牙狼族。東の平原の覇者。東の帝国とジュラの森周辺諸国との貿易を行う商人の、悩みの種であった。一匹一匹がCランク相当の魔物であり、油断するとベテランの冒険者でも一撃で食い殺される。しかし、その脅威の本質は群れでの行動にあった。有能なボスに率いられた時、牙狼族はその真価を発揮する。群れでありながら、一匹の魔物であるかの如く、一糸乱れぬ行動を可能とするのだ。そして、その群れとしての評価は・・・Bランクにも相当する。東の平原は、広大な穀倉地帯に隣接する。その為、帝国の生命線を握る重要な場所であり、その警備は万全である。牙狼族がいかに狡猾で、優れた能力を有していたとしても、帝国の防衛を突破する事は困難である。仮に突破出来たとして、それは帝国を怒らせる要因となり、牙狼族の未来はそこで途絶える事となるだろう。その群れのボスは、その事をよく理解していた。何十年にも渡る帝国との小競り合いで学習し、その事を深く実感とともに学んだのだ。小規模な商人に手を出す程度ならば、帝国は本腰を入れる事はない。しかし、ひと度穀倉地帯へ侵入しようとした場合、帝国は牙を向く。かつて、何度も同胞が犯した過ちを行う愚は冒せない。ボスはそう考える。しかし、魔物の本能として、このままでは自分達の進化が途絶えてしまう事も理解出来ていた。牙狼族にとって、食事は本来必要としない。人を襲って食べるのは、オヤツを食べる程度の認識である。なぜなら、人には魔素はあまり多く含まれていないのだから。牙狼族にとって、食事とは魔素の吸収である。より強い魔物を襲うか、多くの人間を殺し、"災厄"クラスの魔物へと進化するか。このままでは、どちらの方法も行う事は困難であった。牙狼族にとって、帝国は強大過ぎたのだ。しかし、このまま商人を襲い続けたとして、"災厄"クラスへの進化等、夢のまた夢である。南には、肥沃な大地に森の恵、強大な魔力を持つ魔物達の楽園があると聞く。しかし、そこへ到達する為には、ジュラの森を抜ける必要があった。森の魔物自体は、大した事がない。何度か、森から出てきた魔物を狩った経験が、そう教えてくれる。では何故、これまで森に侵入出来なかったのか。
"暴風竜ヴェルドラ"
その竜の存在が、理由の全てである。封印されて尚、その禍々しい魔力の波動は、彼等の心を怯えさせた。あの森の魔物は、ヴェルドラの加護を受けていると思い込んでいる。だからこそ、あの凶悪な波動の中で生活出来るのだ。そう思い込んでいるので無ければ、狂っているだろう。今までは苦々しく思いながらも、その存在のせいで侵入を諦めていたのだ。・・・そう、今までは!ボスは、その鋭い血色の瞳を森へと向ける。あの忌々しい、邪竜の気配はない。今ならば、森の魔物を狩り尽くし、森の覇者となる事も不可能ではない!ボスはそう思い、舌なめずりをした。そして、進撃の合図である遠吠えを行う!さて、守護者となったからには何かしたほうがいいだろうか。自分的には、用心棒という認識なのだが、村長の扱いが大げさなのだ。ともかく、戦えるというゴブリンを集めて貰った。・・・見るからに、皆ボロボロである。戦力としては、期待出来そうもない。しかし、残りのゴブリンが遠巻きにこちらを窺っているのだが、子供や老人しか残っていない様子。他のゴブリンからの増援はない。この状況、村長からしたら発狂ものの怖さであったろう。逃げても、食物すらない状況では飢えて死ぬだけなのだから・・・。そして、集められたゴブリン達は、信仰に近い眼差しで俺を見つめてくる。これは重い。プレッシャーなぞ感じる事もなく気楽に生きて来た俺にとって、この視線はとてつもない重圧だった。
サオリ「皆、状況は分かっているか?」
ギャグを言う雰囲気でもなく、気の利いた言葉も浮かばなかったので、真面目に質問した。
ゴブリンのリーダー「はい!我々の生きるか死ぬかの戦いになる!と覚悟は出来ております!」
ゴブリンリーダーが即答した。周囲に集められたゴブリン達も、気持ちは同じようである。震えている者もいるのだが、それはしょうがないだろう。心と身体は別なのだ。
サオリ「気負う事はない、気楽にな。気負ったところで、負ける時は負けるのだ。最善を尽くす、その事だけを考えろ!」
ちょっと格好いい事を言ってみた。俺達の気持ちが楽になった。案外、効果あるのかもしれない。それでは、始めるとするか・・・。失敗したら、ゴブリンの命運は尽きるかもしれない。それでも、俺は我が道を往く。傲岸不遜に行く!と決めたのだから。
よし!俺とリムルさんは、気合を入れるとゴブリンに最初の命令を下す。この後、何度も行う事になる命令。その最初の言葉が、この時発せられたのだ!
