな…私の早とちりかぁ…マコト先輩に借りを返すのが憂鬱になって来た…
「なんか、1人空回ってたみたいで恥ずかしい…」
頭を抱えて項垂れる。パラノイア女の思惑なんか読めねぇよ…
マコト先輩すみません。万が一は無さそうです。
心の中で謝罪するとにやりと嗤う先輩が容易に想像できた。
「話してくれてありがとうございますハナコ先輩。…でも何でここまで話してくれたんです?」
私としてはありがたいけど、トリニティの落度にもなり得るだろ今の話。
「先にも言ったとおりですよ?林檎ちゃんが先生の身を案じて行動しているというのが分かったからです」
「…私が嘘をついている可能性だってありますよ?」
万魔殿に弱点を漁ってこいって命令されたエージェントなら花丸を貰える戦果だろうし。
「林檎ちゃん嘘つくの苦手でしょう?」
そういうの、凄く分かりやすいですよ?と微笑む先輩。
「それに、お友達が切羽詰まった様子で現れたら手助けしたくなるじゃありませんか」
少し戯けて続けた。…そんなに分かりやすいかな?
互いに顔を見て笑い合って砕けた雰囲気になったが最後に1つ、気になった事を聞いてみることにした。
「…そう言えばさっきアズサ先輩が出てったのはまた別件ですか?」
ハナコ先輩と話していて見過ごしたが、合宿所から出てったの体格からしてアズサ先輩だったよな?
「…完全に別件かは分かりませんけどね」
少し考え込んでから話すハナコ先輩。
「裏切りの件ですか?」
アズサ先輩なら正面から喧嘩売ってきそうな気がするけど。どちらかといえば私よりの考え方に近しいものを感じるし。
「まだ確定ではありませんが。…林檎ちゃん、この事は内密にお願いしますね?」
何か凄みを感じる笑顔だ…
「了解です。…まぁ、アズサ先輩がそんな真似するとは思えませんけどね。ハナコ先輩も同じでしょう?」
昼間に聞いたイジメから守った話と良い、その後に聞いた考え方と良い、求道者に近い精神性の持ち主だと思う。
「えぇ…信じてます」
真剣な眼差しでそう締め括った。
「…そう言えば、なんで男物のスーツを着てるんです?」
「あー…目立たない様に変装したつもりだったんですが」
昼間マリーにも言った事を繰り返した。
呆れた様に笑いながら似合ってますよ、と言ってくれたのがせめてもの救いか。
ハナコ先輩と別れて充てがわれた自室に戻った後、これからどうするか考えたが、杞憂だとしても先生に張り付いておくのが吉だなという結論に至った。
命を狙う輩は居なくてもそのために来たんだからやり遂げよう。
それにしても今回は珍しく勘が外れたな。大抵嫌な予感は当たるんだが…まぁ、何事も無く終わるのに越したことはないか…
投降して気づきましたが50話目になりました。最初は30話位でエデン条約編まで終わるかな?と思ってましたが予想外に長くなってしまって汗顔の至りです…
やはりプロット無しの見切り発車だとうまく行きませんね。
今後も楽しんで頂けますと幸いです。