『魑魅魍魎が跋扈する』と噂の玄武宮でのんびり暮らしていたら、皇帝陛下が『後宮のお悩み相談係になれ』と無茶振りしてきた件 作:ケロ王
「まず、こういった文章に書かれている天気は実際の天気ではありません。対象の精神状態、と考えていいでしょう。雨なら哀しみといった具合にです」
「……」
「本文は個別に解釈が必要になるものが多いですが、例えば『上』なんかは上司、ここでは玄武妃ですね。『本日は水を無駄にして、上から注意された』は坎為水――玄武妃の我儘に忠告したことで機嫌を損ねたのでしょう」
「何で丹陽が、こんなこと知ってるわけ?」
自信満々に解説を始める丹陽の態度が気に入らない月麗は、彼がこのような知識を持っている理由を追及する。しかし、彼は全く動揺することなく平然としていた。
「かつて宮廷で文書官をしていましたからね。引継ぎをしやすいように定型化されているんですよ」
「宮廷の文書官が、何で道士なんてやってるの?」
宮廷の文書官と言えば、全ての記録を司る高級官吏の一つ。そんな立場にいた彼が、なぜ道士などをやっているか、月麗には不思議で仕方がなかった。先ほどまで眉一つ動かさなかった丹陽だが、この質問を聞いて露骨に顔をしかめる。うつむき加減になり、両手の拳を強く握りしめ、テーブルをドンと叩きつける。
「上司の失敗の責任を押し付けられたんだよ! ヤツさえいなければ、俺は今でも官吏のままだったんだ!」
「うわっ、いきなり叫ばないでよ!」
「そ、そうですよ!」
弾かれるように背筋を伸ばしながら叫ぶ丹陽に、月麗も驚いて、つられるように飛び跳ねてしまった。もちろん、月麗の隣にいた詩塔も、ひと呼吸開けてピクリと跳ねる。
「まったく、あのクソ殷権《イン・ケン》の野郎め……」
「あれ、殷って文書管理官の長官ですよね?」
「そうだよ、俺だけじゃなくて、何人も蹴落としてのし上がりやがったんだよ!」
普段から冷静を装うことの多い丹陽にしては珍しいほど激怒している様子に、月麗は目をひそめる。
「それなら陽雅の時みたいに呪術を掛けるのかと思ったけど……」
「すでにやってるわ! だが、ヤツには効かないんだよ!」
「効かないって、まさか道士……?」
丹陽の呪術は対象の欲望を衝動的に増大させるもの。使い勝手は悪いが、実力は月麗から見ても侮れない。そんな彼の呪術を防げるような人間が宮廷内にいたことに、月麗は脅威を感じていた。
「いや、防がれたんじゃねえ。そもそも効かねえんだよ! ヤツは普段から欲望に忠実なヤツだからな!」
「丹陽の呪術が掛かっていても、掛かっていなくても、違いがなかったってこと?」
月麗の言葉に丹陽は悔しそうに俯いて肩を震わせる。何も言わなくても彼の受けた屈辱が身体からにじみ出ているように月麗には感じられた。
「しょうがないわね、色々と私が教えてあげるから、まずは解読の方をお願い」
「さ、流石師匠。俺に任せてください!」
道術を教えると言う約束を餌に、丹陽に解読をお願いすると自信満々に解読した結果を読み上げていく。
「――ということで、傘は琉花殿で間違いありません。雨を防ぐということで、哀しむ玄武妃を慰める役割を意味していると考えてよいでしょう」
「ということは、傘が壊れたというのは、彼女が死んだということですよね?」
「ええ、そして哀しみの癒えない玄武妃のために、代わりの者を見繕ったということでしょう」
丹陽の話を一通り聞いたものの、月麗には何のことかさっぱり分からなかった。
「それで具体的にどういうことなの?」
「それは玄武妃の哀しみを癒そうとした琉花殿が殺されたという……」
「哀しみって、何? 癒そうとしたって、どうやって?」
「それは……」
月麗の追及に丹陽は言葉を詰まらせる。結局、分かったことと言えば、琉花の死に玄武妃が関わっている可能性が高いと言うことだった。
「日記では『傘が壊れた』とは書いてあるけど、玄武妃が壊したかどうかはわからないのよね……。そこのところ、どうなの?」
「い、いや……、俺に言われてもわかりませんよ!」
多少は役に立ったものの、自信満々に登場しておきながら早々にフェードアウトしようとしている彼の姿勢には、月麗も詩塔も大きなため息しか出なかった。
そんな二人を、作業の手を止めて不思議そうに見つめる琉花に、ここまでわかったことを説明することにした。
「というわけで、琉花の死には玄武妃が関わって――」
