[壱]
俺とフォルスは仲間達が見守る中、エドガンさんの墓がある家の裏庭で稽古をしているところであった。
フォルスは俺に向かい、力みながら木刀を中段に構えている。
対する俺はというと、特になんの構えもせず、自然体というやつであった。
ちなみにだが、フォルスはローグさんから盾と片手剣の戦闘方法を習っていたようだが、俺は両手剣の方法しか教えられないので、今はそれで稽古をつけてるところである。
この旅が始まってから、俺はフォルスに、日本の剣術の基本である五行の構えを教えておいた。
火の構え、水の構え、土の構え、木の構え、金の構えである。
わかりやすく言うと、上から順に上段、中段、下段、八相、脇の構えとなる。
基本的に真紋の一族が扱う剣技は、一般的な剣術が基礎にあるので、まずはそこからフォルスに教えたのだ。
但し、一般的な剣術は対人用なので、当然、これをそのまま活用するわけにはいかない。
俺達の相手は悪霊や化け物なので、それをベースに別の戦い方を模索しなければいけないからだ。
まぁそんなわけで、俺はそれを教えようとしているのだが、フォルスは肩に力が入りすぎなので、まずはそこを何とかしないといけないようである。
最近までは大目に見てたが、魔物も強くなっているので、今日は教育的指導となりそうだ。
「なぁ、フォルス……俺に対する構えはそれでいいが、ちょっと力が入りすぎじゃないか? それと、目の前の相手に、意識を向けすぎだ。もっと楽にしたらどうだ?」
「え、そうですか? でも、攻撃が来たらちゃんと受けないといけないですし、剣をすぐに振るう為にも、力が入ってないと不味いと思うんですが……」
尤もらしい事を言ってるが、コイツは本質を捉えてない。
よって、身体でわからせるとしよう。
「そっか。まぁいい、じゃあ始めるぞ」
「はい、お願いします」
フォルスはガチガチに力を入れ、中段に構える。
俺はそこで足元にある手頃な石を拾い、真上に高く放り投げた。
するとフォルスは案の定、石に気を取られており、俺から視線を完全に外していたのであった。
俺はその隙にフォルスへと接近し、木刀を首筋に当てがった。
と、そこで、フォルスはようやく俺の接近に気付いたのである。
「え? アッ!? ……ま、参りました」
俺はそこで木刀を下ろし、フォルスに向き直った。
「なぁフォルス……俺等の戦い方は1対1じゃ駄目なんだわ。敵も複数だし、しかも、相手は人間じゃなく化け物ばかりと来たもんだ。だから、1つの事に集中しすぎると、他の対応もできなくなってしまうんだよ。今までは魔物も弱かったから、俺も大目に見てたけど、そろそろ、戦い方も変えていこうや。じゃないと……死ぬよ」
俺の忠告を聞き、フォルスは少し蒼い顔をしていた。
流石に怖くなったのかもしれない。
「は、はい……確かに、その通りです。でも、どうすればいいのでしょうか? 僕はどうしても相手が気になって仕方がないんです」
俺はそこでギャラリーの仲間達を見た。
「じゃあ、逆に訊くが、俺等はこの仲間達と共に戦うんだから、彼等の動きも見なくてはならない。かといって魔物も疎かにできない。相手は魔法も使ってくる。その上、戦う場所もいつも同じではない。状況は常に変化している。フォルスはどうすると良いと思う?」
すると、フォルスはしどろもどろで答えた。
「そ、それは……ええっと……わかりません。でも、それら全てに対応する事なんてできるのですか?」
「いや、流石に俺も、そこまでは求めてないよ。全てに対応なんて、俺でもまず無理だしな。でも、その時々の最善と思われる方法は探る事ができる。自分の出来る範囲で、だがな」
フォルスは困ったように首を傾げていた。
ちょっと難しかったようだ。
「自分の出来る範囲で……どうすれば、それが出来るのでしょうか?」
「それが出来るようになるには、常に冷静でなければならない。フォルスさ、お前って戦いの最中、周囲の音って聞こえているか?」
「周囲の音……と言いますと?」
「文字通り、周りの音だよ。例えば、風の音とか、鳥や虫の鳴く声……水の流れる音、それと波の音とかね。戦いの最中、それらの音って聞こえてるか?」
