『魑魅魍魎が跋扈する』と噂の玄武宮でのんびり暮らしていたら、皇帝陛下が『後宮のお悩み相談係になれ』と無茶振りしてきた件 作:ケロ王
「犯人は道士の丹陽です!」
「知ってた」
「知ってました」
予想通り見せ場を台無しにされたことで、月麗は意気消沈してしまった。
「落ち込んでいないで早く行きますわよ!」
「ほら、早く立てって! 立たないと、このまま抱きかかえていくぞ!」
「嫌ッ!」
蹲っていた月麗だが、慶佑の爆弾発言により跳ねるように立ち上がった。狙い通りとばかりに、二人が丹陽の居場所へと歩き出す。月麗も少し遅れて二人を追いかけていった。
丹陽の居場所は月麗の小屋と同じくらいの大きさの小屋だった。しかし、その外観は軒下に太極図が吊るされていたり、柱には霊符が貼られていたりと、いかにも道士らしいものだった。
「こんな趣味の悪い飾り、普通は使いませんけどね」
しかし月麗には、わざとらしすぎて偽物にしか見えなかった。もちろん、家を対象にする『陽宅風水』なるものが道術にはあるが、こんな奇怪なものではない。
「気にしてもしかたありません。さっさと釣り上げてしまいましょう」
「おう、二人は少し離れていてくれ!」
慶佑が小屋の扉をいきなり蹴破った。それを見た月麗は目を丸くする。鍵が掛かっているか確認していないこともだが、そもそも丹陽が犯人と決まったわけでない。本来なら、逆に罪に問われてもおかしくない行為だが、彼の皇帝という称号は全てが許される。
「おいおい、何なんだよ! まったく……」
「た、丹陽!」
「き、貴様は、ううっ、王陽雅! 貴様のせいで、俺は……、俺はぁぁぁ! 殺してやるゥゥゥ!」
陽雅を見た丹陽の食い付きは凄まじいものがあった。視界に入れた瞬間に激昂したと思ったら、間髪入れずに陽雅に向かって駆けだす。
「ここは通さない!」
慶佑が丹陽の行く手を塞ぐように剣を構えるが、丹陽も臆することなく手にしたナイフを振り回す。刃と刃がぶつかり合い、火花が飛び散る。押し合う二つの力、しかし、力比べは丹陽に分があった。
「今のうちに、逃げろッッ!」
鬼気迫る慶佑の叫び声に、弾かれるように二人は丹陽に背を向けて駆け出した。
「くそっ、邪魔だ!」
「ぐあっ!」
丹陽の押す力が大きくなり、慶佑が弾き飛ばされる。そのまま陽雅を追いかけようとするが、慶佑は着地と同時に地面を蹴って反転。剣を構えたまま丹陽に迫る。
「行かせるか!」
「チッ、小癪な!」
再び交える刃と刃。力では押し負けると知った慶佑は鍔迫り合いを避け、ヒット&アウェイで攻め立てる。間断のない攻めに丹陽も足を止めざるを得ない。
「くそっ、鬱陶しいヤツめ。これでも食らえ!」
丹陽が手に持ったナイフの片方を慶佑に投げつける。力が強いとはいえ、道士である彼の投擲は狙いが甘く、たやすく回避されてしまう。だが、それでも彼はニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。
「ふん、とうとう血迷ったか。だが、容赦はしない!」
慶佑は丹陽を再び攻め――ることができなかった。それどころか、身体をピクリとも動かせなくなっていることに気付いて焦り始める。
「ふん、影を縛っただけだ。しばらくすりゃ解けるから安心しな。もっとも、その頃にはアイツらの命は無いだろうがな」
影を縛ったまま、丹陽はナイフを右手に持って陽雅を追いかける。慶佑は、彼の後ろ姿をただ見ることしかできなかった。
一方、月麗と陽雅は彼から逃げ切るべく、ひたすら走っていた。
「どうやら追ってきたようです」
「へ、陛下は?!」
「大丈夫でしょう。それよりも今は陽雅様でございます」
