極悪貴族、謙虚堅実に無双する~原作知識と固有魔法<虚空>を駆使して、破滅エンドを回避します~   作:月島秀一

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エピローグ

 ホロウの<虚空憑依>により漆黒の剣を失ったヴァランは、大きく後ろへ跳び下がり――()のみとなった得物に目を向ける。

 

「その異様な魔法、悍ましい魔力……まさか、<虚空>!? もしや貴様、噂に聞くあの(・・)『ボイド』か!?」

 

「さすがはヴァラン(きょう)、大魔教団とべったりなだけあって、よく知っている」

 

 ホロウは自分の固有と正体を隠さなかった。

 それもそのはず、エリザは既に()としており、ヴァランはこれから始末する。

 もはや何を知られたとて、まったく問題にならない。

 

「私とて裏社会に生きる者、ボイドの噂は放っておいても飛び込んでくる。なんでも『(うつろ)』なる組織を率いて、派手に暴れているそうじゃないか。教団の連中が、血眼(ちまなこ)になってお前を探していたぞ?」

 

「だろうな」

 

 虚と大魔教団は激しく敵対しており、世界各地のあらゆる場所で、散発的に戦いを繰り広げている。

 ホロウもまた『暇つぶし』と『因子収拾』と『ストレス発散』のため、その日の気分如何(いかん)によって、適当なアジトをいくつも潰してきた。

 

 その結果、大魔教団の『計画』は大きく崩れ、人員と資金が枯渇していき……。

 今は禁呪や薬物の開発計画を凍結することで、なんとか無理矢理に資本を捻出し、本丸である『魔王因子の研究』を動かしている状態だ。

 

「しかし、これはいい手土産(てみやげ)ができた。ホロウの首を持って行けば、教団からさらに『高次(こうじ)の薬』がもらえるだろう!」

 

「なるほど、見事な尻尾の振り方だ。貴殿はそうやって成り上がってきたのか」

 

「……本当に口の減らない男だな。いいだろう、貴様には『最も屈辱的な死』をくれてやる! ――『(ひざまず)け』!」

 

 しかし、当然のように何も起きない。

 ホロウは人を食った笑みを浮かべながら、堂々と二本の足で立っている。

 

「ほぅ……まさか<支配の言霊(ことだま)>に(あらが)うとはな。腐っても『虚空因子』の持ち主、というわけか」

 

 ヴァランはそう言うと、腰に差した『特別な一振り』を取り、

 

「相手が虚空使いとあらば、普通の得物(えもの)では勝てん。特別だ、こいつ(・・・)を抜いてやろう」

 

 まるで見せ付けるように、ゆっくりと(さや)から抜いていく。

 

「ほぅ……見事な剣だな」

 

(めい)神魔断罪剣(じんまだんざいけん)! 遥か原初の時代、神が手ずから打ち鍛えたこれは、あらゆる魔法を無効化する『究極にして至高の一振り』! 光栄に思え、貴様如きには過ぎた代物だ!」

 

「虎の子、というわけか」

 

「くくっ、こいつは本当に高かった。帝都の闇市(やみいち)に出向き、『300億ゴルド』という法外な金で買ったんだ。しかし、その価値は十分にある。何せこの世界に十本のみと言われる『原初の剣』だからなァ!」

 

 ヴァランは喜悦(きえつ)に満ちた顔で、自慢気に語った。

『断魔』の力を宿したその剣は、あらゆる魔法を断ち斬るため、虚空にも対抗し得るだろう。

 

「なるほど……そちらが原初の一振りを抜くとなれば、こちらも『とっておき』を出さねばなるまい」

 

「ほぅ、貴様も剣を?」

 

(たしな)む程度にな」

 

「くくっ、面白い!」

 

 ヴァランは獣の如き獰猛(どうもう)(かお)を見せた。

 一人の剣客(けんかく)として、ホロウがどんな剣を振るうのか、強く興味を()かれたのだ。

 

