『魑魅魍魎が跋扈する』と噂の玄武宮でのんびり暮らしていたら、皇帝陛下が『後宮のお悩み相談係になれ』と無茶振りしてきた件   作:ケロ王

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第3話 失われた記憶

「もしかして、何も覚えていませんか?」

「……」

 

 月麗の言葉に二回頷いて、琉花はそのまま項垂れてしまう。キョンシーゆえに涙こそ流さないものの、もし生きていたら号泣していてもおかしくない雰囲気だった。

 

 月麗は立ち上がって、奥の部屋から月餅というお菓子を持ってきて、彼女の前に置いた。

 

「はい、これでも食べて元気出して。大丈夫、わかる範囲で答えてくれればいいから」

「ありがとう……」

 

 お茶をつぎ足しながら、なだめるように努めて落ち着いた声で語り掛ける。詩塔も脇から手を彼女の腕に添えて、落ち着けるように促す。その甲斐もあって、次第に琉花の動揺も収まってきた。

 

「その日に何があったかは思い出せる?」

 

 月麗の問いかけに琉花は一瞬だけ詩塔の方を向く。見つめ合う二人が同時に頷き合い、詩塔は再び月麗の方を向いて、ジッと彼女の目を見ながら口を開く。

 

「はい、その日。私は――」

 

 たどたどしい口調ではあるが、先ほどのように、琉花は一言ずつ確実な言葉で当時の状況について話してくれた。

 

 彼女の言葉をまとめると、その日、琉花は玄武宮の外れにある文書庫で書類の整理をしていた。しかし、夕方になって、前玄武妃・劉香英から直接呼出しを受け、きりの良いところで向かったらしい。

 

「なるほど、向かったところまでは覚えているけど、それ以降の記憶が曖昧ということですか……」

 

 琉花は月餅を咥えながらコクコクと頷く。

 

「可能性としては……。玄武妃に会う前に何者かに襲われた。あるいは、玄武妃に殺された。どちらかということになりますね」

「玄武妃、あるいは誰かの不興を買った、ということですか? でも琉花は、上級妃に失礼を働くような人間ではありません!」

「まあまあ、落ち着いてください。別に琉花が悪いなんて、私も思っていませんよ」

「それじゃあ……」

 

 月麗は手に持ったお茶に映る自分の顔を見て、ため息をついた。

 

「かつては、後宮でも言いがかりを付けられて死罪になった侍女も沢山いたみたいですし、琉花に非がないからといって、殺されたわけではないとは言えません」

「そんな……」

「あ、今は大丈夫ですよ。慶佑――陛下が厳しく取り締まりましたからね」

 

 月麗の推測を聞いた詩塔が口惜しさを滲ませながら俯いて下唇を噛む。そんな彼女の手を、今度は琉花が握り締める。

 

「大丈夫。私は、真実が、知れればいい」

「そうだよね。私がへこんでいる場合じゃないよね!」

 

 詩塔は立ち上がって、右の拳を天に掲げる。

 

「よし、そうと決まれば、徹底的に調べよう!」

「どうやって?」

「それは、追い追い……」

 

 一人で盛り上がった詩塔だったが、月麗が具体案を訪ねた瞬間に一気に萎んでしまう。

 

「話を聞くかぎり、琉花が殺された原因は玄武妃に呼ばれたことが関係しているんじゃないかと思う」

「ということは、玄武妃のことを調べれば何かがわかるかも?」

「そう。だから、これから文書庫に行って資料を漁ろうかとね」

 

 方針が決まった月麗たちは、さっそく文書庫へと向かう。丸い月が雲一つない澄んだ藍色の空を煌々と照らしていた。その光が夜道を照らして、神秘的な雰囲気を醸し出している。

 

「道は明るく照らされているけど、少し外れると真っ暗だなぁ。何か出るかも」

「何が出るって言うんですか!」

「えっと、お化けとか?」

「……」

 

 詩塔が呆れたように半眼で睨んでくる。それも当然のこと、三人のうち一人だ道士で一人はキョンシー。お化けの方が裸足で逃げ出してもおかしくはないのだから。

 

「あはは、冗談、冗談だって!」

「はああ……。それはそうと、本当に大丈夫でしょうか?」

 

 大きなため息を吐いて、詩塔は不安な思いを口にする。

 

「大丈夫も何も、何か見つかることを期待しているわけじゃないしね。何か見つかれば儲けものくらいだよ」

「それじゃあ、頑張った意味が……」

 

 月を見上げながら呟く詩塔につられるように月麗も夜空を見上げる。普段なら明るく輝いている無数の星々も、この日は月の光に塗りつぶされていた。

 