彼の狙いは陽雅ただ一人。それにもかかわらず、慶佑の身を案ずる彼女の姿は月麗からしたら微笑ましくもある。だが今はそんなことを考えている余裕などない。彼が二人を追ってきている――慶佑を振り払った上で。
「追ってきているのは丹陽だけです。ということは、彼は陛下と互角以上の力を持っていると考えた方がよろしいでしょう。もし追いつかれてしまったら、死を覚悟しないといけません」
「そ、そんな、いったいどうすれば……」
「まずは逃げましょう。できれば玄武宮の方へ向かった方が良いかもしれません。ここは丹陽にとっても土地勘のある場所。ならば、玄武宮の方が優位に立てる可能性が高いです」
恐怖に声を震わせる陽雅を励ましつつ、月麗たちは玄武宮へと向かう。しかし、女性二人の足では、男性の足に敵うはずもなく徐々に距離を詰められていく。
「どうしましょう……。このままでは追いつかれてしまいますわ!」
「陽雅様、こちらに息を吹きかけて貰えますか?」
月麗が懐から取り出したヒトガタに陽雅が息を吹きかける。それを受け取った月麗が右の人差し指と中指で挟んで顔の前に持ってくる。
「偽形正魄欺邪敵、急急如律令!」
呪を唱えて月麗がヒトガタを明後日の方向へと投げると、まっすぐに向かってきていた丹陽がヒトガタの方へと軌道修正した。
「こ、これは……」
「道術の一つでヒトガタに魄を込めて悪しきものをおびき寄せる身代わりにするものです。さ、今のうちに。あまり長くは持ちませんので」
月麗の言葉通り、しばらくヒトガタにナイフを突き立ていたが、術が解けて再び追いかけてくる。
「このままでは埒が明かないなぁ」
「もっと長く足止めはできないのでしょうか?」
「道術って、準備が必要なものが多いんですよ。丹陽のナイフもあらかじめ術を仕込んであると思います」
「どこかに閉じ込めたりできればいいのでしょうけど……」
「閉じ込める――それです!」
陽雅の言葉にひらめきを得た月麗が、玄武宮にある鶏舎の方へと方向転換する。
「ど、どこに行くんですか?!」
「鶏舎です! 丹陽を閉じ込めてしまいましょう!」
「鶏舎に?!」
陽雅が訳が分からず素っ頓狂な声を上げる。凶悪な殺人鬼を鳥小屋に閉じ込める絵を想像したのだろう。彼女の顔が失望の色に染まっていく。
「というわけで、丹陽をおびき寄せます。このヒトガタに息を吹きかけていってください!」
「わ、わかったわよ。やればいいんでしょ!」
月麗が何をしようとしているのか、陽雅には完全に理解不能になっていた。半ば自棄になりながら、手渡されるヒトガタに息を吹きかけていく。
「偽形正魄欺邪敵、急急如律令!」
逃げながら呪を唱えて、ヒトガタを置いていく。
「さて、これでよし。あとは大きく迂回して目的地にいきます!」
数匹のニワトリが放し飼いになっている場所をぐるっと回って、反対側に辿り着いた月麗は近くにある岩に腰を下ろす。
「ちょっと、何を暢気なことをしているんですか! 追いつかれちゃいますよ!」
「大丈夫、ここに閉じ込めますので!」
「ここって……。鶏が放し飼いにされているだけじゃないですか!」
石が無造作に置かれているものの、それ以外には何もなく、ただニワトリがいるだけの場所にしか陽雅には見えなかった。
「大丈夫です。ここが玄武宮にある鶏舎ですから!」
自信満々に答える月麗を、パチパチと激しく瞬きをしながら陽雅が見つめる。その言葉が嘘でも冗談でもないとわかって、頭を抱えながらよろめく。
「あああ、もうダメですわ!」
そのまま地面にへたり込む陽雅の行く末を暗示するかのように、丹陽がヒトガタをグチャグチャに切り裂きながら、近づいてきていた。
「どうなってやがる! 切っても突いても死にやしねえ!」
とうとう最後のヒトガタが効果を失い、丹陽が二人から目と鼻の先ほどの距離に迫っていた。