「さぁ早く抜け、そして構えろ。私も剣士として身を立てた男だ、それぐらいの時間は待ってやる」

 

「心遣い、感謝する」

 

 ホロウは<虚空渡り>を使い――虚空界に保管された、『とある武器』を回収。

 

 試し斬りとばかりに軽く二・三度振るい、しっかりと調子を確かめた。

 

「おい……待て……なんだ、それ(・・)は?」

 

「――『バールのようなもの』。市場価格『300ゴルド』を優に超える、鍛冶職人の血と汗と涙の結晶だ」

 

「……あ゛ぁ?」

 

 ヴァランの額に危険な青筋が走る。

 

「光栄に思え、ミジンコを潰すには過ぎた代物だぞ?」

 

「なる、ほど……っ。このヴァランが認めてやろう。人を虚仮(こけ)にすることにおいて、貴様の右に出る者はおらん……ッ」

 

 剣士としての誇りを(おとし)められたヴァランは、もはや我慢ならぬといった風に斬り掛かる。

 

「ぜりゃああああああああッ!」

 

 その連撃は、まさしく『嵐』。

 呼吸はおろか、(まばた)きの(ひま)さえ与えぬ、超高速の100連撃。

 

 しかも、それらは全て『必殺の一撃』。

 斬撃の一つ一つが凄まじい威力を誇り、寸分違わず急所へ向かう。

 威力・速度・技術、三位一体(さんみいったい)となったその技は、まさに『神技(しんぎ)』。

 

『神技の剣聖』ヴァラン・ヴァレンシュタイン、その本領を遺憾なく発揮していた。

 

 しかし、

 

「何故、だ……!?」

 

 当たらない。

 

 ホロウはその場で立ったまま、それも隙だらけの棒立ち。

 

 だが、(かす)りもしない。 

 

 まるで斬撃が意思を持っているかのように、ホロウをひょいひょいと()けていく。

 

「なんとも拍子抜けだな……。如何(いか)に優れた剣であろうと、担い手がこれ(・・)では、ただの棒切れと変わらん」

 

 ホロウの防御術は、極めてシンプルだ。

 猛然(もうぜん)と迫る切っ先に、バールの先端を優しく添え――流す。

 ただそれを超高速で繰り返すだけ。

 ホロウ好みの『シンプル・イズ・ベスト』な防御だ。

 

 無論これは、彼の神懸(かみが)かった剣術スキルがあってこそ為せる、『正真正銘の神業(かみわざ)』である。

 

「くそっ、何故だ、何故当たらんのだ!?」

 

 がむしゃらに剣を振るうヴァラン、ホロウはそれを心底(しんそこ)つまらなさそうに見つめた。

 

「まるで子どものチャンバラ。神技の剣聖と聞いていたが、これでは『お遊戯(ゆうぎ)の剣聖』だな」

 

「ぐっ……ほざけぇッ!」

 

 激昂(げきこう)したヴァランは、大きく後ろへ跳び下がり――『二本目のガラス瓶』を取り出す。

 中身は先ほどと同じ、魔王の血だ。

 

「……もうその辺りにしておけ、戻れなく(・・・・)なるぞ(・・・)?」

 

「構うものかっ! 私は人間を超え、魔人を超え――『究極の生命体』になるのだッ!」

 

 彼が真紅の液体を呑み干した瞬間、魔力が(・・・)弾けた(・・・)

 

 凄まじい衝撃波がルーデル森林を駆け抜け、大量の砂埃が天高く舞い上がる。

 

 ほどなくして姿を現したのは――『異形』と化したヴァラン・ヴァレンシュタイン。

 

「私は……『超越』した」

 

 身の丈2メートル50センチ、両の白目は黒く染まり、肩には甲羅のような外骨格が形成され、紫紺(しこん)の鱗が全身を(おお)う。

 それは『人』と『魔』の融合、まさしく『魔人』と呼ぶにふさわしい姿だった。

 

