『魑魅魍魎が跋扈する』と噂の玄武宮でのんびり暮らしていたら、皇帝陛下が『後宮のお悩み相談係になれ』と無茶振りしてきた件 作:ケロ王
「ここが青龍宮の文書庫よ」
「はえー、すごく大きいです……」
「当たり前ですわ。王家は史書編纂を行ってきた家系ですもの、これくらい当然ですわ」
胸を張って答える陽雅は一見すると高飛車にも見える。しかし、彼女が偏食であることを知っている月麗には少しだけ彼女が可愛らしく見えていた。
「ふふっ」
「な、な、何を笑っているんですか! もう、月麗様ったら酷いですわ!」
思わず吹き出してしまった月麗を、陽雅はプリプリと頬を膨らませて怒りだした。
「あはは、それより早速、調査したいんだけど」
「そうですわね。では、中へ案内しますわ」
陽雅に先導されて、月麗たちは文書庫の中へと入る。流石は史書編纂の家系の文書庫だけあって、中は埃っぽさもなく静謐な空気が漂っていた。その荘厳な雰囲気に、詩塔や丹陽だけでなく、月麗までも圧倒されていた。
「これは――壮観ね」
「ここまでとは、宮廷の文書庫に匹敵しますぞ」
「凄いです!」
三者三様に驚きを表現していると、陽雅が急かすように奥の方に進む。
「ほらほら、驚いていないで早く進みますわよ」
「文書も時代と場所でまとまってるんだけど」
「当然ですわ。整理されていない文書なんて、紙切れと変わりませんわよ」
玄武宮の文書庫など一度も整理したことがない月麗からしたら、陽雅の言葉は流石と思いつつも、少しばかり辛辣すぎるように感じられた。
「大丈夫……明日から頑張る……」
「何を言ってますの、早く行きますわよ」
呪文のように呟く月麗の手を、焦れた陽雅が引っ張っていく。詩塔と丹陽も、二人の後に続いて文書庫の奥へと向かった。
「こちらですわ。前玄武妃である劉香英に関する文書が揃っておりますわよ」
「おおお――多すぎなんですけど」
「これくらい大したことはありませんわ。ささ、チャチャッと調べていきますわよ」
陽雅は文書をまとめて五冊ほど書棚から引き抜き、机の上に乗せ、ペラペラとページをめくっていく。その手際の良さに呆然としていると、陽雅から叱咤の声が飛んだ。
「何をボーっとしてますの! 皆様もチャチャッと調べてくださいまし。時間は有限ですわよ!」
「「「はいッッ!」」」
弾かれるように、それぞれ文書を手に取り調査を開始する。暗号にこそなっていないものの、昔の文書のせいか表現が古く予想以上に苦戦していた。
「これ、言い回しが古くて読みにくいのですが……」
「ああ、我が家は歴史を重んじております故、文書の言い回しも古の文法を使っておりますのよ」
「そんなの読みにくくなるだけじゃない……」
「まぁっ、月麗様も我が家の歴史をバカにしておりますの?」
陽雅が呟きに過剰に反応してきたことで、月麗は慌てて弁解を始める。
「そ、そんなことありません! ですが、時間がかかってしまって……」
「そこは……諦めてくださいまし……」
月麗が申し訳なさそうに解読に時間がかかることを伝えると、陽雅が気まずそうに目を逸らす。それはまるで、陽雅自身も読みにくいことを認めているようだった。
「陽雅様も読みにくいと思っているんじゃないですか?」
「そ、そ、そ、そんなことは、ありませんわよ? 我が家の誇りですから……」
真っ直ぐに訊ねると、陽雅は上擦った声で否定する。しかし、それが逆に月麗の言葉の正しさを物語っていた。
結局のところ、月麗と陽雅はそこそこ読める程度、丹陽が辛うじて読める程度、詩塔に至っては読めないと言っても過言ではない。
「はあぁぁ、仕方ありません。使いたくはないのですが、助っ人を呼びます」
月麗は大きくため息を吐くと、剣印――右手の人差し指と中指を揃えて立てる印を眼前に立てて瞑目する。
「後二は太陰なり。西方より金気を纏い来りて我に叡智を授けよ。急急如律令!」
月麗が呪文を唱え終えると、金色の光に包まれた老婆が跪いた姿で彼女の前に姿を現わす。続いて、彼女は呪文を唱える。
「後四は太裳なり。南西より土気を纏い来りて我に文理を授けよ。急急如律令!」
今度は白い光に包まれた官吏の姿をした青年が跪いた姿で同じように彼女の前に姿を現わした。
「太陰ならびに太裳。かの者らに加護を授けよ」
太陰と太裳から発せられた金と白の光が、三人を包み込む。ふたたび文書の解読を進めようとする三人が悲鳴にも似た叫び声が上がる。
「えっ、スラスラと読めますわ!」
「俺もだ。書いてあることがスルスルと頭に入ってきやがる!」
