[壱]
翌日の早朝、俺達はコナンベリーに向かい旅を再開した。
今日も晴天に恵まれ、旅日和の1日になりそうである。
また、温泉に入った事で疲れも取れたのか、皆スッキリした表情であった。ただし、1名を除いて……。
マーニャだけは二日酔いのせいか、だるそうにしているのだ。
今も馬車の中で吐きそうな表情をしている。というか、たった今、馬車から顔を出し、勢いよく吐いたところだ。
酸っぱい匂いが風に乗ってこちらまで漂ってくる。
俺ももらいゲロしそうであった。
(コイツ、昨晩かなり飲んでたからな。ミネアと墓場から戻った後、酒場に行ったらまだ飲んでたし。しかも、どこかの旅人達と飲み比べ勝負してたしな。その旅人達は既に酔い潰れてたが。おまけにマーニャ自身もベロンベロンだったから、連れて帰るのも一苦労だったよ。でもまぁ……ドサクサに紛れて、オッパイ揉ませてもらったから、それで許してやるとしよう)
まぁそれはともかく、今日の状態を見る限り、マーニャは恐らく戦闘は無理だろう。
足手まといになりかねない。
俺が出ることになりそうである。
「姉さん、飲み過ぎよ。なんでそこまで飲むのよ」
ミネアはマーニャの背中を擦り、介抱していた。
フォルスとシンシアは、それを見て苦笑いを浮かべている。
山奥で静かに暮らしてたので、ここまで泥酔した奴を見るのは初めてなのではないだろうか。
ちょっと引いてる感じだ。
とりあえず、状態を確認しとこう。
「お~い、マーニャさん。今、どんな感じ? 道中、戦闘とかできそう?」
マーニャは俺に振り返る。
その顔は病人のソレであった。
目の下にクマがあり、やや青褪めた表情をしている。
「今日は頭がガンガン痛くて……気持ち悪いわ。もう駄目……馬車の揺れで、また吐きそう。ウプッ」
そう言ってマーニャはまた馬車の外でゲロをぶちまけるのであった。
二日酔いの最高レベルといったところだ。
そこでミネアが申し訳なさそうに謝ってきた。
「ごめんなさい、ジュライさん。昨日、まさかあんなに姉が飲んでると思わなかったもので……」
「まぁ君は悪くないよ。ただ、マーニャさんも、もう少し自制してくれるとありがたいかな。なぁ? フォルス。このパーティの責任者は君だ。なんとか言ってやりたまえ」
俺はリーダーである勇者に話を振った。
フォルスはたじたじであった。
「ええっと、まぁ……そうなるの……かな、シンシア?」
「えっと……その……って、なんで私に聞くのよ」
シンシアは突然話を振られて頬を膨らました。
俺はそんな2人のやり取りを微笑ましく見た後、マーニャの肩をポンと軽く叩いたのである。
「じゃあ、次は頼みますよ、マーニャさん」
「以後気をつけるわ」
さて、これについては、もう終わりにするとしよう。
今は他にする事があるのだ。
俺はそこで新メンバーについて話すことにした。
「あのさ……今日は折り入って皆に話があるんだが」
「どうしたんです、ジュライさん。急に改まって」
フォルスはキョトンとしていた。シンシアもである。
ミネアは察したのか、無言で頷いていた。
マーニャは外に向かって嗚咽している。
そんな中、俺は道具入れから1枚の折り畳んだ霊符を取りだし、馬車の床に広げたのである。
霊符は正方形で、碁盤くらいの大きさだ。ちなみにこれは浮遊霊を捕獲する呪符である。名を
「今から新しい仲間を紹介しようと思うんだが、驚かずにいてほしい」
「え! 仲間ですか!」
「本当ですか!」
フォルスとシンシアは馬車の外に視線を向けた。
まぁ普通そうなるだろう。
「いや、外ではないよ。ここだ」
そして俺は霊符の封印を開放したのである。
次の瞬間、符から湧き上がるように、リバストが姿を現した。
するとそれを見たフォルスとシンシアは驚くと共に、少し後ずさったのであった。
「ジュライさん……こ、この方は一体」
「ユ……ユウレイ」
俺は皆に紹介した。