 ヴァランが(おもむろ)に剣を()ぐと、超巨大な斬撃が凄まじい速度で飛び――青々と茂る森林が、地平線の彼方まで更地(さらち)と化す。

 

「く、くくく……っ。見たかホロウ、この圧倒的な力を! たった一振りで、地図が塗り替わったぞ!? 私は魔人の神、文字通り『魔神』となったのだッ!」

 

 ヴァランが高らかに笑い、

 

「こんなもの……勝てる、わけがない……っ」

 

 エリザが絶望に瞳を揺らす中、

 

「はぁ……」

 

 ホロウは割と真剣に呆れていた。

 

「そこまで『変異』が進めば、もはや人間には戻れん……。ここまでの愚か者は、そうそう見られるものじゃない。…………いや待てよ、珍種(レアもの)として飼うのは『アリ』か」

 

「はっ、下等生物(ホロウ)の安い言葉(ちょうはつ)なぞ、もはや耳にも残らぬわ!」

 

「耳に残らぬというのであれば、その頭蓋(ずがい)に刻んでやろう」

 

「くくっ、好きにほざけ。それが貴様の――最期の言葉になるのだからなァ!」

 

 ヴァランが地面を蹴り付けると、そこに巨大なクレーターが生まれ、一瞬のうちに間合いが詰まる。

 

「逃げろッ!」

 

 エリザの絶叫が響き、

 

「終わりだァ!」

 

 原初の剣が迫る中――ホロウは短く呟いた。

 

「――『(ひざまず)け』」

 

 次の瞬間、

 

「ぬぉッ!?」

 

 ヴァランはその場で膝を突き、『虚空の王』に(こうべ)を垂れる。

 

「これ、は……<支配の言霊(ことだま)>!? 馬鹿な、あり得んっ。そんなわけがないッ!」

 

 支配の言霊が正しく効果を発揮するのは――両者の(・・・)魔力量に(・・・・)圧倒的な(・・・・)大差が(・・・)ある(・・)場合のみ(・・・・)

 

 つまり、これ(・・)が意味するところは一つ。

 

「理解したか? お前が魔王の血を飲み、最強と浮かれた力は所詮――俺が無造作に垂れ流す魔力にも及ばん、ということだ」

 

「お、おかしい……っ。こんなこと、あるわけがない! あってよいはずがない! これは何かの間違いだッ!」

 

 ヴァランは激しく(いきどお)り、紫紺(しこん)の大魔力を解き放った。

 

「ぬ、ぉおおおおおおおお……!」

 

 大空が割れ、大地が揺らぎ、大気が震えるも……体はピクリとも動かない。

 

『王』に頭を下げたまま、『臣下の礼』を取り続けた。

 

 このとき――ホロウの腹の奥底から、『黒い愉悦(ゆえつ)』が湧きあがる。

 

「くくくっ、どうしたヴァラン(きょう)? 『世界最強の剣士』の力は、『魔神』とやらの力は、この程度のものなのか?」

 

 ホロウはゆっくりと足を上げ、眼下の後頭部を踏み付けた。

 

「~~ッ」

 

 ヴァランの顔は怒りに歪み、病的なほどに赤く染まる。

 

 許し(がた)き蛮行。

 耐え難き屈辱。

 忍び難き恥辱(ちじょく)

『闇の大貴族』ヴァラン・ヴァレンシュタインとして、ここまでの(はずかし)めを受けたのは、その生涯で初めてのことだ。

 

「ぬ、ぉおおおおおおおおおおおおッ!」

 

 強烈な怒りに『魔王の血』が呼応し、ヴァランの背中に『紫紺の翼』が生えた。

 

「ははっ、面白い体になったな。どうする、次は『尻尾』でも生やしてみるか? 俺を笑い転がせば、言霊(ことだま)が解けるやもしれんぞ?」

 

「こ、殺す……っ。貴様だけは……絶対に殺す……ッ」

 

 いくら凄んで見せても、指一本として動かない。

 

 その後、

 

