『魑魅魍魎が跋扈する』と噂の玄武宮でのんびり暮らしていたら、皇帝陛下が『後宮のお悩み相談係になれ』と無茶振りしてきた件   作:ケロ王

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第2話 ただ一つの心残り

 詩塔が玄武宮にやってきてから一週間が経った。この一週間、詩塔と琉花は毎晩のように話をしていた。月の明るい夜は外に出て月を眺めながら、雲が空を覆っている夜は小屋の中でお茶を嗜みながら。

 

 月麗は二人の思い出に水を差さないように、夜は別の部屋で内職をしていた。時折、隣の部屋を覗き見て、目を輝かせながら取り留めのない話をする詩塔と、そんな彼女を穏やかな笑顔で見つめる琉花、二人の友情の深さを感じさせる姿に微笑ましさを感じていた。

 

「琉花をキョンシーから解放してあげたいんです!」

「いきなり、何の話?」

 

 そんな詩塔が、朝食を終えた月麗の下へとやってきて、急に話を切り出した。食後のお茶を飲みながらまったりしていた月麗も、切羽詰まった様子で訴えてくる彼女の行動が理解できず、戸惑いながらも首を傾げることしかできなかった。

 

「琉花とこれからのことを話すことがあるんですが、キョンシーとなった琉花には未来というものが無いんですよね?」

「死を迎えてしまったので、現在がずっと続いていくような感じになりますね」

「そうですよね。でも、そんな状態であり続ける彼女が悲しくなってしまって……」

 

 詩塔はまなじりを下げて、小さくため息をつく。そんな詩塔を見かねて、月麗は彼女の分のお茶も淹れてあげた。

 

「ま、これでも飲んで少し落ち着きなさい」

「あ、ありがとうございます」

「ちなみに、そういうことは本人が決めることだからね。周りがとやかく言うものじゃないよ」

 

 月麗は肩を竦めながら首を横に振った。しかし、詩塔としても譲れない想いがあるようで、席から立ち上がって早口でまくし立てる。

 

「そうなんですけど、琉花は優しいですから月麗様への恩義や再会したことで私が喜んでいるのを知っているので自分では言い出せないと思うんです。それに――」

 

 詩塔は大きく息を吸い込んで、ジッと月麗の目を見据える。

 

「私が侍女になったのですから、琉花は別にいなくても大丈夫ですよね?」

 

 そう言い切って、詩塔は生唾を呑み込む。それでも目を輝かせて月麗を見る彼女の顔は自身に満ち溢れていた。月麗も彼女の言い分は理解しつつも、琉花のために彼女の言葉を否定する。

 

「そんなことを言うもんじゃないよ」

「ど、どうしてですか?! 私は琉花のためを思って……」

「それは琉花がキョンシーを辞めて、冥界へと行きたいと思っていることが前提だよね?」

「と、当然です! 琉花だって、私たちがいるから遠慮しているに決まってます!」

 

 詩塔の言葉に、月麗が否定的な反応をしたことが気に入らないのか、詩塔は責め立てるような鋭い視線を月麗に向けながら自らの主張を語る。そこにはわずかに自分のせいで言い出せないのではないかという恐れが月麗には透けて見えた。

 

「直接聞いたわけではないでしょ? 琉花の言葉を聞かないで勝手に決めるわけにはいかないよ」

「だけど……」

「それに、もし詩塔の言うように琉花が希望していなかったとしたら、琉花を傷つけるだけだよ」

「えっ、な、何でですかッッ!」

 

 素っ頓狂な声を上げる詩塔の様子を見ながら、自分が酷いことを言ったことに気付いていのだと月麗は痛感した。

 

「気付いていないの? あなたは『自分がいるから琉花はいらない』って言ったんだよ」

「それは彼女のため……」

「いいえ、自分のためでしょ。逆に琉花が『自分がいるから詩塔はいらない』って言ったら、どう思うの?」

「そ、そんなこと言うはずありません。琉花は親友なんです!」

「でも、詩塔は言ったじゃない。親友じゃなかったの?」

「……」

 

 ここまで月麗が言って、ようやく自分が酷いことを言ってしまったことに気付いたのか、返す言葉もなく項垂れた。意気消沈した彼女を励ますように、月麗は両手を彼女の両肩へと乗せて、まっすぐ顔を見る。

 

「間違ったことを気に病んでいても仕方ないわ。まずは、彼女の話をしっかり聞いてあげるのが先決でしょ?」

「そ、そうですね! わかりました。今晩、お時間いただけますか?」

「もちろんよ」

 

 顔を上げた詩塔の潤んだ瞳と目が合う。唇をわずかに震わせながら、申し訳なさそうに訪ねてくる詩塔に、月麗は微笑みながら僅かに顎を引いた。

 

 その晩、月麗はいつものように小屋にやってきた琉花に三人で話をしたいと告げる。すでに詩塔は席についていて、両手を握り締め、表情を強張らせていた。

 

 いつもと違う雰囲気を察した琉花は、月麗に伺うような視線を向ける。しかし、彼女は何も言わず、目で座るように促した。彼女が席に着いた頃合いを見計らって、月麗はお茶を用意するために奥へと消える。

