『魑魅魍魎が跋扈する』と噂の玄武宮でのんびり暮らしていたら、皇帝陛下が『後宮のお悩み相談係になれ』と無茶振りしてきた件 作:ケロ王
青龍宮の騒動から数日後、月麗は何故か再び青龍宮へと来る羽目になっていた。しかも、今回は正式に玄武妃として。
「私たちってライバルですよね?」
「そういうことにしておきましょうか」
二人は飲茶で寛いでいた。いや、寛いでいるのは陽雅だけかもしれない。前回は彼女の病状を診察する医者として来たこともあって緊張感はなかったが、今回はライバルの上級妃として来ることになったのだから、緊張するなという方が無理だった。
今も、暗に「何で敵地に呼び出してんだ、コラァ!」という意味でやんわりと問いかけた月麗だが、その問いかけすら、のらりくらりとかわされる。
「そんな緊張しないでくださいませ。命の恩人をお茶にお招きしただけでございますわ」
「いやいや、ライバルですよ。仲良くするのはおかしいんじゃないですか?」
「ふふふ、そんなことありませんよ。たしかにライバルではありますけど、一つの席を四人で奪い合うわけですから。邪魔者を潰すために協力する、ということも当然あります」
「……確かにそうだけど!」
厄介な相手を協力して排除するのはバトルロイヤルの基本戦術ではある。だが、当たり前のように語る陽雅に対して、不慣れな月麗にとっては、なかなか割り切れる話ではなかった。
所在なく視線を走らせていると、陽雅の手首にはめられた腕輪に目が行く。あれから数日が経過しているが、腕輪が切れるような兆候はない。あの時は「呪いなど気のせい」だと嘯いてみせた。一方で、彼女の病の原因となったワガママには違和感もある。
「いくらストレスが溜まるといっても、周りの意見を封殺してまで我を通すとは思えないんだよねぇ……」
にこやかに微笑む彼女の顔を見ながら月麗がつぶやく。絶対に無いとは言えないが、あまりにも話に聞いた彼女と今の彼女の乖離が大きすぎることが、月麗には気になって仕方がなかった。
「安心してください。私は命の恩人を裏切るような真似はいたしません」
「別に陽雅様が正妃の座を狙っても気にしませんから、好きなだけ誘惑してくださって結構ですよ」
月麗としては陽雅が恩義を感じて身を引くようなことをして欲しいとは思っていない。それに、慶佑に感謝はしつつも少しだけ鬱陶しいと感じていた。
陽雅が正妃の座を狙って積極的に動くのであれば、慶佑が月麗に過剰に絡んでこなくなるという期待もあるので、応援したいところだ。
「はあああ、これは陛下も大変ですわね。同情してしまいますわ」
「どういうこと?」
「いずれにしても、私は正妃になるつもりは無くなりましたので、月麗様もお気になさらず陛下とこれからもよろしくやってくださいませ」
月麗を見ながら、慶佑を憐れむような言動をする陽雅に意図を尋ねると、なぜか月麗が慶佑と今までよろしくやってきたようなことを言われて戸惑いを覚える。
「よ、よろしくなんて……。私と陛下は、そういう関係ではありません。変な誤解をしないでください!」
「あらあら、そうなんですか? どう考えても息がピッタリですのに……」
「そ、そ、そんなことは……」
強引に慶佑を意識させられたように感じた月麗は、頬を膨らませて陽雅を睨む。一方、睨まれた陽雅は怯むどころか、柔らかく微笑むだけだった。
「さてと、そろそろお開きにいたしましょうか」
「ひどく疲れましたわ……。言っておきますけど、陛下とは何もありませんからね!」
「そういうことにしておきますわ。今日のところは、ですけど」
「……」
月麗が必死に主張するも、陽雅が余裕の表情で受けているせいか妙に言い訳がましく見えてしまう。それが余計に月麗の眉間の皺を深くする。
「この分なら、呪いも気のせいで終わりそうですわね……」
そう呟いて、月麗は青龍宮を後にした。
「大変だ!」
青龍妃とのお茶会を終えた夜、一通り見回りをして寝ようと思った月麗は、慌てて飛び込んできた慶佑に叩き起こされた。
「ちょっと、人の家に勝手に入ってこないでください!」
「そんなことを言っている場合じゃない! 切れたんだよ!」
「誰がキレたか知らないですが、私には関係ありません!」
そう言って、再び寝ようとした月麗だが、慶佑によってベッドから引きずり出された。
「だから、青龍妃に渡した腕輪が切れたんだよ!」
「あああ、そういうことですか。それじゃあ、おやすみなさい!」
「だから起きろって、呪いだって言ってるだろ!」
結局、起きる羽目になった月麗は、椅子に座ったまま舟を漕いでいた。
「何やってるんだよ。呪いを掛けられたんだぞ!」
