『魑魅魍魎が跋扈する』と噂の玄武宮でのんびり暮らしていたら、皇帝陛下が『後宮のお悩み相談係になれ』と無茶振りしてきた件   作:ケロ王

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第7話 師匠の真意

 夜になって、琉花がいつもの小屋へとやってきた。小屋で待っていた三人を見て慌ててお茶の準備に奥へと行こうとする彼女を、月麗は椅子に座るように促した。

 

「お茶は私が淹れてきますね」

 

 詩塔が奥からお茶を持ってくる。全員席に着いたタイミングで月麗が話を切り出した。

 

「今日、青龍宮に調査に行ってきたんだけど、香英は他人の物を欲しがるような性格らしくて、もしかしたら琉花が殺されたのも、琉花も持っているものを手に入れようとしたためかもしれないのよ」

 

 話を最後まで聞いた琉花は、怪訝そうな表情を浮かべた後、はっきりと首を横に振った。

 

「それは、ありえません。香英様は、色々な、物を、下賜して、くださいました」

「えっ、でも、青龍宮の文書には下賜した記録は無かったけど……」

「はい、下賜した、ものは、外の、人間には、見せては、いけないと、厳命されて、おりました、ので」

 

 彼女の証言が正しいとするなら、香英は外の人間のものは欲しいと強請っているが、逆に中の人間には手に入れたものを気前よく与えていたことになる。

 

「そうなると、相手が持っているものを欲しがるだけで、手に入れたら興味を無くす可能性が高いわね」

「でも、そうなると琉花が殺された理由の説明が付かなくなります!」

 

 詩塔の言う通り、琉花の証言を受け入れてしまうと、彼女が殺された原因が、彼女の持ち物にあったという想定が崩れてしまう。だが、他に原因に心当たりもなかった。

 

「振り出しに戻っちゃったか。どうしようかな?」

「文書か証言が間違っている可能性もあるのではないでしょうか?」

 

 詩塔の言う通り、どこかが間違っている可能性もある。しかし、それをあえて月麗が口にしなかったのも理由があってのことだった。

 

「酷い、私の、話が、間違っている、っていうの?」

「えっ、そ、そんなことはないけど……」

 

 月麗の予想通り、詩塔の言葉に琉花が噛みついた。目を吊り上げて睨みつけながら詰め寄る。彼女の態度が急変したことで、その場に緊張が走る。詰め寄られた詩塔は動揺してしどろもどろになっていた。

 

「それじゃあ、どういう、ことなの?」

「えっと……。文書の方が間違っているかもしれないよ」

「かもしれない、ってことは、私が、間違っている、可能性も、あると、思っているん、だよね?」

 

 琉花に怒りを滲ませながら詰め寄られて、言葉を詰まらせる。見るに見かねた月麗は、仕方なく助け舟を出すことにした。

 

「もちろん、証言が間違っている可能性はあると思っているよ」

「そんな、どうして……」

「でも、それはあくまで可能性だけど、完全に正しいと言える状況でもないからね」

「そんなこと、ないッッ! 香英様は、とても、優しい、方だった!」

 

 月麗の歯に衣着せぬ言葉に琉花がムキになって反論する。どちらにも確証がない以上、その議論が決着することはありえない。

 

「もう、知らないッッ! 私は、嘘なんて、吐いていない、からッッ!」

 

 琉花が勢いよく小屋から飛び出していった。

 

「やれやれ、あそこまで感情をあらわにするなんて珍しい」

「あの……琉花は大丈夫でしょうか?」

 

 肩を竦める月麗に、詩塔が顔を真っ青にしながら恐る恐る尋ねる。よく見ると、身体が小刻みに震えて、目にわずかに涙が浮かんでいた。

 

「大丈夫、別に何もしないよ」

 

 その一言を聞いて、詩塔はホッと胸を撫で下ろす。あれだけ詰め寄られたにも関わらず、彼女は琉花のことを考えているのだと思うと、月麗も何とかしてあげたいという気持ちになる。

 

「とはいえ……どうしたものかな?」

「えっと、試しに俺の前の師匠に話を聞いてみるというのはどうでしょうか」

「どういうこと?」

「俺の前の師匠も後宮で道士をしていたことがあるんです」

 

 今後の調査方針を月麗が考えていると、これまで沈黙を貫いてきた丹陽が驚きの提案をしてきた。

 

「何で今まで黙ってたの?」

「えっと前の師匠って、かなり癖が強いというか、気難しいというか……。正直会いたくないんですよ」

「でも、関係は続いているんでしょ?」

「ご存知の通り、師弟関係が切れることはありません。ですが、連絡はここ数年取ってないんですよ」

 

 丹陽の提案は八方塞の月麗にとって確かに魅力的だった。しかし、先日の暗号の件もあって、またぬか喜びになるのではという懸念が脳裏をよぎる。

 

「もしかして、居場所が分からないとか言わないでしょうね?」

「そんなわけないでしょう。会おうと思えばいつでも会えますよ。お互いに会いたいと思わないだけで」

「月麗様、大丈夫なのでしょうか?」

「わからないわ。でも、今は丹陽だけが頼りよ」

「ふふん、お任せください。今度こそ汚名挽回してあげます!」

「汚名は挽回するものではなく返上するもの、だけど?」

「……」

 

 自信満々に胸を張って宣言する丹陽だが、言い間違いを指摘されて瞬く間に萎れてしまった。そんな彼の様子に、任せて大丈夫かという不安に駆られる月麗だった。

 

