第四章 光の届く場所
教室に戻ってきた初日。
遥は、ほとんど話せなかった。
声をかけてくれた数人のクラスメイトに、かろうじて「うん」と返すのがやっとだった。
笑顔も、ぎこちないまま。
でも、誰もそれを責めなかった。
無理に話しかけてくる人もいなければ、避けるような空気もなかった。
それが、何よりも救いだった。
授業が始まり、ページをめくる音や、先生の話す声が教室に広がる。
そのすべてが、どこか遠い世界の音のように感じられる。
でも、それでいい。遥は「そこにいる」ことに、まずは慣れようと思った。
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放課後、遥が帰ろうと鞄を持ったとき、佐伯先生が声をかけた。
「ちょっとだけ、話せるかな?」
驚いたが、断る理由もなかった。
まだ誰もいない静かな教室。二人は並んで、窓際の席に座った。
「……無理は、してない?」
遥は首を振った。
「……ううん。まだ怖いけど……大丈夫。ちゃんと、見えてる」
「見えてる?」
「……教室の、光。前は、すごく暗い場所に思えた。でも、今日は……少しだけ、明るかった」
佐伯は小さく微笑んだ。
「君の目にそう映ったなら、それは本当に君自身が変わってきてる証拠だと思う」
遥は目を伏せた。嬉しさと、照れと、まだどこかにある不安が胸の中で混ざり合っていた。
「……ねえ、先生」
「うん?」
「……私、言葉でまた誰かを傷つけたり、また誰かに笑われたりするのが、まだすごく怖い。でも……それでも、言葉を使いたいって思ってる。自分の気持ち、ちゃんと伝えられるようになりたい」
佐伯は、その言葉をしっかりと受け止めるように頷いた。
「それは、とても強い想いだよ。遥さん。言葉を恐れながらも、言葉を使いたいって思えるのは、きっと誰よりも“言葉の力”を信じてる証拠だ」
遥は窓の外を見た。秋の風が葉を揺らしている。
夕暮れの空が、教室の窓をオレンジに染めていた。
「……先生、私、詩を書いてみたい」
「詩?」
「うん。手紙じゃなくて、自分の中の気持ちをそのまま形にしたくて。……それで、できたら、それを誰かに読んでほしい」
佐伯は、驚いたような、そしてどこか嬉しそうな顔をした。
「それなら、文化祭で“言葉の展示”っていう企画を考えてる。希望者が自分の詩や物語、日記などを自由に展示できるんだ。君の詩も、そこで発表してみない?」
遥は、一瞬息を飲んだ。誰かに見せるなんて、怖い。でも……
「うん……やってみたい」
その言葉を言ったとき、自分の心が少しだけ軽くなった気がした。
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その日の夜。
遥は、部屋の明かりを落とし、ノートを開いた。
「タイトル:光の届く場所」
> 声を出せなかった日
世界は 耳をふさぎ
わたしの声を 置き去りにした
でも 手紙が届いて
その文字が そっと わたしの中に灯った
教室の窓から 見える空
あの日は ただ怖くて
今日は 少し きれいだった
まだ まぶしすぎる光は見えないけど
わたしの声が 誰かの中に届いたとき
きっとそこに——
光がある
遥は、ノートを閉じた。
まだ誰にも見せていない詩。
けれど、これが最初の一歩。
自分の声で、自分の場所へ向かう一歩だった。
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→第五章へ続く