*あなたは蟻のフン以下だ。*   作:一般通過ピアニスト

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[エーテル病]
あなたは2つのエーテル病を発症している。

あなたは雨雲を呼ぶ。(自覚無し)
あなたの背中には羽が生えている。(自覚あり)


*それをけすなんてとんでもない!*

 

 

あなたはノースティリスの駆け出し冒険者だ。

それと同時に、未来のトリニティ生でもある。

 

そんなあなたは現在、自らの思い付く限りのありとあらゆる言い訳や技能を用いてある病の治療を全力で拒否している最中だ。

 

 

 

───話は数時間前に遡る。

 

あなたはある日、聖園ミカ達に再びトリニティへと招かれた。今度はどんな要件かと聞いてみれば、このトリニティに通ってみないか、との事。

この件に関して百合園セイア───狐耳を持つ幼女と発案者の聖園ミカとの間でちょっとした言い争いが発生したそうだが、彼女たちの間では話し合いは既に解決したらしい。

よって、現在あなたとティーパーティーの三人であなたの入学についての会議が執り行われている。

 

あなたとしては、是非トリニティに入学したい所だ。

トリニティの学籍があれば、多少の制約があるとはいえ学園都市キヴォトスを自由に探索出来るという。ノースティリスの冒険者であるあなたとしては、この機を逃す手は無かった。

 

その会議の中で、あなたがトリニティ───ひいてはキヴォトスで過ごす中で絶対に守らなければならないルールが幾つか設定された。

具体的には『核を持ち込んではならない』『殺人を犯してはならない』『ノースティリスからトリニティ総合学園に移動した際、必ず正義実現委員会───トリニティ総合学園の治安維持組織だ───立ち会いの元荷物を検査する』など。

 

あなたには好んで人を殺す様な趣味は無いし、あなたにとって核は重すぎるのでそう簡単に持ち運べるものでは無い。

もし無理に持ち歩こうとすれば圧死は必至である。

 

「なるほど、そうでしたか……」

 

圧死は必至である。

 

「……ええ、そう伺いましたが……?」

 

もう一度、今度はより力強く発言を繰り返したあなたは少し悲しい気持ちになった。

まさか自分の『あっし』と『ひっし』を掛けた激ウマギャグが通じないとは。まさかキヴォトスにはダジャレという文化が存在しないのだろうか? あなたは発言の意図を懇切丁寧に解説する事にした。

 

ちなみにあなたはここに来る前にクリムエール───ノースティリスで広く親しまれている酒───を一瓶飲み干していたりする。

 

キヴォトスで過ごす上であなたが守らなければならないルールに『キヴォトスで飲酒してはならない』が追加された、まさに記念的瞬間であった。

 

 

 

 


 

 

 

 

かくして、酔いが覚めた現在のあなたはティーパーティーのメンバーにして亜麻色の長髪を持つ少女、桐藤ナギサの案内の下トリニティ校内を歩き回っている。入学を決めるのはトリニティについてもう少し知ってからでも遅くない、少し見学してみたらどうだ───とは百合園セイアの談。

 

所でトリニティについてだが、この学園には少し陰湿な輩が多いのだとか。もし妙な絡まれ方をしたら正義実現委員会などの然るべき所に通報すると良い、との事。

まさか自分が「ガード! ガード!」と叫ぶ日が来るとは思いもしなかった。

 

「という事で、もしも怪我などをされた時や体調を崩した時はここに来れば手当を受ける事が出来ますよ。……噂をすれば。あちらにいらっしゃるのが『蒼森ミネ』さん。彼女は救護騎士団の団長で、───どうかなさいましたか?」

 

あなたは『蒼森ミネ』と呼ばれた少女に見とれていた。

 

あの青い髪。

あの尖った耳。

救護騎士団の団長───言い換えれば癒し手。

 

ラーネイレという名のあなたの恩人と、よく似ている身体的特徴。美しい顔立ち。彼女は尖った耳をしているが、もしや彼女はエレアだったりするのだろうか。

 

