『魑魅魍魎が跋扈する』と噂の玄武宮でのんびり暮らしていたら、皇帝陛下が『後宮のお悩み相談係になれ』と無茶振りしてきた件   作:ケロ王

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第4話 隠された言葉

 次の晩も、そして、その次の晩も、文書庫の調査は続いていた。

 

「なかなか見つかりませんね」

「まあ、そんなものでしょ。そもそも、こんなに沢山あるんだし」

「ですね。何より劉香英の時代の文書がいまだにほとんど見つかってませんし……。まさか、処分されたとかでしょうか?」

「それは無いでしょう。今は私しかいない玄武宮ですが、文書の管理は専門の管理官が行っていたはずです」

 

 詩塔の問いかけに対する月麗の答えを聞いて、すぐに彼女は納得の表情を浮かべる。これほど膨大な資料の整理を上級妃が行うはずもないし、ましてや侍女に行えるはずもないからだ。

 

「たしかに、私のような侍女では読んで仕分けするだけで精一杯で、整理なんてできませんね」

「そそ、上級妃や側近の読み書きができる程度の侍女でも無理だろうね」

 

 そんな二人をよそに、黙々と三体のキョンシーは文書を読み進めていく。そのことが申し訳なく感じて、月麗と詩塔も慌てて文書の解読に取り掛かる。だが、この日も結局めぼしい成果は上がらなかった。

 

「ふあぁぁぁぁ。なかなかしんどいなぁ」

「師匠、何かお悩みですか?」

 

 欠伸をかみ殺して机に向かっている月麗に、丹陽がお茶を差し出しながら尋ねる。月麗は何と返したものかと悩みながら、淹れてもらった湯呑を覗き込む。表面に映った自分の顔に付いている隈が、ここ数日の不摂生な生活を物語っていた。

 

「うーん……」

 

 お茶を一口飲んで、月麗は腕を組んで考え込む。弟子として甲斐甲斐しく働いてくれている彼だが、つい先日は敵として戦った相手ということもあって、信用していいものか決めかねていた。

 

「えっと、俺の顔に何か?」

「……」

 

 月麗は心を覗き込むように丹陽の顔をまじまじと見るが答えは出ない。大きくため息を吐いて、抱えている問題を相談することにした。

 

「なるほど、前の玄武妃に関連して殺された侍女の情報を集めているということですか」

「そういうこと。でも、大した情報が見つからなくて困っているのよね」

 

 今度は逆に丹陽の方が月麗の顔をまじまじと見て、大きなため息を吐く。明らかに意趣返しとわかる行動に月麗の頬が引きつる。

 

「まったく、もっと早く俺にも相談してくれればよかったんですよ。まあ、信頼が無いのはわかりますけどね」

「……」

 

 自身の懸念を指摘しつつも、それを責めるような雰囲気はない。しかし、過剰に警戒していた月麗としては、自身の不信感を一方的に押し付けていたようなもので返す言葉もない。

 

「信頼してくれとは言いません。でも、一言くらい声を掛けてくれてもいいでしょう?」

「……」

「ま、今晩からは俺も手伝いますからね!」

 

 強引な丹陽の話は、月麗としても願ってもないことではあったが、お腹の辺りに残るモヤモヤに思わず顔をしかめてしまった。

 

「今日から、丹陽も手伝ってくれることになりました」

「えっ、月麗様、正気ですか? だって、こいつは……」

 

 その日の晩、丹陽と共に月麗は文書庫に向かった。そこで鉢合わせした詩塔が、露骨な嫌悪感に顔をしかめて睨みつけ、人差し指を彼に突きつける。こめかみを押さえながら、月麗は大きくため息を吐いた。

 

「詩塔の確執はわかるよ。でも、今は琉花のためにも情報が必要なの」

「で、ですが……」

「ま、そういうことだ。お前は後ろの方で指でも咥えて待っていればいいさ」

 

 丹陽を睨みつけながら歯噛みする詩塔を嘲笑うように彼は口角を上げた。

 

「……」

「丹陽も彼女の態度が気に食わないのはわかるけど、あまり煽るようなら鶏舎に閉じ込めるからね」

「そ、それは……」

 

 挑発的な振る舞いをする丹陽を、月麗が諫めると冷や汗をダラダラと流しながら、身を守るように両手を前に出した。

 

「そんなことより、早く本題に入りましょうか。このままじゃ丹陽の方が無能ってことで帰らせるからね」

「ちょ、ちょっと! 分かってますって! 後宮の文書庫には必ず隠し部屋が用意されてるんです」

「隠し部屋?」

「そうです。文書官とは言え、所詮は妃嬪より格下。隠滅させられそうな文書は、そこに保管することになってるんです。俺もさすがに場所はわかりませんがね」

 

 訳知り顔で語っておきながら、肝心な所が抜けていてもなお開き直る丹陽に、月麗が肩を落とし、詩塔が拳を握り締める。もし、この場に月麗がいなかったら、丹陽は詩塔に殴り飛ばされていただろう。

 

「とりあえず、みんなで探しましょう。それに、見つけてからも読むのにコツがいるんです!」

 

 二人の失望混じりの態度に、流石の丹陽も焦りを感じたのか慌てて取り繕おうとする。月麗も重要なヒントは貰ったということで妥協することにした。

 