「彼はアネイルの戦士リバストだ。昨日、教会の鎧を見たと思うが、あれの持ち主だそうです。今は俺の浄霊ミスで浮遊霊になられたお方だ。すまんが、これからよろしく頼む」
フォルスとシンシアは口をパクパクさせていた。
想定外の仲間だったからに違いない。
《私は戦士リバスト……すまぬが、そういうわけでよろしく頼む》
「こ、こちらこそ」
フォルスはそう言って口元を引くつかせるのであった。
―― それから30分後 ――
馬車内はいつも通りの雰囲気へと戻っていた。
皆もリバストにだいぶ慣れたようだ。
マーニャに至っては、この突然の展開に、酔いも少し吹き飛んだようである。
ちなみにだが、外にいる御者のホフマンは知らない。
知らせる必要もないからだ。
まぁある意味、奴にとっては知らぬが仏である。
「ところで、ジュライさんは、なぜリバストさんの墓に行ったのですか?」
「ああ、それか。理由は、砂漠で俺が倒した魔物と、木こりのおじさんの家で倒した魔物について色々と考えていたからだよ」
「え? ですが……その2つはリバストさんとは全く関係ないのでは?」
フォルスはそう言って首を傾げた。
「まぁ確かに直接的な関連はない。だが、リバストさんとあの魔物達は共通点があるんだよ」
「共通点……ですか?」
「ああ。どちらも恐らく、物に縛られているということだ。魔物はお金に、リバストさんは天空の鎧に、だがな」
ミネアが訊いてくる。
「お金? どういうことですか、話が見えないのですが」
俺は道具入れからボストロールが落とした金貨を取り出し、ミネアに手渡した。
「これは、昨日の魔物が消えたところに落ちてた金貨だ。実は以前倒した魔物も、こういう風に金貨に変わった奴がいてね」
するとミネアは金貨を手に取った瞬間、目を見開いたのである。
「こ、これは……キングレオの紋章。まさか、これ……」
マーニャもそれに反応し、金貨を横から覗き見た。
「あら、本当ね。これ、キングレオ王家の紋章だわ」
「へぇそうなんだ。間違いない?」
意外な情報が入ってきた。
「はい、これはキングレオ王家の紋章で間違いないです。そしてこれは、ちょっと珍しいのですが、キングレオ大陸で発行された1000ゴールド硬貨だと思います」
「へぇそんなのあるんだ。国によって流通してる硬貨が違うのか?」
「ゴールド自体は5つの海域にまたがる海洋貿易協定に属している国家なら、どこの国で発行されたものでも使えるのですが、このキングレオの1000ゴールド硬貨は、少し事情が違うんです」
どうやらこの世界は、EUのようなブロック経済をしてるみたいである。
そこはゲームと同じなようだ。まぁとはいえ、ゲームの場合は大人の事情があるからだが……。
それはともかく話を聞こう。
「事情が違うって、どういう事?」
「これはキングレオ王家が新国王の誕生を祝して発行する記念硬貨なので、滅多に世に出る事はないんですよ。恐らく、ごく限られた者にしか与えられないんじゃないでしょうか。私の父も、前のキングレオ国王が戴冠した際に拝領しましたし」
「なるほどねぇ。記念硬貨なのか、これ」
「ジュライさん、これが昨日の魔物となにか関係があるという事ですか?」
ミネアはそう言って俺に金貨を返してきた。
俺は金貨を受け取ると、そこに描かれる獅子のような動物の刻印をまじまじと見た。
「ああ、俺はそんな気がしている。物というのは道具でもあるが、少し厄介な側面もあってな。持ち主の様々な
そして俺はそこで、昨日考えた仮説を思い返したのである。
(金貨に変わった魔物は、ドラクエⅣには出てこない魔物だった。だが、この世界の魔物はゴールドには変わらない。これは異端の証だ。恐らく……この魔物達は何者かによって、この世界に召喚されたとみていいだろう。そして……召喚に必要な触媒として、物に宿る負の念を利用してるのかもしれない。怒りや憎しみ……または果てしない欲望とか……ン?)
