第六章 声を重ねる日々
文化祭が終わった翌週、遥の中にひとつの変化があった。
それは、「誰かと話してみたい」と思えるようになったことだった。
教室のざわめきの中で、自分の居場所を少しずつ確かめるように、遥はゆっくりと動き始めた。
朝、席に着いたとき、近くの女子が話しかけてきた。
「文化祭の詩、もしかして……工藤さんが書いたの?」
遥は驚いて視線を上げた。話しかけてきたのは、佐野美月(さの みづき)。いつもはグループで行動している、明るくて人懐っこい女の子だった。
「……どうして、そう思ったの?」
「なんとなく、だけど……工藤さんって、言葉を大事にしてる感じするから。前に先生が、“工藤さんの朗読は真っすぐ届く”って言ってたし」
遥は、思わず頬を赤らめた。
「……うん。私が、書いた」
佐野は、目を輝かせた。
「やっぱり! すごく良かったよ、あの詩。わたし、途中でちょっと泣きそうになったもん。“手紙が灯った”ってとこ、めっちゃ好き!」
遥は、驚いた。
こんな風に、ちゃんと詩を読んでくれて、感想を伝えてくれる人がいるなんて思っていなかった。
「ありがとう……うれしい」
「また書いたら、見せてよ。わたし、詩ってよくわからないと思ってたけど、あれでちょっと好きになった」
遥は、胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。
言葉が届くって、こういうことなんだ——と。
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その日から、遥と佐野の間には、小さな会話が生まれるようになった。
「今日の授業、眠すぎじゃなかった?」
「昨日、図書室で面白い詩集見つけたよ」
「今度、一緒にお昼食べない?」
少しずつ、少しずつ。
遥は“会話”という新しいリズムを覚え始めていた。
まるで、最初は音を出すのが怖かったピアノが、だんだん鍵盤に指を乗せることを許してくれているような、そんな感覚。
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放課後。
遥は久しぶりに、佐伯先生の元を訪れた。
「先生、ちょっとだけ、いいですか?」
「もちろん」
夕方の教室は、柔らかなオレンジ色に包まれていた。窓の外では葉が揺れ、秋の気配を告げている。
「……わたし、最近、誰かと話すのがちょっと楽しいんです」
「うん」
「でも……また傷つくのが怖い気持ちも、まだあって……。でも、言葉を使うことで、こんなふうに誰かと繋がれるんだって、初めて思いました」
佐伯は、ゆっくりと頷いた。
「それは、遥さん自身が“繋がろう”としてくれたからだよ。声を出すのは、時に勇気のいることだけど、君の声には、ちゃんと“真実”がある」
「真実……」
「うん。飾りじゃない言葉。傷を知っている人の言葉は、他人の痛みにも届くんだ」
遥は、その言葉を胸に刻んだ。
自分が今使っている“声”は、たしかに過去の痛みをくぐってきたものだ。それでも、今こうして誰かに届いている。
それなら、これからも伝えていきたいと思えた。
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その夜、遥は再びノートを開き、新しい詩を書いた。
「声を重ねる」
> はじめは 自分の声しか 聞こえなかった
それも 震えて かすれていた
でも 返ってきた言葉が
わたしの中の 小さな音を ひとつひとつ 育ててくれた
今 わたしは 誰かと 声を重ねている
恐れもある
でも それ以上に 温かさがある
この声が また誰かの中で 光になりますように
遥は、そっとペンを置いた。
もう、彼女の言葉は独りきりではなかった。
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→第七章へ続く