ミカ先輩と別れてから。適当に飯屋に入ってトリニティらしい優雅な夕飯をとって鼻歌混じりに歩いていると、少し慌てた様子のトリニティ生徒とすれ違うことが多い事に気づいた。
何かあったのか?アリウス絡みの案件ならもうベコベコにして終わりだしもう何かあるとは思えねぇんだが…
「どうかしたんですか?」
適当に声を掛けてみるも
「ちょっと今は…」
と言葉を濁して立ち去るトリニティ生徒。何だってんだ…?
疑問符を頭に浮かべているとすれ違う連中が戦闘準備を整えている事に気づく。
確実に厄ネタだな。首を突っ込む義理はねぇしさっさと帰るとしよう…と思っていると携帯電話が鳴った。画面を確認すると万魔殿の三文字。…嫌な予感しかしないな?イヤイヤながら出なきゃ後が怖いし、と電話に出ると
『林檎…少々不味い事に成った』
マコト先輩が最初から真剣な声色で話し始めた。
少々どころじゃなく不味い事が起きてねぇかコレ…
「…どうしたんです?」
『拘束していたアリウススクワッドの連中が襲撃を受けた。その際に仮面の女が攫われ、他の面子は拘束を解いて逃亡したとの事だ』
血の気が引く音がした。
「逃がした?あの危険人物を?」
錠前サオリが自由になったと?
あの女をフリーにするのはヤバい。流石に看過できない。
『現在捜索中とナギサから連絡が有った。…シャーレの先生も今ティーパーティーに参加中でトリニティに居るとの事だが、襲撃の報を聞いて現場へ向かったらしい』
あのバカ先生、まだ懲りてねぇのか!?
「場所は?何処に収容されていたんですかあの女は?」
『座標を送る。アリウス相手であれば我々も参加する権利があるからな。貴様は先見隊として動け…勿論無視しても構わんが』
最後だけ少し茶化してはいるものの先輩もそれなりにキレてんな…
「了解です…座標、届きました。結構近いんでこのまま向かいます」
『…舐めた真似をしたアリウスは叩き潰せ。次は逃げられん様に手足の1〜2本はへし折って構わん』
そう言うと通信が切れた。
こりゃそれなりじゃなくて相当頭に来てるわ…まぁ当たり前か。
折角捕えた本拠地への手がかりをみすみす奪われたと言われたらブチギレてもおかしくない。
「ナギサ先輩も胃が痛いだろうな」
まぁ知った事じゃないが。
慌てた様子のトリニティ生徒を尻目にさっさと現場へと向かう。
その間にも先生へ電話をかけるが…
「繋がらない…ふざけんなよ先生…」
もう死んでるんじゃないか、だなんて最悪の考えが頭を過ぎる。
ありえないと頭を振って追い出すがそれでも不安は消えない。
冗談じゃない、ありえないと思っても繋がらない電話が不安を増長させていく。
ふざけんなよ…そんな事に成ったとしたらあの時何のために殺さなかったのか分からないじゃんか。
あの時ちゃんと始末しておけば良かっただなんて、そんな後悔させないでくれよ。
不安に押しつぶされない様に走った。
「騒ぐな。いや、すまない…騒がないで欲しい」
襲撃を受けたと言われた現場に向かって現場を調べた後で発信元不明のメールを受けた。
…今回の件について話がしたい、1人で来てほしい。
そんな怪しさ満載のモノだったが…手がかりになるなら、どんな藁であっても掴まないわけにはいかないと指定通り1人で向かった先で待っていたのは…
“サオリ…?”
アリウススクワッドの頭目、錠前サオリだった。
武器を地面に置いて、地面に手をついた。
「…先生。アツコが…仲間が連れて行かれた。」
土下座をする様な態勢で話し続ける。
「他の仲間もアリウスの襲撃に遭って散り散りに…生死も不明だ…」
血を吐くような声色で。
「このままじゃ、アツコは…姫は死んでしまう…彼女に、殺されてしまう…」
頭を下げ続けて。
「私の話は信じられないだろうが、頼む、聞いてくれ…!」
信じて欲しい、その一点だけを思って話し続けているのは分かった。
全てはアツコ…姫のために。仲間のために行動していたと言うこと。
生贄として育てられた仲間を救うため、行った事なのだと。
それを失敗した自分にはもう頼れる相手がいないのだと。
「虫の良い話だと言うのはわかっている…それでも、もう頼れるのは先生しか…」
だから…
「私に出来る事なら何でもする。どんな指示にも従うと誓う。…信じられないならこの爆弾で始末してくれて構わない」
差し出されるヘイロー破壊爆弾。
「だから…お願いします…助けて下さい…」
頭を下げ続けるサオリに、私は…
“立って、サオリ。私は君と対等に話がしたい”
「だが…」
黙って見つめる。
私の目を見て諦めたのか、ノロノロと立ち上がるサオリ。
“詳しく話を聞かせてもらえる?”
