『魑魅魍魎が跋扈する』と噂の玄武宮でのんびり暮らしていたら、皇帝陛下が『後宮のお悩み相談係になれ』と無茶振りしてきた件   作:ケロ王

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第10話 誰がための愛

「危ない!」

 

 琉花の腕が月麗へと届く寸前、彼女の前に慶佑が立ちはだかった。琉花の生身の拳に対して慶佑は鉄製の剣で迎え撃つ。しかし、キョンシーとなって強化されている肉体は剣と互角に打ち合っていた。

 

「うああああああ! 邪魔を、するなぁぁ!」

「くそっ、何という力だ!」

 

 メチャクチャに腕を振り回る琉花に対して、剣術で受け流していく。技術的には圧倒的に慶佑が上だが、琉花はキョンシーとしての力と瞬発力で押していた。

 

「うおおぉぉ!」

 

 高い技術を以って琉花の隙を突いて横薙ぎ一閃。だが、キョンシーは耐久力も高く、なかなか有効打とはなり得ない。

 

「鬱陶しい、やつめ!」

「ぐっ!」

 

 力のままに振り抜いた琉花の拳を受け止める慶佑の剣。わずかなタイミングのズレが力を完全に流しきれず、剣ごと吹き飛ばされた。

 

「陛下!」

「ぐっ、け、慶佑だ」

「そんなことは後で――」

 

 慶佑を支える月麗に、琉花の後ろ回し蹴りが迫る。咄嗟に彼の身体を押しのけて、蹴りを両腕で受け止める。勢いを殺さず、蹴られた勢いのまま吹き飛ばされて距離を取る。

 

「なかなかやるじゃない」

 

 赤くなった腕を擦りながら、月麗は不敵な笑みを浮かべる。その態度が余計に琉花の癇に障ったのか、歯をむき出しにして怒り狂う。

 

「がああああ!」

 

 雄叫びを上げて追撃のために迫る琉花。だが、月麗は先ほどの攻撃で骨こそ折れていないものの、両腕に相当なダメージを受けていた。

 

「ちょっと、厳しいわね……」

「させるかッッ!」

 

 月麗の目の前で腕を振り上げた琉花を遮るように剣が振り下ろされる。そのまま、盾になるように慶佑の身体が割り込み、暴風のような連撃を浴びせる。

 

「ちっ、こしゃく、なッッ!」

「逃がさんッッ!」

 

 たまらず距離を取る琉花。追いすがる慶佑の剣が琉花の体を大きく抉る。

 

「うぐぅぅぅ!」

「やめてッッッ!」

 

 詩塔が琉花を庇うように慶佑の前に立ち塞がる。キョンシーである琉花と違って、慶佑の剣術に掛かれば詩塔はあっさりと致命傷を負ってしまうだろう。

 

「詩塔、そこを退くんだ!」

「いいえ、退きません!」

 

 琉花の目の前で押し問答を続ける二人に一瞬だけ琉花の動きが止まる。しかし、すぐに我を取り戻して詩塔を吹き飛ばした。

 

「邪魔を、するなッッ!」

「くっ、よくも詩塔を!」

 

 詩塔を吹き飛ばした勢いのまま、琉花は慶佑に殴りかかる。そんな二人の戦いを詩塔は呆然と見つめていた。

 

「琉花、どうして……」

「大丈夫?!」

「はい、幸運にも吹き飛ばされただけで、特に怪我などはありません」

「ふむ……」

 

 月麗は顎に手を当てて首を傾げる。というのも、あの勢いで吹き飛ばされたなら、普通の人間であれば大怪我をしても不思議ではないからだ。

 

「ちょっといいかしら?」

「な、何を……?」

 

 月麗が詩塔の身体の中心――丹田の辺りに手を伸ばす。本来なら病気などを診察する時に使う内気功の一つだが、今回は別の目的のために彼女の身体に気を流し込む。

 