ふとそんな事を考えていると、ミネアが俺をジッと見ていた。
何か気になった事でもあるのだろうかと思い、訊いてみる事にした。
「ン? どうかした、ミネアさん」
すると、ミネアはクスッと笑った。
「ジュライさんて、そんな風に真面目な表情になる時もあるんですね」
「どういう意味だよ」
「いつもはやる気なさそうな感じなので、意外に思っただけです」
「俺はいつだって真面目だよ。やる気がないのも真面目にやる気がないだけなんだよ」
「なんですかそれ。仰っている意味が全く分かりません」――
と、まぁこんなやりとりをしつつ、俺達はコナンベリーへと南下していくのであった。
[弐]
見渡す限りの広大な海原が広がる港町コナンベリー。
この大陸で最大の港をもつ港湾の都市である。
大きな船が出入りすることが多いのもあり、船を着ける港湾部はかなり深い。また、大きな造船所もあり、今も建設中の船があるとの事だ。
また人口もかなりおり、港から少し離れた丘には、イタリアのアマルフィーのように石造りの家々が沢山軒を連ねていた。
この様子を見る限り、ブランカなどよりも発展しているのではないだろうか。そんな街であった。
そして俺達は先程、このコナンベリーへとようやく到着したところなのである。
街は潮の香りで充満しており、高台から見える海は穏やかであった。
風もそこまで強くはない。
遠くに目を向けると沢山のカモメらしき鳥が大空を舞い、時折、甲高い鳴き声を発していた。
日本でもよくある夏の海の風物詩といったところだ。
太陽の位置を見る限り、今は恐らく夕刻前といったところだろう。
道中、それほど魔物との戦いもなかったので、意外と早く着けたのが嬉しい誤算であった。
まぁそれはさておき、コナンベリーに到着した俺達は、ホフマンと共にまずは宿へと向かい、部屋を押さえる事にした。
そして、一旦そこで自由行動となるのである。
フォルスとシンシアとホフマンは船の手配をする為、港へと向かった。
大きな街という事もあり、3人は興味津々といった感じだ。たぶん、ついでに物見遊山でもしてくるのだろう。
俺も誘われたが、少しゆっくりしたかった事もあり、暫く部屋で休むことにしたのである。
マーニャとミネアはよくわからんが、多分、街に繰り出したに違いない。
まぁそれはさておき、俺は室内に備えられたベッドに腰掛けると、近くのテーブルに霊符を広げ、リバストを呼び出した。
「お~い、リバストさん。出てきてくれるかい」
霊符からフワッとリバストが現れる。
《なんだ、ジュライ殿》
「少し訊きたい事があるんだが、ン?」
するとそこでドアがノックされたのである。
「誰?」
俺が訊ねると扉がガチャリと開いた。
そこにいたのはマーニャとミネアであった。
マーニャはニコニコと陽気に口を開いた。
「やっぱり、ジュライさんは部屋にいたのね。さっきフォルス達が出掛ける時、いなかったから。それはそうと、私とミネアとで街に行かない? ここ結構大きい街だから、色々と楽しいわよ」
断るとしよう。
「いや、今はやめとくよ。リバストさんと話したい事があるからね。その後ならいいよ」
「ええ~、今行きましょうよ」
「まぁまぁ、姉さん、良いじゃない。私も少し話を聞きたいから、その後にしましょうよ。まだ外も明るいですし」
「んもう……しょうがないわね」
2人は部屋の中へと入ってきた。
マーニャは少し不満そうだが、ミネアは興味があるようだ。
性格がここまで違う姉妹も珍しいところである。
と、ここで、リバストさんが口を開いた。
《お取込み中のところすまぬが、何を聞きたいのだ?》
「ああ、悪い悪い。始めよう。それじゃあ、ズバリ聞くけど、貴方は天空人の血を引いてるのか?」
リバストは頭を振る。
《恐らく、引いてはおらぬだろう。私の両親はその昔、あの地で鍛冶屋を営んでいた。私はその息子だからな》
「へぇ、そうなのか。ン? でも、貴方は天空の鎧を装備して街を守ったんじゃなかったっけ? 天空の鎧って、天空人の血を引く者しか装備できないって聞いたけど」
「私もその話は聞いた事があります。天空の勇者でないと天空の武具は装備できないと」
ミネアの言う通り、それがこの世界の常識だとは思うが、リバストさんは例外のようだ。
《確かに、貴方達の言う通りだ。しかし、私が天空の鎧を纏う事ができたのは理由があるのだよ。鎧に認められたから、纏う事が許されたのだ》
「認められる? なんだそれ?」
《実はな……生前、私は皆に話していない事があるのだ。それを今語ろう》
「なにそれ、聞かせてよ。めっちゃ気になるわ」