しばらく見とれていると、どうやら彼女もあなたに気付いたらしい。あなたに声をかけてきた。

 

「……見ない顔ですね? あなたは───」

 

彼女の目が、あなたの翼を認めた。

彼女の目が、あなたの頭上の空間を見つめた。

 

次の瞬間、彼女の表情が、身に纏う雰囲気が一変した。

 

「これは───相当強度の高い『救護』が必要ですね!」

 

そう叫んだ彼女は、盾を構えながら凄まじい速度であなたに突進を放った。当然躱せる筈も無くそのまま吹っ飛ばされ壁に激突し床に倒れたあなたは、桐藤ナギサと蒼森ミネの怒号を聞きながら何とか立ち上がろうともがいた。

 

「み、ミネさん!? いきなりどういう事ですか!?」

「彼女は今、非常に重大な病に侵されています! 彼女は今すぐに救護を必要としています、どうか邪魔をしないで下さい!」

「そ、そう言う事でしたら……?」

 

どうやら蒼森ミネは病に侵されているあなたを『救護』すべくこのような暴行に及んだらしい。あなたの知る他者の治療手段は《癒しの手》などの魔法やポーションの投擲位だったので少々新鮮な気分だ。

新たな治療法を学んだあなたは治癒の技術の向上を実感したが恐らくこれは気のせいだろう。どう考えても今のはただの攻撃だった。

 

ようやく立ち上がる事に成功したあなたは、今発症中のエーテル病をどうにかされる訳にはいかないと逃げ出そうとした。

しかしあなたの逃走を察知した蒼森ミネはあなたを床に押し倒す事であなたの逃走を妨害。息が顔にかかる程のゼロ距離。最早逃げられない。万事休すだ。───しかし、あなたにはまだ打つ手はある。

《テレポートアザー》。あなたが辛うじて使える魔法の一つ。

効果は近くに居る他の人物を近くのランダムな場所に瞬間移動させる事。

 

発動がより確実な《空間歪曲》で逃げても良い筈だが、この時のあなたはかなり動転していた。この技能の存在をすっかり忘れていたのである。言葉にするとすれば『あわあわ』とか『はわわ』とか───

まあ兎に角、あなたは駆け出し冒険者だ。

そんなあなたには思わず*ワァオー*という賞賛が飛び出してくる程のスーパー顔の良い美少女に押し倒される経験なんてものはありはしない。だからあなたはとても取り乱したのである。酔いがまだ残っているとも言う。

 

……まあ、そんな動転した状態でまともに詠唱ができるはずもなく。

 

あなたは盛大に詠唱を失敗しまくった。

あなたはマナの反動で痛手を負った。

あなたは悲痛な叫び声を上げながら、こふっと血を吐いた。

 

沈んでいく意識の中、あなたは耳元で「安心して眠って下さい、私達が必ず治しますから───」という囁き声を聞いた。

 

 

 

 


 

 

 

 

雨粒がガラスを打つ音で目覚めると、あなたは清潔なベッドの上で横になっていた。窓の向こうの空は暗くなっている。そして、天使かと見紛う程に美しい三人の美少女があなたの眠るベッドを囲んでいた。

あなたは歓喜して心の中で叫んだ。*ブラボー! やっぱりトリニティの美少女達は最高でおじゃるな!* ……あなたの酔いはまだ覚めきっていない。

 

「良かった……! 血を吐いたと聞いた時はもうどうしようかと……!」

 

と、安堵の声を漏らすのは見知らぬピンク色の短髪の少女。服装などからして、恐らく彼女は救護騎士団の一員なのだろう。それなら、今自分の腕に突き刺さっている謎の管についての説明をして欲しいのだが。

 

「あっ……すみません、あなたに無断で治療を実行してしまって。それは点滴です。団長が言うにはあなたはかなり重篤な状態だ、と……。実際吐血までしていらした様ですし……。あ、自己紹介が遅れました。救護騎士団所属、二年生の鷲見セリナと言います。ナギサ様から、大体のお話は聞いていますよ」

