『魑魅魍魎が跋扈する』と噂の玄武宮でのんびり暮らしていたら、皇帝陛下が『後宮のお悩み相談係になれ』と無茶振りしてきた件   作:ケロ王

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第11話 葬送

 翌日、日が高く昇る頃に月麗は琉花の眠る墓の前へとやってきた。葬儀ということで、月麗は薄っすらと模様の入った黄色い衣に身を包み、道帽子を被っている。衣の袖や帯には太極をあしらった飾りが付いていた。

 

 すでに他の人たちも準備を終えて、彼女の墓の前に整列していた。その中には青龍妃である陽雅を始めとする青龍宮の面々もいた。当初は勝手知った人たちだけのささやかなものだと考えていた月麗は、左右を埋め尽くす参列者を目にして思わず目を大きく見開いた。

 

 しかし、それも一瞬のこと。月麗は優雅な足取りで壇の前へと進み、深くお辞儀をした後、参列者の方へと振り返る。だが、その衣の下は冷や汗がじっとりと滲んでいた。

 

「準備はよろしいですか?」

 

 厳かな声で月麗は参列者に伺いを立てる。普段の彼女とは全く違う丁寧な言葉遣いに、リラックスムードの漂っていた慶佑たちの表情も自然と引き締まっていく。

 

「では、参ります」

 

 一同が静かに頷いたのを見て、再び壇の方へと向き直った。今度は三度の礼の後、右手の人差し指と中指で剣の形にして眼前に立てる。

 

「謹請、礼拝、礼拝、元始天尊、霊宝天尊、太上老君、三尸九蟲、南斗北斗、三台玉女、除災招福、閻魔法王、泰山府君、司命司録、冥官冥衆、罪過清浄、元亨利貞――」

 

 剣の印を筆のように走らせ、月麗は中空に霊符を描く。その軌跡が光となって、誰の目にも明らかに霊符として見えるようになる。

 

「「「おおっ……」」」

「綺麗……」

 

 参列者の歓声に混じって、詩塔が感嘆の呟きを漏らす。しかし、儀式に集中している月麗には、彼らの声など耳に入ってこないようだった。書き終えて香炉から立ち上る香煙に手をかざし、そのまま霊符に手を当てる。

 

「急急如律令!」

 

 月麗が呪文を唱え終わるのと同時に霊符の光が辺り一帯に広がり、葬送の場を清浄な空気が包み込んだ。

 

 次に月麗は桃木剣を携え、琉花の遺体が納められた棺桶の脇に立ち、剣を頭、腹、足の順に軽く振り下ろす。

 

「三尸九蟲を滅し、悪事を隠滅す。天地魂魄、在りし処に戻れ」

 

 月麗の言葉と共に、琉花の体から光の塊がフワフワと浮き上がり、少しずつゆっくり、天へと昇っていく。

 

「供物と、最期の別れを」

 

 月麗はゆっくりと振り返り、香炉の隣に置かれた壺を指す。参列者が順番に壺の中へ紙銭の束を入れていき、一人一人、別れを惜しんでいる。

 

「琉花……おやすみ……」

 

 もちろん、一番惜しんでいるのは詩塔のはずだった。しかし、彼女は棺桶の中で眠る彼女に簡単な言葉と共に微笑み、すぐに棺桶に背を向けた。

 

 彼女にとって後悔は過去の話。今は琉花の新しい生が幸福なものであることを、そして、今度こそ自分とより深い縁を結べるようになることを、願うだけなのだろう。

 

「さて、全員終わったかな」

 

 月麗は最後の紙銭を入れて、蝋燭の火を投げ入れる。火はあっという間に勢いよく燃え上がり、煙が天へと立ち上っていく。これだけあれば、来世はきっと幸せだろうと、その場にいた全員が確信していた。

 

 ――この日、青龍宮の人たちが来ていたことで、予想より多くの参列者がいた。しかし、その中に玄武宮の所属でも青龍宮の所属でもない人間が混じっていたとは誰も気付いていなかった。

 

 葬儀が終わり、しばらくは琉花がいないことに違和感を感じていた月麗や詩塔も、一週間もすれば慣れるもので、当たり前のように午後の飲茶を楽しんでいた。

 

「暇だねぇ……」

「そうですね」

 

 ここ最近の怒涛のような日々から解放されて、月麗は暇な時間を有意義に堪能していた。詩塔も侍女としてお茶の用意などはしているが、どうせ暇なので月麗と一緒にお茶の時間を堪能していた。

 

「ほほぉ、暇なのか?」

「えっ? あっ、いやっ!」

 

 幸福な時間の終わりを告げる男が月麗の下へとやってきた。慌てて身だしなみを整えて立ち上がって深くお辞儀をする。

 