またドラクエ裏情報が聞けそうだ。
「なによ、私も気になってきたわ」
「私もです」
俺達が前のめりに体を起こしたところで、リバストは語り始めた。
《あの時……魔物の軍勢に襲われ、街は絶体絶命の窮地に陥ってた。私はそこで、自分の無力さに嘆いていたのだ。外からの援軍もない孤立した街には、傷ついた戦士しか戦える者がいなかった。食料も薬も尽きかけ、もう終わりだと諦めかけていたその時、私は空に向かって力の限り叫んだのだよ。『お願いだ! 天空の神よ! 皆を守る為に私に力を貸してくれ!』とな。すると不思議な事に、その時、空から一筋の光と共に、天の使いが私の目の前に舞い降りてきたのだ》
「ふぅん、天の使いねぇ……で、どうなったんだ?」
《その者は言った。我は天よりの使い。そなたにこの天空の鎧を与えよう、と。そして、続けてこうも言ったのだ。『この鎧は天空に縁のある者にしか纏うことは出来ぬ。ただし、例外がある。この鎧に宿りしオルゴーの
「オルゴー…だって……」
「知ってるんですか?」と、ミネア。
「いや、ちょっと聞いた事がある名前だったんでな。まぁいい。リバストさんの話を聞こう」
まさかここでその名前が出てくるとは思わなかった。
だが、この名前はドラクエの天空シリーズにおける固有名詞の中で、かなり鮮明に覚えている単語であった。
ドラクエでは天空の武具となる前の名称という位置づけだからである。
ラミアスの剣・スフィーダの盾・セバスの兜・そして、オルゴーの鎧がそれだ。
リバストは話を続ける。
《私は天の使いが去った後、色々と試したが鎧を纏う事ができなかった。だが街が攻め落とされそうになった時、皆が退却を考える中、私は気付いたのだよ。今は逃げる時ではない。戦う時だとな。私は弱気になっていたのだ。そして、それに気付いた時、天空の鎧は眩く光り輝き、私を受け入れてくれたのだ。これが天空の鎧を纏えた理由だよ。そして私は、自らの命と引き換えに、魔物の首領を討ち取る事が出来たのだ》
「なるほどねぇ……そういう事か。一般人の場合は、武具に認められないといけないのね」
リバストの話を考えるに、例外ではあるが、天空人以外でも天空の武具を装備する事は出来るという事なのだろう。
事実、ドラクエⅥの主人公はそれらを装備してたので、まぁある意味、納得のできる話だ。
と、その時だった。
【ジュライさん、いますか! 話があります!】
外からフォルスの慌てる声が、ノックと共に聞こえてきたのである。
「いるよ。入ってきな」
扉が勢いよく開き、フォルスとシンシアが雪崩れるように入ってきた。
そして、フォルスは中に入ってくるなり、捲し立てるように喋りだしたのである。
「ジュライさん、大変です! 先程、ホフマンさんと船を出してもらえるか交渉に行ってきたのですが、今、コナンベリー発の船は近海で魔物によって相次いで沖で沈められるので、一艘も海に出れないそうなんですよ! なんでも、東にある大灯台に邪悪な炎が灯されたのが原因らしいんですが、今のところは打つ手無しだそうで、どうにもならないみたいです。どうしましょう……完全に足止めです」
「あらら、そんな事になってるのか」
俺はそれを聞き、この辺りで起きるイヴェントを思い出した。
(そういや、大灯台のイヴェントすっかり忘れてたわ。面倒臭いなぁ……もう)
と、そこで、シンシアが地図のようなモノを広げ、とある箇所を指さした。
「ジュライさん、さっき港でこの辺りの地図を借りてきたんですが、大灯台はココだそうです。数日前にトルネコという商人の方が1人で、その大灯台の様子を見に向かったみたいなんですが、未だに帰ってきて無いそうです。どうしましょう……助けに行った方が良いですよね?」
シンシアはそう言うと俺に話を振ってきた。
するとそこでミネアが水晶玉で占いを始めたのである。
「もしかすると、そのトルネコという方は導かれし者かもしれません。ここより北東の方向に、運命を開く何かがありそうです」
これは行くしかないのだろう。
たぶん、話が進まん気がする。
「商人1人か……仕方ない、行くしかないか」
「でももう夜になるわよ。この地図見る限り、結構遠そうだから、明日の朝にしたほうがよくない。長旅の疲れもあるんだし」と、マーニャ。
「姉の言う通り、休息してからの方がよいかもしれません」
モンバーバラ姉妹の言う通りである。
それに、トルネコならそう簡単に死ぬようなことはないだろう。
「確かに、それも一理ありますね。ではとりあえず、今日は休んで明日の朝、大灯台へ向かうとしますか」――