 

鷲見セリナと名乗る少女と蒼森ミネは、代わる代わるあなたの容態について尋ねてきた。熱は無いか、咳などの自覚できる症状は無いか───などなど。

 

正直な所『背中から羽が生える』というこれ以上無い程に自覚できる症状があるにはあるが、このエーテル病の症状を治すつもりは無い。この翼とは一生を共にする構えである。

 

そして『背中に翼がある』というのはトリニティでは至極当たり前の事であり、これが病気により発生した物だとバレる心配は多分ない。ティーパーティーにはまだエーテル病に関しての事を話していないので、情報が漏れる心配も無い。そしてティーパーティー所属の桐藤ナギサからあなたの話を聞いたという鷲見セリナや蒼森ミネがエーテル病の存在を知っている訳が無い。

 

勝った。あなたは内心でほくそ笑んだ。

 

「なるほど、となると吐血に関してですが───……『あれはマナの反動によるもの』? ……貴女は一体何を言っているのですか? やはり、何らかの症状で頭が朦朧としている様ですね?」

 

負けた。あなたの内心の笑顔は凍りついた。

 

あなたは無言で桐藤ナギサを見つめた。鷲見セリナは『大体の事情は聞いた』と言っていたが、これは一体どういう事なのか。

 

「いえ、その……本人の許諾を得ずにあれこれ喋るのはどうかと思いまして……」

 

確かに彼女の言う通りだ。流石はトリニティ総合学園のトップ、細やかな配慮が行き届いている。彼女の素晴らしい配慮に、あなたの内心は再び笑顔を取り戻した。

 

「……? 何の話ですか?」

 

まあ、別に隠さなければならない情報という訳でも無い。彼女たちには明かしてしまっても良いだろう。

 

あなたは自分は魔法を使う事が出来る、と明かしながら適当な空間に向けて《扉生成》の魔法を詠唱した。

あなたは詠唱に失敗した。

 

あなたはもう一度《扉生成》の魔法を詠唱した。

あなたは詠唱に失敗した。

 

あなたはもう一度《扉生成》の魔法を詠唱した。

あなたは詠唱に失敗した。

 

あなたは床に向けて《魔法の矢》を詠唱した。

あなたは詠唱に失敗した。

 

もう一度、あなたは《魔法の矢》を詠唱した。

あなたは詠唱に失敗した。

 

 

これはまずい。これはいけない。先日ギャンブルで大勝ちした分の『運の揺り戻し』が発生している。その証拠に成功率八割を誇る魔法の矢の詠唱に二連続で失敗した。

 

あなたは悲しい気持ちになった。あなたは咽び泣いた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

「……あなたの吐血の原因は理解しました。あれは病による物では無かったのですね。……となると、あなたの身体を蝕んでいるモノは一体……」

 

桐藤ナギサの協力のお陰で、あなたは何とか吐血の原因が病気によるものでは無いと説明する事に成功した。

それは良いのだが、未だに蒼森ミネはあなたが何らかの病に罹患していると信じている。

実際あなたはエーテル病に罹患している訳だが、しかし『自分はエーテル病のせいで背中に羽が生えている』などと言ったが最後、蒼森ミネに羽を引っこ抜かれそうで怖い。とても怖い。

 

「あの───」

 

そんなあなたの恐怖を感じ取ったのか、鷲見セリナはとても可愛らしくてとても安心する様な完璧な笑みを浮かべ優しく手を握りながらながらあなたに語りかけた。

 

「大丈夫ですよ。あなたがどんな恐ろしい病気を持っていたとしても、私達救護騎士団が必ず治療して見せますから。だから勇気を出して、症状を言ってみて下さい」

 

その余りにも可愛らしい仕草に、あなたは一発で堕とされた。駆け出し冒険者は伊達ではない、あなたは余りにもチョロく、また余りにも懐柔されやすかった。もしもこの一連の流れをノースティリスの先輩冒険者の皆様方が目撃していたならば、呆れたため息と共に核爆弾が飛んでくる事請け合いである。兎に角、あなたはエーテル病に関しての自分の知る限りの情報を説明した。