 一週間後、月麗は詩塔と丹陽と共に、彼の前の師匠である子昭《シ・ショウ》の下へと向かために、後宮の入口へとやってきた。

 

「まさか外出の許可を取るために一週間もかかるとは思っていなかったわ」

「月麗様は上級妃ですから致し方ありません。後宮の外では何があるかわかりませんからね」

「そうなんだよね。丹陽の師匠の所に行くだけだって言うのに、監視役兼護衛が付くらしいんだよ。めんどくさいね」

「そんなこと言ってはいけませんよ、師匠。タダで護衛を付けてくれるだけでもありがたいことなんですから」

 

 月麗も一応は上級妃としての自覚がある。だからこそ、事前に外出の許可も取ったわけだが、外出に当たって信頼できる人間を監視役につけないといけないということらしい。

 

 何も無ければ、特段、何かをしてくるわけでもない。だが、普段から行動を共にしている詩塔や丹陽と違って、顔見知りでない人物が同行するのは月麗でも緊張する。

 

「さて、どんな人が来るのかな?」

「待たせたな!」

 

 誰が来るのか期待半分、不安半分で待っていると、背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。振り返ると、そこには皇帝である慶佑が爽やかな笑顔で歩み寄ってくるのが見えた。

 

「見送りですか? わざわざ、そんな丁寧にしなくてもいいのですけど」

「何を言っているんだ、お前は。監視役が付いていくと言ってあるだろう」

「は?」

 

 慶佑が平然と意味不明なことを言い出したせいで、月麗は素っ頓狂な声を上げてしまう。

 

「まさか、陛下が監視役とか、言わないですよね?」

「もちろんだ、陛下が監視役などするわけなかろう」

 

 慶佑の言葉に月麗が胸を撫で下ろしたのも束の間、彼の次の言葉で飛び上がるほど驚くことになる。

 

「だから俺が監視役として付いていってやる」

「えっ? さっき陛下は監視役ではないと……」

「だから、俺――慶佑が陛下の命令で監視役として同行することになったのだ」

「……自作自演って言葉、知ってます?」

 

 月麗の問いかけに慶佑が肩を竦めて鼻で笑う。

 

「意味くらい知っていて当然だろう。何度も言うが、俺は陛下ではない慶佑だ!」

「ただの屁理屈じゃないですか……」

「そもそも、月麗が外に出る以上、俺が付いていく以外の選択肢はないからな」

「はいはい。それじゃあ、お願いしますね」

「かしこまった!」

 

 子昭の下へ向かった月麗たちは、さっそく彼の洗礼を受けることになった。

 

「それが俺に頼む態度か! 明日、ちゃんと誠意を見せて来やがれ!」

「「「……」」」

「ほ、ほら、言ったじゃないですか。この人、いつもこんな感じなんですよ!」

 

 取り付く島もない子昭の対応に面食らう一同は、ジト目で案内してきた丹陽を見る。一方、責めるような視線に晒されたは自分の責任回避に全力だった。月麗があらかじめ予想していた通り、肝心な所でダメだったことに、ため息を吐く。

 

「昭の言う通り、明日また来ましょう」

「言っておきますけど、あの人は明日言っても、同じように文句を言ってくると思いますよ!」

「そんなことないですよ」

「いやいや、そんなことありますって、俺が実際に何度もやられたんですから! あの人は、嫌がらせをして楽しんでいるんです!」

 

 道士でありながら、彼の言葉の意味に気付いていない丹陽に、思わず月麗が哀れみの視線を向けて、ため息を漏らす。

 

「はあ……。殷が文書官から追い出したのも分かる気がするわ」

「ど、どういうことですか!」

「丹陽、歴史とか全く興味ないでしょ?」

「そんなことは……。しかし、それが文書官の仕事と何の関りがあると言うんです!」

 

 月麗の言葉に激昂する丹陽を見て、彼が明らかに文書官に向いていないことを月麗は理解した。

 

「道士で歴史に対して興味があるのなら、さっきの昭の言葉で何も気付かないはずはないからよ」

「ど、どういうことですか?! 俺の何がいけないんですか!」

「まあ、それは明日、もう一度来ればわかることよ」

 

 いったん解散して近くの宿に向かった月麗たちは、翌日のためにゆっくりと休養を――。

 

「はい、丹陽。そろそろ向かうわよ!」

「えっ?! まだ真夜中にもなってませんよ!」

「だからよ。早くいかないと日付が変わっちゃうでしょ!」

 

 寝惚け眼を擦りながら、丹陽が付いてくる。流石に道士ではない他の二人は厳しいだろうと思い、二人で向かおうとした月麗の前に、詩塔と慶佑が立ち塞がった。

 

「おいおい、俺たちを置いていくつもりか? 俺は監視役だぞ!」

「そうですよ! 元々は私の親友である琉花のために行くんですから、もちろんお供します!」

「わかったわ。一緒に行きましょう。それより、よく気付いたわね」

「俺は、この話は知ってたからな」

「私は直感ですけど……。陛――慶佑様がいらしたので、確信しました!」

 

 二人に感心する一方、丹陽は道士でありながら気付けなかったことに悔しさを滲ませていた。

 

「さて、時間も押してるし、そろそろ行きましょう」

「「はい!」」

 

 月麗の掛け声に、不貞腐れている丹陽以外が元気よく返事をした。

 

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