「やっぱり、彼女の気が……。どうやら完全に自我を失っているわけではないみたいね」

「えっと、それは一体どういう……」

「この戦いの鍵を握っているのは詩塔よ。親友の目を覚ますために、一発ガツンとやってきなさい」

「えっ、ええっ?!」

 

 詩塔は腰を抜かしそうなほど驚いている。無理もない、彼らの動きは人間離れしていて、とても素人に近い月麗や詩塔、丹陽ですらも、まともに手を出せるようなものではなかった。

 

「大丈夫、琉花は詩塔だけは傷つけたくないと思っているみたいだし、陛下は詩塔が割り込んだくらいで手元が狂うようなことはないはず」

「そ、そんなこと言われましても……」

 

 先ほどは無傷だったとはいえ、次も無事とは限らない。二人の凄まじい攻防に二の足を踏んでもおかしくないだろう。

 

「安心して、私も援護するから」

 

 月麗は外獅子の印を組み、呪文を唱える。

 

「後五は白虎なり。西方より金気を纏い来りてかの者に武勇を授けよ。急急如律令!」

 

 純白の光を纏い、巨大な虎の毛皮を着た髭面のガタイの良い男性――白虎が月麗たちの前に顕現する。白虎は手に持った戟を詩塔に向け、純白の光を放ち詩塔を包み込む。

 

「白虎の力は身体能力を上げたり、技術を向上させるものじゃない。恐怖に呑まれずに全力の力を発揮できるようにするものよ。加護が掛かっていると言っても、無茶なことはしちゃダメだからね!」

「あ、ありがとうございます。それじゃあ、行ってきます!」

 

 詩塔が二人への距離を詰める。背後からの気配に気付いた慶佑が琉花から距離を取ると同時に、詩塔が拳を振るう。

 

「なっ、詩塔……そんな!」

 

 琉花は動揺しながらも、かろうじて詩塔の拳を受け止める。バックステップで距離を取りながら、彼女を睨みつけた。

 

「邪魔だって、言ってるのが、わからないの?!」

「わからないわよ! 香英の言いなりになっている惨めな親友の気持ちなんて!」

「惨めじゃ、ないッッ!」

 

 渾身の力で琉花が殴りかかってくる。その拳を優しく添えるように軌道を逸らして受け流す。キョンシーの腕力を考えたら、普通なら怖くて失敗してしまう技術も、恐怖を克服した詩塔にとっては、自然にできていた。

 

「だったら……。なぜ、私にだけ、こんなへなちょこな拳なの?!」

 

 詩塔に掛かっていた白虎の加護もあるが、彼女が受け流せたのは琉花が無意識のうちに親友である彼女に対して手加減していたことも大きかった。

 

「それは……詩塔には、関係ない、でしょ!」

「そんなわけないじゃない。私は、琉花のこと親友だと思っているんだから!」

 

 親友を傷つけまいと、殴る威力が落ちていく琉花。それに反して、親友の目を覚まそうとする詩塔の拳は一発ごとに、その威力を増していた。

 

 互いの力量は次第に拮抗し、逆転する。

 

 詩塔の拳が琉花の頬を捕らえて、思いっきり殴り飛ばした。所詮は素人の拳。キョンシーである琉花には大したダメージにはならない。

 

「なんで……なんで、邪魔をするのよ!」

 

 しかし琉花は彼女の一撃を受けて、へたり込み立ち上がれなくなっていた。涙こそ流していないが、その悲痛な叫び声はまさに嗚咽と言っても過言ではないものだった。

 

「……琉花」

 

 そんな琉花の近くに立ち、詩塔は彼女を見下ろしていた。震える拳を握り締め、唇を引き結んで、目が潤んでいた。

 

「……詩塔、一思いに、やっちゃってよ!」

 

