『魑魅魍魎が跋扈する』と噂の玄武宮でのんびり暮らしていたら、皇帝陛下が『後宮のお悩み相談係になれ』と無茶振りしてきた件   作:ケロ王

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第8話 子昭の秘密

「到着しましたが、少し早いようですね。」

「当たり前だろう。何時だと思ってるんだ!」

 

 昭の家の前にやってきた月麗たちは、時間まで大人しく待つことにした。ただ一人、丹陽だけが、馬鹿にしたような目で月麗を見る。

 

「よくぞいらっしゃいました。皇帝陛下、と月麗様」

「堅苦しい挨拶は抜きにしていいわ。慶佑もいいでしょ?」

「当然だ。俺は今はただの慶佑だからな」

「左様でございますか。詳しい話は中でお聞きしましょう。どうぞ、こちらへ」

 

 日付が変わる頃、家の扉が開いて昭が顔を出すと、穏やかな笑顔で月麗たちを迎え入れた。それに納得のいかない丹陽が声を荒げる。

 

「なんでだよ、ありえないだろ?! 俺の時には一ヶ月会いに行っても門前払いだったじゃねえか!」

 

 昭を睨みつけながら、吐き捨てるように怒鳴る彼の姿に、二人揃って大きなため息を吐いた。

 

「やっぱり分かっていないのね……」

「どういうことだよ!」

「かつて、高名な仙人に弟子入りを希望した人がいたの。彼は『明日、この場所に来い』と何度も言われたのよ。そして弟子入りを認められたのは、日付が変わる前に指定された場所に行った日なのよ」

「ほほほ、やはりご存知でしたか」

 

 激昂する丹陽に月麗が仙人にまつわる逸話を話すと、昭は朗らかに笑う。しかし、丹陽は納得できないようで、月麗に食って掛かる。

 

「くそっ、そんな話知らねえよ。そもそも、こんな真夜中に訪ねるなんて常識が無いと思うのが普通だろ!」

「常識にとらわれるような人間は道士には向いていない――」

「なるほど、だからお前は常識がないということか」

「うるさいなぁ、常識なくてもいいでしょ!」

 

 慶佑が入れてきた茶々に、月麗が苛立ち混じりに声を荒げて慶佑に食って掛かる。慶佑は可笑しそうに笑いながら肩を竦め、口を閉ざす。場が落ち着いたのを見計らって、月麗は咳ばらいを一つして話を続けた。

 

「歴史を知ろうとする意識のない人間は文書官にも向いていないよ」

「そ、それは……」

「常識のない人間も文書官には向いていないけどな」

「だーかーらー! ことあるごとに私の話の腰を折って!」

 

 再び茶々を入れてきた慶佑に噛みついていると、昭が話に割り込んできた。

 

「それで、此度はどのような用件ですかな?」

「前の玄武妃の劉香英について話を聞きたいのですが」

「ふむ……具体的には、どのようなことですかな?」

 

 香英についての話を聞きたいと月麗が告げた瞬間、昭の目の色が変わった。先ほどまでのおっとりとした雰囲気ではなく、抜き身の剣を突きつけられたような鋭いものだ。

 

「彼女に呪術が使われていた可能性がありまして、彼――丹陽の師匠である昭殿であれば、何かご存知かと」

「師匠? はて、弟子などおりませんが」

 

 剣呑な目つきのまま、昭は顎を摩りながら首を傾げる。彼の言葉に、その場にいた全員が驚いていたが、何よりも驚いていたのは丹陽だった。

 

「そ、そんな! 俺は師匠に術を教えてもらったじゃないですか!」

「ん? ああ、お前か。たしか三十日の間、一度もワシの言葉を理解できなかったヤツではないか。憐れに思ったワシが、最後に一つだけ術を教えたが……」

「そうです。教えてもらった術で道士として身を立てることができるようになったんです!」

 

 丹陽が少しだけ落ち着きを取り戻して報告をするが、昭は訝しむ様子で顎を擦りながら月麗に向き直る。

 

「そうなのか?」

「はい、後宮の上級妃に専属道士になっておりました」

「ふむ……まあワシには関係ないことじゃな」

「丹陽のことはさておき、香英の件について話を聞かせてください」

「そうじゃったな……」

 

 昭は再び目つきを鋭くさせると、順番に見定めるように見つめる。そして、詩塔に視線を合わせ、時が止まったようにジッと見つめてから、「うむ」と大きく頷いた。

 

「どうやら下手に隠し立てしない方が良さそうじゃな。そこの娘は相当に勘が鋭いと見える」

「さすがですね」

「薄々勘付いている者もいるようだが、ワシは黄家専属の道士だった。その最後の仕事が前朱雀妃である黄星栄《コウ・セイエイ》の専属道士というわけだ」

 

 昭の言葉に、慶佑を除く三人が目を見開いて視線を向ける。

 

「もしかして、黄家が道術を使わなくなったことと関係があるのか?」

「さすがに気付いたかの。ワシはライバルである劉香英に術を掛けるように命令されたことがあるのじゃ」

「しかし、呪術は禁忌ではないか!」

「何を甘いこと言ってるんじゃ。そんなこと宮廷じゃ、日常茶飯事だろう?」

「……ッッ!」

 

 宮廷の方では少なくない人間が不審な死を遂げていた。そのことは、当然ながら慶佑も知っていて、昭の言葉を否定できず言葉を詰まらせる。

 

「しばらく黄家は当面は呪術には頼らんじゃろう。バレないように呪術を掛けろと命令しておいて、効果が出ないと言って解雇したような連中じゃからな」

「それは酷い……」

 

 昭の話を聞いて、道士である月麗だけが昭に少しばかり同情するような視線を向けて唇を噛んだ。そして、何かに気付いたように目を大きく開いた。

 

