『魑魅魍魎が跋扈する』と噂の玄武宮でのんびり暮らしていたら、皇帝陛下が『後宮のお悩み相談係になれ』と無茶振りしてきた件   作:ケロ王

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第2話 確執

「まだ何も言っていないのだが……」

「そのクズ絡みでしょ? だから断るって言ってるのよ」

 

 月麗は清栄を指差して、吐き捨てるように言う。その言葉を聞いた慶佑は困惑したような表情を浮かべる。当の本人である清栄はと言えば、怒りで顔を歪めていた。

 

「まあな。どうやら最近流行している呪術に彼も狙われているらしいのだ」

「それを知ってもなお、断るというのか?! ワシを誰だと思っている!」

 

 喚き散らす清栄の姿に、月麗は頬を引きつらせながら冷めた視線を向ける。その態度が気に食わなかったのか、威圧しようと身を乗り出してきた瞬間、月麗は目を細めて口角を上げた。

 

「黄清栄でしょ。他人を見下し貶めて、悪評をばらまく生ゴミ以下の存在」

「なっ……」

 

 一見すると笑顔に見える月麗の口から飛び出した、侮蔑まじりの言葉に清栄は思わず絶句してしまう。しかし、言葉を頭で理解するにつれ、満たされる怒りで全身を震わせる。そんな彼にさらに追い打ちをかけるように、月麗は神経を逆撫でするような言葉を浴びせる。

 

「私の家族を追いやったクズ共の黒幕を助けるつもりはないから。ま、土下座して頼み込むなら考えなくもないけどね」

「ぐぬぬ、言わせておけば……」

「月麗も、その辺にしておいてやれ。それで……依頼は俺からの頼みなのだが、それでも断るつもりか?」

「当然ですよ。仮に、そいつが呪術で死んだとしても、私は痛くも痒くもありませんからね」

 

 月麗の頑なな態度に、慶佑は大きくため息を吐く。しかし、腹に据えかねた清栄は勢いよく立ち上がり、テーブルを勢いよく叩いた。

 

「女のくせに失礼なヤツめ! もういい、お前などより優秀な道士に頼むわ!」

 

 吐き捨てるように言い残して、清栄は小屋から出ていった。残った慶佑は、扉をジッと見ながら大きくため息を吐く。

 

「まったく……。お前と黄家の確執は知っていたが、ここまで頑なな態度を取るとは思わなかったぞ」

「別に、あの男が嫌いだから断ったわけじゃありませんよ」

「ならば、何故……」

「それは、私がただの道士でしかないからです」

 

 月麗の答えた理由に、慶佑は首をひねる。呪術は道士の得意とするものの一つ。実際に過去に月麗は丹陽の呪術を見抜いて打ち破った実績がある。それを知っているがゆえに、彼女の言葉の意図が理解できなかった。

 

「――逆に聞きますけど、宮廷で発生している連続不審死は何故、呪術によるものだと分かるのですか?」

「それは亡くなった人間が、全て黄清栄の親類縁者だからだ」

「それだけですか?」

「もちろん、黄家が多くの人間に恨まれているということも大きいだろう。呪われても不思議ではないはずだ」

 

 月麗は思わず肩を竦める。慶佑の理屈は、あくまで希望的観測に基づく推測であって推理ではない。月麗だからこそ感じ取れる違和感こそが、依頼を断る最大の理由であった。

 

 ◇

 

「どうしました?難しい顔をして……」

「とは言ってみたものの、完全に無視するわけにもいかないんだよなぁ」

 

 慶佑が日を改めると言って帰った後、月麗は詩塔の入れてくれたお茶を飲みながらため息を吐く。

 

「お断りしたのでしょう?」

「今日のところはね。相手は呪術に見せるのが上手いようだから、時間の問題だと思うわ」

 

 今ですら呪術だと疑われている一連の不審死。これで清栄まで死んだら、間違いなく呪術と確信を持たれるだろう。

 

「ああもう。私にどうしろって言うのよ!」

 

 本当に呪術なのであれば月麗のテリトリーだが、今回の事件は訳が違う。だが、ここまで噂が広まっていることを考えれば、犯人としては呪術に見せたいのだろう。

 

「うーん、呪術が流行っているということと関連付けている? でも、分かる人が見れば分かることだから意味がないし……」

 

 考えに詰まって、月麗はチラリと詩塔の方に目を向ける。そこで初めて、詩塔から具体的な根拠を聞いていないことを思い出した。

 

「そう言えば、詩塔はなんで呪術と連続不審死を結び付けているの?」

 

 当然出てくるような質問だったが、詩塔はきょろきょろと周囲を見回し、人がいないことを確認して、そっと月麗に耳打ちをする。

 

「朱雀妃、黄星華様が言いふらしているみたいなんですよ」

「えっ? でも、黄家って呪術なんて信じていないはずじゃ……」

「そうですね。なので半信半疑の人も多いです」

 

 月麗は手を顎に当てて考え込む。冷静に考えれば何かの冗談だと思うのが普通だが、こういった噂話はありえなさそうな話ほど事実である可能性が高い。

 

「でも、先ほどの依頼って父親の黄清栄でしょ? 父親が娘の呪術を心配するなんておかしくない?」

「そんなこともありませんよ。有力者の家、特に女性は当主である父親の道具のような扱いをされることも多いですから」

 