????SIDE〜〜
夜になった。牙狼族のボスは、目を開く。今宵は満月。戦いにはおあつらえ向きだ。ゆっくりと身を起こすと、周囲を睥睨する。同胞である牙狼達は、そんなボスの様子を息を潜めて窺っている。いい緊張具合だ。ボスはそう考える。今夜、あのゴブリンの村を滅ぼし、このジュラの森への足がかりを作ろう。その後、ゆっくりと周囲の魔物達を狩り、この森の支配者となるのだ。ゆくゆくは、更なる力を求めて南への侵攻も視野に入れている。自分達には、それを可能とする力がある。自分達の爪はいかなる魔物であれ引き裂くし、その牙は、いかなる装甲をも喰い破るのだから。
ウォーーーーーーーーーーーン!!!
ボスは咆哮した!
蹂躙を開始する時間だった。しかし、気になる事がある。数日前、斥候に出した同胞が気になる情報を持ち帰っていた。異様な妖気を漂わせた、小さな魔物がいたというのだ。その魔物の妖気は、ボスである自分を上回っていた・・・と。そんなハズはない。ボスは相手にしなかった。この森には、そんな脅威など感じ取れない。出会う魔物は皆弱かった。森の中程である現在地まで、抵抗らしき抵抗は受けていない。一度、ゴブリン十数匹に何体か同胞が殺されたが、それだけである。高ぶって、勘違いしたのだろう。そう考え、ボスは視線を前方へと向けた。前方に、村が見えてきた。斥候の報告通りの場所にある。傷付いたゴブリンの後を付けさせ、場所を特定した。この村の戦力は、今は大した事がない。ボスは狡猾だった。油断はしない。しかし、見慣れぬモノが、村を覆っていた。人間の村にあるような・・・それは、柵だった。村の家々が取り壊され、村を覆う柵が作られている。そして、前方に開口部。そこに一匹のスライムがいた。小賢しい。ボスはそう嗤う。一ヶ所だけ隙間を造り、大勢で攻め込まれるのを防ぐつもりか!と。所詮はゴミのような魔物の浅知恵。あの様な柵など、我らの爪や牙の前には何の役にも立たぬというのに!我らの力を見せつけてやろう! そう思い、命令を下す。十数匹の牙狼が、自らの手足の如く柵へと攻撃を開始した。牙狼族は、群れで一体の魔物となる。その真価を発揮した、一糸乱れぬ攻撃であった。それは"思念伝達"による連帯行動。言葉で出すよりも素早く、連携が可能なのである。最初の一撃で柵は壊されるハズだった。ゴブリン達が自らの企みを砕かれて狼狽える様を想像していたボスは、咄嗟に驚きの声を上げた。柵に攻撃を仕掛けた部隊が跳ね返されたのだ! 中には、血飛沫を上げて地面に転がる者もいた。どういう事だ?ボスは慌てず、様子を伺う。開口部のスライムは動いていない。奴が、何かしたのではないのか?その時、配下の一匹が傍に寄り、
牙狼族のボスの息子「(あの者です!オヤジ殿より強大な妖気を発していたのは!)」
と告げた。
馬鹿な!そう思い、スライムを見る。平原にたまに生まれる事もある、小さな魔物。魔物と呼ぶのもおこがましい、卑小な存在である。それが自分をも超える妖気を持つなど・・・有り得ぬ!
