婚約者を奪われて傷心状態な最強おっさん魔導士、10年前に育てた【弟子魔女】たちに何故か婚姻届を突き付けられる   作:メソポ・たみあ

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第3話 おっさんと教え子

 

「汚くてすまないな。キミが来るまで酒盛りしてて……」

 

 テーブルの上に無造作に置かれた酒瓶たちを、せっせと片付けていく俺。

 セラフィナが来るとわかっていれば、こんなみっともないところを見せずに済んだんだけどなぁ……。

 

「いえ、お気になさらないでください。……それより、師匠はお酒を飲まれるようになったのですね。昔は全く飲まれなかったはずなのに」

「今でも普段は飲まないよ。今日はその……ちょっと飲みたい気分だったんだ」

 

 俺が言い訳っぽく言うと、セラフィナの表情が少し曇る。

 

「……婚約者(・・・)さんと破局してしまわれたから、ですか?」

「――!? ど、どうしてそれを……!」

「ここに来るまでの道中、町内の人たちが一様に噂しておりました。〝呪われた血〟を持つ男が婚約者を奪われたらしい、と」

 

 え、マジで? もうそんな町中で噂になってるの? 俺がタイーシャを寝取られたことが?

 

 ――俺は『魔法都市ウラノス』という大きな都市の中で暮らしている。

 ここは『カウロネイア王国』の首都であり、国の中で最も発展した大都市。ここで暮らす人々の人口は百万人を超え、それでいて生活の中に魔法が根付いている。

 

『魔法都市ウラノス』は大陸の中でも特に大きな都市の一つで、同じく魔法が発達している隣の大国『聖プロトゴノス帝国』の首都『魔法都市クロノス』と並び大陸で最も発展した都市と称されることが多い。

〝西のクロノス、東のウラノス〟なんても呼ばれ、どちらがより都市として発展できるか昔から競われているくらいだ。

 

 で、俺は現在『魔法都市ウラノス』の東区――中でも東端(イーストエンド)に位置する『ローナ町』という場所に居を構えている。

 東端(イーストエンド)は正直あまり治安のいい場所ではないが、その分周囲からの偏見の目を向けられることも比較的少ないからな。

〝呪われた血〟を持つ俺みたいな変わり者には、居心地のいい地域なのさ。

 

 ……まあ、そんな地域の中にあっても、俺が婚約者を寝取られた話は随分と広まってしまったようだが。

 

「本当、なのですか? 師匠が婚約者を設けて……なのに奪われたというのは」

「……ああ、本当だ」

 

 やるせなさを感じながら、俺はセラフィナの問いに肯定で答える。

 

「キミも知っての通り、俺の身体には〝呪われた血〟が流れてる。だからずっと〝聖血〟の持った女性を探し続けてきた。それでようやく見つけて、半年後には正式に籍を入れるつもりだったのに、な……」

「師匠……」

「ハハハ、どうやら俺には天涯孤独がお似合いらしい。まあいいさ、この忌々しい血が俺の代で絶たれるのも、それはそれで――」

 

 自虐交じりに言う。

 しかし、俺が苦笑していると、

 

 

「……許せない(・・・・)

 

 

「え?」

「許せない……許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない。こんなにお優しい師匠を裏切って、他の男の胸に抱かれる……? ありえない、許せない、気持ち悪い」

「セ、セラフィナ……?」

「師匠は幸福になるべきです。愛されるべきです。円満な家庭を持つべきです。愛されて愛されて夜も眠れないような、蛞蝓(ナメクジ)の交尾のような愛に巻き付かれる一生涯を送るべきなのです。師匠より他の男が良く見えるなんて、その女の目は腐ってる。そもそも師匠と婚約するなんて妬ましいにもほどがある。妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい……!」

 

 背後で激しい憎悪の炎を燃やしながら、小さな声でブツブツと呪文を唱えるかのようにまくし立てるセラフィナ。

 しかも目の焦点が合っていない。怖い。

 

「セラフィナ? お、落ち着いて……?」

「ハッ! す、すみません! 私ったらつい……!」

 

 ようやく我に返ったらしく、顔を赤くして恥ずかしそうに頬に手を当てるセラフィナ。

 

 うん、まあ、彼女も乙女と呼べるお年頃だしな……? 色々と思うところもあるのかもしれない。

 それに一応は俺のことをまだ慕ってくれているようでもあるっぽいし?