「頑張ることに意味なんて必要ないよ。意味がないように見えたとしても、頑張った経験はいつか花が咲くかもしれない。それでいいんじゃないかな?」

 

 詩塔や琉花にとって、月麗の言葉は理解するのが難しくて、まるで煙に巻くように感じられた。でも、その中には二人に対する月麗なりの配慮があるようで、先ほどまで感じていたプレッシャーが、いつの間にか少なくなっていたことに驚く。

 

「さて、着いたけど……。しばらく来ていないから、だいぶ埃が溜まってそう」

「でしたら、月麗様は外でお待ちください。私と琉花で中を軽く掃除します!」

 

 詩塔の言葉に琉花もウンウンと頷いていた。二人で掃除道具を手に文書庫の中に入っていく。月麗は「自分も手伝おうか?」と言いかけてやめる。二人が楽しそうに掃除をしている姿を見て、彼女たちなりのコミュニケーションだと感じたからだ。

 

 扉も窓も全開にしているおかげで、窓から差し込んだ月によって掃除する二人の姿が、月麗には妖精のように見えた。

 

「終わりましたよ。と言っても、軽く埃を払っただけですけど……」

「十分よ。ありがとう」

 

 掃除用具を片付けて、掃除が終わったことを報告しに来た二人に感謝の言葉を述べ、文書庫へと入る。埃は払ったとはいえ、独特の香りのする古い紙の匂いが、玄武宮の歴史を表しているように感じて、少しだけ月麗の気持ちも引き締まった。

 

「手分けして漁っていきましょう。劉香英の時代の文書で琉花に関係ありそうなものを見つけたら、取り分けておいてね」

 

 文書庫の中央にあるテーブルに椅子を三つ寄せて、テーブルの中央に灯篭を置く。明るさで言えば燭台の方が望ましいところだが、文書に燃え移る可能性があるので使えない。

 

「暗くて読みにくいですね……」

「……」

 

 詩塔が灯篭に文書を近づけて読み進めていくが、暗くて彼女が思っていたよりも時間がかかっていた。逆に琉花はキョンシーなので暗くても問題ない。黙々とページをめくっては次の文書を手に取っていく。月麗も琉花ほどではないものの、暗がりには慣れているせいか、灯篭のわずかな明かりでも苦労をしているような様子はない。

 

 そんな二人の仕事ぶりをチラチラと横目で見て焦り始めた詩塔のページをめくる手が次第に早くなっていることに、月麗が気付いて彼女の腕を取る。

 

「焦っちゃダメ。ゆっくりでもいいから確実にやるのが大事なんだから。私や琉花と比較して焦る必要なんかないよ」

「で、でも……」

「もちろん、私や琉花も詩塔の読んだ文書を読むけど、それは二重チェックのため。あくまで詩塔が確実にやってくれていることが前提となることを忘れちゃダメよ」

 

 詩塔は唇を引き結び、目を潤ませる。しかし、落ち込んだ様子はなく、むしろ彼女の瞳には闘志の炎が燃えているように、月麗には感じられた。

 

「これなら大丈夫そうかな?」

「はい、全力で頑張ります!」

「……途中で力尽きないようにね」

 

 詩塔をなだめつつ、月麗は文書のチェックに戻る。最初のうちは彼女の様子に不安を感じていたためチラチラと様子を窺っていたが、しっかりチェックしていると分かった後は、自分の作業に集中する。

 

 数時間後、東の空が明るくなり始めていた。玄武宮の文書庫に収められた文書は膨大で、一晩で調べ尽くすのは不可能だった。

 

「今日は、この辺で上がりましょう。昼間は玄武宮はお休みにして、夜は資料調査に当てましょう」

「そうですね」

「ゴメン……」

「気にしないで、私たちもやりたくてやってるだけだからね!」

 

 琉花が申し訳なさそうに謝罪するが、月麗は気にしないようにと。詩塔も気持ちは同じようで、彼女の言葉に合わせて、琉花を見据えながら頷く。

 

「明日の晩からは手伝いを追加しますので、もう少し早くなるかな」

「手伝い、ですか?」

「ええ、キョンシーがあと二人いるの。倍她《ベイタ》と甘麻《ガンマ》って言うんだけどね。あまり書類仕事は得意な二人じゃないから……」

「今は一人でも手が欲しいところですからね。是非ともお願いしたいです!」

「ありがとう……」

 

 月麗が助っ人のキョンシー二体の追加を提案すると、詩塔も琉花も少しだけ表情が和らいだ。

 

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