『魑魅魍魎が跋扈する』と噂の玄武宮でのんびり暮らしていたら、皇帝陛下が『後宮のお悩み相談係になれ』と無茶振りしてきた件 作:ケロ王
「大変です、黄清栄が亡くなりました!」
翌朝、月麗の目を覚ましたのは詩塔のその言葉だった。
「また、呪術で殺されたとかいう話?」
「いえ、今回は彼が雇った道士に殺害されたようですが……」
「ふああああ。それならただの殺人事件じゃない。という訳で、おやすみ」
大きな欠伸をしながら、月麗は再びベッドに潜り込む。彼女は失念していた。詩塔は誰から事件のことを聞いたのかを。
「寝るんじゃない! 人が一人死んでいるのだぞ?」
「ちょっと! 何で陛下が入ってきているんですか! デリカシーってものがないんですか!」
「お前が全然起きてこないからだろうが。それに俺は皇帝だ。妃の寝室に入ることを躊躇う理由などない」
「むむむ……。わかりました、起きますから向こうで待っていてください!」
慶佑をしっしっと部屋から追い払って、詩塔に手伝ってもらいながら身だしなみを整える。隣の応接間に当然のように座っている慶佑を睨みつけてから、月麗も向かい側に腰かけた。
「それで、今日は何の御用でしょうか?」
「黄清栄が殺された。というのは聞いているだろう?」
「ええ、呪術とは関係ないとも」
それを聞いた慶佑が頭を抱える。月麗が不思議に思って首を傾げると、頭を上げて大きくため息を吐いた。
「それが、関係ある。事情を聞いた感じだと、酒を飲んでいて突然暴れ出したらしいからな」
「酒癖が悪いだけじゃない」
「いや、清栄はいくら飲んでも酔わない。だからこそ呪術が疑われている」
慶佑が何故、こんな朝早くに玄武宮にやってきたか。そして、突然暴れ出したという事実と呪術。そこから導き出される答えは明らかだった。
「丹陽……?」
「そうだ。まだ記憶に新しいヤツの呪術が疑われている。そして――」
慶佑はまっすぐ月麗を見据えて、ゆっくりと口を開く。紡ぎ出された言葉は極めて理不尽なものだった。
「その師匠である月麗。お前も容疑者として挙がっている」
「そんなッッ! 月麗様は――」
「分かっている!」
「えっ――」
慶佑の伝えた事実に真っ向から異を唱える詩塔に、伝えた当人である慶佑も何故か同意する。詩塔も出鼻を挫かれた形になって、呆然となっていた。
「あの事件に関わったのだから、今回の件が丹陽でも、ましてや月麗でもないことは分かっている。だが、これを言い出したのは秀慶《シウチン》のヤツだ」
「皇弟殿下……」
「相当に落ちるが、それでも皇族。完全に無視することはできない。今はまだ俺や陽雅の父親が反対に回っているから、抑えられているが……。早ければ明日にでも勾留されるだろう」
陽雅の父親とは、先日の呪いの件で月麗に直接感謝を伝えている。陽雅自身の口添えもあるかもしれないが、娘の命を救った彼女に対する恩返しの意味もあるだろう。
「ただの言いがかりじゃないですか! 断固、抗議をしましょう」
非難するような目を向けながら、詩塔はテーブルに両手を叩きつけて慶佑に詰め寄る。しかし、彼はゆっくりと目を閉じて首を横に振った。
「気持ちは分かるが、向こうの言い分も筋が通っている。素直に応じれば、二日程度は勾留されるが二度目は無いだろう。ここは受け入れた方がいいだろう」
「でも、それは向こうも承知しているはず。その二日で何かを仕掛けてくるでしょう」
「おそらくな。面目ないが、どんな手を使ってくるかは皆目見当がつかん」
慶佑が伏し目がちに答える。もっとも、月麗も詩塔も相手の手の内が分かっていない、という点は全く同じだった。
「こうなったら、流れに沿って手を打つしかなさそうね」
「大人しく勾留されるということか?」
「おそらく敵は二日の時間を使って、私を排除しようと動くはず。それを阻止できればいいのだけど……」
「なるほど、俺が護衛として忍び込めば――」
「駄目よ。敵の狙いはおそらく慶佑。私の排除は布石でしかないはずよ。ノコノコと王が出るような盤面ではないわ」
出鼻を挫かれる形になった慶佑が不満そうな表情を浮かべる。しかし、月麗としても折れるわけにはいかなかった。
「護衛は詩塔に頼むことにするわ」
「わ、私ですか?! 多少の心得こそありますが……全身全霊をもって、ご期待にお応えします!」
詩塔の握り締めた両手の拳がわずかに震えている。決して不安や恐怖といった感情ではなく、明らかな決意や覚悟といったもの。それは彼女の燃えるような瞳が証明していた。
「頼むわ。でも、その前に――」
「な、何か……?」
「勾留まで時間があるわ。今のうちに根回しをしておかないとね。今日は忙しくなるわ」
「で、最初はどこに行くつもりだ?」
慶佑が決意を秘めた表情で訪ねてくるのを見て、月麗は目をぱちくりと瞬かせ、ゆっくりと首を傾げた。