 琉花はありったけの大声で叫ぶ。キョンシーである彼女は詩塔が殴ったところで痛みはない。しかし、それは体だけのこと。心は先ほどの一撃でズタボロになっていた。もし、あと一発でも受ければ、琉花の心は完全に息の根を止められるだろう。

 

 自分に止めを刺すのが詩塔なら、心残りはない。そう思っていたが、実際に身をもって体験すると想像していたよりも苦しかった。

 

「もう、私はダメだから。早く詩塔の手で止めを刺して!」

「琉花……もう、やめよう!」

 

 いつまで経っても詩塔の拳が振り下ろされることはなかった。その代わりに降ってきたのは詩塔の抱擁。琉花の体は気付いた時には詩塔の両腕に包まれていた。

 

「詩塔……ゴメン」

「いいのよ。さっ、過去の清算をしましょ。大丈夫、私が付いているから!」

「詩塔……わかった。全てを話すよ!」

 

 詩塔の腕が離れていき、憑き物が落ちたようになった琉花がおもむろに立ち上がる。そして、たどたどしい言葉ではあるが、真実を語り始めた。

 

「全てを話す、と言っても、ほとんどご存知かとは思います」

「いいのよ。答え合わせと――琉花の未練を断ち切るためのものだから」

 

 琉花は月麗に向き直って微笑む。その裏に底知れない不安を感じ取って、月麗も満面の笑みを浮かべた。

 

「ご存知の通り、あの日の夕方、香英に呼ばれました。理由はご存知の通り、彼女の欲求不満を解消する生贄となるためです」

 

 琉花は空を見上げる。満天の星空には無数の輝きが散りばめられていて、漆黒の夜空を彩っていた。

 

「香英の下に行った私は、当然のことながら夜伽を命じられました。この時までは彼女の命令であれば、何でも受け入れられると思っていたのですが……」

 

 琉花は視線を落として詩塔の方を向いて目を細める。

 

「ですが、結果はご存知の通り『拒絶』でした。その時、私の脳裏には詩塔の姿しかありませんでした。おかしいですよね? この時まで、私は彼女から距離を置こうとしていたのに……」

「琉花……」

「そんなことはないわ。香英が行っていたことは洗脳。それに抗える人間は多くはないわ」

 

 哀しそうに目を伏せる琉花を詩塔が気遣う。その様子に堪えかねて、月麗が琉花に慰めの言葉を投げかけた。

 

「わかってます。いえ、先ほど気付いた、と言った方が正しいでしょう。それでも私の心の奥底には詩塔がいたのです」

「琉花……。私も、私もよ!」

 

 悔しさのあまり握り締めた琉花の拳を詩塔が手のひらで優しく包む。二人は目を合わせて語り合い。そして、同時に頷いた。

 

「そして、拒否した私は香英に首を絞められて殺されました。その後のことはわかりませんが、死体となった私は辱められたのでしょう。でも、それでもよかったのです。詩塔を思う心は守られましたから!」

「琉花……私だって、琉花のことを忘れたことは片時もないわ!」

「詩塔……」

 

 感極まって抱き合う二人を月麗たちは暖かく見守る。体が離れ、しかし、手は固く結ばれたまま、月麗に向き直る。

 

「これが、私が死んだ時の全てです」

「ありがとう。これで思い残すことは無いかしら?」

「はい、月麗様のお世話は全て詩塔にお任せいたします」

「琉花……任せて! 私が完璧にお世話してあげるから!」

「ふふっ、よろしく頼みましたよ」

 

 見つめ合う二人に月麗は静かに声を掛ける。

 

「それじゃあ、琉花は冥界へ送って構わないってことでいい?」

「はい」

 

 詩塔と見つめ合ったまま、琉花は小さくうなずいた。

 

「それじゃあ、明日の日中に葬儀を行うから、今日は二人で最後の時間を楽しんでね」

 

 そう言い残して、月麗は彼女たちの返事を待たず、その場を後にした。

 

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