『魑魅魍魎が跋扈する』と噂の玄武宮でのんびり暮らしていたら、皇帝陛下が『後宮のお悩み相談係になれ』と無茶振りしてきた件   作:ケロ王

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第三章 蟲毒の壺
第1話 抑圧された想い


「温いわ、もっと真剣にやらんか!」

「……」

 

 ずっと押し黙って頭を下げている黄星華に罵声を浴びせている男――黄清栄《ホワン・チンロン》はこめかみに青筋を浮かべて、拳を握り締めていた。

 

 星華としても反論したいことは山ほどあるが、この国における女性の地位は男性の添え物程度。現に上級妃として後宮の頂点の一角に立っている彼女でも、こうして父親の前に出れば黙って項垂れることしか許されない。

 

「とりあえず、青龍妃の件は不問にしてやる。次からはちゃんと内部から支援するのだぞ!」

「……」

 

 どの口が言っているのか。そう言いたくても言えない状況が、彼女の心の中に鬱屈したものを積み重ねていく。中途半端な策略を実行に移して、あっさりと潰された非を星華に擦り付け、有能だというちっぽけなプライドを守る。

 

「クソが……」

 

 言いたいことだけ言い放って、帰る父の背中に小さい声で呟く。黄家は宮廷でも力を持った家の一つ。星華の親類縁者もほとんどが宮廷で相応の役職についている。父ほど頻繁ではないものの、他の連中も鬱憤を晴らすために星華を呼び出すことも珍しくはなかった。

 

「星華様、大丈夫でございましたか?」

「ええ、何とか……。疲れたわ、何か甘いものが食べたいね」

「では、お菓子とお茶の準備をしてまいります」

 

 侍女が下がると、星華は大きくため息を吐いた。親戚連中も確かに消えて欲しいほど鬱陶しい存在ではあるが、それ以上に彼女の心を騒めかせる存在が脳裏に残り続けているからだ。

 

「李月麗……」

 

 自然と星華の表情が歪んでいく。先日、月麗が主宰する葬儀に陽雅だけではなく、皇帝である慶佑までもが参列したという報告を受けている。総出で出席した陽雅を始めとする青龍宮の面々と違って、慶佑は一人で参列した。その意味がわからない星華ではない。

 

「今日も、あいつは陛下と熱い夜を……」

 

 玄武宮が凋落したにも関わらず、月麗は上級妃として玄武宮に留まり、慶佑の寵愛を受けている場面を想像する。燃え上がる嫉妬の炎が、星華の身を焼き尽くしてしまいそうな苦痛を容赦なく与えてくる。

 

「くそっ、くそっ、くそくそくそッッッ!」

 

 怒りの言葉を口にしながら、目の前のテーブルに拳を叩きつける。派手な音がするだけで、虚しさだけが澱のように残り続けていた。

 

「クックック、憎いか? 呪い殺したいと思わないか?」

「誰ッッ?!」

 

 聞き覚えのない男の声が星華の耳に入る。男子禁制の後宮において、男とわかる低い声は珍しく、彼女は警戒心をあらわにした。

 

「別に怪しいものじゃない」

「怪しい人間が自分で怪しいなどと言うわけありませんわ!」

「クックック、道理だな。だが、俺はお前の苦痛を解消する手助けをするために来ただけだ」

「そ、そんなこと、できるはずがありません!」

 

 星華に苦痛を与える人間は少なくない。月麗や陽雅だけでなく、父を始めとした黄家の親類縁者の男ども。全員を勘付かれることなく排除するには、あまりに人数が多すぎる。

 

「そんなに多くの人間を排除などできるはずがない。そんな顔をしているぞ?」

「あ、あなたには関係ありませんわ」

「気にするな。お前の苦痛を解消すると言っただろう。何人いても問題ない」

 

 大言壮語する男に星華は訝し気な視線を向ける。だが、男は不敵な笑みを崩さず、カバンの中から一つのツボを取り出した。

 

「こちらは蟲毒のツボ。毒を持つ蟲を放り込んで最強の毒を作るための道具だ」

「蟲毒……呪術ではありませんか。そんな胡散臭いもの信じられません!」

「クックック。胡散臭いかどうか、一度試してみるがよい」

 

 そう言って、テーブルの上に壺を置き、身を翻して部屋を出ていこうとする。男を呼び止める。

 

「な、名前を教えてくださいませ!」

「――鳳天道《フォン・ティエンダオ》だ」

 

 そう言い残して、天道は部屋から出ていった。それと入れ違いになるように、お茶を淹れに行った侍女が入ってくる。

 

「あら、星華様、いかがなされました?」

「いえ、何でもないわ。それより、近いうちに商人を呼んでもらえるかしら?」

「どのような商人を?」

「珍しい生き物を扱っている人でお願い」

「は、はぁ……かしこまりました。では手配しておきます」

 

 侍女はお茶を星華の前に差し出して、お辞儀をして部屋から出ていった。誰もいなくなった部屋で、彼女は先ほど受け取った壺を見つめる。

 

「蟲毒など……。私は由緒正しき黄家の娘、そのようなまやかしを信じるほど愚かではありません。が……もしかしたら……」

 

 星華は熱に浮かされたような虚ろな表情で、目だけがギラギラと輝かせたまま、そっと壺に手を伸ばす。その表面はヒンヤリとしているものの、内側から熱の塊のようなものが脈打っている感触が手のひらから伝わってきていた。

 

 ◇

 

「呪術が流行っている?」

 

 食後のお茶を飲んでいると、詩塔が月麗に話を振ってきた。しかし、月麗にとっては取り立てて驚くようなことではない。

 