「もう、大丈夫ですって。腕輪が切れたってことは、呪いを完全に防いだということなので、今日はもう大丈夫ですよ。そうそう頻繁に呪いなんて掛けられませんからね」
バタンと音を立てて、床の上に横になって寝息を立てる月麗に慶佑は頭を抱える。
「まったく、仕方ないヤツだ。ベッドに運んでおいてやるか……」
慶佑は月麗を横抱きにして持ち上げる。十二歳の中でも小柄な月麗を持ち上げるのは、慶佑にとって造作もないことだった。ベッドに優しく下ろし、布団を掛けて部屋を後にする。
翌朝、少しだけ寝不足の月麗が寝惚け眼を擦っていると、再び慶佑が小屋に入ってきた。
「朝だぞ! ほら行くから準備しろ!」
「そんなに焦らなくても大丈夫だって……」
「何を言っているんだ。上級妃が呪いの標的にされたのだぞ!」
「だから……えっ、ちょっ!」
のんびりと構えている月麗を、慶佑が急かす。しかし、腰の重い彼女に痺れを切らして、とうとう横抱きに持ち上げて青龍宮へと走り出した。
「お、下ろしてくださいまし……」
「なに、ここまで来たらあと少しの辛抱だ。このままいくぞ!」
無情にも月麗の願いは却下されて、そのまま慶佑は陽雅の部屋に辿り着いた。陽雅は二人の様子を見て、とっさに扇を広げて口元を隠した。
「あらあら、まあまあ。朝からお熱いですわね。妬けてしまいますわ。ふふふ」
「ちょっ、だから下ろしてって言ったのですわ!」
「俺は気にしないから大丈夫だ」
「私が気にするっていう話ですわ?!」
顔を真っ赤にして抗議する月麗だが、慶佑にはまったく響いていない。そんな二人の様子を陽雅が声を押し殺して笑っていた。
「そんなことより呪いの件だ」
月麗を下ろしながら慶佑が切り出すと、陽雅が切れた腕輪を二人の前に差し出した。
「昨晩、食事を取ろうとしたら切れてしまったのです」
「食事の時間を狙ってのこと……。やはり、陽雅様の異変は呪いが原因の可能性が高いですね。もちろん、同じ呪いだという確証はありませんが……」
「さすがに同じではないだろう。月麗のお陰で回復しているからな」
たしかに慶佑の言うことはもっともだった。しかし月麗は、もう一つの可能性も考慮していた。呪いが掛けられる間に数日のインターバルがあったのだから、ありえない話ではない。
「回復していなかった可能性もありますよ」
月麗の言葉に、二人が首を傾げる。敢えて引っかかるような言い方をしたのだから当然だった。
「強力な呪いを掛けるには、日数が必要になるんです」
「なるほど。呪いを仕掛けた時には、陽雅はまだ回復していなかったということか?」
「はい、それに掛からなかった呪いは術者に返ってきます。途中で止めることなんてできないんですよ。腕輪で呪いを防がれたので、結局は術者に返ってしまったのですけどね」
「ということは呪いが返ってきたヤツを見つければいいということか!」
得心した慶佑の言葉に月麗が頷く。方向性が見えたことで、不安混じりだった陽雅の表情に明るさが戻ってくる。
「しかし、そう簡単ではありません。相手が術者であれば、必死で抑え込んでいる可能性もあります」
「む、そうか……」
一気に解決とはいかないことを聞かされて、慶佑が眉根を寄せてウンウンと唸る。そんな彼の様子を見て月麗はニヤリと笑うと、パンと手を叩いた。
「何で終わったような顔しているんですか。相手が顔を出さないなら釣り上げてしまえばいいんですよ」
「釣り上げる、と言ってもなぁ」
「ちょうど、ここに陽雅様という餌があるじゃないですか」
「ちょっと待て! いきなり何を言いだすんだ?!」
月麗のアイディアに、慶佑が待ったをかける。当事者である陽雅は状況が分からず、扇子を開いて口を隠して静観していた。
「呪いの相手は間違いなく陽雅様です。犯人の目の前に彼女が現れたら、抑えが効かなくなる可能性が高いのですよ」
「だが、他の宮の人間かもしれないだろう?」
「いえ、青龍宮内部の人間で間違いありません。彼女の食事の時間に合わせて発動したのが証拠です」
月麗の言葉に、二人は俯き加減になって唸る。全ての状況が月麗の推理を正しいと主張していたからだ。
「というわけで……。青龍宮の内部の人間であり、昨晩から誰も見かけていない人を教えていただけますか?」
月麗の言葉を受けて、陽雅は秘書役の侍女を呼び出して尋ねる。
「えっと、本日出仕していない方は――侍女の可也、見習いの月、医者の遠志、道士の柳丹陽《リュウ・タンヤン》ですね」
侍女の報告を聞いていた月麗が大きく頷いた。
「犯人が、分かりましたわ!」
「俺も分かったぞ」
「候補が一人しか残ってませんわ……」
自信満々に言い放った月麗は、恥ずかしさのあまり蹲って両手で顔を覆ってしまった。