「えっ、さっきまで全然読めなかったのに?!」
「皆様に十二天将のうち、太陰と太裳の二柱の加護をかけました。これでスムーズに読めるはずです。ですが……私はここまでのようです」
一柱でも負担の大きい天将を二柱呼び出したことで、流石の月麗も気力が尽き果ててしまい、椅子に体を預けるようにへたり込んだ。
「あとは、よろしくお願いしますね」
「「「任せてください!」」」
月麗の力ない言葉に、三人は力強く返す。そして、文書を恐ろしい速度で調べていく。
「お、終わりました。素晴らしいですわ! 数日かかることも覚悟しておりましたが、半日もかからずに終わるなんて……」
調査が終わったという陽雅の言葉を聞いた月麗が天将を送り返す。内容の細かい吟味は後回しにして、有用そうな情報が書かれている文書だけを取り分けてある。それぞれの文書には栞が挟まれていて、これから四人で内容を検証していく予定となっていたが――。
「と、その前に少し休憩しましょう」
「お、お願い。私もしばらくは動けなさそうなので……」
「では、私と丹陽でお茶の準備をしてきます」
「えっ、俺も?!」
未だに回復していない月麗を慮って陽雅が休憩を提案する。それを受けて詩塔と丹陽がお茶の準備のために水場へと消えていった。
程なくして、湯呑と急須を携えて、二人が戻ってくる。今日は茉莉花のお茶のようで、すっきりした芳香が部屋の中に漂う。
「それで……調査した結果はどうでした?」
「あちらに関係文書はまとめてありますが……。玄武妃は相当に横暴な振る舞いをしていたようですわ。もっと分かりやすく言えば、相当に我儘な人物だったようです」
「我儘……陽雅みたいな?」
月麗の呟きに陽雅がジト目で睨みつけてくる。わずかに頬も膨らんでいるようだった。
「もう、あれは呪術のせいですわ。それに、玄武妃は偏食ではなくて、どちらかと言えば強欲――何でも自分のものにしないと気が済まないような感じだったらしいのですわ」
「自分のものに?」
「ええ、何か宝飾品を付けていれば寄越せと強請り、何かお菓子を食べていれば自分にも食べさせろと強請る。そういったことが日常茶飯事だったようですわ」
月麗はこめかみに手を当てて、言葉の意味を吟味する。一見すると所有欲が旺盛なようにも見える行動だが、『他人が持っている』ことが重要な意味を持つ場合もある。
「ちなみに、強請って手に入れたものはどうしたのでしょうか?」
「別の宮から見た文書になりますので明確ではありませんわ。積極的に使っていたという記録も、誰かに下賜したという記録もありません」
「ということは、どこかに保管して、そのままだったという可能性が高いということか……。これだけじゃ何も言えないわね」
ふぅ、と月麗はため息をついた。やはり、外からの情報だけで全てを明らかにすることは難しいようだ。椅子の背もたれに体を預けて、月麗は伸びをしながら天井を見つめる。
「あ、調査とは関係ないかもしれませんが、侍女もかなり取られたみたいですね」
「それも強請られたってこと?」
「いえ、密偵として送ったはずの侍女が、何人も寝返ってしまったと……」
陽雅からもたらされた新しい情報は、玄武妃の性格を知る上では重要なのかもしれないが、琉花が殺された原因とは関係ないように見えた。
「何より、琉花が殺された前後で玄武妃の状態が変わっていないのよね」
琉花が殺された日も、その翌日も、天気は雨。仮に琉花の持つ何かを奪い取るために殺したのだとすれば、翌日が雨になるはずがない。しかも、日記には新しいものを見繕ったと書いてある。
「ということは……琉花を殺して手に入れたものは目的のものではなかった、ということか?」
「一体、何でしょうか……。たしかに、琉花の実家は裕福でしたので、物持ちはよかったですが、劉家から見れば取るに足らないものばかりかと」
詩塔にも上級妃が欲しがるようなもので、彼女が持っていそうなものに心当たりがないらしく、眉根を寄せ俯き加減に地面を見る。
「そうなると、本人に聞くしかないかな」
「しかし、殺された時の記憶がないはずですよ」
「殺された時である必要はないわ。もし、そのものが目当てなら、普段から大事に持っていたはず」
その言葉を聞いた詩塔が、勢いよく顔を上げる。満面の笑みをたたえながら、月麗の両腕を取った。
「そうです、そうですよ。さっそく琉花に話を聞きに行きましょう!」
「慌てないで。夜になったら話を聞きに行きましょう」
月麗たちは琉花に話を聞くために、玄武宮へと戻り、夜を待つのであった。