フォルスは頭を振る。
「いいえ……それは聞こえません。目の前の魔物に注意が行ってしまって、流石に無理です。ジュライさんは聞こえるんですか?」
俺はゆっくりと首を縦に振った。
「ああ、聞こえているよ。だから、戦いの最中でも、自分が最善と思われる、その時々の方法を探せる自信はある。俺は常に、周囲の状況変化も見てるからね。つまり、何が言いたいのかというとだな……心が大事なんだよ」
「え? 心……ですか?」
フォルスはキョトンとしていた。
思っていた答えと違ったのだろう。
「そう、心だ。どんな状況に対しても、平常心でいられるのが大切なんだよ。それが出来なければ、物事を冷静に見定めるなんて事は出来ない。まぁとりあえず、これからは戦いの最中でも、そういった事を意識するようにしようか。武術というものは、心技体が揃って、初めて本領が発揮されるモノだからな。まずはそこからだ」
ちなみにこれは、親父から修行時代言われていた事でもある。
俺はそこで、戒めの秘紋を施しながら、それらの修練を積んでいた頃の事を思い返した。
まぁ今考えてみると地獄の日々だったが、平常心というのはそこで培われたのは間違いない。
しかも、親父は飴と鞭の使い分けも上手く、ゲームや友人との遊び時間も、俺に与えてくれていたのであった。してやられた感はあるが、なかなか教え上手だったのかもしれない。
まぁそれはさておき、フォルスも思うところがあったのか、感心したように頷いていた。
「心、ですね。わかりました。確かに……ジュライさんの言う通りです。あまり1つの事に囚われ過ぎるのもよくないですもんね」
「まぁそんなとこだ。さて……ちょっと早いが、今日はこんなところにしとこう。後が控えてるみたいだしな……」
俺はそこで溜息を吐きつつ、アリーナを見た。
するとアリーナは意気揚々とふんぞり返ったのである。
【待ってたわ。今日はちゃんと手合わせしてもらうからね。それと最初に言っとくけど、わざと負けようなんて考えてたら……私、絶対に許さないんだから】
アリーナはフォルスと入れ替わるように俺の対面にやってきた。
どうやら先手を打たれてしまったようだ。残念。
「はいはい……わかったよ。その代わり、俺も素手で相手させてもらうけどね」
「へぇ……良い度胸ね。でも、この間も素手で負けたから、それで良いわよ。今日は私が勝つんだから」
アリーナはそう言うと、少し離れ気味に位置を取った。
そしてアリーナは、かけっこ競争でもするかのような前傾姿勢になったのである。
正直、変わった構えだと思ったのは言うまでもない。
(そういや……コイツの武術って、どういう流派なんだろ。気になるな……ン?)
などと考えていた、その時であった。
「じゃあ、行くわよ!」
アリーナはヨーイドンとばかりに、俺へと駆け出したのである。
相変わらず、猪突猛進スタイルのようだ。
(さて……どうすっかな。とりあえず、避けながら考えるか……って、早ッ)
予想外にも、アリーナはそこで更に加速し、素早く間合いを詰めてきたのであった。
そして次の瞬間、俺の顔を目掛け、右ストレートをブチかましてきたのである。
俺は後方に少し飛び、それを回避する。が、アリーナは更に踏み込み、今度は右ハイキックを見舞ってきたのだ。
なかなかの連続攻撃だが、動きを読んでいた俺は、そこで入れ替わるように、今度は右前方へと避け、アリーナの出方を伺った。
するとアリーナはそこでニヤリと笑い、素早くバク転してきたのである。
そして、その勢いを利用して、アリーナは俺の脳天目掛け、右足の蹴りを真上から振り降ろしてきたのであった。
(うおッ! コイツ……こんなアクロバティックな攻撃もできんのか。チッ、避けれん。仕方ない……)
俺は腕をクロスさせ、アリーナの蹴りを受けた。
なかなか強烈な蹴りの衝撃が、俺の腕に伝わってくる。
そして攻撃を捌いた俺は、すぐさま後方に飛び退き、少し間合いを取ったのだ。
腕がジンジンと痛かったのは言うまでもない。
(やるなぁ……でも、動きが直線的過ぎるから、幾ら速くても、対処はし易いんだよね。ン?)
