[壱]
戦士風の格好をした俳優らしき男に続き、俺は村の中へと足を踏み入れた。
村の中を見渡すと、中世の欧州を思わせる石造りの建物が確認できた。
とはいえ、軒数軒程度の規模なので、村というカテゴリーに入るかどうかは怪しいレベルである。
森の中にポツンと佇む小規模集落といった感じだ。なので人もそれほどいない。
また、移動の途中、薪を運ぶ者や水を汲む者とすれ違ったが、向こうは俺の事を訝しげに見ていた。
その視線は、戦士風の男達と同じような感じであった。どうやら俺は招かれざる客なのだろう。
まぁとりあえずそんな村だが、これが映画ならば中々しっかりとした撮影セットである。建物の雰囲気もよく出てる上に、生活感もあるからだ。が、少し気になることがあった。
それは何かというと、カメラを回す撮影スタッフの姿が確認できないということだ。
よくよく考えたら電気の類いもあるようには見えない。視界に入ってくる村内の明かりは、すべて松明や蝋燭といった類いのモノだったからである。
それだけではない。すれ違う人達は皆、外国人で、中にはエルフのような尖った耳をした者までいた。しかも、それらが皆、中世欧州のような服装をした者ばかりなのだ。
現代的な衣服の者は皆無であった。
ここが撮影現場ならば、多少はそういった服装の者もいないとおかしいだろう。
それと気になることもある。それは、森の中で見たあの石像だ。
あれが人除けの結界ならば、いろいろと込み入った事情が考えられるからである。
俺はこの業界に身を置いて長いが、映画撮影の為に人除けの結界を施すなんて話は聞いた事がない。
ああいった結界は人や動物には一定の効果があるが、霊的なモノにはまるで効果がないからである。むしろ招き入れる可能性の方が高いのだ。
(ここは本当に撮影現場なのだろうか? とてもではないがそんな風には見えないが……)
俺はとりあえず、戦士風の男に訊いてみることにした。
「あの、1つ訊いていいですか?」
「ん、なんだ?」
「ここではどんな映画を撮影してるんですかね? 見たところ西洋のファンタジー系っぽい感じですが」
男は足を止め、ポカンとした表情で俺を見た。
「は? エイガ? ファンタジー? 一体なんの話だ?」
「映画は映画ですよ。撮ってるんでしょ。見たところ電気設備もないので、色々と大変そうですね」
「デンキ? ……すまないが、なんの事を言ってるのかサッパリわからない。ここは山奥の名もなき村だ。それ以上でもそれ以下でもないよ」
「そうですか」
その後、俺達は無言であった。
(電気を知らないなんてあるのだろうか。この男の反応を見る限り嘘は吐いていない気がする。仕事柄、話し相手の霊気の波長で、なんとなく嘘かどうかわかるが、この男からはそういったモノはかんじられない。だが……そうなると色々と面倒な事を考えざるを得ない。山の精に訳のわからん場所へ飛ばされたとか……考えたくもない話だ)
暫くすると、ベッドの絵が描かれた看板を掲げる宿屋らしき建物へと俺は案内された。
それほど大きくはないが、奥行きのあるログハウス調の建物であった。
男は建物の扉を開き、中へと俺を案内した。
扉の向こうはホールになっており、入り口付近は古びた木製のカウンターとなっていた。
カウンターには緑色の衣服を着た小太りの中年男が1人いる。
またホールの窓際には、銀色の髪をしたロン毛の若い長身の美丈夫がおり、入ってきた俺達をジッと見ていた。
黒いロングコートを着ているのもあり、少し不気味な雰囲気を醸し出す男であった。
それはさておき、戦士風の男はカウンターの前へと行き、中年男にフレンドリーに話しかけた。
「パルメロさん、また道に迷った方が現れたよ。アンタが夕べ連れてきた旅の詩人といい、妙な事が続くね」
「えっ、また道に迷った人が現れたのか!?」
中年男は驚いたように、目を大きくしながら俺を見た。
「なんでも山菜取りに入って道に迷ったようだ。そんなわけですまないが、この人をここで休ませてやってくれ」
「それはいいが……私が先に掟を破ってしまった事とはいえ、またもこんなことが起きるなんて……」
中年男はそう言って少し怯えた表情をした。
(他所者を入れない村か……面倒な事にならなきゃいいが……)
どうやら、外部の者をこの村に入れるのは掟に反するようである。
