『魑魅魍魎が跋扈する』と噂の玄武宮でのんびり暮らしていたら、皇帝陛下が『後宮のお悩み相談係になれ』と無茶振りしてきた件   作:ケロ王

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第4話 蠢き始める悪意

 翌日の早朝、丹陽と月麗が取り調べのために勾留された。異例の早さで容疑が掛けられ、有無を言わさず勾留が決定されたことは前代未聞であったが、裏で糸を引いているであろう秀慶の暗躍によって、慶佑の打ってきた手は多くが空振りに終わっていた。

 

「勾留を一日延ばせたのがせめてもの救いか……」

 

 縄に繋がれて連行される二人を見送りながら、悔しさのあまり拳が震えるほど強く握り込んでしまう。奥の手とも言える皇帝の強権発動。その結果がわずか一日勾留日を先送りにできただけだった。

 

「……!」

 

 月麗は慶佑と目を合わせるとニッコリと微笑んだ。周囲にバレない程度に小さくゆっくりと頷くのを見て、彼は自分が成し遂げた成果が無意味でなかったことに安堵する。

 

「青龍宮に向かうぞ」

「はっ」

 

 背後に控えていた侍従に声を掛け、後宮のある方角へと向き直る。先ほどの月麗の態度から、彼女が何かを残すのであれば陽雅に違いない。確かな足取りで青龍宮へ急ぎ向かう。

 

「あらまぁ、こんな真昼間にお渡りなんて、お盛んな陛下でいらっしゃる」

「揶揄うのはよせ。そんな冗談を言っている場合ではないだろう!」

「ふふふ。焦りは何も生みません。まずは冷静になるのが先と違いますか?」

「ぐっ……」

 

 冗談を交えて暢気な受け答えをする陽雅に慶佑は苛立ちを露にする。だが、彼女は冷静であらんとするが故に、余裕がある素振りを見せていたことに気付いて慶佑は言葉を詰まらせた。

 

 彼が落ち着きを取り戻してきたことに満足して陽雅は微笑み、事のあらましを話し始めた。

 

「月麗様は、昨日一日という時間を最大限に有効活用しました。資料を調べ上げ、有能な私に引き継いでいかれました。私の優秀さを見込んで、事件を解決して欲しいと頭を下げられたのです」

「……本当か?」

「もちろんですわ。月麗様もまた優秀な方でいらっしゃいます。私が書物を読み漁って予習していることまで見抜いておられましたわ」

「……予習?」

 

 なおも疑わしげな目を向ける慶佑に、陽雅は自信満々に書物の山を取り出してテーブルの上に乗せる。明らかに巷で流行っている推理小説なるものであることが、慶佑の目にも明らかだった。

 

「おい、本気で言っているのか? この本など月麗が犯人になってるじゃないか!」

 

 一冊を取り出して流し読みをした慶佑が額に青筋を浮かべながら問い詰める。だが、陽雅は涼しい顔のまま、扇で口元を隠す。

 

「陛下ともあろうお方が、このような戯言を真に受けるとは。くっくっく」

「どういうことだ?」

「これは些細な冗談ではありませんか」

 

 陽雅が口元を覆い隠していた扇を外し、パシンと勢いよく閉じる。背後に控えている侍女に目配せをすると、侍女は一度下がって捜査資料を静かにテーブルの上に置いた。

 

「こちらが月麗様からお預かりした捜査資料ですわ。そして、こちらが先ほどまで私が内容を精査したものでございます」

「そんなものがあるなら早く見せろ!」

「それはいけませんわ。冷静さを失って穿った見方をしてしまえば、せっかくの資料も意味がありませんもの」

「ぐっ……」

 

 陽雅に鋭く指摘されて、慶佑は気持ちを落ち着けるために何回か深呼吸を繰り返す。昂ぶりが収まったところで資料に手を伸ばし、目を通していく。

 

「それで、俺は何をすればいいんだ?」

「大人しく引きこもっていてはいかがでしょう?」

「ふざけているのか?」

 

 捜査資料も陽雅のまとめも、いずれも客観的な事象のみが書かれていた。それを元に慶佑自身がどう動けばいいか分からず陽雅に聞くが、期待したものではなかった。苛立ちをぶつけるようにテーブルに手を突いて立ち上がり、陽雅に詰め寄る。

 