などと考えていると、アリーナはなぜか俺を睨んでいた。
どうやら怒っているみたいだ。
アリーナはそこで俺を指さした。
「ジュライ! 貴方、本気出してないでしょ!」
「いや、一応、本気だよ」
「嘘! だって、私に攻撃してこないじゃない。私が女だからって馬鹿にしないでちょうだい!」
「心外だねぇ。俺はアリーナがどういう戦い方してくるのか、様子を見てただけだよ」
するとアリーナは、悔しそうに下唇を噛んだのである。
「それが……馬鹿にしてるのよ! 本気出しなさい!」
その直後、アリーナは勢いよく右の拳で殴りかかって来たのであった。
(本気ねぇ……じゃあ、攻撃するか。少し手加減してだが……)
俺はアリーナの右ストレートに対し、腕を下ろしながら半身で身構えた。
そして、間合いに入ったところで、俺はアリーナの右手を取り、勢いそのままくるりと周って腕をねじり、合気道技の四方投げをしたのである。
その際、あまり勢いがつかないよう、俺は加減しながらアリーナを地面に倒した。
ちなみにこの技をチョイスしたのは、投げた時の衝撃がそこまでじゃないからだ。
柔道系の技は受け身が取れないと、大怪我する可能性があるからである。
コイツはこう見えてもお姫様なので、細心の注意が必要なのだ。
回復魔法を使えば良いのかもしれないが、下手にケガさせると後が面倒そうなので、俺はこのやり方をチョイスしたのである。
まぁそれはさておき、俺は仰向けで倒れるアリーナの額に掌を当て、勝利宣言をした。
「はい、俺の勝ち」
と、そこで、ギャラリーの声が聞こえてきた。
【むぅ、あの姫様を軽くあしらうとはの】
【ほう……ジュライ殿は色んな武術に精通してるみたいですな。身のこなしに無駄がない。流石、お告げで聞いた勇者だ】
【ジュライさん、本当に強いですね。あのアリーナ様が何もできないで負けました。アリーナ様はああ見えて、エンドールの武術大会で優勝した腕なのに……】
【流石ですね……僕も体術習おうかな】
【フォルスは習った方が良いかも】
【おお! 流石はジュライさんですな】
【今何やったの? やだ……体術も凄いのね、ジュライさん。夜も凄そう……】
【姉さん……こんな時にいきなり何を言うのよ。ジュライさんをそんな目で見ないでください】
そんな中、アリーナはそこで、悔しそうに手足をバタつかせたのであった。
「なによ、もう! また負けたじゃない!」
まるで癇癪起こした子供である。
「アリーナもまだまだだねぇ……まぁでも、あの真上からの蹴りは良かったよ。俺も予想外だったから」
アリーナはそこで立ち上がり、溜息を吐いた。
「あれは決まると思ったんだけどな。よく受け止めたわね」
「予想外ではあったけど、防げない攻撃ではなかったって事さ」
するとアリーナは、シュンと肩を落としたのであった。
「ねぇ、ジュライ……最後、何したの? 私、何があったのかわからないんだけど。いつの間にか、倒れてて……」
たぶん攻撃にばかり注意が行ってて、周りが見えていなかったのだろう。
まぁある意味、コイツもフォルスと同じ症状を患っているようだ。
「何って、当て身に対する投げ技の一種だよ。アリーナは当て身しかしてこないから、攻撃も読みやすいんだよね」
「そうなの……ねぇ、私はどうやると強くなると思う? 体術は城にいる武術指導の兵士から習ったけど……ジュライには全然通用しないし。今のままじゃ、貴方に勝てそうもない」
コイツは俺を倒す事を目的としてるようだ。
マジ脳筋である。
(親父を助ける話はどこ行ったんだ?)と、思ったのは言うまでもない。
まぁとはいえ、悩んでいるみたいなので、少し助言してやるとしよう。
「じゃあ逆に訊くけど、アリーナってさ、身体も小さいから掴まれたら終わりだよね。強い敵が出てきたら、今はまだ振り払うほどの力もないし、周りも見えてない。どうすると良いと思う?」
「それがわからないから訊いてるんでしょ。もったいぶらずに教えてよ!」
アリーナは腕を組み、俺にそう返した。
考えるつもりはないようだ。
流石、脳筋王族である。
「少しは自分で考える癖をつけろよ……ったく。まぁいい。話を戻すが、アリーナは身体が小さい上に、今はまだ力もそこまでじゃない。だから、相手の力を利用するような戦い方も、今後は取り入れた方が良いと思うぞ。今、俺がしたみたいにね」
俺は背負い投げる仕草をした。
「じゃあ、それ教えてよ」
「お前さ……人にモノを頼むんなら、もう少し言い方ってもんがあるだろ。そんな言い方できる相手に何を習っても、肝心な部分は身につかないぞ」
「わかったわよ」