「こうなった以上は仕方がない。じゃあ、頼んだよ、パルメロさん」
戦士風の男はそれだけを告げ、ここから去って行った。
シンとした気まずい沈黙がこの場に訪れる。
そんな中、中年男が口を開いた。
「ええっと……ここは旅の宿です。一晩……まぁいいか。こんな事態だ。アンタもタダでいいよ」
「えっ、いいんですか?」
「いいよ。それに、そちらにいる旅の方にも貰ってないからね」
中年男はそう言うと、窓辺に佇む銀髪の男に視線を向けた。
すると銀髪の男がこちらにやって来た。
「ほう……貴方も道に迷われたのですか。それは奇遇ですね。私は旅の詩人。実は私も道に迷いましてね。この宿の主人に助けられたのですよ」
どうやらこの男が噂の先客のようだ。
色白ではあったがかなりのイケメンで、ビジュアル系ミュージシャンのようにナルシストな雰囲気を感じられた。
旅の詩人らしいが、自己陶酔型の詩ばかり書いてそうである。
私は誰よりも強く、そして美しい……とか、鏡の前で言いそうな雰囲気だ。
「へぇ、貴方も道に迷われたのですか……ン?」
するとそこで玄関扉が開き、緑色の長い髪をした若い男が現れた。
背は俺と同じか少し高い。歳は俺よりかなり若そうだ。というか十代半ばくらいの年齢に見える。ギリ少年といった感じであった。
目鼻がスッキリとした顔立ちのイケメン君で、それなりに鍛えているのか、細身ではあるが筋肉質な感じであった。
緑色の髪をした少年は、ニコニコとしながらカウンターの中年男に話しかけた。
「お帰りなさい、パルメロさん。しばらく留守でしたけど、どこかに出掛けてたんですか? って、アレ……この方々は」
「ああ、フォルスか。実はこの間からブランカに買い出しに行ってたんだよ。夕べ、帰ってくる途中、森で道に迷った人に出くわしてね。それで、ここまで案内したんだよ。見捨てるわけにもいかなかったのでな。まぁ私が連れてきたのはそちらのお方だが」
中年男はそう言って銀髪の男を指差した。
「そうだったんですか。それは大変でしたね。では、こちらの方は?」
「さっきケインが連れてきたんだが、その方も道に迷われたみたいだ」
イケメン君はそこで俺達に向き直り微笑んだ。
「道中大変でしたね。外から誰かが来るなんて事、今まで一度も無かったので驚きました」
銀髪の男が彼に近づく。
「ほほう……この村にはキミのような子供もいたのですか。私は旅の詩人。山道で迷ってしまって、この村に辿り着いたのです。しかし、こんな山奥に、このような村があったとは……。まったく驚かされましたよ」
「何もない村ですが、ゆっくり休んでいってください。もしよかったら、後で外の世界の話を聞かせて下さいね。では用事があるので、私はこれで」
イケメン君はそう言ってこの場を後にした。
なんとなくデジャヴを感じるやり取りであった。
(なぜかわからないが……昔、今のやり取りと似たモノをどこかでみた気がするんだが……なんだったっけか)
ふとそんな事を考えていると中年男の声が聞こえてきた。
「アイツも成長したなぁ。村の外から来た人を見ても物怖じしないし。まぁ本来なら、アイツも外に出て人生を謳歌するんだろうが、こんな世の中じゃな……」
「村の外に出ると、何か不味いんですか?」と、俺。
中年男は首を傾げた。
「何言ってんだよ。アンタも知ってるだろ、巷で噂になっているデスピサロの話」
正直、何を言ってるのか、この時は意味不明であった。
「え、ピスタチオ? おつまみの話ですか?」
「デスピサロだ!」
なぜか知らないが、銀髪の男がやや怒り気味に訂正してきた。
まぁそれはともかく、話を続けよう。
「で、そのピンサロがどうかしたんですか?」
すると中年男は呆れた口調で話を始めた。
「アンタなぁ……無知にもほどがあるぞ。魔族の王デスピサロが西のとある国を滅ぼしたって話を聞いた事ないのか? 魔物の軍勢を率いて、この世を滅ぼそうとしてるって噂で、巷じゃ持ちきりだぞ」
「はぁ? あの、意味がわからないんですが。もしかして、映画の話かなんかですか?」
「……」
中年男と銀髪の男はポカンと口を開けながら、変人でも見るかのような視線を俺に投げかけていた。
妙な沈黙がこの場に漂い始める。