サオリは私の質問に澱みなく答えてくれた。
他のアリウススクワッドの事。
ベアトリーチェなる大人の存在。
なんでアツコだけを連れて行ったのか。
…何処に連れて行かれたのか。
大体聞きたいことは聞けた。
“わかった。君に手を貸すよ”
「本当に…?」
“生徒のお願いは無碍に出来ないからね”
信じられないものを見る目で見てくるサオリ。
「私は、お前の命を奪おうとしたのに?」
“死んでないよ?”
こうして生きているわけだし。
“でもまぁ、これは没収”
ヘイロー破壊爆弾を拾い上げる。
「それは当然の話だ。…その起爆装置がなければ爆発しないから安心してほしい」
そう告げるサオリに安堵する。
“そう。それは良かった”
起爆装置を壊す。
信じられない目で私を見るサオリ。
「な、何をしているんだ!?」
“危険物を生徒が持っているのは看過できないからね”
適当にゴミ箱に投げ込んだ。
理解できないものを見る目で私を見てくるけれど…
“時間が惜しい。急ごうか”
まずは戦力を集めないと…スクワッドの招集からかな。
4人も居れば大抵のことは片がつく。
慌てて後を追ってくるサオリに苦笑しながら次に取るべき手を考えていた。
“ベアトリーチェ、黒服とは違ったけど…生徒に手を出した報いは受けてもらう”
こう見えて私は結構怒っているんだ。
「そこで止まれ!」
正実の生徒に制止されるが…
「万魔殿の使いです」
そう言うと見知った正実の生徒が出てきた。
「…話は聞いている。通してやれ」
軽く会釈してから瓦礫の方へと向かう。…先生の姿は見えないな。
それにしても酷い有様だ。壁から何から全部吹き飛ばしてんな…
「ん?…これ、内側から外に向かって爆発したのか?」
壁と思しき部分は表に向かって飛散している様に思える。
抉れた地面を見るとかなり低い位置で爆発したんだな…
…地下からか?適当な瓦礫を退かすと床だった部分に空洞が広がっているのが見えた。
地下が好きだなモグラ共が。もう全部爆破して更地にした方が良くないかトリニティ。
物騒なことを考えながらも先生の行方を探るが…嫌な考えが過ぎった。
…まさか、地下に?電波が通らない可能性が高い場所だし。
「まさかとは思うが…1人で向かったのか?」
先生の事だ。ありえないと言い切れないのが怖い。
先ほどの見知った正実の生徒に尋ねてみる。
「なぁ、先生がこっちに向かったって話なんだが見てないか?」
「あぁ、来たよ。少し調べてたと思ったらいつの間にか居なくなってたんだが…」
忙しい人だからなぁ…と続ける正実の生徒に礼を言って考える。
クソが…最悪の可能性が高くなりやがった。
地下に行っちまったと考えるなら闇雲に探すのは悪手だ。適当に探しに行ったら私が遭難しかねない。せめて案内できる奴がいる。
「畜生、そんな都合いい奴いるかってんだ…」
トリニティの、それも過去の土地勘が有って。
アリウスのカス共の本拠地までの道を知っている可能性のある奴なんて…
「……1人、居たな」
聖園ミカ。アイツなら知ってる可能性が高い。
何せアリウスを手引きした位だ…他の生徒より詳しいのは間違いない。
昼に別れて夜に再訪問するとかどんだけ仲良いんだよ…とツッコミながら走る。
その間にナギサ先輩へと連絡しようとしたが…
「…やっぱ繋がらない。まぁてんやわんやしてんだろうからしょうがねぇが」
じゃあ万魔殿に、と連絡するとこっちはすぐに繋がった。
まぁ今トリニティで動いてんのは私位なもんだろうし当然か。
『どうした?』
「先生の行方が不明になりました。襲撃場所は地下からの爆破と見て良さそうです」
端的に告げる。
「連絡も着きません。地下に向かったか…最悪、攫われた可能性があります」
『最悪を考えて動くべきだな。…何か手はあるか?』
こういう時に冷静なのはとても助かる。
少し焦っていた頭が冷えていくのを感じながら
「聖園ミカ。彼女なら地下の構造を知っているはずです」
『…成程。奴を使って捜索に向かうと言うわけだ』
もちろん、簡単に連れ出せるとは思ってないが…
「マコト先輩。トリニティ側への貸しを一つ使わせて貰えませんか?」
エデン条約の騒動でゲヘナはトリニティに多大な貸しを作った。
アリウスへの牽制やユスティナへの対処もそうだし、そもそもの原因を作ったトリニティを糾弾する事なく協調したと言うのも大きい。
その貸分を少し返してもらうという体なら協力させるのは無理な話じゃない、はず…
『キッキッキ…構わん、好きに使え。ナギサへは私から通達しておく』
そう言うと通信が切れた。
話が早くて助かるけど…これで万魔殿への借りが増えたのは頭が痛い。
それも学園間での貸しを使用させて貰うんだ…どんな無茶な命令されるか分かったもんじゃない。
「先生…この借り分はアンタに払って貰うぞ…!」
マコト先輩からの無茶振りにせいぜい慌てるが良い!
……だから、無事でいてくれよ。死んでなけりゃ意地でも生かして連れ帰るから。
先輩と話して少し冷静になったはずの心がまた焦りだすのを抑え込みながら。
私は速度を上げて夜のトリニティ領を走り続けた。