その時、
スライム「よーし!そこで止まれ。このまま引き返すなら何もしない。さっさと立ち去れ!!!」
と、スライムが語りかけてきた。牙狼族のボスは、狡猾で老獪な魔物であった。長年生き抜いた経験を元に、油断する事なく作戦を立てる。そして、冷静に実行する胆力を持っていた。その長年の経験が、その魔物の情報を、自分よりも強者かも知れないという可能性を否定する。ボスは、この時初めて、致命的な間違いを犯したのだ。そしてその間違いが、自らの運命を決定づけた。
牙狼族のボス「ウゥル!!!ガルゥウウウウゥ!!!(小賢しい!!!捻り潰してやる!!!)」
開戦である。
牙狼族のボスSIDE〜終〜
サオリSIDE
ああびっくりした。
俺達が最初にした命令は、負傷者の元へ案内させる事だった。60匹に十数匹の生き残りを加えたところで、作業効率はそんなに変わらない。しかし、せっかく慕ってくれるというのなら、出来る事はしてやろうと思った。不潔そうな大き目の建物に、一纏めにされて横たえられていた。その負傷者を見て思う。薬草らしきもので一応の治療はしているようだったが…、このまま放置していると死ぬだろう。思ったよりも傷は深い。爪や牙で引き裂かれたのか、大きく裂けて膿んでいた。こうなれば大奮発だ。リムルさんは、手前の一匹を捕食した。そして、体内で回復薬をぶっ掛けてから吐き出す。村長が何か言いかけていたが無視し、片っ端からリムルさんは、負傷者を飲み込み、吐き出していった。何匹かの治療を終えて振り向いて見ると…何故か、ゴブリン達が平伏してこちらを覗っていた。何やってるんだ、こいつら?どうやら、こいつらはリムルさんが蘇生の力で回復させたのだと勘違いしてしまったらしい。面倒と思ったそうで、ペッと回復薬を数個吐き出し、残りの負傷者の傷を癒させた。これは、回復に時間がかかりそうだった。出来るだけの治療を終えるとゴブリンに、新たな指令を下す。次に行ったのが、柵の設置である。木を切ってきて作るのがいいのだろうけど、そんな時間も余裕もない。あるもので作るしかないのだ。躊躇わず、家を壊させ、その素材を流用し柵を設置していく。この際、村の外周を全て覆うように円を描いて設置させた。その作業の合間に、ゴブリンの中でも目端の利く弓を装備した者を斥候に出した。相手が狼なら、鼻が効く。無理をしないように言い含めて彼らを送り出した。決死の目をしているのが気になるところだが…この命に代えても!と言い出しそうな雰囲気を出していた。大げさな奴らである。俺達が村に訪れた翌日の夕方、柵が出来上がった。俺達は仕上げを行う。そう、蜘蛛の糸で柵の固定を行い、強度を増したのだ。ついでに、所々に『鋼糸』によるトラップを仕掛けるのも忘れない。何も知らずに柵に触れると、スパッ!とその身を切り刻まれる事になる。この戦いが終わったら、回収を忘れずに行わなければならないだろう。柵は正面に開口部を設けた。ここに、『粘糸』を張り巡らしたら準備完了である。斥候が帰ってくるのを待つ。その頃には、負傷していたゴブリンが回復し、目覚め始めた。我が身を触り、不思議そうに具合を確かめている。どうやら、回復薬の効き目はかなりのものであったようだ。負傷具合から何度も回復薬の投与が必要だと思ったのだが…。思った以上に効き目が高い。嬉しい誤算であった。俺達は、村であった場所の中心に廃材の残りを集め、火を付けた。キャンプファイヤーのようだが、浮かれていていい場面ではない。夜通し警戒に当たる必要がある。俺達に睡眠は不要だから、俺とリムルさんが見張ると言ったのだが、
ゴブリン「とんでもない!!!リムル様とサオリ様にそのような事をさせる訳にはまいりませぬ。」
ゴブリン「その通りです!我々で見張りは行います。リムル様とサオリ様はお休みください!」
そうです!その通り!!!的な周囲の反応。気持ちは嬉しいが、こいつらのほうがよっぽど疲れてるだろうに…。仕方がないので、ローテーションを組んで見張り番以外を休ませた。真夜中になる手前頃、斥候が帰って来た。牙狼族が移動を開始した、との事。傷を負っていたが、全員生きて帰って来た。不細工で小汚いモンスター。そう思っていたが、この二日で情が沸いた。願わくば、誰一人欠ける事なく戦いを終わらせたいものだ。そう思いながら、仕上げの『粘糸』を、開口部に設置した。牙狼族の攻撃により、戦端が開かれた。柵の強度に不安はあったが、牙狼の攻撃程度では壊される事は無かった。上手くトラップも効果を発揮している様子である。一安心だ。一応、
リムル「よーし!そこで止まれ。このまま引き返すなら何もしない。さっさと立ち去れ!!!」
と、リムルさんが声をかけてみた。あっさりと無視される。牙狼が一斉に動き出し、四方八方から柵へと攻撃を始めたのだ。仕方ない。計画通り進めばいいが。こうなる事を予想し、柵には小さな隙間が設置してある。矢狭間だ。その隙間から、下手糞ながらもゴブリン達が弓を射る。何匹かの牙狼が矢を受けて、悲鳴を上げた。矢狭間をこじ開けようと仕掛けた部隊もいたが、
ザス!