(なんだコイツ等は……まぁいい。でもこの感じからして、映画撮影とは関係なさそうだな。はぁ……俺は今どこにいるんだろう。外国人とはいえ、日本語通じるから日本だとは思うが……。それにしても、デスピサロねぇ……そういやガキの頃遊んだドラクエ4でそんな敵が出てきたな。懐かしい名前だ)
俺がそんな事を考えていると、銀髪の男が口を開いた。
「貴方……今の話、本当に聞いた事ないのですか?」
「ええ、聞いた事ないですね……でも、今言ったその……デスピサロでしたっけ。それについては少し思い出した事がありましたよ。子供の頃に、今仰った話とよく似た物語があったので」
「ほう……で、どんな物語だったのかな」
「先程の内容とよく似てますね。魔族の王であるデスピサロが世界を滅ぼそうとする話です」
「ほほう。どんな結末だったのだ」
銀髪の男はやけに食いついてくる。
詩人なだけあって、こういう話に興味があるのかもしれない。
「結末は確か、天空の勇者という存在に討たれる最後でしたよ」
「え? て、天空の勇者だって……その物語、もう少し聞かせてくれ」
今度は中年男が話に食いついてきた。
すると銀髪の男は眉間に皺をよせ、ゆっくりと口を開いた。
「天空の勇者に討たれる……だと。何だその物語は……なぜそうなったんだ」
「話すと長いんで簡単に纏めますね。まぁ俺もうろ覚えなんですが……確か、デスピサロは狡猾な魔王でですね、世界征服の邪魔になる勇者を子供であるうちに亡き者にするため、世界中で子供を攫ったり、勇者の住んでいる村を突き止めて滅亡させたりと手は打ったんですよ。で、勇者の大切な人達もそこで死んでしまうんですが、それでも勇者は生き延びるんですね。そして生き延びた勇者は、導かれし7人の仲間と共に様々な経験を積んでゆきます。その後、勇者は両親のもう1つルーツである天空城へと行くんです。そこで竜の神の手助けを受け、デスピサロを滅ぼすんですね。まぁだいたいそんな感じの話です」
中年男と銀髪の男は神妙な面持ちで俺の話を聞いていた。
だが表情が対照的で、中年男は明るく、銀髪の男は険しい感じであった。
「こんなご時世だが、物語とはいえ、そういう明るい話は良いなぁ。元気が出てきたよ。現実の魔族の王にも聞かせてやりたいね、今の話」
中年男はそう言って、カウンターで腕を組んだ。
「でも、この魔族の王も少し可哀想な奴なんですよ」と、俺。
「可哀想? なんでだい?」
「デスピサロの配下には四天王と呼ばれる側近が4体いるんですが、その内の1体に彼は裏切られるんですね。で、そいつの計画通りに物事は動いて、デスピサロは自身の大切な女性を失った挙句、最後は勇者に討たれちゃうんですよ。まぁそんなわけで、一応、天空の勇者の物語でしたが、双方にあまり救いのない悲しい物語でしたね」
「なるほどねぇ……確かに悲しい物語だな」
するとそこで銀髪の男が俺に鋭い視線を向けた。
「ちょっと待て!? 今の話……どういう意味だ」
「へ? どういう意味?」
「今、言っただろう。デスピサロが大切にしていた女性を失ったと。そこだ!」
「ああ、それですか……ええっとですね、確かデスピサロにはロザリーという名の大事にしているエルフの女性がいたんですよ。で、その側近の策略で彼女は死んでしまうんですね。悲しい物語です」
「なんだって……」
それを聞くや否や、なぜか知らないが、銀髪の男は床に視線を落とし、恐る恐る後ろに下がった。
どうやら俺の話を聞き、かなり感情移入していたようである。
詩人らしいので感受性豊かなのかもしれない。
「あの、どうかしました? はは~ん、さては今の話にかなり感情移入してしまいましたね。でも所詮、ただの御伽噺なんでそんなに気にしなくていいですよ。他愛のない話ですから」
「そうですよ、旅のお方。今の話に出てきたデスピサロと、我々が直面しているデスピサロはまた別ですからな。ハハハ」
中年男はそう言って陽気に笑った。
銀髪の男は両手で頭を覆い、独り言をつぶやき始めた。
「しかし……いや、待て……だが、そんな事……でも、なぜその事を……ええい、わけがわからない」
なんかよくわからないが、先程までの余裕は無くなっていた。
今の話で何か気になる部分でもあったのかもしれない。
まぁそれはさておき、中年男はそこでカウンターから出てきた。
「さて、それじゃあ、面白い話を聞けたお礼に、何か飲み物でも出しましょうかね。どうぞ、そこのテーブル席に掛けてお待ちください。何か持ってきますよ」