するとアリーナは不本意そうではあったが、姿勢を正し、丁寧にお願いしてきたのである。
「ジュライ殿、私に貴殿の武術を教えてくださいませ」
やればできるじゃないか、と思ったのは言うまでもない。
「そうそう……お願いするときは相手を敬うようにな。まぁそれはともかく、わかったよ。投げ技なら多少知ってるから、教えてやるよ」――
さてさて、どうなる事やら。
まぁとりあえず、稽古の話はこの辺にしておくとしよう。
で、問題の今後についてだが……俺達はさっき話し合ったところ、3つの目的地がノミネートされた。
それは南のモンバーバラと、北西のお告げ所、それと北のサントハイムである。
発言者は俺とマーニャとブライであった。
マーニャは、今のモンバーバラの様子が気になるそうで、そこに行きたいそうだ。
また、アリーナ達も一度サントハイムに戻り、城の様子を見てみたいとの事であった。
もしかすると、城の者達が帰ってきているかもしれないという、淡い期待もあるようだ。
そして俺も、ライアンが言っていたお告げ所とやらが気になるので、この3つが候補に上がったのである。
で、それらを話し合った結果、モンバーバラからお告げ所に行って、そこから船でサントハイムに行くという事で、話は纏まったのである。
ちなみにだが、ミネアの占いによると、北に導きがあるとの事だ。
まぁそんなわけで、俺達は少し寄り道をしつつ、今後は北のサントハイムへと向かう事になるのであった。
[弐]
コーミズ村を発ってから2日後、俺達はモンバーバラからルーラにてハバリアへと戻ってきた。
ハバリアは交易禁止令が解除されたようで、港の方も少し活気が戻ってきているみたいであった。
一応、あの馬鹿王様も、少しは仕事をし始めたのだろう。
まぁそれはさておき、俺達はこれからハバリアの西にあるという、海辺のお告げ所に向かうところであった。
無視してもいい場所な気はするが、お告げ内容がどうしても解せないので、俺は確認の意味も込めて向かうことにしたのである。
というわけで、行くのは俺とライアンだけで良いのだが、なぜか全員行くと言い出したので、俺達は総勢10名の大所帯で向かう事になったのであった。
ちなみにだが、マーニャやミネアもそのお告げ所は知ってるみたいである。
話は変わるが、モンバーバラはもう踊り子の街とはいいがたい状況であった。
ハバリアの酒場にいるマーニャの知り合いが言う通り、劇場には踊り子が1人もいなかったからである。
それもあり、マーニャ曰く、もうかつての賑わいは見る影もないとの事であった。
だがとは言うものの、劇場には別の活気が戻って来ていたのだ。
今の劇場はゲーム同様、パノンという漫談芸人が幅を利かせているらしく、それが客に受けているみたいであった。
マーニャがそれを見て寂しそうにしてたが、いつかまたこの舞台に立つわと息巻いていたので、まぁとりあえず、今の現状を受け入れることができたのだろう。
それと話が前後するが、コーミズ村を出発する前、俺はエドガンさんから、試作である錬成薬を幾つか貰った。
エドガンさん曰く、何かの助けになる時があるだろうとの事である。
それから続けて「娘達の事をよろしく頼む」と、お願いされたのであった。
エドガンさんには、これから色々とお世話になりそうなので、快く返事しておいた。
するとこの人は突然、「どちらを選ぶかは君に任せる」などと、妙な事を言い出したのであった。
俺は思わず「はぁ? 選ぶ?」と返したのだが、その後ははぐらかされてしまい有耶無耶になってしまったのだ。
正直、何を言いたかったのか気になるところである。
というわけで話を戻そう。
ハバリアを出た俺達は、西へと向かい移動を始めた。
その道中、俺達の前に、オレンジ色の体毛に覆われたブタ鼻の魔獣が3匹現れたのである。
鋭い牙や爪を持つ二足歩行の魔獣で、今はこちらを見て、舌なめずりをしながらニタニタと笑っているところであった。
見るからに、ようやく獲物にありついたという感じだ。
この魔獣は恐らく、オックスベアという名前の魔物だろう。
で、コイツ等にはフォルスとアリーナにクリフト、それからマーニャが対応してくれた。
それほど強くはない魔物なので、4人は余裕であった。
だがそこで、俺は少し驚いた事があったのである。
なぜなら、アリーナはオックスベアに向かい、教えたばかりの一本背負いをお見舞いしたからだ。
【てやぁぁ!】
【ギャフン】
魔物は背中を激しく打ち付けられ、そのままノビていた。
教えておいてなんだが、アリーナの格闘センスは凄いモノがあった。