「バレないように、ということは……もしかして、あの術を?」

「そうじゃ、丹陽に教えた術。対象の衝動を強化する術を使ったんじゃよ」

「なるほど、香英の異常な執着心は呪術によるものでしたか……」

「黄家の連中は、それが呪術なんて微塵も思ってなかっただろうけどな」

 

 期待通り、いや、期待以上の情報に月麗は生唾を呑み込む。真剣な眼差しが昭の身体に注がれていた。

 

「そ、それじゃあ、琉花が殺されたのも呪術のせい……?」

「それは違うだろうな。知っての通り、あの術は短時間しか効果を発揮しない。勘のいいお前なら、何となく分かっているだろう?」

「……」

「なるほど、他の宮の人間と接触する時を狙って術を掛けたということね」

「そうだ。でないと、術が無駄になる可能性もあるからな」

 

 香英の異常な執着に関しては、昭の術によるものの可能性が高い。一方で琉花の死に関しては、彼はほぼ無関係だと言える。

 

「別の道士が? いや、それはありえないか……」

「そうですな。もし、他の人間が呪術を掛けているようであれば、ワシが気付かないはずがありませんからな」

「それじゃあ、どうして琉花は殺されたんですか!」

 

 唯一の手掛かりと思われた昭の証言も空振りに終わり、痺れを切らした詩塔が行き場のない怒りを込めて叫ぶ。

 

「香英は元々、執着の強い人間だった可能性も考えられるわ」

「そうですな、それが妥当でしょう」

「ど、どういうことですか?」

「ワシの掛けた術は本来持つ衝動を強くするもの。元々持っていない衝動はどうしようもないのじゃ」

 

 昭は顎を擦りながら、しばし瞑目する。ふたたび目を開き、言葉を続けた。

 

「本来は呪術が不要なほど執着が強かった。それを外面だけ取り繕っていたのであれば、内部では呪術など掛けなくても執着していた可能性は高い」

「一体、香英は琉花の何を求めたのか、それが分かれば一気に解決しそうなんだけどなぁ……」

 

 月麗は両手で頬杖を突いて唇を尖らす。あと少しのところまで来ている感覚はあるにも関わらず、核心に触れられないようなもどかしさを感じていた。

 

「方針が定まらないわね。こうなったら占いをやってみるしかないかも……」

「なんと、月麗様は易にも習熟しておられるのですか!」

「ええ、まだ未熟ではありますが。どうやって卦を得ようかな……。あっ、香はありますか?」

「ふむ、焼香で卦を作るのですな。少々お待ちを」

 

 昭は奥へと消えて、しばらくしてお盆の上に十二の紙に包まれたお香を持ってきた。

 

「こちら、『陽明香』と『陰寂香』になります。混ぜております故、ワシにも中身の判断は付きかねます」

 

 次に、昭は灰を均した香炉を持ってきて、六本の溝を作る。

 

「これで、準備は整いました。では、香をどうぞ」

「わかったわ」

 

 月麗が十二の紙から六つを取り出し、上の溝から順に香を入れていく。

 

「さて、では順番に見てまいりましょう」

 

 昭は一番上の溝に入れられた香に火を点ける。やや渋みのある香りが煙と共に立ち上り、辺りに広がっていく。

 

「これは……『陰寂香』ね」

「そうですな。第一卦は陰でございます」

 

 一つ目が燃え尽きてから、昭は二つ目の香に火を点ける。今度は先ほどと違って甘みのある香りが煙と共に部屋の中に広がっていった。

 

「今度は……『陽明香』か」

「左様でございます。第二卦は陽と」

 

 こうして、次々と香に火を点けて香りを判じていく。そして得られた香りは第三卦が陰、第四卦が陽、第五卦が陰、第六卦が陽となった。

 

「上卦が陰陽陰で坎、下卦が陽陰陽で離。合わせて水火既済か……」

「すでに情報は出そろっていると見てよいですな。もっとも、その先に何か難があるという暗示でもありますが……」

「今のバラバラな情報で揃っている。すなわち真相に迫ることができるかぁ。うーん……」

 

 占ってみた結果を見ても、まったく現状が打破できなそうで月麗は頭を抱える。そんな彼女の様子を見かねた昭が、予想外のことを申し出てきた。

 

「よろしければ、これまでの情報を教えていただいてもよろしいですかな?」

「それは……」

 

 昭の知恵を借りられるのは、行き詰まった今の月麗にとって非常にありがたいことだった。しかし、昭は元黄家の専属道士。ライバルであり、今もなお敵視してきている相手に連なる彼に、情報を与えることにためらいもあった。

 

「安心されよ。ワシは黄家を追い出された身。今はあやつらに義理も恩義もないわ。それに、得られた卦が確かなら、ワシが見ることで新しい知見が得られるかもしれん」

 

 昭の言うことはもっともなだけに、月麗は迷っていた。そんな彼女の背中を押すように、詩塔が月麗の目をしっかりと見つめる。

 

「信頼しても良いと思います。情報が流れる危険も確かにありますが、それよりも今は琉花のことを解決すべきです!」

「そうだな。それに俺を謀るような命知らずではなかろう」

 

 インスタント皇帝となった慶佑の援護射撃も受けて、月麗は昭に向き直りはっきりと頷いた。

 

「わかりました。これまでに調べた資料がこちらになります」

 

 昭が受け取り、隠し部屋の日記から、琉花の殺された日のページを開く。その内容に目を走らせた。そして、顔を上げて月麗たちの顔を見回した。

 

「これは、どうやら痴情のもつれ、というやつじゃな」

 

 眉一つ動かさず発せられた昭の言葉に、月麗たちはポカンと口を大きく開けて呆然となった。

 

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