『魑魅魍魎が跋扈する』と噂の玄武宮でのんびり暮らしていたら、皇帝陛下が『後宮のお悩み相談係になれ』と無茶振りしてきた件   作:ケロ王

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第二章 愛と憎しみの玄武宮
第1話 まさか親友だったなんて?!


 青龍宮から侍女が一人派遣されることになった。籍は青龍宮付ではあるものの、玄武宮復活に向けて大きく一歩を踏み出したことになる。

 

「初めまして、楊詩塔《ヤン・シーター》と申します。よろしくお願いします」

「はい、よろしくね。まだ侍女は一人だけど、昼間に少しだけ手伝ってくれればいいから」

 

 詩塔は少しウェーブのかかった黒髪を肩まで伸ばしていて、大きな目の下にそばかすが浮かんでいる純朴な印象を受ける少女だった。年齢は十七歳で十歳の頃から後宮で侍女をしていたとのこと。言葉遣いもはっきりしていて、寂れた玄武宮には勿体ないくらい。

 

 そんな詩塔だったが、月麗が挨拶を返すと胸の前で手をこすり合わせる。視線が所在なさげで何か考え事をしている様子だった。

 

「何か疑問点があります?」

「あ、はいっ!」

 

 埒が明かないので月麗の方から訊ねてみたところ、両手を左右にピシッと伸ばして直立不動の姿勢となる。真っ直ぐに月麗の目をまっすぐに見て口を開く。

 

「ほ、他の侍女にも挨拶したいのですがっ!」

「えっ、えっと……他にはいないんですよ」

 

 詩塔の口から飛び出した言葉に驚きながらも答える。嘘ではないものの、そんなことを尋ねられると思わなかった月麗は思わず早口になってしまった。

 

「いますよね? 夜まで待てばいいんですよね!」

「な、何でそれを……」

 

 詩塔の口ぶりは、明らかに玄武宮の実態を知っているかのようなものだった。侍女のように手伝ってもらっているキョンシーの阿琉花《ア・ルファ》がいるが、それは公然の秘密のはず。

 

「私の先輩に当たる方ですから、是非とも挨拶したいんです!」

「それはそうなんだけど……ちょっと琉花は変わった人、だからね」

 

 積極的に訴えてくる詩塔に対して、月麗はどう返せばいいか全くわからない。戸惑いながら、諦めることを祈りつつ答えると、彼女の眼の色が変わった――逆の意味で。

 

「琉花?! 琉花って言うんですか? お願いです、会わせてください!」

「ダメだよ。なんて言ったって、琉花はキョンシーなんだから!」

 

 諦めるどころか、ますます熱が入ってしまった詩塔の勢いに流されるように月麗は彼女がキョンシーであることを漏らしてしまった。口にしてからしまったと思い、慌てて塞いだが手遅れだった。

 

「そんな……そんな……」

「あ、あのね。詩塔……」

 

 月麗の目をまっすぐに見据えながら、うわごとのように呟く詩塔をなだめるため、言い訳をしなければと思うも、焦りのあまり何も言葉が浮かんでこない。あまりの気まずさに月麗の目に涙が浮かび始めてくる。

 

「そんな――ことは知ってるんです! だから会わせてください!」

「詩塔、ごめ――えっ?!」

 

 謝るしかないと口を開いた月麗に被せるように、詩塔の言葉が部屋に響き渡る。ここに来て初めて、月麗は彼女が既に琉花がキョンシーだと知りながら、会わせてほしいと訴えていたことに気付いた。それと同時に、断るという選択肢が完全に消えてしまったことにも。

 

「よろしくお願いします!」

「本当に会うつもり? 実物は思っているよりも恐ろしいものだよ!」

 

 詩塔は疑わしそうに半眼になって月麗を睨んでくる。月麗自身も言葉に説得力がないのが理解できているだけに、言い繕うこともままならない。あと五分もしないうちに琉花がやってくる予定だが、初めて月麗は彼女に会うことが恐ろしいと感じていた。

 

「そろそろ来ますよ!」

「は、はいっ!」

 

 毎晩のように会っている琉花がやってくる時間。小屋の中にはただならぬ緊張感が漂っていた。静まり返った部屋の中には、椅子に座って待つ二人が生唾を呑み込む音だけが、妙に生々しく響きわたる。

 

 ――ガチャリ、ギギィィ。

 

 音を立てて扉が開き、いつものように琉花が部屋の中へと入ってくる。いつもと違い、部屋の中に月麗とも慶佑とも違う人間――詩塔がいることに気付いて首を傾げている。

 

 月麗がチラリと隣に視線を移せば、琉花をじっと凝視する詩塔が目に映る。彼女の瞳は大きく見開かれ、口は両手で覆われ、彼女の目には涙が薄っすらと浮かんでいた。

 

「し、詩塔……」

 

 初めて見るキョンシーに彼女が恐怖を感じているのではないかと思って、何か言おうとした瞬間、勢いよく彼女が立ち上がった。

 

「琉花ッ!」

「し、詩塔……」

 

 詩塔が勢いよく駆け寄ったと思ったら、突然二人が抱き合った。あまりにも常識からかけ離れた展開に、月麗はただ茫然と抱き合う二人を見ていることしかできない。

 

「んんん、会えて嬉しいのは分かるけど、とりあえず座りましょう」

 

 埒が明かないと判断した月麗は間に割って入って引き離すと、椅子に座るように促した。二人が椅子に腰かけたタイミングを見計らって、月麗はお茶の支度をする。

 