まさか、数時間前に教えた技をすぐに実践で使うとは思わなかったからである。
(お、おう……コイツ、格闘センスが確かに凄いわ。普通、覚えたばかりの技なんて、いきなり実践で使うの躊躇するはずなのに、コイツは完全にもう自分のモノにしちまってる……おそロシア)
そしてアリーナはというと、嬉しそうな表情で、見学中の俺に振り返ったのだった。
「ねぇ、ジュライ。今のどんな感じだった? 上手くできてた?」
「あ、ああ……できてたよ。つか、君、中々すごいな……もう、習得できてるやんか」
「え、本当!? やったぁ! じゃあもっと色んな技を教えてよ。私、もっと強くなれるわ!」
アリーナはそう言って、元気よく拳を突き上げたのであった。
まさに戦闘民族である。
と、そこで、ブライが咳払いし、俺に小さく囁いた。
「オホン……ジュライ殿……あまりアリーナ様を焚きつけんでくだされ。いずれ、儂等の手に負えんようになりますぞ。ほどほどにの……」
「お、おう」
なんというか、切実な願いといった感じであった。
今まで相当手を焼かされてきたのだろう。
まぁそれはさておき、俺達は魔物を倒した後、また旅を再開した。
そして、ハバリアを西に半日ほど進むと、目的の建物が見えてきたのである。
マーニャは前方の岬に佇む白い建物を指さした。
「あれがそうよ。私達も以前、あのお告げ所に行った事があるのよ」
「うむ、私がお告げを受けた場所で間違いないですな」と、ライアン。
それから程なくして、俺達はその建物の前に到着した。
お告げ所は、古代ローマの神殿を思わせる造形をしており、規模的には20坪程度のモノであった。
平屋ではあったが、そこそこの大きさの建物である。
「さて……それじゃあ行くか。お告げとやらを聞きに」
俺達はお告げ所へと足を踏み入れた。
白い丸柱が並ぶ入口を潜ると、左右に水を湛える人工池があり、中央には炎の祭壇みたいなモノがあった。
そして、その奥には司祭の机みたいなモノがあり、そこには修道女のような衣服を纏う中年の女性が、1人佇んでいたのである。
ちなみに衣服の色は、ゲーム同様、青色であった。
まぁそれはさておき、俺達はそこへと向かい歩を進める。
向こうも俺達に気付いたようで、静かにこちらを見据えていた。
すると程なくして、女性は口を開いたのだ。
【時は来ました……導かれし者達が出会った今、必ずや邪悪な暗闇を打ち砕く事ができるでしょう】
俺達はそこで立ち止まった。
まず俺から訊ねた。
「導かれし者達ね……ま、今はそれは置いておこう。1つ訊きたい。勇者の姿をこの戦士に話したのは、貴方か?」
俺はそこでライアンを指さした。
女性は無言で頷く。
少しムカッと来たが、俺は話を続けた。
「貴方はこの男に、『黒っぽい衣服を身に着け、黒い布を頭に巻いた男……その者が、邪悪なモノを討ち滅ぼす勇者だ』と伝えたそうですね。一体、どういう事なんですかね? 俺が勇者だとでもいうのですか?」
女性は俺をじっと見ている。
そして、暫しの沈黙の後、女性はゆっくりと言葉を紡いのであった。
「そう……貴方は邪悪なるモノを滅ぼす事になる勇者です。確かに、私はそう伝えました」
俺はそこでフォルスを指さした。
「なんで俺が勇者なんです? 勇者はここにいるフォルスじゃないのですか? 天空人の血を引きし勇者は彼ですよ」
「貴方の言う通り……彼もまた勇者です」
わけがわからないというのが正直なところであった。
「ええっと……つまりアレですか? 勇者は2人いるとでも?」
「貴方とフォルスは役目が違うのです……今、この世界に……かつてない未曽有の危機が訪れようとしています。地の底から得体の知れない何かが蠢き、邪悪なるモノを蘇らせようとしているのです。それはなんとしても止めなければなりません。そして、これより、貴方がたが倒すべき相手は……地獄から蘇りし帝王エス……うっ!」
と、その時であった。
女性は突然、息苦しそうに胸を押さえたのだ。
それだけではない。
突如、女性がいる床の辺りに、龍脈の乱れが起きたのである。
俺は慌てて叫んだ。
【おい、アンタ! そこから離れるんだッ!】
【ウゥゥゥ……】
女性は呻き声を上げ、震える手を真上へと伸ばした。
それはまるで、天に助けを乞うかのような姿であった。
そして、次の瞬間!
なんと女性は、俺達の目の前から突然、フッと消えてしまったのである。
「な!? 消えただと!」
「どうしたというのだ!」
「いきなり消えた……」
「何が起きたの!?」
仲間達はこの突然の事態に息を飲んでいた。
そして異様な張り詰めた空気が、この場を支配し始めたのである。