*あなたは蟻のフン以下だ。* 作:一般通過ピアニスト
……が、脚本の都合上主人公は依然としてクソザコのままなのでご安心を。
夕暮れのトリニティの廊下を、あなたは歩いている。
あなたがトリニティに入学してから、既に2週間が経過していた。
これは個人的な感想なのだが、自分はまあ上手くやれていると思う。初日こそ『ご覧なさい、あの歪な翼を。きっとあの子は穢らわしいゲヘナ共の様な云々』だの『あの大きな鞄をご覧あそばせ! きっとあの中に沢山詰め込まれた爆弾でテロを画策しているに違いありませんわ!』といった様な陰口こそ叩かれたものの、『は? あんなちっちゃくて可愛いおんにゃのこがそんな事考えてる訳無いだろお前ら揃ってバカか?』と高らかに宣言した変態、もといド変態の出現によりあなたへの評価は一変。
周囲のあなたを見る目は『怪しい転校生』から『ロリコンの変態に目をつけられた哀れな転校生』にランクアップした。それがきっかけ(?)で親交を深めた一部のクラスメイトからは、あなたが大きな鞄を背負っている事から『鞄の人』や『鞄ちゃん』というあだ名で呼ばれている。
あなたには『止まれないはじまり』というノースティリスでの素敵な異名があるので是非ともそちらで呼んでいただきたいのだが、これがまたなぜか中々定着しない。
ともあれ、あなたは中々順調な異世界での生活を営めていると思っていた。
そう、思っていた。
あなたの目の前に、血走った目で「血を……」と呟きながら注射器を構える救護騎士団の団長、蒼森ミネ先輩が現れた。
蒼森ミネ先輩はあなたに向かって1歩踏み出した。
あなたは1歩後ろに下がった。
「血を……血、を……」
蒼森ミネ先輩はあなたに向かってもう1歩踏み出した。
あなたはもう1歩後ろに下がった。
彼女は救護騎士団の団長であり、断じていたずらに他人を傷付ける様な頭ノースティリスな人物では無い事はあなたも重々承知だが、今の彼女とはちょっとお近付きになりたくない。要件があるなら、この距離で言って欲しいのだが。
「……血を…………」
駄目だこれは。
そんな事より、蒼森先輩の顔面の状態にあなたはとても覚えがあった。
見た事がある顔だ。
具体的には訳あって5日程一切の睡眠を取らなかった時に見た鏡の中に映っているのを見た事がある。
先輩は恐らく似たような事を敢行したのだろう、とあなたは予測した。今の彼女はきっとまともな会話ができない、とも予測した。
そうとなれば話は早い。一旦彼女を寝かせてリフレッシュさせなければ。
とは言ったものの、どうやって眠らせようか。
相手を眠らせる睡眠薬はポーションの扱いとして使用不可、他者を眠らせる魔法は(あなたが知らないだけかも知れないが)存在しない。
他に方法は無いかと先輩から一定の距離を保ちつつ考える事暫し。
決断したあなたは抱き枕を使う事にした。自分で使う用、布教用、保管用に3つ持っているそれの、布教用のものを。
あなたは布教用の抱き枕を先輩の身体に押し付けた。
「……ぁ………」
どうだ、ジュア様の抱き枕の抱き心地は。5徹明けの身体にはよく染み渡るだろう、ジュア様の……何かこう……パワー的なアレが。
しばらくすると、先輩の身体から力が抜けた。どうやら無事に入眠できた様だ。あなたは彼女が起きるまで、傍で待っている事にした。
7時間後。
既に日は沈み、雲が空を覆って雨粒が窓を叩き始めた頃。
「……はっ、ここは!?」
思ったよりも早く、先輩は目覚めた。
後3時間は寝るだろうと思っていたのだが。十分に休めただろうか。
「え、ええ。……って、そうではなく! 私、いつの間に眠って……」
そんな事よりも、先輩はあなたに用事があるはずなのだが、どうかしたのだろうか。
「……ええ。その通りです。実は、エーテル病について調べたい事がありまして。……簡潔に言うと、私はあの病はエーテルだけが原因ではないのではないか、と考えているのです」