「そぉら、頑張れ頑張れ」

 

「く、ぐ、ぉぁああああああああああ……!」

 

 ヴァランはまるで泣き叫ぶような雄叫びをあげるが、ホロウの唱えた<支配の言霊>は決して破れない。

 

 その異様な光景を目にしたエリザは、ゴクリと唾を呑む。

 

(……ホロウ・フォン・ハイゼンベルク、なんと恐ろしい男だ……っ)

 

 ホロウは決して、口だけの男じゃなかった。

 その『怠惰傲慢』な姿勢の裏には、地道な努力によって(つちか)われた、『絶大な武力』がある。

 彼は文字通り、次元の異なる存在だった。

 

(くくっ、名残(なごり)()しいが……そろそろ『締める』とするか)

 

『邪悪の権化』は楽しそうに微笑みながら――<支配の言霊(・・・・・)()解いて(・・・)あげた(・・・)

 

「ハッ!」

 

 ホロウの魔力に、<支配の言霊(ことだま)>に打ち勝った。

 

 そう錯覚したヴァランは、勢いよく顔を跳ね上げる。

 

 するとそこには――『絶望』があった。

 

「……ぁ……」

 

 それは漆黒の大魔力、底すら見えない深淵の闇。

 

(……勝てない、これ(・・)には、どう……やっても……)

 

 心が、折れてしまった。

 

 束の間の高揚(こうよう)は、絶望の底に沈んだ。

 

 最後の希望が(つい)えたそのとき、ホロウは情け容赦なく――ヴァランの顔面をぐしゃりと踏み潰した。

 

嗚呼(あぁ)……気持ちいぃ……最高の気分だ……っ)

 

 かつてないほどの愉悦(ゆえつ)を噛み締めた『極悪貴族』は――ハッと我に返る。

 

(って、落ち着け落ち着け、ちょっとハイになり過ぎているぞ……っ)

 

 原作ホロウの邪悪な意識が、心の表層にまで上がっていたようだ。

 

「ふぅー……」

 

 大きく深呼吸をして気持ちを(しず)めていると、エリザが片足を引き()りながらやってきた。

 

「ヴァランは……死んだ、のか……?」

 

「魔人の生命力を舐めるな。見ろ、既に『再生』が始まっている」

 

 普通の人間ならば、間違いなく即死の一撃だが……魔人の耐久力と回復力は、尋常ではない。

 頭を踏み抜かれるような致命傷を受けても、数日と経てば完全復活を果たすだろう。

 

「ヴァランの身柄は一度、エリザに預けるとしよう。間違っても殺すなよ? こいつは中々の珍種(ちんしゅ)だ、後々『リサイクル』する」

 

「り、リサイクル……?」

 

「俺の家族になる、ということだ」

 

「……はっ……?」

 

 エリザは珍しく、ポカンと口を開ける。

 ホロウの返答は、それほどまでに突拍子(とっぴょうし)もないモノだった。

 

「気にするな、お前にもいずれ教えてやる」

 

 彼はそう言うと、話を先へ進める。

 

「さて、エリザには今後『偽りの英雄』になってもらう」

 

「どういう意味だ?」

 

「これを見ろ」

 

 ホロウが取り出したのは、明日配られる予定の号外だ。

 

『闇の大貴族ヴァラン辺境伯、聖騎士エリザ・ローレンスによって逮捕される!』

 

 そこにはエリザの顔写真がデカデカと貼られ、ヴァランの働いた悪事が証拠と共に載っている。

 その内容は――国民の怒りを煽り立て、エリザに称賛が集まり、ハイゼンベルク家に畏敬が向くよう、絶妙な調整がされていた。

 

 ホロウにとって『最高に都合のいい記事』となっているのは、彼が配下に原稿を書かせたためである。

 

「こ、こんなものまで用意していたのか……っ(この男、いったいどこまで先を見て

いるのだ!?)」

 

 エリザが驚愕に瞳を揺らす中、ホロウは淡々と話を進める。

 

