[壱]
ミントスを発ってから約1日半。途中、東にある祠を経由しつつ、俺達はようやくソレッタ王国という名の村に到着した。
そこは紛うことなき村であった。沢山の畑があり、山があり、案山子がある。
家畜と思われる牛や馬や鶏も沢山いた。その家畜の糞尿と思われる臭いもあったが、建物が少なく通気性も良いので、他の街ほどは気にならないのは良かったところだ。
ただし……人口はかなり少なかった。
恐らく、数百人レベルじゃないだろうか。
おまけに、住民の殆どが農民丸出しのルックであり、ある者は鍬を持ち、ある者は藁を集めるピッチフォークみたいなモノを片手に歩いているのである。
王国というより、農村といった方がしっくりくる街であった。
しかも国民の顔付きは、どことなく中央アジアや東南アジア系であった。
俺も似た系統ではあるが、少し系統が違うのでマイノリティ感があったのは言うまでもない。とはいえ、アジア系はアジア系だ。
また、建物はすべて木造で、国王が住まう居城もそうであった。
しかも、とてもではないが、城とは呼べない粗末なモノなのである。
はっきり言ってデカいログハウスって感じだ。
現実世界の日本で例えるなら、田舎の公民館レベルの建物だろうか。
いや、たぶん、その域にも達してないくらいだ。
中に入った俺達も気が付いたら、ここはソレッタ城だったという顛末なのである。田舎王国恐るべしであった。
とはいえ、そんな長閑な田舎の王国村ではあるが、人々の表情は明るかった。
さっき色々と話してみたが、皆、明るくて良い人達ばかりなのである。
気さくであり、俺達のような他所者に対してもフランクであった。
純粋な方々が多いのか、あまりガツガツと欲望剥き出しの人がいなかったのも、それに拍車をかけているのだろう。
都会の荒んだ者達に、彼等の垢を煎じて飲ませてやりたいところだ。
ちなみにこのソレッタ王国村は、東北弁が公用語みたいである。
というか、この世界は基本的に言語がどこも同じなので、俺的には楽な事この上ない。
ただし、文字だけは別なのが困ったところだ。
さて、そんな事はさておき、我々はこのソレッタ王国村で聞き込みをしたところ、幾つか情報を手に入れる事ができた。
それを一部抜粋して紹介しよう。
畑で野良仕事中の村人Aさんは言う。
「パデキアの根っ子? あれは5年前の干ばつで全滅しちまっただよ。だから今は、人参や大根を作っているだよ」
また、村人Bさんはこう言っていた。
「誰かを探しているだか? そう言えばこの前、アリーナっちゅうめんこい娘が来たなあ。ごついのやら、キザったらしいのやら、3人ほど男を連れていただよ」
そして、農作業中の自称国王という村人Cさんは、我々にこう語ったのであった。
「儂はこの国の王じゃ! 我が国のパデキアが全滅してからすでに久しい。前の王がもしもの時にと、南の洞窟にパデキアの種を保管しておいたそうだが……いつの頃からか洞窟には魔物達が棲みついてしまってな。我等じゃ太刀打ち出来ぬのじゃ! すまぬのう……パデキアの種さえあれば、そなた達の望みも叶えられようが……」
主な聞き込み調査の結果は以上である。
我々はこれらを吟味した結果、こういう結論を導き出した。
つまり……アリーナ姫はパデキアを買いに来たが、既に干ばつで全滅していた事実を知り、南の洞窟にあるというパデキアの種を取りに行ったのではないか? という仮説である。
これはもう、かなり精度の高い仮説だろう。ゲームでは事実そうだったところだ。
ちなみにだが、村人の話を聞いていて、ブライとクリフトは憤りの声を上げていた。
その時の様子が非常に興味深かったので、ここで紹介する。
こんな感じだ。
【アリーナ姫様が……わ、私以外の男と旅をしているなんて! クソッ、その男達が許せん!】
【おのれ、姫様を誑かす不届き者め等が! 儂が懲らしめてくれる!】
おわかり頂けただろうか?