 

「……なるほど。原因はあなたの世界に存在するエーテルという物質で、それに長期間曝露される事で様々な症状が現れる、と……。……では、その症状を抑える手段はありますか?」

 

あなたはエーテル抗体のポーションをバックパックから取り出した。これを一本飲めばあら不思議、身体を侵食しているエーテルの影響を取り除く事が出来るのである。

 

「……安心しました、薬物の投与だけで症状が抑えられるのですね。……では、どうぞ」

 

Q.どうぞ、とは一体。

A.早くその薬を飲んで症状を抑えて下さい?

A.断固拒否する。

 

「ええっ!? な、何でですか……!?」

 

あなたが今発症しているエーテル病は、今の自分にとって有益な物。速度が上がったりより重い物を持てる様になったり、多少のデメリットはある物の消してしまうのは些か勿体ない。

 

「しかし……あくまでも病気の症状ですから、今気付いていないだけの致命的な作用があるのでは……? 対処出来るのであれば、出来る内にしておいた方が良いですよ。……出来なくなってからでは、もう……」

 

と、尚も食い下がる蒼森ミネに対して、あなたは画期的な言い訳を思いついた。

 

このエーテル抗体のポーションは自分が持つ最後の一本であり、ノイエルという雪深い町に住むある母娘に渡すつもりである、と。

母親が現在エーテル病で苦しんでいる、この抗体はとんでもなく高額で彼女たちには到底買えない、だからこのポーションを渡さなければならない、と。

 

「そんな……事、が……」

 

あなたの言い訳を聞いた蒼森ミネは俯いてしまった。

 

しかし、実際ノイエルには病に苦しんでエーテル抗体のポーションを求める母娘が居るのである。そして、あなたは実際に何本かのポーションを彼女たちに渡しているし、このポーションだって本当に次にノイエルに訪れた際に渡すつもりの物だった。

 

「幼い子供の……たった一人の親が……病に、苦しんでいる……。高額な薬に手を出せずに……」

「こんな……こんな、事……許せない……!」

 

所で蒼森ミネは何事かを小さな声でぶつぶつと呟いているのだが、彼女は一体何を言っているのだろうか。罪悪感を感じざるを得ない。

 

「分かりました。……その抗体を、私に譲って下さい」

「み、ミネ団長!? 聞いて無かったんですか、それは病気の母親に届ける為のもので……!」

「ええ、聞いていましたよ、セリナ。……しかし私は、他の患者を救う為とは言え、一人の医療従事者として、目の前の患者の救護を諦めたくはありません」

「ですが……」

「もう一度言います。そのエーテル抗体のポーションを、私に譲って下さい。……私が総力を挙げてその薬を研究し、より安価な薬を創り上げ───そのお母さんも、あなたも、いえ、あなたの世界のエーテル病に苦しむより多くの患者を救って見せます!」

 

───なっ、ななな、何ですってーーー!?

 

謎の貝がどこからか電波を受信したのか、あなたの脳内で頭から角を生やした赤毛の少女が白目を剥きながらそう叫ぶ光景が再生された。

 

「だ、団長!?」

「ミネさん!?」

 

大変に困った事になった。今更エーテル抗体のポーションはブラックジャックの景品で比較的楽に手に入れられるとは到底言えない。正直な所物凄く申し訳ない気分だ。

 

「お願いします、ですからどうか───ひと口分でも構いません、どうかそのポーションを譲って下さい」

 

あなたは彼女の手にエーテル抗体のポーション……と、金額数千枚とプラチナ硬貨数枚入りの袋と後で飲もうと思っていた秘蔵品の祝福されたヘルメスの血を押し付けた。

 

お礼は要らない、と断る蒼森ミネにそれらを何とか押し付ける事に成功した頃には、既に日付が変わった後だった。

 

 

 





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