「楽にしていいぞ。今日は暇を持て余している月麗に新しい仕事を持ってきただけだからな」

「うえぇぇぇ……」

 

 楽しそうに語る慶佑を見て、月麗は露骨に顔をしかめる。そんな表情を見て、さらに表情を綻ばせる彼の姿に思わず舌打ちをした。

 

 詩塔は許可を求めることもなく席に着いた彼にお茶を出す。

 

「ちっ。ですが陛下。暇というのは言葉のあやでございます。私は日々忙しく働いておりますので、仕事は……」

「それは畑や鶏の世話じゃないよね?」

「……これだから勘のいいヤツは嫌いだよ」

 

 図星を突かれた月麗が毒吐くと、慶佑が声を出して笑い出した。

 

「冗談だ。本題は別にある。琉花の件が宮廷で問題となったことで、後宮の地面を掘り返したり、建物を改築したり、といったことが、上級妃の判断でできるようになったのだ」

「……?」

「何を不思議な顔をしているんだ。後宮は本来なら皇帝の物だぞ。勝手に改装したり掘り返したりするのは禁止だ」

「そうなんですか。それで私に何の関係が?」

 

 そこまで聞いても月麗は人差し指を口に付けて首を傾げるだけ。慶佑は大きくため息を吐いてから、彼女の罪について指摘する。

 

「月麗は、勝手に後宮の空き地に畑を作っただろうが。それだけじゃなくて、鶏まで飼ってるじゃないか」

 

 そこまで言われて思い至った月麗だが、自給自足していなければ餓死する可能性もあったことを考えれば、それを罪と言われても納得できるものではない。

 

「畑は仕方なかったんですよ。一万歩譲って、そこは認めたとしても鶏舎は違います! あれは石を並べただけですからね」

「本来なら石を並べるだけでもダメなのだが、な」

 

 慶佑は不敵な笑みを浮かべながら月麗を見つめる。その振る舞いに、獲物を前にした肉食獣のような雰囲気を感じ取って、思わず怯んでしまう。

 

「陛下、月麗様を苛めるようなことをするなら追い出しますよ」

「詩塔……」

 

 詩塔が見かねて睨みつけると、慶佑はおどけたように両手を挙げて乾いた笑いを浮かべる。

 

「悪かった。冗談だから追い出すのは勘弁してくれ」

「ふう……。琉花はいなくなりましたけど、今度は私が琉花の代わりに月麗様をお守りしますので、振る舞いにはお気をつけくださいませ!」

 

 玄武宮から琉花は居なくなった。しかし、詩塔が彼女の分まで侍女としての役割を果たそうという意気込みを感じる。

 

「これなら、安心だね――」

 

 そう呟いて月麗は空を見上げる。澄み切った青空に琉花の安心した顔が浮かんでいるように彼女には感じられた。

 

 ◇

 

「一体どういうことですか?!」

 

 黄星華は手に持った湯呑を、報告に来た侍女に向かって投げつけた。ある程度の覚悟はしていたとはいえ、茶器が飛んでくることまでは予測できなかった侍女が額に直撃を受けて血を流す。

 

「も、申し訳ございません! ですが、玄武宮で行われた葬儀において青龍妃と皇帝陛下が――」

 

 次期正妃を目指す彼女にとって月麗は憎き敵。先日の葬儀で慶佑だけでなく陽雅まで参列したことを知って苛立ちを募らせていた。

 

「まさか青龍妃まで、あいつに付いたというの?」

「はっ、聞いた話では青龍妃は正妃になることを諦め、玄武妃を支持する立場を取ることにしたようです」

「くそっ、これだから呪いなど信用ならないというのに……」

 

 星華は父親から間もなく陽雅が亡くなるだろうという言葉を信じていた。しかし、結果は火を見るより明らか、完全な失敗である。

 

「青龍妃亡き後、我が家の寄子を青龍妃にして支援させる予定が――逆に敵を支援してるじゃない!」

 

 怒りのあまり、星華はテーブルを思いっきり叩いた。ドン、という大きな音に侍女たちの顔色がみるみるうちに悪くなっていく。

 

「ご、ご当主様が後宮の前にいらっしゃいまして、星華様をお呼びでございます」

 

突然入ってきた侍女の言葉に、星華は露骨に顔をしかめる。タイミングを考えれば、ろくでもない用件に決まっているからだ。しかし、星華は上級妃のプライドから、凛とした居住まいを崩すことなく、侍女に答える。

 

「すぐに参りますわ」

 

そう告げると、焦る心を押し殺しつつ、優雅な足取りで父親の下へと向かった。

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