「お前はヴァラン辺境伯を捕えたという『偽りの功績』を以って、聖騎士協会王都支部の(おさ)となる」

 

「残念だが、それは無理だ。王都支部の『上』は、あの(・・)『三人衆』が握っている。どれだけ手柄を立てても、あがることはできない」

 

「案ずるな。その重役三人ならば、明日の夜遅く『不慮の事故』に()い、消える(・・・)ことに(・・・)なっている(・・・・・)

 

 ホロウは確定事項のように未来を語り、

 

「……っ」

 

 エリザは言葉を詰まらせた。

 

「ふっ、何も気にすることはない。あいつらは、いずれも救えぬゴミばかりだ」

 

「……知っているよ、嫌というほどにな」

 

 聖騎士協会の腐敗については、内部の人間であるエリザもよく知るところだ。

 

 特に王都支部の重役三人は、支部長・副支部長・事務局長は『最悪』。

 ヴァランをはじめとした多くの貴族から裏金を(つの)り、様々な便宜(べんぎ)(はか)ってきた。

 それだけに留まらず、いくつもの犯罪組織と親密な関係を築き、多くの犯罪者たちを見逃してきた。

 そうして得た汚い金で奴隷を買い漁り、私利私欲の限りを尽くしてきた。

 

 そこらの重罪人よりも遥かに悪質であり、その罪が白日の下に晒されれば、死刑は確実――つまり、『理想郷(ボイドタウン)』への入場資格を持っている、ということだ。

 

「重役三人が一斉に消えれば、王都支部は大混乱に(おちい)る。これを落ち着かせるためには、すぐに別の頭を()え置かねばならん。このとき白羽の矢が立つのは、若手からの信望が厚く国民からの人気もあり、特大の功績を立てた正義の女聖騎士――エリザ・ローレンスの他にあるまい」

 

 ホロウは邪悪に微笑み、

 

「おめでとうエリザ、お前は間もなく王都支部の(おさ)となる。立派に務めを果たすといい」

 

 パチパチパチと拍手を送る。

 

「……私は何をすればいいのだ?」

 

「聖騎士協会の弱みを探ったり、不正を働いている上役(うわやく)を調べたり、犯罪者のリストをこちらへ回したり……まぁ、いろいろだ。当然、嫌とは言わせんぞ? お前の身も心も、全て俺のモノなのだからな」

 

「あぁ……覚悟はできている」

 

「くくっ、よい返事だ」

 

 ホロウはとても満足そうに頷いた。

 

「今後の予定については、また後ほど詰めるとしよう。こんなところで長々とする話でもないのでな」

 

「わかった」

 

「それから……()えて言うまでもないことだが、俺の<虚空(ちから)>と正体は、誰にも言うなよ?」

 

「約束しよう」

 

「ならばよい」

 

 ホロウはエリザの言葉をあっさり信じた。

 

(エリザ・ローレンスは、絶対に約束を破らない。ここはニアと同じだ)

 

 二人は顔も性格も価値観も全て違うけれど、根っこがよく似ている。

 ヒロイン特有の高潔な精神性、この一点において通じるところがあるのだ。

 

 そうして最低限の情報共有と口止めを済ませたホロウが、虚空界へ飛ぼうとしたところで――エリザが頭を下げる。

 

「ホロウ、ありがとう。本当になんと礼を言えばいいのか……」

 

 その言葉を受け、極悪貴族は眉を(ひそ)める。

 

「おいおい、何か勘違いしていないか? 俺は別に聖人君子ではない。あの孤児院を守ったのは、エリザを飼い慣らす為だ。首輪の持ち主が、ヴァランから俺に代わっただけに過ぎん」

 

「……やはり(・・・)お前も(・・・)そう(・・)なのか(・・・)……っ」

 

 エリザの瞳に絶望が差したそのとき、ホロウは「ただまぁ……」と言葉を続ける。

 