「呪術、というよりおまじないなんて、ちょっとしたものなら誰だってするでしょ?」

「いえ、そういう子供だましのようなものではなく、蟲毒という本格的なものらしいのです」

「ふぅん……」

 

 そこまで話を聞いても、月麗は大して気にする様子もない。道士がちゃんとした手順で作る蟲毒は危険なものだが、素人が適当に作る蟲毒など、よほどの偶然が重ならない限り、おまじないと大して変わらないものだからだ。

 

「どうせ大して効果なんて出ていないでしょ?」

「いえ、それが……。ここ数日、宮廷の方で立て続けに人が亡くなっているみたいなんです」

「働いている人数と年齢を考えたら、別に珍しいこともないんじゃない?」

 

 月麗が茶化すように尋ねるも、詩塔はいたって真剣といった表情で根拠を挙げる。それでも、月麗にしてみれば呪いと断言するには弱すぎる。比較的年齢層の若い後宮と違って、宮廷は人数もさることながら平均年齢もかなり高い。それでも詩塔は自分の意見を翻すつもりは無い様子だった。

 

「それが、ここ最近亡くなっている方って、黄家に縁のある人たちばかりなんですよ」

「ふむ……」

 

 とっておきとばかりに出てきた詩塔の証言に月麗は顎に手を当てて思案する。こういった事例が偏ることがないわけではない。しかし、特定の家の親戚縁者ばかりが亡くなるということは何者かの作為が関わっている可能性が高いからだ。

 

「呪い――とは限らないわね。毒や病気という可能性もある……。それらもひっくるめて呪いのせいにされる可能性はあるけど……」

「どうですか? 興味湧いてきました?」

「ええ、もっとも興味のあるなしとは別に、関わることになりそうだけどね」

 

 言い終えた直後、小屋の扉が勢いよく開いた。挨拶もなく入ってきたのは皇帝である慶佑と、自称月麗の弟子の丹陽、それに加えて一人、恰幅の良い――肥満体型で悪そうな顔をした髭面の男。

 

「月麗、新しい依頼を持ってきたぞ!」

「うげぇ……」

 

 喜色満面で話しかける慶佑に、月麗は露骨に嫌そうな顔をした。たしかに慶佑の依頼のお陰で今の状況があるのは間違いないが、積極的に面倒事を抱え込みたいわけではない。

 

「ふん、こんな小娘に何ができるというのだ!

「まあまあ、落ち着いてください。こう見えて、俺の師匠なんですよ」

「私は弟子にした覚えはないけど。それより、このオッサンは誰?」

 

 不躾な月麗の言葉に、男が表情を歪ませる。顔が赤くなって、まるでタコのようになっていた。

 

「ワシに対して失礼な女だ。こんなヤツが上級妃などとは……。後宮も落ちたものだな!」

「失礼なオッサンに言われたくないんだけど?」

「な、何だと?!」

 

 男の顔が一層赤くなり、興奮のためか呼吸も激しくなっていた。慶佑は男を宥めつつ紹介する。

 

「この男は黄清栄。俺の右腕のような男だ」

「さすがは陛下。ワシの価値を良く理解されていらっしゃる。この女とはえらい違いですな」

 

 一言一言が月麗の癇に障る。慶佑を称えているように見えつつ、見下している意図がありありと透けて見える。女性である月麗など、当たり前のように見下しているのが見て取れた。

 

「まったく、お茶の一つも出せんのか! 使えないヤツめ。これだから後宮は――」

 

 慶佑が座るのを見計らって、当然のように清栄も椅子に腰かける。そして、開口一番にお茶を要求してきた。

 

「しかたないですね。詩塔、三番の特別なお茶をお出しして」

「かしこまりました」

 

 奥に消えた詩塔が持ってきたのは、紅茶よりも赤い、真っ赤なお茶だった。

 

「な、なんだこれは!」

 

 あまりにも水色が赤いため、清栄が怒りに震えながら月麗を問い詰める。月麗は眉一つ動かさず、出されたお茶に口をつける。

 

「ふふっ、これは非常に珍しい特別なお茶です。過去のことを思えば不安になる気持ちもわかりますが、もちろん毒など入っておりませんよ」

「ぐぬぬ……」

 

 涼しい顔をした月麗と湯呑に注がれたお茶を交互に見ながら唸り声を上げる。月麗が飲んでも平気だったからと言っても、遅効性の毒が入っている可能性を考えれば慎重になるのも無理ない。

 

「かつて――私たちを嵌めたからといって、復讐するつもりはありませんよ」

「なっ、何を言うか! 何の証拠も無いだろうが! ふん、たかがお茶くらいでビビるとでも思ったか!」

 

 湯呑を両手で掴むと、清栄は勢いよく口の中に流し込んだ。その直後、彼の口はまるで菊門のように口をすぼませ、まなじりが下がる。よく見ると、目には少しだけ涙が溜まっていた。

 

「ふざけるな! なんだ、この酸っぱいお茶は! こんなものはお茶とは呼べん!」

 

 酸味の強いハイビスカスティーを何とか飲み干した清栄は、月麗を指差して喚きたてる。月麗は待ってましたとばかりに不敵に微笑んだ。

 

「これもれっきとしたお茶でございます。南方から取り寄せた特別製ですよ」

 

 そう言って、月麗はさらに一口お茶を飲む。

 

「それで、本題なのだが――」

「お断りいたします!」

 

 月麗は慶佑から詳しい話を聞く前に、断りの言葉を吐いた。

 

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