「言い合っていてもしかたない。みんなで隠し部屋を探しましょう」

 

 気合を入れ直して手分けして隠し部屋を探す。その五分後、あっさりと隠し部屋を発見してしまった丹陽は、詩塔からさだけでなく、月麗からも刺すような嘲りの視線を浴びせられることになってしまった。

 

「こ、これは、違うんだ。本当に知らなかったんだって!」

「信じられません。これは死刑です!」

「まあまあ。見つかったんだから、まずはそっちからだよ」

「まずは、って……。結局、俺は死刑なんですか?!」

 

 全力で噛みつこうとする詩塔をなだめて、月麗は隠し部屋に入り、文書を漁っていく。詩塔も、何を優先すべきかは理解しているらしく、肩を竦めて月麗の後に続いた。一方、ずっと滝のような冷や汗を流していた丹陽は、助かったわけではないと気付いて崩れ落ちた。

 

「落ち込んでないで、丹陽も手伝ってよ!」

「は、はい……」

 

 隠し部屋の外で落ち込んでいる丹陽の手を取って強引に立ち上がらせる。上級妃を恨んで呪いまで掛けたとは思えない落ち込みように、月麗は窓の外に視線を移す。その窓にはちょうど満月が真ん中に浮かんでいた。

 

「丹陽のしたことは許されることじゃないけど、私が弟子を見捨てるわけないじゃないの……」

 

 そう呟いて、うつむいたまま隠し部屋に向かう丹陽の背中を強く叩いて、月麗は再び隠し部屋へと入り、文書漁りを再開した。

 

「な、何よこれ……」

 

 隠し部屋さえ見つかれば、あとは目当ての文書を探すだけ、そう思っていた月麗は、実物を前に眉根を寄せる。

 

 ――

 黎明三年五月十八日 晴れ

 本日は火加減に失敗して、方々に延焼した。

 

 黎明三年五月十九日 曇り

 本日は水を無駄にして、上から注意された。

 

 黎明三年五月二十日 雷

 朝からずっと雷鳴が響いている。そろそろ新しい犠牲者が必要かもしれない。

 

 黎明三年五月二十一日 晴れ

 静かな水面。今日は穏やかな日になりそうだ。

 

 黎明三年五月二十二日 雨

 傘が無く濡れる。夕方になって傘を用意させる。

 

 黎明三年五月二十三日 雨

 用意した傘は上が壊してしまった。今日も引き続き雨。傘を廃棄して、新しいものを見繕う。

 ――

 

 琉花が亡くなった日である黎明三年五月二十二日に関係する文書の一つが、この日記だった。年月ごとに纏まっているおかげで探す範囲が絞れるのはありがたいのだが――。

 

「これじゃあ、ただの一言日記じゃない!」

 

 日記を机にバシンバシンと叩きつけながら月麗が苛立ち混じりの叫び声を上げる。そのまま地面に捨てて足で踏みつけようとしたところで、詩塔が割り込んできた。

 

「ちょっと待ってください! 大事な証拠かもしれないじゃないですか!」

「さ、さすがに、これは証拠には、見えないんだけど……」

 

 ギリギリのところで足を止めたおかげで大事にならずに済んだ。しかし、日記を抱えて立ち上がった詩塔の目には大粒の涙が浮かんでいて、まっすぐ月麗を睨みつけていた。慌てて弁解をしようとする月麗だったが、言葉を重ねるたびに彼女の表情が険しくなって、言葉を詰まらせてしまう。

 

「少しいいか?」

「あっ、な、何をするんですか!」

 

 睨み合っている二人の脇から丹陽がスッと割り込んできて、日記を彼女の腕の中から取り上げる。慌てて抗議の声を上げる詩塔を左手で制して、同時に右手でページをめくっていく。

 

「詩塔さん、お手柄です。この日記は重要な証拠になる可能性が高いです」

「へっ?!」

「そんなバカな。どう見てもただの日記じゃない! ほら、大したことなんて書いてないでしょ!」

 

 手にした日記を高く評価し、それを守った詩塔を丹陽が褒め称える。かつて敵だった彼に褒められたことで、虚を突かれた詩塔が素っ頓狂な声を上げて呆然とする。一方、月麗は彼の主張が信じられず、後ろから覗き見た。

 

 日記に書かれているのは、先ほど彼女が見たのと同じ、日々の他愛もない出来事が書かれているだけだった。

 

「丹陽、もしかして、おかしくなった? いや、前からおかしかったけど!」

「失礼な! 俺はいたってまともですよ!」

「だって、くだらないことしか書いていない日記を見て、分かったフリをするなんて、明らかにおかしいじゃない!」

 

 月麗は両手の拳を握り締めて丹陽に詰め寄る。しかし、そんな彼女を彼は薄ら笑いを浮かべながら、得意げに目を細める。

 

「甘いですよ、師匠。読まれちゃマズい文章なんですから、簡単に読めないようにしてあるに決まっているじゃないですか」

「言っていることはもっともだけど、いちいち態度がムカつくわ!」

 

 丹陽の見下したような態度に、月麗は頬を膨らませながら睨みつける。その視線に、少しだけ怯みつつ、彼はなだめるように文書の解説を始めた。

 

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