婚約者を奪われて傷心状態な最強おっさん魔導士、10年前に育てた【弟子魔女】たちに何故か婚姻届を突き付けられる 作:メソポ・たみあ
「……なあ、セラフィナ」
「はい?」
声を強張らせて彼女の名を呼ぶ俺。
それに対し「どうかしましたか?」とでも言うような、あまりにも自然な声色で返事するセラフィナ。
「俺を必要としている人って誰のことかな?」
「私です」
「必要とする理由は?」
「妻になるには、夫が必要ではありませんか」
「……誰がキミの夫になるの?」
「マーヴィン師匠です」
わかり切ったことを聞かないでください、とちょっとだけ彼女は眉をひそめる。
だが――俺にはわからない。なにもわからない。
なに一つ、彼女の言っていることが。彼女のやろうとしていることが。
「……つまり、キミは俺と結婚すると?」
「そうです。この私セラフィナ・トワイライトが、マーヴィン師匠の妻となります!」
なんともハキハキとした、元気のいい返事。それを聞いた俺は頭を抱え、「ハァ~~~」と深いため息を漏らした。
「…………酔ってるんだな、俺は。きっとショックのあまり幻を見てるんだ。そうに違いない。今日はもう寝よう」
「待ってください。師匠は幻なんて見ておりません」
席から立ち上がってベッドへと向かおうとする俺の袖をセラフィナがガシッと掴み、場に留めようとしてくる。
「ともかく落ち着いてください。師匠はこの紙にサインをするだけでいいのです」
「客を引き留めようとする悪徳商人みたいな言い方しないでくれる?」
「むぅ、どうあっても婚姻届にサインをしてくださらないのですね」
不服そうに頬を膨らませるセラフィナ。
っていうか遂に婚姻届って言っちゃったよ普通に。開き直って堂々とし始めるとか、流石は我が弟子だな。
俺はいよいよ頭痛を感じ始めつつ、
「……できるワケないだろう、教え子と結婚なんて。そもそも俺とキミじゃ、いったい幾つ歳が離れてると思ってるんだ……」
「師匠が今年で三十八歳で私が十九歳ですから、十九歳差ですね。なにか問題が?」
「……問題しかないと思う」
いざ歳を取ってみるとわかる。若い子って怖い。
いや、怖いという言い方には語弊があるというか、これには色々な意味や感情が含まれるのだが、とにかく中年の男にとってうら若い乙女っていうのは「触れてはならない存在」に思えて仕方ないんだよな。とにかく気を遣うっていうか。
歳が十九も離れれば、生まれた時代も環境もなにもかもが違う。若い子にとってみればそんなの気にならないのかもしれないが、
他にも社会的にどうのこうのと並べられる御託は無数にあるが、ともかく俺は歳が離れすぎた子とねんごろな関係になることに割と強い抵抗がある。
ましてやセラフィナは幼い頃を知っている教え子。それを妻にするだなんて……。
「愛があれば年齢など些細な問題に過ぎません。それに中年男性の恋愛事情というのは、実は若い女性も興味があるのですよ」
「そんなことを言われても、俺は説き伏せられないからな……」
「――私はずっと、今日という日を待ち望んできたのです」
一転して、彼女は真剣な声色で言う。
そして少し顔を俯かせ、
「師匠が魔法道場を畳んだあの日から、私は師匠の隣にもう一度いられるように――師匠に相応しい魔女になろうと志してきました」
「セラフィナ……」
「私はようやくその
頬を赤らめ、胸元に手を当てるセラフィナ。その仕草はどこか妖艶で、歳不相応な色っぽさすら備わっている。
う……。正直、少しグッとくる……。
俺の記憶にはまだ九歳だった彼女の姿が鮮明にあるのに、いつの間にかこんな色香を放てるようになったんだな……。
凄いというか、時の流れを感じさせるというか……。
だが――俺は靡くワケにはいかないんだ。
彼女の師匠であるからこそ。彼女が大事な教え子であり、まだまだ先の長い人生を送れるからこそ。
俺はセラフィナへと歩みより、彼女の両肩へ手を置く。
「セラフィナ、キミは充分に魅力的だよ。女性としても魔女としても、そして俺の教え子としてもね」
「マーヴィン師匠……」
「でも、だからこそ俺はキミを妻にするワケにはいかない」
そう言って、俺は彼女から両手を離す。
「キミもわかっているだろう。俺には〝呪われた血〟が流れてる。〝聖血〟の持ち主でない限り、俺の妻になれば必ず早死にしてしまうんだ」
「わかっております。覚悟の上です」
「いいや、わかってない」
敢えて突き放すように、俺は力んだ声で言う。
セラフィナは〝聖血〟の持ち主ではない。少なくとも俺はそんな話を聞いたことはない。
つまり彼女は、〝呪われた血〟の影響をモロに受けてしまうのだ。
「キミはわかってないよ。愛する者に早死にされる……
俺はよく知っている。俺の親父も、俺の爺さんも、ずっと一人で生きていた。妻に先立たれてから再婚もせず、ずっと一人で。
時々寂しそうな顔をしていた彼らの姿が、今でも脳裏に焼き付いている。
アレが自分の未来だと思うと……俺には恐ろしくて堪らないんだ。
だから〝聖血〟の持ち主を探し続け、そしてタイーシャに巡り合えた。なのに奪われてしまった。
やはり俺は独り身でいるべきなのだと――神様に言われた気さえした。
「タイーシャに振られた以上、俺は誰とも結婚する気はない。だから――」
「だから〝呪われた血〟をどうにかすれば、私と結婚してくれるのですね?」
「そうだ。〝呪われた血〟さえなければキミと――……ん?」
んお? 俺は今、なんて言いかけた?
というか――セラフィナは今、なんと言った?
〝呪われた血〟をどうにかすると――そう言ったか?
「セラフィナ、今なんて――」
「言質は取りました。ではさっそく明日から行動を開始しましょう」
セラフィナは毅然とした態度で、少しだけ微笑む。
そんな彼女の姿に、俺は驚きのあまり目が点になってしまう。
だってそれは、俺の先祖たちがずっと挑み続けて成し得なかったことだから。
「……消せるっていうのか? 俺の身体から、〝呪われた血〟を……?」
「師匠が〝呪われた血〟を理由に断ることは、予測済みでした」
彼女は再び自分の胸に手を当て、
「私が『ポセイドニオス魔法大学』の助教授となって各方面に伝手を作ったのも、全て師匠にかけられた呪いを解呪するため……。加えて〝呪われた血〟に関しても、幾らかは事前情報を仕入れてあります」
「ま、待ってくれ、どうして俺なんかのためにそこまで――!」
「先程言ったではありませんか。心からお慕い申し上げているから、と」
彼女は優しい手つきで、そっと俺の手に触れてくれる。
「解呪にどれだけ時間がかかるのか、そもそも本当に解呪できるのかは、まだわかりません。でも……どうかお手伝いさせてください、マーヴィン師匠」
「セ……セラフィナ……!」
可愛い教え子の言葉に、俺は思わずグッと涙ぐむ。大の大人が泣くなどみっともないが、それだけ彼女の言葉は嬉しいモノだった。
「ありがとう……! キミは、本当に立派になったんだね……!」
「それほどでも。では解呪をお手伝いする料金の前払いとして、さっそくこちらの婚姻届にサインを……」
「それはダメ」
それとこれとは話が違うのでNG。
っていうか、もし解呪できなかったらセラフィナが早死にしてしまうので却下。
これも彼女のためなので俺がきっぱりと断ると、セラフィナは「チッ」と残念そうに舌打ちした。