「陛下は二日間、安全な所に籠っていてください。この二日間の狙いは私でしょうから、陛下が狙われることは無いと思いますが、あまり隙を見せていると敵も方針を変えないとも限りませんから」
「えっ?!」
彼の安全を考えて下した彼女の決断。しかし、彼は明らかに不満そうな表情で素っ頓狂な声を上げる。
「こ、籠っているだけなのか?! 俺に手伝えることはないのか?」
「さっきも申し上げましたが、敵の最終目標は陛下です。一見すると、こちらが追い込まれているように見えますが、敵も二日間のタイムリミットによって追い込まれているんです」
敵にとっても、このチャンスは一度しか切れない切り札。ここを耐え凌げるかどうかが分水嶺といえる。
「わかった。だが、俺の身の安全が保証されていれば、どう動いても問題無いのだろう?」
「それはそうですが……くれぐれも危険な事に首を突っ込みませぬよう」
不敵に笑う慶佑に一抹の不安を感じながら、月麗は詩塔と共に陽雅のいる青龍宮へと向かった。
◇
青龍宮で侍女に話をすると、すぐに謁見の間に通される。頭を下げて待っていると、ゆっくりと陽雅が入ってきて椅子に座る。しかし、すぐに謁見に来ているのが月麗だと気付いて立ち上がった。
「あら、珍しいですわね!」
「今日はお願いがあって参りました」
「もう……。そんなに畏まらないで、私と月麗様の仲でしょう?」
「わかりました」
「ささ、こちらのテーブルにお掛けになって」
月麗と詩塔は顔を上げて陽雅の案内に従ってテーブルに腰かける。向かいに陽雅が座ると、すぐに侍女がお茶を持ってきてくれた。
「それで、明日から二日間ほど、私と丹陽が勾留されることになりまして、その間に黄清栄殺害事件の聞き込みをしてもらう人を見繕っていただきたいと――」
「なるほど……。事情は分かりました。さすが月麗様です。目の付け所が違いますわ」
「今日のところは私たちで調査しますので、勾留されたら送って頂ければ」
「お任せください! 最高の人材を送って差し上げますわ!」
陽雅の自信満々な様子に些か不安を覚える月麗だったが、頼れる人間も他にいないため、彼女を信じることにした。
次に月麗は丹陽のところへと向かう。
「あ、師匠――ではなかったんですよね」
「別に師匠でも構わないけど、あまり教えられることもないよ」
「そ、それでもいいんです。それで……、今日はどのような用件で?」
「明日から二日間、頼みたいことがあってね」
頼みごと、と聞いて丹陽は顎に手を当てて訝し気な表情になる。意図を測りかねて小さく唸っていた。
「ふむむ。といいましても、ご存知の通り、俺も勾留されて動けないのですが」
「動かなくてもいい。丹陽の方は本命じゃないから、だいぶ隙ができるはず。周りの様子や会話をまとめておいてくれればいいわ」
「なるほど。もと文書官である俺にうってつけの任務という訳ですな。不肖ながら、この丹陽。最善を尽くさせていただきます!」
「それじゃあ頼むわね」
師匠である月麗からの期待を感じ取った丹陽はやる気を漲らせ、両腕の握り拳を胸の前に持ってきて気合を入れる。その様子に安堵した月麗は捜査資料を確認するべく、刑吏部へと向かった。
「ほらよ。こちらがお望みの資料だ。貸し出すことはできないから、そこの机の上で読むだけだぞ」
刑吏官の指差した机の上で月麗と詩塔は捜査資料にくまなく目を通す。
「杜撰な資料ね」
「そうですね。まるで呪術であることが大前提であるようにも取れます」
捜査資料の内容は酷いものだった。詩塔の言うように、ほとんどが呪術――特に最近流行っているという蟲毒によるもの、という形でまとめられている。その流れに沿うように、黄家に関わる人間というだけで、清栄の死も呪術による発狂が直接的な原因として書かれていて、それに巻き込まれた天道は被害者という位置づけになっていた。
「結局、この前提で話が進んでいて、最も疑わしい天道は軽く事情を聞かれただけで解放されたと――」
「そのように仰るということは、天道が事件に関わっているとお考えですか?」
「当然。ヤツが道士なら呪術の気配に気付かないはずがないからね」
そこまで言って、腕を組んで顎に手を当てて考えを巡らす。現時点では、ある程度の推測はできるものの、分からないことばかりだった。
一つ目は、後宮で流行っている呪術モドキ。これはおそらく目くらましだろう。
二つ目は、清栄の前に死んだ黄家の縁戚。おそらくは呪術による殺害を印象付けるためのもの。
三つめは、清栄の死。直接の死因は天道による刺殺。しかし、それは清栄が呪術により発狂し、天道に襲いかかったため。
謎はあちこちに散りばめられているが、目的が全く見えていないのが不気味であった。
「仕方ない、ここまでの内容を共有して、捜査に役立ててもらうしかないわね」
月麗は便せんを取り出すと、現時点での考察をしたため、陽雅へと送った。