 深くは追及しないでおこう……。

 

「それより、どうやら立派な魔女になれたようだね。今はどこで働いてるんだい?」

「はい。『ポセイドニオス魔法大学』で博士号を取得し、そこで助教授を……」

「――! 『ポセイドニオス魔法大学』って……この国で最高峰の魔法研究機関じゃないか! そこの助教授だって!?」

 

 ――『ポセイドニオス魔法大学』。

 それは『カウロネイア王国』において最高の学術水準を誇る名門校であると共に、国益のために最先端の魔法を研究する研究機関でもある。

 

 この国おいて、魔法は人々の生活と密接に関わっている。農村では魔法で農作物が疫病にかかるのを防ぎ、教会病院では魔法で怪我や病気を治療し、都市では魔法が生活インフラを支えている。

 他にも王国軍の魔法兵が強力な魔法を扱えるようになれば他国への牽制になり、侵略を防いで国内を平和に保つことにも繋がる。

 

 そんなあらゆる場面で用いられる魔法を研究し、新たな魔法を生み出すことに心血を注ぐ場所が、『ポセイドニオス魔法大学』なのだ。

 

 故に『ポセイドニオス魔法大学』に通える学生は例外なくエリートばかりであり、さらにそこで助教授を務めるとなれば、上澄みの中のさらに上澄み。スーパーエリートだ。

 小さな魔法道場を運営するのが関の山だった俺にとっては、雲の上の存在である。

 

 ましてやセラフィナの若さで助教授を務めるなど、本来なら異常なはず。彼女がどれだけ天才的な魔女なのか、今更ながらに思い知らされる話だ。

 

「本当に出世したんだね……! なんだか俺も誇らしいよ」

「ありがとうございます。でも、つい数日前に退職してしまいまして」

「……え? 退職、ってなんで――」

「お金も溜まって人脈も作れましたし、私もそろそろいい歳なので……新しい就職先(・・・・・・)で身を落ち着けようかなと……ウフフ」

 

 僅かに頬を赤らめ、どこか気恥ずかしそうにして言うセラフィナ。

 なんだかとても含み(・・)があるような気がしたが、突っ込まないでおこう……。

 

「そういう師匠は、現在はなにを?」

「しがないなんでも屋さ。その日食っていく日銭を稼ぐだけの、低賃金労働者だよ」

 

 セラフィナの質問に対し、自虐を隠すこともなく明け透けに俺は言う。

『ポセイドニオス魔法大学』の助教授などという花形職業に就けた教え子を見ると、余計に自分が惨めに見えてしまうな。

 

「……それと、俺はもうキミの先生じゃないよ。だから師匠(・・)なんて呼ばなくていい」

「お断りします」

「へ?」

「これまで何人もの方々に魔法の指導を賜ってきましたが、私が心からお慕いして師匠(・・)とお呼びできるのはあなただけです」

 

 セラフィナは毅然とした態度で、そう言い切って見せる。

 

「魔法道場が畳まれたあの日から、師匠のことを忘れたことなど一日たりともありません。師匠が私に魔法を教えてくれたから、今の私があるのです」

「セラフィナ……」

「……それに、師匠が定職に就いていないのならば、尚更に丁度いいですね」

 

 ゴニョゴニョ、と少し言葉をどもらせて彼女は言うと、

 

「実は――師匠を必要としている人がいるのです」

「俺を?」

「はい。師匠には極めて重要……いえ、重大なお仕事のお願いがあり、今日こうしてご訪問させて頂いた次第で……」

 

 とても真剣な――いいや、深刻そうな表情でセラフィナは言う。

 

 彼女がこんな顔をするなんて……これはなにか、大変な一件を抱えているのかもしれない。

 おれは顎に手を当てて、数秒ほど考えた後――

 

「わかった、やるよ」

「! 事情をお聞きにはならないのですか?」

「事情なんて、なんでも構わないさ。俺のことをまだ師匠なんて呼んでくれる大事な教え子の頼みなんだ。だったら聞くのが甲斐性ってモンだろ?」

「あ、ありがとうございます!」

 

 パアッと明るい笑顔を見せてくれるセラフィナ。

 うんうん、やっぱりこの子には笑顔が似合うな。

 

「それではさっそくなのですが――まずこちらの契約書(・・・)にサインをお願いします」

「ん、わかった」

 

 セラフィナは一枚の紙と一本のペンを取り出すと、それをテーブルの上に置く。

 俺も席に腰かけ、ペンを手に取って紙に自分の名前を記入しようとする。

 

 ――しかし、名前の記入欄に最初の一文字目を書こうとした直前、俺の手はビタッと止まった。

 

 なんで手を止めたかって?

 見えちゃったからだよ。

 

 

 紙の一番上に書かれた――〝婚姻届〟の一文字が。

 

 




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