「俺はヴァランと違って忙しい。エリザたちにずっと構っているほど暇じゃない。お前が裏切りさえしなければ、大人しく俺の言うことに従うのならば――孤児院の連中は、うちの領地でヌクヌクと幸せに暮らすことだろう」

 

「……えっ、それって……」

 

 ハイゼンベルク領は、極悪貴族の支配する地。

 大規模犯罪組織はもちろんのこと、他の四大貴族やクライン王国の王族でさえ、簡単に手が出せない『魔境』。

 そこの領地に住まわせてもらえるということはつまり――ハイゼン(・・・・)ベルク家(・・・・)()庇護下(・・・)()置かれる(・・・・)も同じ。

 

「父は心臓を(わずら)い、母は心を病んでいる。その治療については……?」

 

「あの二人は大切な『人質』だ、特別に腕のいい医者を手配してやろう。俺のために、一日でも長く健康に生きてもらわんとな」

 

 エリザの瞳に光が宿る。

 

「子どもたちの生活は……?」

 

「病気で死なれても面倒だ、最低限の衣食住は保証しよう。当家の管理する他の孤児院と同水準と思えばいい」

 

 その目尻に涙が浮かぶ。

 

「ぷ、プレゼントを……送っても……?」

 

「プレゼントを……送る(・・)? 別に構わんが、直接渡してやればいいだろう」

 

 驚愕に瞳を揺らす。

 

「あの子たちに会ってもいいのか……!?」

 

「お前なぁ……俺との『契約条件』をもう一度よく思い出せ。エリザがその身と心を捧げる限り、大切な家族と共に暮らすことを許可する――そう結んだはずだが?」

 

「あぁ……あぁっ!」

 

 エリザは心の中で、諦めていた(・・・・・)

 

 ――貴族は平気で嘘をつき、何食わぬ顔で約束を破る。

 

 今回契約を交わした相手は、ヴァランと同じ『闇の大貴族』、ハイゼンベルク家の次期当主。

 どうせあのときの話も、ホロウの都合のいいように(ゆが)められる。

 

 そう、考えていた。

 

 それがまさか……本当に言葉通りのまま約束を守るなど、夢にも思っていなかったのだ。

 

「で、では、家族みんなで遊びに出掛けても……!?」

 

「チッ……くどいぞ。俺は忙しいと言ったはずだ。お前がどこで誰と何をしていようが、そんなもの知ったことではない」

 

 ホロウが吐き捨てるようにそう言うと、

 

「……ぁ、ありがとう、本当に……ありがとぅ……っ」

 

 エリザはポロポロと大粒の涙を流し、感謝の言葉を繰り返した。

 

 それを目にしたホロウは――心の底から引いた。

 

(ぇ、え゛ー……っ。原作ホロウのキャラ設定を守るために、かなり強く突き放したんだけど……。もしかしてエリザには、『そっちの(へき)』があるのか!?)

 

『感情激重ハーフエルフ』ダイヤ・『不憫(ふびん)可愛いチョロイン』ニア・『借金馬女』フィオナ・『サディスティックドラゴン娘』ルビー、そして今回新たに仲間となるのが――『被虐(ひぎゃく)趣味』エリザ。

 

 ホロウは心の中で、真剣に頭を抱えた。

 

(いやいやいや、いくらなんでも『属性』が渋滞してるよ……っ。どうしてボクの周りには、まともなヒロインが一人もいないんだ? いったいどこで『ルート分岐』を間違えた!?)

 

 脳裏に(よぎ)る、『人選ミス』の四文字。

 

 しかし、エリザは苦労して手に入れた手駒。

『聖騎士懐柔(かいじゅう)計画』の中核を成す重要なピースであり、『第二章の特別クリアボーナス』のようなもの。

 そう易々と手放すわけにはいかない。

 

(もしかしたらさっきのは、ボクの『勘違い』かもしれない。……そうだよ、あの高貴で清廉な女剣士エリザが、そんな『特殊な(へき)』を持ち合わせているはずがない! ……よし、今度はさらにドギツイことを言って、その反応で確かめよう!)