「すいませんね。それではお言葉に甘えまして」
そして俺は木製のテーブル席に着いたのであった。
頭を抱える銀髪の男を横目に見て、首を傾げながら――
[弐]
宿のホールにて暫し談笑した後、俺は宿屋の主人パルメロの案内で寝室へと案内された。
パルメロさんは部屋の燭台に火を灯した後、「ではごゆるりと」と言って出て行った。
6畳程度の狭い部屋でシングルベッドくらいしかなかったが、荷物は降魔の道具だけのなのでこれで十分であった。
部屋に入ったところで俺はベッドに横になった。
(ふぅ……森で野宿になるかと思ったが、何とかなったな。だが、どこだここは一体……これは勘だが、なんとなく現代日本ではない気がする。山の精に中世の欧州にでも飛ばされたのだろうか。まぁそれにしては言葉が通じてるのがよくわからんところだが……。でも、なぜか聞き覚えのある言葉が耳に着くんだよな。主にドラクエ系だけど。まぁとはいえ、いくら何でもゲームの世界なんて事はないだろう。あるわけがない。それにしてもなんか胸騒ぎがするなぁ。なぜかわからないが、あんまりよくない霊気を感じるんだよね。まぁいいか。とりあえず、寝よ、寝よ。今日はもう疲れたわ。明日、ゆっくりと考えよう……ふわぁぁ)
俺は大きな欠伸をしながら力を抜いた。
だがその直後であった。
【ま、魔物ダァァァ! 魔物が村を取り囲んでいるぞぉぉぉ!】
絶叫にも似た大声が外から聞こえてきたのであった。
それに伴い、大きな声が至る所から聞こえてきた。
なにやらかなり慌てたような感じであった。
【いかん! 早くフォルスをあの場所へ匿うんだ! 急げ!】
【とうとうこの村が奴等に見つかってしまった。クソッ! まだアイツには教える事が沢山あったのに。おのれ、ベギラマ!】
【マヌーサ!】
(魔物の来襲ねぇ……途中で見たスライムみたいなのが沢山来たのかな。おまけにベギラマとマヌーサってドラクエの魔法じゃんか。外でドラクエごっこでもやってんのか?)
俺は身を起こし、部屋の窓を開けて外を窺った。
だが次の瞬間、俺は顎が外れるような衝撃的な光景を目にしたのであった。
なぜなら、そこには見覚えのある化け物が入り乱れていたからである。
4本の腕と4本の足を持つ黄色いライオン風の化け物や、2足歩行で斧を掲げるサイのような化け物。骸骨の兵士や大きな鎌を持つガーゴイルのような見た目の化け物等々。それはもう化け物のオンパレードであった。
しかも、それを何人かの村人が迎え撃っているのである。
(なんだよありゃ……なんかああいうのどっかで見た事あるぞ。そ、そうだ。ドラクエだ。あの黄色いのはアームライオンって魔物にそっくりなんだ。おまけにアレは魔法か……どうなってんだ一体……)
火炎放射のような炎や、霧状の何かが化け物に向かい放たれていた。
それはトリックなどではなく、現実に起きている事であった。
なぜそう言えるのか。それは彼等がそれを行使するたびに霊圧が上がっているからだ。
つまり、俺が使う呪術と同じく霊力によってその現象を引き起こしているからである。
(あの銀髪の男じゃないが……なにがなんだかわけがわからない。ン?)
するとそこで扉が開き、パルメロさんが慌てた様子でやって来た。
「た、大変です、お客さん。魔物にこの村が見つかってしまいました!」
「ああ、そうみたいだね。なんかヤバそうだよ」
「そんな悠長な事言ってる場合じゃないですよ。さぁ、早く逃げましょう! こっちです。ついてきてください!」
俺はパルメロさんに続き、せっかく休めると思った部屋を後にした。
部屋を出たところでパルメロさんはそのまま玄関へと向かう。
俺はそこで彼に言った。
「あれ、旅の詩人さんは呼ばないんですか?」
「それがもういないんですよ。たぶん、魔物が攻めてきたので自分で避難したんだと思います。そんな事より、さぁ早く行きましょう」
「へぇ……そうなんだ」
俺は少し引っかかりを覚えていた。
外から聞こえてきた会話の内容。そして、あの化け物達。加えて、あの聞いた事がある魔法の数々……。
これらから導き出されるのは、考えたくはなかったが、あのゲームしかなかったからだ。
そして同時に、あの悲しい物語の始まりが脳裏に過ぎったのであった。
魔族の王と勇者の悲しい物語の事を――