「ふざけてなどいません。そもそも月麗様からも同じことを言われたのではありませんか?」

「……」

 

 完全に図星だった。月麗にとって、引き継げる相手が陽雅以外いなかったことは事実である一方、陽雅こそが最適な引継ぎ先でもあった。わずか一晩で完全に月麗の意図を把握していたことに、慶佑は戸惑って視線を目まぐるしく動かす。

 

「陛下はいわば王の駒。いくら盤面が優位だったとしても、王を取られれば勝てませんのよ」

「それはそうだが……しかし……」

 

 月麗にも言われたことを、陽雅にも繰り返し言われてしまえば、皇帝である慶佑も受け入れざるを得ない。だが、本心は自分も力になれることがあるのではないか。もし力になれるなら動くべきだ。そう考えてもいた。

 

「王を取られれば、何をやっても負け」

「そうだな……」

「じゃあ、王が取られなければいいのですわ」

 

 禅問答のようなことを言われて、慶佑は呆然とする。陽雅はジッと見定めるように彼を見つめるだけで、答えを待っているように見える。

 

「意味がわからないのでしたら、大人しく引きこもっているのがいいですわ」

「そんなッッ、俺は……」

 

 意味がわからない。何かヒントを教えて欲しい。そう言った言葉を遮るように陽雅は見定めたようだ。慶佑も反論をしようと身を乗り出すが、言葉が思い浮かばない。

 

「お戻りになるのがよろしいかと。意味がわかりましたら、お好きなように動いてくださいませ」

 

 青龍宮から追い出されるように帰らされた慶佑は、宮廷にある自室に戻りベッドに座って、思考を巡らせながら部屋の中を見回す。

 

「王が取られなければ――王は俺。そうか、俺が絶対に死なないのなら、動けということか。俺ならば動くだけで囮となると分かった上で……」

 

 問いの答えに確信を抱いた慶佑は、早速お忍び用の服に身を包むと、密かに宮廷を抜け出した。

 

 ◇

 

「何だと! 兄上がお忍びで街へ行っただと?」

「はっ、先ほど青龍妃とお忍びで会っていたようですが、宮廷に戻ってすぐに着替えて出ていったようです」

 

 憤怒故か、歓喜故か。定かではないが、秀慶は暗部リーダーが持ってきた報告書を握り潰す。そのまま手を震わせながら、視線をリーダーの方へと向ける。

 

「一体どういうつもりだ。だが、気にしても仕方ないか。よし、全員で慶佑を亡き者にせよ!」

「し、しかし殿下。この機会に玄武妃を排除する予定では……?」

 

 邪魔な月麗を排除するために動いていたリーダーが怪訝そうな表情を浮かべる。秀慶は、ただ不気味に微笑むだけ。

 

「玄武妃の排除は慶佑を落とすための最大の障害だからだ。しかし、玄武妃が動けない今、無防備な慶佑を狙う絶好の機会。これを逃してはならん」

「はっ!」

 

 嫌な予感を感じつつも、それを説明できないリーダーは渋々、秀慶の命令を受け入れることにした。

 

「行けっ!」

 

 秀慶が背中を向けて言い放つ。これ以上、言葉を交わすことがないという意思表示として受け取ったリーダーは、モヤモヤした気分で彼の前から姿を消した。

 

 ◇

 

「どうやら釣れたようだな」

 

 平民に紛れて街を散策しながら、周囲からの突き刺さるような視線に呟きを漏らす。本来なら慶佑の護衛をすべき暗部の人間は、かなり距離を置いて護衛している。

 

「さて、もう少し引き付けてから一網打尽にするか」

 

 無防備を振る舞いながら街を散策する。露店で買った串焼きを頬張りながら、安物の装飾品を売る男と値切り交渉をしたり、占い師に月麗との相性を占って(当然ながら月麗の生年月日時は完璧に押さえている)もらい、一方通行の想いになるだろうと言われて凹んだりしていた。

 

 四時間ほど焦らしながら街を散策していた慶佑は、ようやく裏路地へと入っていく。あからさまに怪しい行動だが、散々焦らされていた刺客たちは好機と判断して襲撃を実行に移す。

 

「なっ、バカな……」

「ここまで見事に引っかかるとは、秀慶も少し人選を考えた方がいいんじゃないかな?」

 