ガシャンと陶器の割れる音が響きわたる。それはお茶を飲みながら話を聞いていた琉花の手から湯呑が滑り落ちたことによるものだった。
「大丈夫よ。琉花は、そのままで。私が片付けるから」
申し訳なさそうに俯く琉花を、冷ややかな視線で月麗が見つめる。そんな主を邪魔しないように、詩塔が湯呑の欠片を手際よく拾っていく。
玄武妃と彼女の死の関係性を裏付けるような、彼女の動揺に気付いたのは月麗と琉花だけではなかった。
「もしかして、琉花殿の死には玄武妃が――」
言い終える前に、彼の口には黄色い札が貼りつけられていた。彼は自分が声が出せないことに気付いて、慌てて札を引きはがす。そして、月麗に詰め寄った。
「ちょっと、何をするんですか!」
「うるさい、黙ってて!」
丹陽の抗議を月麗は頭ごなしに怒鳴りつけて黙らせる。彼の方を一瞥することもなく、ただ琉花の様子を冷静に見極めているようだった。
暫く待って、彼女が落ち着いて来たのを見計らって、再び月麗が彼女に声を掛ける。
「落ち着いた? もしかして、死ぬ間際の記憶を思い出したのではなくて?」
その問いかけに琉花は曖昧に頷いた。
「多分、玄武妃に、殺されました。でも――」
琉花は言葉を発しようとして、逡巡する。それを何回か繰り返して、ようやくキリッと月麗をまっすぐに見据えて口を開く。
「笑って、いたんです」
「笑っていた?!」
月麗の素っ頓狂な声に、琉花が先ほどとは違ってはっきりと頷いた。
「まるで、気が触れたかのようですね」
「でも、日記によれば、この日は雨。翌日も引き続き雨だと考えると、辻褄が合いません」
「そうね――」
そう言って、二人は揃って丹陽の方を見る。その視線から、言わんとしていることを感じ取った丹陽は、冷や汗をかきながら、両手を前に出して左右に振る。
「勘弁してください! その頃の俺は宮廷の文書官だったんですよ。呪術を掛けるどころか、前の師匠にすら出会ってません!」
「そもそも、この日記だけだと良く分からないのが問題なのよね」
「そ、そうだ。他の宮の文書を見るのはどうでしょう」
「他の宮の?」
「ええ、こうして暗号にしているのも、主である玄武妃に見られて処分されないようにするため。他の宮の文書だと内情までは分からないですが、隠す必要がないので、より多くの情報が得られるでしょう」
丹陽の言うことはもっともだった。文書庫にある文書はほとんどが自宮に関するものだが、他宮に関するものもわずかに存在する。こちらはライバルとなる上級妃に関する醜聞も赤裸々に書かれていた。
「たしかに、その情報と日記の記述を組み合わせれば、何かが見えて来るかもしれないわね」
「そうですよ。陽雅様に相談して、文書庫に入らせて頂きましょう!」
方針をつぶやく月麗に詩塔が青龍宮に行くことを提案する。
「いくら何でも、簡単に文書庫を見せてくれるとは思えないんだけど……」
「大丈夫ですって、月麗様には恩義がありますから断らないと思います!」
「そうかなぁ……」
詩塔に腕を引っ張られながら、月麗を青龍宮へと連れていこうとする。そのやり取りを丹陽が横から見ながらニヤニヤと笑っている。
「詩塔、ダメよ」
「な、何でですか!」
「行くなら夜が明けてからでしょ」
「……そうですね」
彼が笑っていた理由は、気を急いて月麗を連れていこうとする詩塔に、彼女が翻弄される姿を見たいという理由だった。詩塔をなだめた月麗は、そのまま丹陽の前に行き頬を抓ってお仕置きをする。
「青龍宮は明朝、私と詩塔、丹陽の三人で行きます。いいですね」
日中はキョンシーがいないため、玄武宮で行けるのも三人だけ。詩塔の方は、最初から異存がないらしく、すぐに笑顔で頷いた。一方、丹陽の方はと言えば、先ほど月麗に抓られて腫れ上がった頬を摩りながら、渋々という様子で頷いた。
翌朝、三人は青龍宮に向かい、陽雅と謁見する。特に事前の先触れもせず、入口に立っている衛兵に会いたいと告げただけ。それでもあっさりと謁見が通った。
「よくぞ参ったな、月麗よ。今日は何用だ?」
「青龍宮にある文書庫への立ち入りを許可して欲しいんだけど」
「なんだ、そんなことか。問題ないぞ。だが、私も同伴することが条件だ」
「えっ、付いてくるんですか?」
「当然だ。他の宮の人間だけで文書庫に入れられるわけがないだろうが」
こうして、陽雅を加えた四人で、青龍宮の文書庫へと向かうことになった。