「くそっ、どこに行きやがった! いや、ここはどこだ?」
目の前にいるはずの陽雅には目もくれず、ニワトリの群れの周りを丹陽がグルグルと回り始める。
「くそっ、どういうことだ! いや、待てよ……。これはニワトリの魔物が迷わせるという……」
「失礼な、普通のニワトリなんだけど!」
噂を思い出して狼狽する丹陽に、月麗が抗議する。当然ながら、鶏舎の中にいる丹陽には、抗議の声すらも聞こえない。
「えっと、これは一体どういうことなんですの?」
「奇門遁甲の一つ、杜門の陣ですよ。杜門というのは閉ざされた門という意味。何かを閉じ込めるのに使うんです」
「それをニワトリを閉じ込めるのに使うと? ありえませんわ!」
非常識な道術の使い道を目の当たりにし陽雅が文句を上げるも、これが常識だと思っている月麗は不思議そうに首を傾げるだけだった。
「建物を建てるより楽なんですけど……」
「そういう問題ではありませんわ!」
「ともかく、こうして閉じ込められたわけですから、一件落着ってことでいいですよね?!」
「ま、まあ。そういうことになりますわね」
強引な月麗の主張に押し切られる形で、陽雅が頷く。ひと段落ついた落ち着いたことで、疑問が湧いたらしく首を傾げた。
「そう言えば、道士である丹陽が何故あっさりとヒトガタに引っかかったのでしょうか?」
「跳ね返った呪いに支配されていたからですよ。もちろん恨みはありますが、行動させたのは呪いの力ですね」
「なるほど……」
「さて、しばらくすれば呪いも消えるでしょうし、衛兵に引き取ってもらいましょう」
こうして、呪いが解けて力尽きた丹陽は、あっさりと衛兵に捕縛されて罪を問われることとなった。
翌日、陽雅が慶佑を引き連れて玄武宮へとやってきた。
「無事だったか!」
「当然ですよ、あの程度の道士に私が負けるとでも?」
月麗の無事を喜ぶ慶佑に、月麗は手を腰に当て胸を張って答える。実際には陽雅の助けもあって丹陽を拘束できたのだが、当然のように棚上げする。
「結局、丹陽はどうだったの?」
「はい、恨みを抱いた理由ですが、半ば騙すようにして後宮へと連れてきたのが原因だったようです」
「そんなに後宮に来たくなかったのか……」
「いえ、彼は男ですから、後宮に常駐するには宦官になる必要があり、父が栄転を匂わせて彼を宦官にしたことが始まりだったようです」
あまりにも酷い理由に、物事に動じない月麗も顔をしかめる。その様子を見た陽雅が慌ててフォローに回る。
「あ、あの後、話し合いを重ねて無事に和解はいたしました。多額の慰謝料を払った上で、進退は本人に任せると。結局、引き続き道士として私についてくださることになりました。ですが――」
すでに彼は男として再起不能なわけで、それならば後宮に残ると言う判断は月麗から見ても妥当のように思えた。まるで他人事のような彼女の態度も、陽雅の一言で脆くも崩れ去ってしまう。
「自分を負かした道士に師事したいと言っておりまして……」
「えっ……、それって私のこと?」
陽雅の言わんとしていることに気付いた月麗が頬をひくつかせながら尋ねると、彼女はしっかりと月麗の目を見ながら頷いた。
「はい、ですので普段は玄武宮に常駐するそうです。それから――」
「まだあるの?!」
「はい、お礼に玄武宮で侍女を務めてくれる方を募ったところ、一人希望者がおりましたので、彼女も玄武宮に来ることになります」
陽雅のサプライズプレゼントに月麗は顎が外れそうなほど口を大きく開いて呆然としていた。
「あ、あ、あ……」
「良かったな、これでキョンシーに頼らなくてもよくなるぞ!」
「私ののんびりスローライフがぁぁぁ!」
悲痛な叫びをあげる月麗を、慶佑と陽雅が生温かい笑みと共に見つめていた。