2人共、かなり自分勝手な言い草であった。
特にクリフトは怒りもひとしおで、その男達にザラキを唱えそうな勢いだった。
今の奴の前では、神の教えなど、もはや何の意味もなさないに違いない。
だが、奴はまだザラキやザキを習得していないので、勢い余ってアリーナの同伴者を殺害することは無さそうだ。
こうなった原因は全てクリフトとブライにあるのだが、人間というモノは都合の悪い事をすぐ忘れる生き物なので、致し方ないところである。
おまけに、ブライの場合は認知機能の低下が危ぶまれるところだ。
対してクリフトは、アリーナの事になると危険人物になりそうな片鱗を見せていた。
双方共に、あまり関わり合いになりたくない輩である。
おっと話が脱線した。
つまり、我々は以上の事から、アリーナを連れ戻すべく南の洞窟へと向かう事になるのだが、そこで待ったをかける者がいたのである。
それは俺だ。
つーわけで、俺はフォルスに言った。
【勇者フォルス隊長! 話があります! 今回の洞窟探索ですが、フォルス隊長達だけで行ってくれないだろうか。俺は鋼の剣に付加術かけたいから、キメラの翼で一旦、里に戻りたい。何卒、よろしくお願いしますだ】
最後だけソレッタ弁になったのは愛嬌だ。
すると、フォルスとシンシアが難色を示した。
「ジュライさん、一緒に行かないんですか? 魔物も強くなってきてるのに、大丈夫かな……」
「私、ジュライさんいないと、なんだか不安なんですけど」
彼等の成長を促す為にも、ここは俺が強い態度を示さねばなるまい。
「おいおい、2人共……もうそれなりに旅してきたんだし、魔物への対応の仕方とか大体わかってきただろ。魔物を倒す時の基本的な手順とか、この間からずっと教えてたじゃん。それに、この洞窟探索はアリーナ姫を連れ戻すだけなんだし、それほど難しくもないだろ。まぁいるかどうかはともかくだけどさ」
「それでも不安なんですよ。旅の合間、ジュライさんから剣術とか体裁きとか教えてもらいましたけど、なんかまだ自信ないんです。それにあまり魔物と戦うのも好きじゃないですし……」
フォルスはそう言って、少し表情を落とした。
戦うのが好きじゃないというのは本音だろう。
魔物達に対してそれほど恨みもないので、ややネガティブ勇者になっているみたいだ。
俺が余計なことした弊害だが、肝心な事を忘れてしまっているので、それは言わねばなるまい。
「フォルスさ……好きかどうかじゃないんだよ。お前は魔物に狙われてるんだから、否が応でも戦わねばならないんだ。これはもうお前の宿命なんだよ。それに、いつも俺が傍にいると思うなよ。俺もそこまで面倒見切れん時もあるんだからな。ここはお前の成長の為にも行くべきだ。それに……」
俺はそこで言葉を切ると、順に導かれし者達を見ていった。
「こんなに頼もしい仲間達がいるじゃないか。回復魔法や補助魔法が得意なシンシアにミネアさんに加えて、今はクリフト君もいるし、攻撃魔法が得意なブライさんやマーニャさんもいる。そして……」
俺はそこでトルネコに視線を向けた。が、正直、なにも浮かんでこなかったので、言葉に詰まってしまったのである。
そして焦った俺は、その場しのぎに、思わず適当な事を口走ってしまったのだ。
「そして……ええっと……あ、そうだ。口笛吹くとなぜか魔物が寄ってくる愉快なトルネコさんもいるじゃないか」
「ええ!? 私だけなんか理由がおかしくないですか? というか、なぜそれを知ってるんですか?」
トルネコは少し抗議の声を上げた。
そうなるのも無理からぬところだ。
するとそこで、マーニャが突然、腹を抱えて笑いだしたのであった。
「プッ! アハハハ、ジュライさん……貴方、面白過ぎよ。口笛吹くとなぜか魔物が寄ってくるって、何よそれ……アハハハ、ハヒィハヒィ」
「ちょっと姉さん……失礼よ。わ、笑い過ぎです」
と、言いつつ、ミネアも少し笑っていた。
ちなみにフォルスを含めた他の者達は、マーニャに貰い笑いしないよう、明後日の方向に向いて笑いを堪えているところだ。