彼女の主張を要約すると、『エーテル抗体のポーションの研究に行き詰まっており、ダメ元でインターネットで『エーテル』と検索した所、興味深い情報を得た。いくつかの創作物の中で、エーテルは魔力の回復やエネルギー源など、有益なものとして扱われているのである。もしかしたらイルヴァにおけるエーテルも、元は身体を蝕む毒物などでは無く、有益な物資だったのかも知れない。それに、この世界で使われている麻酔薬の成分もジエチル『エーテル』だ。何らかの理由で、本来有益なエーテルが身体にとって有害になってしまったのではないか』との事。
本来酸素とは有害なものでミトコンドリアの獲得とともに云々でその逆も有り得てどうのこうのという説の根拠も説明もされたが、割愛しておく。
「……という訳で、あなたの血液とエーテルのサンプルを調べれば何かが掴めるのではないか───と思い、あの行動に至ったのです。先程は申し訳ありませんでした」
別に構わないし、そういう事なら話が早い。
血液ならいくらでも採って良いし、エーテルのサンプルにも心当たりがある。
心当たりというのは、ノースティリスに所有する倉庫に置いてきた、エーテル製の虐殺の銃。
───別名を、レールガンと言う。
何故クソザコナメクジの名を欲しいままにしている事に定評のあるあなたがこんな武器を持っているのか。
そう、あれは今から1年前の事───
当時のあなたはなんとも奇妙な噂を聞いた。
呪われた酒をぶん投げればどんな相手でも殺せるらしい、と。
たったそれだけで敵が倒せれば苦労はしない。
……が、試してみるのも良いかも知れない。
そう思ったかつてのあなたは冗談半分に、瓶20本分の呪われたウイスキーを持ってヨウィンの東にあるなんかやばそうなお城へと向かったのだった。
城内にはとても強そうな敵が居た。
多分機械か何かだったと思う。
あなたはそれに向かって呪われたウイスキーを投げた。
それは吐いた。機械なのに吐いた。
あなたはそれが吐いている隙にもう一度呪われたウイスキーを投げた。
それは拒食症になった。機械のくせに拒食症になった。
あなたはもう一度呪われたウイスキーを投げた。
それは餓死した。機械のくせに以下略。
まる3日経った後、あなたはようやく現実を飲み込んだ。
あなたはなんかやばそうなお城───混沌の城の主を打ち破ったのだ。本来あるべき死闘も、仲間との共闘も、敵との手に汗握る駆け引きも、それを制した後に訪れるはずだった何にも替え難い達成感や、喜びも全部すっとばして。
とっっっっっっっっても、つまらなかった。
あなたはものすごく後悔した。
今よりももっと駆け出し冒険者だった当時のあなたは冒険というものに『友情・努力・勝利』的なアレをご所望だったが、実際にあなたが手にした物はなんかこう、『クソザコと呼ばれたピアニスト冒険者、呪われた酒でチート無双。 〜今更後悔してももう遅い、最強アイテムパワーで無双ライフ〜』的なアレだった。
以来あなたは、呪われた酒類は入手次第解呪する様にしている。それはそれとして戦利品であるレールガンは使ったが。とてもつよいなとおもいました。
ちなみにこの件はあなたがミカ先輩に出会うまでバカみたいに調子にのっていた一因である。
閑話休題。
かくしてあなたと蒼森先輩は次の休日を利用して、レールガンを取りに行く事になった。
別に一人で取りに行っても良いのだが、先輩が『あなたにとって有害な物質でできた物をあなたに運搬させる訳にはいかない、自分が持ち運ぶ』と譲らなかった為だ。
Q.なんで主人公ちゃんはレールガンをキヴォトスで使わないの?
A.主人公「(エンチャントの神経属性追加ダメージが確実に『不必要な苦痛』に該当するだろうなぁ……ノースティリスの倉庫に封印かなぁ……)」