 

 ホロウは飛び切り邪悪な笑みを浮かべ、エリザに脅迫めいた言葉を述べる。

 

「くくっ、覚悟しておけよ? これからお前には、馬車馬(ばしゃうま)のように働いてもらうのだからなァ?」

 

「あぁ、もちろんだとも。お前の命令ならば、どんなことだって喜んで聞くさ」

 

「……そう、か(あっ、これもう駄目だわ……)」

 

 ホロウは静かに瞳を伏せ、残酷な現実から目を(そむ)けた。

 

 

 エリザと別れたボクは、『(うつろ)(みや)』へ飛び、漆黒の玉座に腰を下ろす。

 

(さて、父から受けた仕事は、これで無事に完了だ)

 

 指定された期日より二か月以上も早く、ヴァラン辺境伯を適切な形で始末できた。

 父からの評価も、きっと高まることだろう。

 このまま信頼を勝ち取っていければ、ハイゼンベルク家の当主を継ぐのは、そう遠くない話かもしれないね。

 

(そしてさらに、『聖騎士懐柔計画』も大成功!)

 

 エリザは『特殊な癖』を持つ『残念美少女』だったけど……優秀であることに変わりはない。

 今後は彼女に聖騎士協会の内情を探らせ、奴等の弱みを握る。

 

 後はそうそう、最新の犯罪者リストや現在の捜査状況などなど、いろいろな情報を回してもらわなきゃね。

 

(エリザが王都支部の(おさ)()くことで、ボクは聖騎士の目を気にすることなく、王都で自由に『家族』を増やせるようになる)

 

 その他いろいろな悪巧みをするときも、のびのびと気持ちよくやれる。

 

(とにもかくにも、目障りだった『聖騎士協会王都支部』は、ボクの支配に下った)

 

 これでこの先、聖騎士から派生するBadEndは、ほとんど全て消滅。

 おそらく100本以上の死亡フラグが、同時にバキッとへし折れたことだろう。

 

 この計画はエリザが(いしずえ)となっているから、万が一にも彼女が裏切れば、全て水の泡になるんだけど……。

 

(ダンダリア孤児院を押さえている限り、エリザは絶対に逆らえない!)

 

 そうだ、ローレンス夫妻と子どもたちには、これでもかというほどに幸せになってもらおう!

『甘い飴』を与え続け、こちらに『依存』させるのだ!

 

 そうすればエリザは、一生ボクの元から離れられない!

 

(ふふっ、我ながら悪魔的な計画だね……!)

 

 さて、これで『原作第二章:闇の大貴族ヴァラン編』は終了だ。

 

(第一章を100点とするならば――第二章の出来栄えは120点!)

 

 最速かつ最高効率でクリアできたうえ、特殊クリアボーナスとして、王都の聖騎士協会を支配下に収められた。

 これ以上ない『最高の結果』と言えるだろう。

 

(第三章を迎えるにあたって、唯一の懸念となるのは……やはり主人公アレン・フォルティス)

 

 地獄モード×勇者修業によって、アレンは多くの経験値を獲得した。

 

 しかし、それも既に『真・主人公モブ化計画』で対策済み。

 アレンの強化イベントを先回りして潰しつつ、彼のことを蝶よ花よと愛でるように守ってやる。

 そうすることで、勇者因子の覚醒条件――『強い情動』を抑制するのだ。

 さらにそこへ、祖父ラウルという『精神安定剤』を加えれば……勇者対策はもう万全と言っていいだろう。

 

(くくくっ、素晴らしい! 我ながら、完璧なストーリー進行だ!)

 

『第二章:闇の大貴族ヴァラン編』は、理想を上回る形で攻略できたが……当然、油断と慢心は禁物。

 このまま『怠惰傲慢』を封印し、『謙虚堅実』に努力を続け、死亡フラグをへし折りつつ――第三章も最高の形でクリアするとしよう!

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