笑ってはいけないとトルネコを気遣っているのだろう。
昔の年末特番でやってた笑ってはいけないシリーズ状態である。
なかなか破壊力があるワードだったようだ。
「マーニャさんとミネアさんに笑われてしまった。トホホ……たしかに、私は魔法も使えませんし、商人ですし……口笛吹くと魔物が寄って来ますし……」
トルネコは残念そうに目尻を下げ、肩を落とした。
とりあえず、へそを曲げられるとアレなので、一応、フォローはしとこう。
「まぁまぁ、トルネコさん。貴方はいるだけで意味があるのですよ。なんたって船主ですからね。勇者一行の一大支援者の1人です。大切な仲間ですよ」
「そ、そうですよ。僕達、トルネコさんのお陰でここまでこれたんですから」
「おお! そう言ってもらえると私も嬉しいです!」
立ち直りも早いようだ。
単純そうでよかった。
まぁそれはさておき、話を戻すとしよう。
「フォルス、こんな立派な仲間がいるんだ。俺1人欠けたくらいじゃどうってことないさ。もっと仲間を頼るんだよ。それがこれから大事になって来るんだからな。導かれし者達とは、お前が頼るべき者達なんだから」
俺の言葉を聞き、フォルスは沈黙した。
すると程なくして、覚悟が決まったのか、俺に頷いたのである。
「そうですね……ジュライさんの言う通りだと思います。今回はジュライさん以外の方々の力を借りて、僕は頑張ってみます」――
その後、フォルス達一行から離脱した俺は、ソレッタの街はずれに行き、キメラの翼を道具袋から取り出した。
それから俺は、空に向かってそれを放り投げたのである。
すると次の瞬間、キメラの翼は眩い光へと変わり、俺に降り注いだのだ。
と、その時であった。
突如、俺に駆け寄る人物が現れたのである。
それはなんと、ミネアであった。
「私も一緒に行きます。姉から手伝ってきたら? と言われましたので」
「え? って……ああ、ちょい待ちッ!」
俺は返事する間もなく、ミネアと共に、転移の光に飲み込まれてしまった。
そして、その直後、俺達を包み込む光は空へと舞い上がったのである。
[弐]
キメラの翼の力で俺達はエルフの里に降り立った。
初めて俺自身が転移してみたが、以前、シンシアから聞いていたとおり、エルフの腕輪を装備していれば、里に転移は出来るみたいである。
まぁそれはさておき、周囲に目を向けると、見慣れた黄色い砂漠地帯がどこまでも広がっていた。
また、俺達の背後には、馬鹿でかい世界樹が、依然と変わりなく天高く聳えていた。
この里を発ってから10日程度だが、なぜか懐かしい気分になる。
たぶん、初めて見る土地を沢山経由してきたからだろう。
「こ、ここは……」
ミネアはその世界樹に圧倒されて棒立ちになり、それ以上声を出せずにいた。
初めて見る馬鹿でかい世界樹にショックを受けたのだろう。
「驚いたよ。転移前にミネアさんが来るとは思わなかったからさ。もしかして、狙ってやった?」
するとミネアは少しバツの悪そうな顔した。
「ごめんなさい……付いていくと言うと、断られそうな気がしたもので。でも、姉が手伝ってきたら? と言ったのは本当です」
「まぁいいけどね。来ちゃった以上、仕方がないさ。でも、1つ言っておくことがあるよ」
「なんですか?」
「ここはエルフの里だから、勿論、エルフがいるけど、他にも色んな種族がいる。人も魔物も、ちょっと変わった動物もね。でも、皆、平和に暮らしてるんだよ。だから、できたら変な色眼鏡で彼等を見ないでやってよ。とりあえず、普通にね」
俺の言葉を聞き、ミネアは目を大きく見開いた。
「え!? エルフと魔物がいるんですか?」
「ああ、そうだよ。だから、あんまり驚かないようにね。それと、一応言っとくと、ここで暫くフォルス達は魔物の脅威から匿われていたんだよ。だから、フォルスやシンシアもこの里の事は知っているからね」
ミネアは嬉しそうに微笑んだ。
「そうだったのですか。私……そういう不思議な所が大好きなんです。ところで、あの大きな木のようなモノは何なのですか?」
「あれは世界樹というらしい」