 

 本来なら侍女である琉花や詩塔がすべきことではあるが、場の雰囲気が彼女たちに大人しく座っているように告げていた。

 

 互いに無言のまま、沈黙の時が流れていた。お茶をお盆に乗せた月麗が戻ってきて静かに彼女たちの前に置く。最後に月麗も自分の席について、脇に置いたお盆の上からお茶を取った。

 

「さて、今日三人で話をしたいと言ったのは、琉花のこれからについてよ」

 

 その言葉に当の本人である琉花は首を傾げ、詩塔は気まずそうに緊張した状態のまま俯いた。とても話し合うような雰囲気でない二人を解きほぐすため、お茶請けとして陳皮梅を出した。これはスモモとミカンの皮を干したものを一緒に漬けたもので気分を落ち着けるのにちょうどいい。

 

「さて、そろそろ話をする気になった?」

 

 陳皮梅とお茶で気分を解した二人は、月麗の言葉に頷く。二人の様子を見て問題ないと判断し、月麗は話を始めることにした。

 

「琉花の今後なんだけど、詩塔としてはキョンシーであることをやめて、冥界に言って欲しい、ということで合ってるよね?」

「はい。琉花と一緒にいたいという気持ちはありますけど、その気持ちで琉花を縛りたくないの」

 

 まずは発端となった詩塔の気持ちを明らかにするところから始める。しかし、それを聞いた琉花の顔から表情が抜け落ちて、俯き加減にかぶりを振った。詩塔は拒否されたことに驚いて、彼女の両腕を掴んで縋りつく。

 

「どうして、もう無理してキョンシーでいる必要は無いんだよ! 侍女が必要なら、私が代わりになるから、気にしなくていいんだよ!」

 

 そんな彼女の訴えを聞いても、琉花は何も言わず首を横に振り続けるだけ。しばらく二人だけのやり取りが続いていたが、琉花は月麗の方へと視線を向ける。困惑しているのだろう、彼女のまなじりが少しだけ下がっていた。

 

「はあ……。詩塔、自分の考えを主張するのはいいけど、まずは彼女の考えを聞かなくちゃ」

「はっ、そうでした。すみません!」

 

 月麗が猪突猛進になった詩塔をため息を吐きつつなだめる。思わず熱くなっていたことに気付いた彼女は、立ち上がって大きく頭を下げた。

 

「詩塔の主張はこんな感じ。というわけで、今度は琉花の主張を教えて欲しい。私や詩塔のことを考えるのは禁止。自分の想いを主張して欲しい」

 

 月麗の言葉に頷くと、琉花は居住まいを正して、ゆっくりと確実に自分の想いを語り始める。キョンシーになったせいで喋るのが難しいにも関わらず、自分の言葉でゆっくりと一音一音、紡がれる彼女の言葉を、月麗と詩塔は静かに聞いていた。

 

「私は、最初は、月麗様に、恩返しの、気持ちで、いました。でも、詩塔が、来て、後の、ことは、任せても、いいと、思ってます。ですが、一つだけ、心残りが、あって、それを、解決、したいの、です」

「心残り?」

「私が、死んだ、原因」

「私も知りたい。琉花が死んで、あんなところに無造作に埋められていた理由を……」

 

 琉花の言葉を補足するように詩塔が言葉を重ねる。後宮で亡くなった場合、遺体は親元に返されるか、共同墓地に埋葬されるのが普通で、無造作に埋められていることがありえないこと。

 

「そもそも、後宮は墓地じゃないからなぁ。遺体が埋められているはずはないんだけどね」

 

 月麗は掘り返した遺体を玄武宮の土地に墓を作って埋葬しているが、それは彼女が玄武妃であり、後宮の外へ出るのが難しいため。自分の行動を棚上げしているわけではない。

 

「ですよね。そもそも、遺体があちこちに埋まっているのがおかしいです」

 

 青龍宮の侍女である詩塔も、その辺の事情は知っているらしく、月麗の言葉に同調する。そう言って、詩塔は琉花と顔を見合わせて、同時に頷き、同時に月麗に向き直った。

 

「お願いです。琉花の死んだ理由を探す手伝いをしてもらえませんか?」

 

 詩塔は縋るように上目遣いで月麗の顔を見つめる。他の人間が同じことをしていたら、月麗は胡散臭いと一刀両断にしてしまっただろう。詩塔のお願い――それも、琉花の願いでもある、となれば、断るわけにはいかない。

 

「どこまで力になれるかわかりませんが、手伝いましょう」

「あ、ありがとうございます!」「……」

 

 感謝の言葉と共に頭を下げる詩塔に対して、琉花は静かに頭を下げる。だが月麗には、彼女が微かに放った感謝の言葉も聞き取る。

 

「頭を上げてください。それではまず、琉花が死ぬ直前のことについて覚えている限り教えてもらえますか?」

「……」

 

 取っ掛かりとして、彼女が死んだときの状況を把握すべきだと考えた月麗は単刀直入に訊ねてみた。彼女は口を閉ざし、俯いて、首を大きく、何度も、横に振っていた。

 

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