 詩塔にそう言われて、月麗は先ほどの清栄の高圧的な態度に納得した。あれはかつてライバルだった李家との確執が原因ではなく、黄家では元々女性を奴隷のように見下す風習があったということ。

 

「なるほど、生まれてから先ほどのような扱い。しかも朱雀妃になってからは重要なコマとしてだけ期待される。殺したいほど恨みを持っていても不思議ではないわね」

「黄家の親族連中が、今度は朱雀妃に擦り寄っているみたいですよ。ほとんど無駄だったみたいですけどね」

 

 死の恐怖に怯えて擦り寄った者も少なくなかったが、何人かは既に死んでいる。いまだ生きている者は、怯えて処刑の日を縮こまって待つか、一縷の望みを賭けて擦り寄り続けるかの二択という状況という話だった。

 

「なるほど……。あの男が私のところに来たのは、そのためということか」

「はい、ですが月麗様に断られたことで、別のツテで道士を用意するでしょう」

 

 今回の事件は呪術ではない可能性が高い。そう考えれば一見無駄ではあるが、道士の分だけ人の目が増えると考えれば、全く意味のない行為ではないだろう。

 

 月麗は注がれたお茶を一気に飲み干して大きくため息を吐いた。

 

 ◇

 

 黄清栄は、月麗の代わりになる道士として鳳天道なる道士を見つけてきた。

 

「いやはや、受けてくださって助かりました。全く、これだから女というヤツは肝心な時に役に立たない」

「そんなことを言ってやるな。人には事情がある。俺がお前の依頼を受けたのも事情があってのことだ」

 

 清栄は天道の傲岸不遜な物言いにわずかに青筋を浮かべ、表情を歪ませた。しかし、すぐに貼り付けたような笑顔に変わる。

 

「先生のお陰で呪術に怯えずに済んだのですから、多少の無礼は大目に見ましょう」

「当然だ。お前が呪術で死ぬようなことは無いと保証してやろう」

「ははは、ありがとうございます。いやはや、あの小娘。玄武妃とか言って、碌に侍女も付けられない木っ端の分際で、ワシの依頼を断るなど……」

 

 清栄は吐き捨てるように月麗をこき下ろす。傍から見ても見苦しい光景ではあるが、天道は眉一つ動かさず、沈黙したまま一定のペースで酒を口に運んでいた。その様子に、愚痴が多すぎて機嫌を損ねたのではないかと清栄は危惧する。

 

「すみませんね。思わず愚痴ばっかりになって――」

「かまわん。酒が不味くなるようなものでもあるまい」

「いやはや、先生は心が広い。それに比べて、あの女どもと来たら――」

 

 そこから、徐々に清栄の愚痴が過熱していく。

 

 玄武妃の家族を上手く陥れることができたことで玄武妃を失脚させたと思ったら、玄武宮に居残り続けていたこと。

 

 次の狙いとして青龍妃を追い落とそうとしたところで、玄武妃の邪魔が入って失敗させられたこと。

 

 ここまでお膳立てしているのに、一向に皇帝を落とせない朱雀妃の娘が不甲斐ないこと。

 

 それだけでなく、今度は大恩ある黄家の親族を呪い殺して、自分がやったと公言していること。

 

 黄家の繫栄のために尽力している自分を褒め称えながら、足を引っ張る月麗や陽雅、さらには娘である星華まで貶める。彼にとっては最大勢力を誇る黄家の当主である自分こそが、皇帝に次ぐ実力者だと確信している。だからこそ、余計に足を引っ張る彼女たちへの憎悪が半端ない。

 

「全く、ホントにどいつもこいつも使えないやつばかりで困りますわ。皇帝だって、まだまだ右も左も分からないひよっこだからな。いっそのことワシが皇帝になった方が国のためでもあるかもしれんな。がははは」

「……」

 

 ヒートアップしていく清栄の愚痴は、次第に宮廷の人間、果ては皇帝まで及び始める。誰かに聞かれれば処刑されてもおかしくないほどの暴言。しかし、それでも天道は静かに彼の愚痴を聞いていた。一方で狩人が一瞬の好機を狙うかのように、天道の目は徐々に細くなっていく。

 

「本当に、どいつも、こいつも、許せない、許せない、許せない! あああああああ!」

 

 叫び声を上げて清栄が護身用の短刀を振りかざす。それを目にしても、天道は眉一つ動かさなかった。

 

「……」

 

 しかし、流石に自分に向けて短刀が振り下ろされれば対応しないわけにはいかない。咄嗟に左腕を上げて凶刃から自身を庇う。短刀が抜かれて、腕から流れ出る血を清栄の顔に向けて浴びせる。

 

「ぐあああ! 目が、目がぁぁぁ!」

 

 血が目に入って清栄がのたうち回る。手に持っていた短刀が右手から離れてカランという音を立てて床の上に落ちた。

 

「……」

 

 短刀を拾い上げた天道は、短く呟くと刃を清栄の鳩尾に突きつける。短刀を引き抜いた傷口から血が噴水のように吹き出して、天道の全身を真っ赤に染め上げる。先ほどまでの無表情とは一転して、天道は目を見開いて唇を震わせていた。

 

「う、うわぁぁ!」

 

 短刀を無造作に放り投げて、天道は清栄の部屋から飛び出していった。しかし、その足取りは人を殺して動揺しているにしては、奇妙なほどしっかりとしていた。

 

 

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