「いいのいいの。今日は私がやるから、琉花は詩塔と話をしてて」

 

 お茶を三人分淹れて戻ってくると、二人が楽しそうに話をしていた。キョンシーになった琉花はほとんど大きな声を出せないが、それでも意思疎通には問題ない様子だった。

 

「まさか二人が顔見知りだったなんてね」

 

 お茶を配りながら、月麗が切り出す。その言葉を聞いて詩塔がテーブルを叩いて身を乗り出した。

 

「そんなものじゃありません。私たちは大の親友といっても過言ではなかったんです」

 

 そこまで言って、チラリと琉花の方に視線を動かす。それを受けた琉花もゆっくりとした動きではあるが頷いた。詩塔が独りよがりで無かったことを知って、安堵のため息を漏らす。

 

「でも、あなたたちみたいな関係で親友って言うのは珍しいですよね?」

「たしかに……。立場こそ違いますが、それでも小さい頃から一緒に育ってきた姉妹みたいな間柄なんです!」

 

 二人のうち、苗字があるのは琉花のみ。すなわち、二人には身分差があるということ。質問の意図を察した詩塔が、少しだけ顔を上気させながら、勢いよく答えた。

 

「ですが、私たちが後宮に入るにあたって、離れ離れになってしまったのです……」

「なるほど、確かに名家の人間なら縁故採用もありますからね」

「そうです。琉花は前玄武妃の実家である劉家と懇意にしていました。そのツテで彼女は玄武宮に。そして――」

「あなたは青龍宮に配属になったということね」

 

 月麗の言葉に詩塔がわずかに顎を引く。そのまま伏し目がちになって下唇を噛んだ。

 

「最初はそれでも良かったんです。頻繁に手紙で近況を教え合っていたので。ですが……」

「次第に、手紙のやり取りも無くなっていった、ということね」

 

 彼女の様子から察した月麗が補足すると、眉根を寄せて、さらに強く下唇を噛む。しかし、それを共有しているはずの琉花は不思議そうに首を傾げていて、月麗に心に違和感を刻み込む。

 

「そんな日が続いて、しばらく経ったある日、琉花が行方不明になったと風の噂で聞きました」

 

 詩塔はさらに両の手を握り締めた拳をテーブルの上で震わせる。疎遠になったと言っても、彼女にとって琉花は大の親友。むしろ疎遠になってしまったことによる後悔は殊更大きかったに違いない。

 

「たしかに後宮で行方不明と言えば、たいてい死んでるからね……」

「はい。それもほとんどが事故ではなく、他殺だと言われてます……ウッウッウッ」

「……」

 

 咽び泣く詩塔に何と声を掛けてよいか分からず、月麗は黙ったまま、彼女が落ち着くのを待つ。いったん席を立ち、新しい湯呑にお茶を淹れて三人のお茶を湯呑ごと入れ替えた。

 

「あ、ありがとうございます」

「少し落ち着きました?」

「はい、取り乱して申し訳ありません」

 

 大きく一度、深呼吸をした詩塔だったが、まだ声がわずかに震えていた。そんな彼女を慰めるように琉花が背中をさする。そんな些細な振る舞いの中にもお互いを思いやる気持ちが、月麗には見て取れた。

 

「親友が行方不明になったとはいえ、所属が違う彼女を探すことは許されませんでした。それでも、いつかは再会できることを夢見ていたんです」

「でも、なぜ琉花がキョンシーになっているって知っていたの?」

「いえ、知りませんでした! 可也が、月麗様がキョンシーを従えていたって言っていたので、てっきり……」

 

 答えながら、申し訳なさそうに次第に俯き加減になって、声のトーンも低くなってくる。この分だと可也や子明があることないこと言っているような気がして、月麗は不安な気持ちに襲われる。

 

「キョンシーを従えているわけじゃないんですよ。好意で手伝ってもらっているだけです」

「そうだったんですね。でも、彼女をキョンシーにしたのは月麗様ですよね?」

「それはまあ、そうだけど……」

 

 月麗は違うが、キョンシーにすると言うと死者の冒涜と思われることが多い。悪いことをしているわけではないのに無意識のうちに言葉を濁してしまう。

 

「死亡ではなく行方不明となっていた時点で、まともに弔われていないことは分かってましたから。むしろ琉花を救ってくれたんだと思っています!」

「そんな大げさなものじゃないけど……」

「いいえ。きちんとお墓も作ってくれてますし、月麗様のお陰で再開するだけじゃなくて、話をすることもできたんです!」

 

 そんな大げさな、などと月麗は考えていた。しかし、詩塔の感謝と憧れの綯い交ぜになった真っ直ぐな瞳で見つめられてしまっては、これ以上謙遜するわけにもいかなくなっていた。

 

「詩塔の感謝の気持ちは確かに受け取りました。でも、それ以上は頑張って働くことで返してくださいね」

「はい、ありがとうございました。これからも、よろしくお願いします」

 

 月麗と詩塔が固い握手を交わす。二人の間に流れる暖かみのある空気を感じ取ったのか、琉花も「よろしく……」と小さくもはっきりとした声と共に手を差し出してくる。

 

「ふふっ、改めてよろしくお願いしますね」

「わ、私も、これから一緒に頑張っていきましょう!」

 

 琉花を加えた三人で再出発を誓う握手を交わしたのだった。

 

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