 刺客たちが裏路地に入ると、慶佑が待ち構えていた。緊張感に欠ける笑みを浮かべながら、しかし、剣は既に抜かれていて、いつでも斬れる状況であることを示していた。

 

「くそっ、罠か! 殺せ!」

 

 すでに気付いていた以上、逃げ道は塞がれている。そう判断したリーダーは全力で慶佑を殺すという目的を達成することに決める。しかし、その決断は彼らにとって最悪の一手。

 

「まずは一人目」

「なっ、バカな!」「ひぃぃぃ!」「うわぁぁぁ!」

 

 慶佑が無造作に剣を振った瞬間、リーダーの隣にいた男の首がずり落ちる。血を吹き出しながら、男の体が前のめりに倒れた。突然、目の前に展開された惨劇に刺客たちも動揺を隠せず、数人は我先にと逃げ出してしまった。

 

「くそっ! おい、戻れ! 一体どういうことだ?!」

「簡単なこと。お前たちがあまりに弱すぎて、俺があまりに強すぎたからだ」

「御冗談を。我々ですら正面から戦えば勝ち目がないというのに……」

 

 突然現れた黒服の男が慶佑に軽口を叩くと、彼は苦笑しながら肩を竦める。

 

「そもそも君たち正面から戦うタイプじゃないでしょ?」

「それはそうなのですけどね、ははは」

 

 黒服の男が言い返されて抑揚のない声で笑う。目の前に敵がいるにも関わらず、彼はいつものように跪いて現状の報告を上げ始める。

 

「この場の包囲完了しております。すでに逃げ出した者たちも配下の者たちによって、討伐完了しております」

「早いねぇ」

 

 慶佑の言葉と同時に、彼らを取り囲むように現れる黒服の男たち。彼らが一斉に刺客たちの前に何かを放り投げる――それは、逃げ出した刺客の生首だった。

 

「……ッッ!」「ひぃぃ!」「嘘だろ、おい!」

 

 声を押し殺して動揺を隠せたのはリーダーだけ。それ以外の刺客は全員が、恐怖に震えながら声を上げる。

 

「それじゃあ、残りは彼らだけだね」

 

 穏やかな笑みを浮かべたまま、慶佑は刺客たちに向き直り剣を構える。

 

「ま、待ってくれ! 命を助けてくれるなら、あのお方が仕組んだことだと証言してもいい。そうすれば、あのお方を追い詰めやすくなるはずだ!」

「ふぅん、それはいい考えだ。だが――」

 

 慶佑は相変わらず穏やかな笑みを浮かべているが、相対しているリーダーは気付いてしまう。彼の目が、全くと言っていいほど笑っていないことに。

 

「もう、これは戦争だ。追い詰めるとか、追い詰めないとかではなく、殺し合いだ。だから俺も容赦なくお前たちを殺す」

 

 慶佑が剣を横薙ぎに振るう度に、まるでギロチンのように刺客の首が一つずつ落ちていく。そして、最後に残ったのはリーダーの首一つ。

 

「恨むなら、俺の命を奪おうとした秀慶を恨むがいい。もっとも、あいつに繋がる証拠は残していないだろうから、結局はお前たちが無駄死にしただけになるがな」

「く、くそぉぉ――」

 

 怒りに顔を歪めたリーダーの顔が、ボトリと落ちる。慶佑は彼らの首を一瞥することもなく、黒服の男が差し出した布で剣に付いた血を拭っていく。

 

「あとはよろしく頼むよ」

「はっ!」

 

 黒服の男たちを残して、慶佑は少しだけ疲れたような表情で宮廷の方へと歩いていく。角を曲がって、黒服の男から見えなくなったところで、壁にもたれかかり大きくため息を吐く。

 

「秀慶め、とんでもないことをしてくれたな。あんな奴らを月麗を殺すために差し向けるとは……」

 

 矛先が自分だったから事無きを得た。だが、あれが月麗に向けられたら無事では済まなかっただろう。そう思うと、やるせない怒りが湧き上がり、思わず拳が震えるほど強く握りしめてしまい、ギリギリと音がしそうなほど強く歯噛みしてしまう。

 

「お前は触れてはならぬものに手を出そうとした。ならば、残された道は戦争しかあるまい……」

 

 慶佑は血走った目で宮廷の方を睨みつけた。

 

 

 

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