「世界樹……私、昔、お父さんに聞いたことあります。命を司る大樹の話を。お父さんは言ってました。その大樹の葉は命を蘇らせる力があるとか」
「へぇ、そうなんだ。錬金術師なだけあって、お父さんは物知りだね。たぶん、その話は正解だよ。さ、それはともかく、ここで突っ立っていてもしょうがないし、中へ入ろうか」
「はい」――
俺とミネアはエルフの里へと足を踏み入れた。
以前来た時と変わらない里の様子が視界に入ってくる。
ローグさんはエンドールの実家に戻ったけど、他の村の面々は変わらずいるようだ。パルメロさんの姿もあった。
人も魔物もエルフも動物も、皆、穏やかに過ごしている。
平和の象徴たるエルフの里の光景であった。
まぁそれはさておき、里の中に入ったところで、ミネアが訊いてきた。
「ジュライさんは、ここで何をされるつもりなのですか? さきほど剣にフカジュツを掛けると言ってましたけど」
「その言葉のままだよ。付加術を掛けるんだよ。でも、その前に、この里の長に許可を貰わないといけないから、まずはその方のところに行かないとね」
俺はそう言って、フェルミナさんのいる居住区へと移動を始めた。
ミネアも俺についてくる。
だがその途中、目的の人物が俺の方へとやってきたのである。
サラッと艶のある長い緑色の髪を靡かせ、紺色のワンピース姿で現れた見目麗しいフェルミナさんは、俺の前で立ち止まった。
もしかすると世界樹から、俺が里に帰還した事を聞いたのかもしれない。
俺はそこでフェルミナさんに挨拶をした。
「これはこれはフェルミナ様、ご機嫌麗しゅうございます。先程、里に帰ってまいりました」
「お帰りなさいませ、ジュライ様。世界樹から聞きました。武器に何かするためにジュライ様が帰ってきたと。長旅、大変でしたね。フォルスとシンシアは元気にやってますか?」
「ええ、元気にやってますよ。今も導かれし旅の仲間と共に、冒険の最中です」
「そうですか。それは良かった。ところで、こちらの方は?」
「彼女も、フォルスに導かれし仲間の1人です」
俺は自己紹介するよう、ミネアに手振りを交えて促した。
「私はミネアと申します……よろしくお願いします」
なぜかそっけない挨拶だった。
トーンも幾分低めだ。
フェルミナさんは、そんなミネアにニコリと微笑むと、麗しく挨拶したのである。
「私はこの里を預かるフェルミナと申します。ジュライ様には色々とお世話になっております。以後、お見知りおきください、ミネアさん」――
その後、俺はフェルミナさんに、世界樹からの伝言を幾つか聞き、摩利支天浄魔光剣の付加術へと取り掛かった。
前回同様、世界樹の麓にある落ちた枝葉集めからだが、その作業はミネアもいたのでわりかし早く終わった。
そして必要な量の枝葉を回収した後は、砂漠で焼き直し作業となるのである。
その作業中、俺はさっきから少し気になっている事があったので、それをミネアに訊いてみる事にした。
「なぁ……ミネアさん。さっきから機嫌悪くない? 俺、なにか変なことした? もしかして、エンドールの件でも思い出したとか?」
そうなのである。
フェルミナさんに会ってからというもの、ミネアは少しムスッとしているのだ。
「別に……なんでもないです。たぶん、旅の疲れだと思います」
「旅の疲れねぇ……まぁいいけどさ。なにか気になる事があったら言ってよ。ミネアさんは笑ってた方が絶対に可愛いんだからさ」
するとミネアは恥ずかしかったのか、頬を染め、俺から顔を背けたのである。
可愛い仕草であった。もしかすると、今まであまり言われたことがない言葉なのかもしれない。
「そんなんじゃないです。でも1つ、ジュライさんにお願いがあります」
「お願い? 何?」
「ミネアさんはやめてください。ミネアでいいです。ジュライさんにはそう呼んでほしいので」
「お、おう……わかったよ。それじゃあ、ミネアさ、じゃなかった。ミネアって呼ぶね」
「はい、よろしくお願いします」
ミネアはさっきと打って変わって笑顔になった。
なんかよくわからんが、ミネア的になにか拘りがあるのだろう。