じゃあ俺の代わりに人生やってくれ 作:水溜まり
女は僕のことを随分と可愛がっているようだった。言葉は途切れ途切れでしか聞き取れないが女の表情を見ればわかった。ずっとにこにこ笑っていて笑顔を一日中絶やさない。僕を抱える時は頬を赤らめその頬と僕の頬をすりすりと擦り付けて来る。まるで家族みたいだと思った。僕は知らない女に育てられるのか? 捨て子だった僕に食を与え住む場所も与えて女にはなんのメリットがある。女が気味悪い。どうしてそんなに幸せそうなんだ。どうしてずっと笑っていられる……
「なんだ? また⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎きたのか? しかもまだ歯も⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎赤子⬛︎ゃないか。」
扉の歪んだ音をたてて来たのは普通の男の人だった。今仕事から帰りましたよみたいな雰囲気を出して家の中に入ってきたので多分だけどこの人は女の彼氏? とか同棲している人なのかもしれない。
……というかさっきから思っていたんだがなんで和装なんだ?それに家も木の板とか畳とかでボロいし……もしかして僕がいた時代じゃないとか? じゃあタイムスリップしたってこと? でもなんで幼くなっているんだ……?それはそういうご都合てきな感じ? どこが都合がいいんだよ。
「名前はなんて言うんだ?」
「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎。⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎よ、可愛い名前よね」
そうだ僕の名前まだ聞いていなかった。うーん、聞き取れない。四文字だよね。
ぁ、ぃぃ、ぁ、ぅ? これ母音だ。
「ん? これなんだよ、なんで勾⬛︎⬛︎なんか付け⬛︎⬛︎だ? お守り……?」
「あぁ、それね。その子布に⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎てたんだ⬛︎⬛︎その布の中に入っ⬛︎⬛︎の。だから紐を通⬛︎て付け⬛︎のよ。」
待ってくれ僕が考えている間にどんどん話が進んでいくじゃないか少しくらい待ってくれ、あと何言ってるんだ全然わからない。
お守り、紐を通した?あぁ聞き取れないなんて不自由な体なんだ……。
「女の子⬛︎? 男⬛︎子か? ま、どっちでも⬛︎⬛︎⬛︎、⬛︎ゃんと育てろよ」
「うふふ、この子は”お⬛︎⬛︎の子よ。わかってる。⬛︎⬛︎⬛︎こそ、ちゃ⬛︎⬛︎そだ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎」
女と男は僕を布団の上に置いて朝になるまでには帰ってくるからと言って家を出ていった。おい、赤子を普通置いていくか? しかも今は冬だ……寒いんだけど。体は思うように動かせないし声も出ない、なんだかVRとか体験型ゲームをしている感覚に似ているなと思う。
見た目は子供中身は大人状態だけど肉体的年齢が低すぎる。おまけって感じで精神年齢も下がったような気がする……あの時はパニックになっていたから仕方ないのかもしれないが今でさえ頭の中がほわほわして考えていたことを忘れそうになる。子供って大変なんだな…………人や物が大きく見えて怖いし体を動かすのも疲れるし……。一ついいと思えるのは布団の上で転がっても床に落ちないってことだな。前の僕は寝相が悪くていつもベットから落ちていたからな。
はぁ、赤子は泣くのが仕事と言うけれど誰も部屋に居なければ泣いてもただの近所迷惑じゃないか。することが無い、暇すぎる。ずっと天井を見つめるか転がるだけって出来ることが無さすぎる。匍匐で移動しようとしてもすぐ疲れて動けなくなる。……僕はまだ歩けないからね。
仕方ない寝よう。
寝ることも赤子の仕事……だよな?
知らない女に拾われてから一年が経った……と思う。正確な日付は分からないけど体内時計で何となくあの日から一年は経ったと分かる。
一年だ。やっと一年経ったんだ。はぁ……辛かった。自分でおしめは変えられなくて人にやってもらうしかない、ご飯も自分で食べようとさじを持っても顔がベチャベチャになるだけ。羞恥心が限界を超えそうだ……後何年この生活が続くんだ。僕の精神年齢はこいつらより高い……だが肉体が終わってる。早く成長したくて堪らない。前の僕は大人になりたくないなんて思っていたけど今は早く大人になりたい。早く自分で何でも出来るようになりたい。
「かいちゃん! ほらあーんして? 」
こんなの無理に決まってるだろ!? 僕を殺したいのかこいつは……。
僕を育ててくれる二人は僕のことを「かい」と呼ぶ。だから本名は分からない。聞こうと思ったことはないし別に聞きたいとも思わない。というかまずまともに喋れないので聞けないのだ。喋れはしないが歩くことはできるようになった。体が覚えているのかふらつくこともなく転ぶこともなくすぐ歩けるようになった。
「今見た事は忘れるのよ……わかった? 」
歩けることが嬉しくて二人が寝た頃に一人で家を歩き回ったことがあった。家はボロっちいが狭くは無いのだ。だから探検ということで家の間取りを把握しようと日光が一切ない廊下を歩いていたら障子の向こうから声が聞こえてきたのだ。
……男と女の声が。
どんどん声が大きくなる度に胃から何かがゆっくりと上がってくる感覚がする。
咄嗟に口を抑え唇を強く噛む、それでもまだ頬は膨らんでしまう。吐いてしまう前にここから立ち去ろう。焦りと吐き気のせいで頭が回らなかったとしてもここにいては行けないと本能が言っている。
口を抑えながらゆっくりと地面を踏み込む、音を出さないようにここにいることを知られないよう。
ゆっくりとゆっくりと進む足を見ながら男と女の声よりも遥かに大きい心臓の音がうるさい……まるでホラーゲームをやっているような感覚だ。そうだ、こうやって画面を見渡しながら暗い視界で進んでいく。順調に進んだと思えば予期せぬ出来事起こるのだ。
今みたいに。
ギシッと歪んだ音を立てた木の板はあいつらに僕がここにいるということを知らせた。
襖が大きな音を立てゆっくりと誰かが向かってくる。
僕はずっと口を抑えて動くことが出来なかった。今にも吐きそうなのに、汗が止まらないのに心臓がうるさいのに足は言う事を聞いてくれない。
「かいちゃん……? どうしてこんなところにいるの? 」
背を向けたままの僕の肩を掴みくるりと半回転させ僕と女の目が合った。女の服ははだけていて髪が汗でぎしぎししている。
続けて女は問いかける。
「私言ったわよね。 みんなが寝ている時間は起きてちゃだめよって…… 」
「どうして? 」
「いい子は辞めたの? 」
僕の肩を掴む手がだんだんと強くなり尖った爪が肩にくい込んだ。
「……今見た事は忘れるのよ……わかった?」
「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎」
女はそう言って部屋に戻った。
僕の息は荒く手と足が震えている。肩からは温かい液体が流れており衣服を赤く染めている。
怖い
気持ち悪い
化け物のくせに人間のフリをするあいつが気味悪い。
尖った爪も
猫のような瞳孔も
日光が嫌いなのも
あぁ、まるで鬼だ。
一歳半……