っとばかりに、両脇に控えた石斧装備のゴブリンに首を刎ねられる。二時間も練習する時間は無かったのだが、彼らは必死だった。必死に俺とリムルさんの言う事を理解し、実行しようとした。その結果が今報われている。確かに牙狼は強い。単体でもゴブリンを数匹は相手に出来るだろう。群れとなれば、その戦闘力は大幅に上昇するのかもしれない。しかし、だ。単体で強いなら、複数で当たればいい。群れると強いなら、群れさせなければいい。要は、頭の使いようでどうとでもなる。この世で最強の生物。それは、知恵ある人間なのだから!ついてなかったな…俺とリムルさんはそう思い、牙狼のボスを冷たい視線で眺めた。ケモノ風情が、この俺達に勝てるなど…思い上がりも甚だしい。
牙狼族のボスは、自分の思い描いた展開との余りの違いに狼狽した。配下の牙狼達が戸惑い始めている。このままでは不味い。牙狼族は、集団でこそその真価を発揮する種族。ボスへの不信は、致命的な結果を招く要因になる。ボスはその事を十分に理解していた。故に、ここで最大の過ちを犯した。あの程度の柵すら壊せぬ不甲斐なさに腹は立つが、仲間の腹立ちが自分へと向かうのを恐れて…ボスは、自分の力を誇示する必要がある!と考える。自分は群れで最強の存在であり、単体でも十分に強いのだ!と。その瞬間に、全ては決着したのだ。
牙狼族のボスの動きから目を離してはいない。それでも、周りのゴブリンにはボスが消えた!と映っただろう。俺とリムルさんにとっては、ゆっくりとしたスローモーションのような動きだったが。全ては計画通り。幾つかのパターンを考えてはいたが、その内の一つのシナリオ通りに進んだ。所詮ケモノ。人間様の敵ではない。開口部に設置した『粘糸』にボスが捕らえられる。牙狼族のボスの力であれば、『粘糸』を断ち切る事も可能であるかもしれない。俺とリムルさんにその事を確かめる術はないが、それはもうどうでもいい。『粘糸』の目的は、一瞬だけでもボスの動きを止める事なのだから。動きを止めずに"水刃"を放って、避けられでもしたら格好悪い。まして、それが味方に当たるなど最悪である。戦場の状況次第ではそうなっても可笑しくない。そういう理由での仕掛けだったが、考えすぎだったようだ。こいつらは、柵を壊す段階にすら到らなかった。開口部に『鋼糸』を仕掛けるのも考えたのだが、止めを刺せなかった場合等考慮して、今回は見送った。この場面では、俺は圧倒的な強者を演じる必要がある。その為の仕掛けだったのだから。リムルさんが"水刃"を放とうとする瞬間。
サオリ「まって試したいことがある。」
リムル「試したい事?」
サオリ「嗚呼、"解"を使ってみる。」
リムル「なるほど!」
俺は躊躇う事なく、"解"でボスの首を刎ねた。あっさりと、牙狼族のボスは死んだ。
リムル「聞け、牙狼族よ!お前らのボスは死んだ!!!お前らに選択させてやる。服従か、死か!」
さて、こいつらはどう応えるか?ボスの弔いとばかりに、死ぬもの狂いで向かってこられるのは勘弁して欲しいのだけど…。